32話 魔王
階段を上って扉を開けると、そこには玉座があった。厳かな雰囲気に包まれた部屋は、豪華な装飾が施されている。銀色に光るシャンデリアに、宝石が散りばめられたように光る黒い床。そして玉座の奥には、夜空を映す窓があった。窓の側には、大きな人影が立っている。黒いマントをはためかせて、窓の外をずっと見ていた。
「……やあ、君達が来るのは分かっていたよ」
人影がこちらを振り向く。その姿を見て、僕は全身が逆立つような寒気がした。その人影は口調こそは穏やかだったけど、その顔はとても恐ろしいんだ。博物館で見た肉食恐竜の頭の骨みたいなものを被っていて、その隙間からは黒い炎みたいな髪が揺らいでいた。エメラルドの宝石みたいな目が、骨の間だから覗いている。恐竜の骨からは、山羊のような角が生えていて、恐竜と言うよりドラゴンの骨をそのまま被ったみたいだ。中世の貴族のような服を着ているけど、ドラゴンの頭とは合わない。胸元の万年筆をかたどったネクタイを締め直して、骨頭の貴族はしなやかな足取りで歩いてくる。
「はじめまして、私はヴィンセント。この城の主だよ」
ヴィンセントは優しい口調で話しかけてきたけど、目は笑っていなかった。それが余計不気味だ。ヴィンセントはコーラの姿をまじまじと見る。コーラは光の帯を後ろにした。クリスがコーラを庇うように前に出る。
「おい、テメェが魔王だろ? よくもアイツらを消してくれたな」
「まあまあ、そんなに怒らないで。こんなに良い天気だから、ちょっと椅子に座って紅茶でも飲んでゆっくり話をしようじゃないか」
憤慨するクリスを、ヴィンセントは穏やかに諭す。とてもじゃないけど、姿以外は魔王に見えない。物腰も柔らかだし、本当に魔王なのか疑わしいよ。ヴィンセントは窓の側にあるテーブルの椅子を引く。魔王の部屋には似つかわしくない、木製の小さな椅子だ。テーブルの中央には、花瓶に生けてあるヒスイ色の花があった。湖の側で見た花と一緒だ。僕らは警戒して、誰一人椅子に座ろうとしなかった。
「どうしたんだい? そんなに怖がらなくてもいいんだよ。罠だったりはしないからね」
優しくも、何処か抑揚の無い声で、ヴィンセントは続ける。戸惑いつつも、僕は椅子に座った。コーラもヴィンセントの様子をうかがいながら、椅子に座る。座った瞬間、針が突き出たりするかと思ったけど、そんなことはなかった。でも、クリスは警戒して椅子に座らないままだった。ヴィンセントは指を鳴らして、僕らの目の前に紅茶の入ったティーカップと茶菓子を出す。まるでランプの魔神みたいだ。紅茶からは微かにクリスが持っていた花と同じ匂いがする。なによりびっくりしたのは、茶菓子だよ。だって目の前の茶菓子は、僕好みに合わせられているんだもの。チョコレートにバタークッキー。マシュマロまである。イチゴのケーキとキャラメルは、一体誰の好みなんだろう。ヴィンセントは僕らの席よりひときわ大きい椅子に両足をそろえて座る。ドラゴンの骨を被っているせいか、表情が分かりにくい。一体何を企んでいるんだろう。手元の紅茶を一口飲んで、ヴィンセントは深呼吸をする。
「さあ、毒なんか入っていないから、遠慮せずにどうぞ。長旅で疲れただろう?」
僕らを気遣う口調のヴィンセント。その骨の仮面の裏ではどんな表情をしているのやら。紅茶の水面には、僕の疲れ切った顔が映っている。泥まみれになった顔。すすけてくしゃくしゃになった髪の毛。思えば、ここまでずいぶん歩いたんだ。コーラも紅茶を眺めている。まるで紅茶の中に溶けちゃいそうだ。でも、喉が渇いているせいか、コップの中の紅茶は底なし沼のように感じる。思わず僕は、紅茶を一口飲んだ。
「お……おい、リアム」
心配そうな顔つきで駆け寄るクリス。でも、紅茶の雫はもう僕の喉を伝っていった。花畑の中にいるような温かさだ。思わず眠ってしまいそう。でも、温かさが体中を駆け巡っても、吐き気とか痛みとかは襲ってこなかった。どうやら、毒じゃなさそうだ。
「君達がここに来た目的は知っているよ。私に会いに来たんだね?」
ヴィンセントはまるで隣人に話しかけるように僕らに問いかける。オズボーンさんみたいな話し方だけど、オズボーンさんはこんな怖い目をしない。ヴィンセントに話しかけられる度に、僕は身構えたくなる。
「……あなたが魔王?」
「みんなからはそう呼ばれているね」
「じゃあ、やっぱりテメェがムウムウ達をっ!」
怒りのあまり、ヴィンセントにつかみかかろうとするクリス。それを僕は止めた。今のヴィンセントに戦おうとする気配はない。悔しいけど、今は手を出す必要はないよ。ヴィンセントもクリスの様子を察して、視線を手に移す。その白い手袋で、一体どれだけの仲間を消して汚してきたんだろう。そのエメラルドの瞳に、一体どれだけ仲間の断末魔を映してきたんだろう。
「……そのことについてはすまないと思っているよ。だけど魔王として、命令に逆らった者は消さなくちゃいけないんだ」
心苦しそうな口調の魔王。魔王の紅茶の湯気も、寂しく揺れる。クリスは悔しげに歯ぎしりをして、拳を降ろした。それを見てヴィンセントは、安心したように紅茶を飲む。コーラは魔王の様子に目もくれず、紅茶を眺め続けている。飲みもしないで、一体どうしたんだろう。
「…………だった」
声にならない声で囁くコーラ。僕はハッとしてコーラの体を揺らす。まただ。またコーラは何かを見ている。
「コーラ! しっかりしてよ」
「あの人も……だった。それで、彼が紅茶を持ってきて……」
僕は何度もコーラの名前を呼んだけど、コーラは僕が見えていないみたいだ。クリスもコーラを呼んだけど、全く反応しない。まるでコーラがコーラじゃないみたいだ。口を震わせて、コーラは焦点の合わない目で天井を見つめていた。




