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33話 残された手段

――私……もう駄目みたい……――

ぼやけていく視界、心臓が締め付けられる感覚。その感覚しか生きていることを実感できなかった。オズワルドが呼んでいる。遠くなっていく意識を呼び止めるように、彼の声が聞こえた。

――そんな弱気なことを言わないでくれ! 君らしくないよ!――

オズワルドの温かい涙が、私の頬を濡らす。もう彼の顔も見えない。でも、私が彼にどんな顔

をさせてしまっているのかは、容易に想像できた。私の手が彼の手よりも冷たくなっていく。この感覚が消えないうちに……。彼に伝えないと。私は微かに空気が漏れ出す口を開ける。

――ほら、紅茶だよ! これで少しは落ち着くよ!――

――オズワルド……私……私……――

喉が締め付けられるように痛んで、声がつっかえる。お父さんとお母さんと同じだ。二人も私の呼びかけに答えようとして、声が出なくなって、それで……。

――待ってて! 今、お医者様を呼んでくるから!――

オズワルドが慌てて部屋を出て行く音が聞こえる。待って。お願い……ここにいて……。治療なんていらない。最期の時を、あなたと一緒に過ごしたいの。心の中で叫んでも、それは彼に届かなかった。彼からもらった指輪が、薬指から離れていく。私の意識も、体から引きはがされそうだった。

 痛みも、苦しみも、何もかも感じられなくなったとき、私の意識は楽になった。だけど、それと同時に私は真っ暗闇の中に閉じ込められた。目を開けても覚めない暗闇。その中にたった一人。もう何も見えない。彼も見えなかった。


 突然、コーラが怯えたように痙攣した。まるで何処か暗い所に閉じ込められたみたいに、光の帯で辺りを探っていたんだ。声をかけても反応しない。僕は何だか分からないけど、不安な気持ちになった。まるでコーラが、どこかに行ってしまいそうだ。ヴィンセントはマントをはためかせて、コーラを優しく抱く。そして、コーラの口元に紅茶を近づけた。

「大丈夫だよ。これを飲んで落ち着きなさい」

コーラは口をぱくぱくさせながら、紅茶を口に運んでいく。紅茶の湯気に当てられて、コーラは正気を取り戻した。過呼吸のまま、コーラは青い顔をする。ヴィンセントはマントでコーラの体を丁寧に包んだ。

「悪い夢はもう覚めたよ」

「あ……あなたは……」

ヴィンセントから離れるコーラ。まだ夢の余韻が残っているみたいだ。コーラの悪夢はだんだん酷くなっている。でも、その原因は一体何だろう? ヴィンセントは金色の襟を整えて、窓の側に立つ。

「なあ、コーラ。一体どうしちまったんだ?」

「……分からない。でも、もう大丈夫よ」

クリスを心配させまいと体を振るコーラ。ヴィンセントは黙ってその様子を見ていた。やがてヴィンセントは、重々しく口を開く。

「……君達は、そこにいる星の妖精に導かれて、ここまで来たんだね」

「う、うん。元の世界に戻りたくて」

僕の言葉を吟味するように、ヴィンセントは何度も頷く。

「本当に、元の世界に戻りたいんだね」

「何度聞いたって同じだ。アタシらの答えは変わらない」

クリスも声を張り上げる。コーラは少し寂しそうに顔を曇らせた。ヴィンセントは目を閉じて何やら考え事をしている。もしかして、元の世界に戻してくれるのかな。ヴィンセントは玉座の奥にある扉の方へと、ゆっくり足を進めていく。そして、扉を開けて細長い指で手招きした。扉からは花の香りが風に運ばれてくる。ヴィンセントの髪が風になびく。

「元の世界に戻る方法はこっちにある。来なさい」

ヴィンセントは淡々と告げて、扉の奥へと消えてしまった。僕らもその後をついて行く。この扉をくぐれば、僕らの冒険は終わる。コーラとも……。いや、そんなことは考えたくなかった。できればコーラとも一緒にいたかった。

 扉の向こうには、庭園が広がっていた。テーブルの上にあった花に、色とりどりの草木が植えられている。でも、その庭園に足を踏み入れて僕は何か違和感のようなものを感じた。匂いこそはするものの、どこか人工芝みたいだ。まるでクリスと始めてあった施設の花壇のように。それに、外壁が他の部屋と比べて、傷だらけだ。まるで何か刃物で斬りつけられたように。ヴィンセントは庭園の中央に立つ。彼の足下には、巨大な魔方陣があった。円の中に、何やら不思議な文字が書かれている。まるで悪魔を召喚する儀式みたいだ。クリスも不思議がって、花壇の草を触っている。

「この魔方陣を起動させれば、君達は元の世界に帰れるよ」

ヴィンセントは大きく息を吸って、魔方陣を撫でる。コーラは悲しげに僕達を見た。僕だって寂しいよ。コーラとお別れだなんて。クリスもなかなか一歩を踏み出せずにいた。ヴィンセントは視線を落としたけど、すぐに僕らの方に向き直る。そして、マントの中に手を入れた。

「…………君達の冒険はここで終わる。…………だけど」

言うなり、ヴィンセントは腰から二本の剣を抜いて、魔方陣が書かれた床を打ち砕いた。そしてヴィンセントは、紫色の刀身を僕らに向ける。目は冷たい光を帯びていて、僕らを撃ち抜くような威圧感を放っていた。

「君達……いや、お前達の旅の終わりは、この魔王ヴィンセントが引導を渡してやる」


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