30話 本気の戦い
ルシアンがポケットからヨーヨーを取り出す。だいぶ使い込んだのか、ひび割れたヨーヨーだ。ルシアンは本気だ。悪役然とした態度で、僕を真っ直ぐ見ている。鋭い光を帯びた目が、これまでの門番とは違うことを物語っていた。僕は唾を飲み込んで、木の枝を手に取る。それを確認すると、ルシアンは腕を振り上げて、青白い火の玉を飛ばす。僕は木の枝を盾に変えて、火の玉を防ごうとする。火の玉は盾とぶつかって、空中に弾けた。すごい衝撃だ。気を抜くと火の玉に押し返される。僕は盾を剣に変えて、ルシアンと距離を取った。
「へぇ……少しは魔法が上達したじゃねぇか。嬉しいぜ……」
ルシアンは口角を上げて、城の床に勢いよく手を突く。すると、城の床から何本も火柱が飛び出してきた。青白い火柱が、僕の足下をすくい取る。足下をすくい取られて、僕は地面に叩き付けられた。すさまじい熱気が地面を伝ってくる。胸が打ち付けられて、鈍い痛みが広がった。痛みのあまり、僕は地面に這いつくばって呻く。
「どうした、その程度か? 勇者様よぉ」
ルシアンは嘲るような視線を僕に向けて、手に炎を灯らせる。その時、コーラがルシアンに向かって体当たりをした。だけど、ルシアンはものともせず、空いている方の手でコーラを掴む。ルシアンの手の中で、コーラは激しくもがく。
「リアムを殺させはしないわ! 殺すなら私から殺して!」
「……お前さんも可哀想なやつだ。そうやって何度も自分を犠牲にしてきたんだからな」
冷たく言い放つルシアン。でも、その手は少し震えていた。ルシアンは炎を纏った拳を、そのままコーラに振り下ろす。だけど、その拳はコーラに触れる直前、何かに弾かれた。僕には何が起こったか分からなかったけど、ルシアンは自分の拳を弾いた人物を射撃の的を狙うように捕らえている。
「おい、アタシの仲間に手を出すんじゃねぇ!」
クリスが杖をルシアンに向けていた。杖の先からは煙がたなびいている。ルシアンはにやりと笑って、さっと腕を振り上げた。クリスの体が見えない何かに縛り上げられる。よく見るとワイヤーみたいなものが、クリスの周りにまとわりついていた。ルシアンが指を鳴らすと、ワイヤーに炎がほとばしる。炎は情け容赦なく、クリスに向かって這っていった。
「足下注意だぜ、仲間想いの嬢ちゃん」
クリスはもがくけど、火との距離は縮まっていくばかりだ。あのワイヤーを切らないと、クリスが焼かれてしまう! でも、ルシアンに捕まったコーラも危ない。タバコの残り火を消すように、ルシアンは僕のお腹を踏んづけた。胃が圧迫されて、僕は声になら無い声を上げる。今までの魔物とは大違いだ。ルシアンは手加減する気がない。魔王の脅威になるものは、残さず消すつもりだ。
「さあ、どうする? ちびっ子。なけなしの勇気を振り絞らねぇと仲間と一緒にお陀仏だぜ」
ルシアンのブーツがずしんと重くなる。クラッカーみたいに僕の骨を折るつもりだ。クリスはサーカスで火の輪くぐりを迫られたライオンみたいに膠着している。僕はクリスにまとわりつくワイヤーに向かって、剣を投げた。ワイヤーは剣の軌道に沿って切れていく。体の自由が戻って、クリスは地面に着地する。剣はそのまま城の壁に突き刺さった。クリスは杖を振って、紫色の衝撃波を撃ち出した。衝撃波がルシアンの腹に直撃して、ルシアンはコーラを離して少しよろける。そのすきに僕も、ルシアンの足から逃れた。ルシアンはすかさずヨーヨーを振って、クリスを宙につるし上げる。
「駄目だぜ、そんなちんけな魔法じゃあ。オレを倒したいなら殺す勢いで掛かってきな」
ルシアンは宙に吊したクリスを、床に叩き付ける。床に叩き付けられて、クリスは鼻血を出した。よろよろしながら、クリスは杖を持つ。ルシアンはクリスの周りをヨーヨーで囲む。ヨーヨーの軌道は、たちまち青い炎に包まれた。熱気にさらされて、クリスは汗を垂らす。
「もう逃げられないぜ。諦めて運命を受け入れな」
「ふざけんな! お前なんかに運命を決められてたまるか!」
鼻血を拭き取って、クリスはルシアンを睨む。クリスは無防備だ。僕が守らないと。その時、部屋の奥から声がした。コーラだ。コーラが僕の剣を光の帯で包んで持ってきている。
「リアム、受け取って!」
「ありがとう、コーラ」
剣を受け取って、僕はルシアンに斬りかかった。一瞬ルシアンの反応が遅れて、ルシアンの肩を僕の剣がかする。でも、ルシアンはすぐさまヨーヨーを僕目掛けて振り回した。ワイヤーの鋭い線が、僕の露わになっている腕を引き裂く。痛みのあまり、僕は剣を落としそうになった。
「動かねぇ方が良いぜ。うまく首が刎ねられねぇからな」
ヨーヨーを手元に戻して、ルシアンは僕に歩み寄る。僕は痛む腕を押さえながら、剣をルシアンに向けた。手に血がにじんできている。紫色のカーペットは、僕の血で点々と黒く染まっていた。
「……ったく。素直に牢屋の中に入ってりゃあ、ここで死なずに済んだのにな」
ルシアンは炎を纏ったヨーヨーを、僕に向かって投げる。僕は剣を盾に変えて、ヨーヨーを防いだ。ひび割れているはずなのに、ヨーヨーは車が迫ってくるような勢いで、僕の盾を砕こうとする。盾を押さえる僕の足が、だんだん後ずさりしていく。盾が悲鳴を上げるようにピシッと嫌な音を立てる。そんな、負けちゃうのか? 僕は。一瞬の僕の戸惑いに反応して、盾は粉々に砕け散った。粉々になった盾は、ただの木の枝に戻る。僕は盾が壊れた衝撃で、後ろに倒れ込んだ。
「へへ……。もうお前さんを守る盾はねぇぜ」
ルシアンはヨーヨーを得意げに回す。炎を纏ったヨーヨーを回すその姿は、まるで曲芸師みたいだった。だけど、タネも仕掛けもなさそうだ。僕は体勢を立て直して木の枝を取りに行こうとする。ルシアンは火炎車と化したヨーヨーを僕に向かって振り下ろす。うなりを上げて迫る火炎。僕にはそれを防ぐ術がない。その時、何かが僕を空中へ連れ去った。ルシアンはすぐに、空中にいる僕らを絡め取ろうとヨーヨーを振る。僕を掴んでいる何かは、身を翻してヨーヨーを躱す。
「私が守ってみせるわ!」
「ほう、それは頼もしいぜ」
ルシアンはニヤリと笑って、僕を掴んでいるコーラに向かって炎のヨーヨーを鞭の様にしならせる。コーラのもう一つの帯に捕まっていたクリスが、衝撃波でヨーヨーを弾いた。青い炎が、紫色の衝撃波と共に舞い散る。
「お前の小細工は弾き飛ばせばこっちのもんだ!」
「ヘッ、その威勢の良さもすぐに諦めに変わるさ」
ルシアンの手が青く光って、無数の炎が放たれる。コーラは再び炎を避けようとしたけど、一つの炎がコーラの背中に当たった。煙を上げて、コーラは墜落する飛行機のように城の階段に落下する。僕とクリスも階段の側に落ちた。黒くくすんだ背中をさすって、コーラは小さく呻く。その命を摘み取ろうと、ルシアンは階段を一歩ずつ進んでいった。
「そんなに二人を守ろうと頑張っちゃってさ。今回の君の役目も終わらせてあげるよ」
ルシアンがコーラに手をかざそうとすると、階段に向かって紫色の衝撃波が撃たれた。ルシアンは一歩下がって、炎でクリスの杖を弾く。そのすきに僕は床に落ちている木の枝を拾って、ルシアンに向かっていった。でも、ルシアンはうるさいハエを振り払うように、生まれたての子鹿みたいな足どりの僕を虎みたいに睨んだ。生きた心地がしなかったよ。まるで僕の体に手を突っ込んで、心臓を掴まれたみたいだ。木の枝を持つ手がだんだん緩んできた。
「おいおい、そんな棒きれで何をしようっていうんだ? ちびっ子」
ルシアンは話にならないと言わんばかりに笑って、火の玉を僕に当てた。火の玉が足に直撃して、僕は悲鳴を上げて階段から転げ落ちる。足ですぐに振り払ったから良かったけど、火の玉は僕の靴下を焦がした。白い靴下が火の玉の軌道に沿って黒く焼け焦げて、足首が赤く燻っている。階段下に落ちて、僕は頭を打った。涙目になって、僕は頭を押さえる。火傷と頭痛で変になりそうだ。攻撃の手を緩める気もなく、ルシアンは両手に炎を浮かび上がらせた。ルシアンの目の前に、ボロボロになったクリスとコーラが躍り出る。二人とも肩で荒い呼吸をしていて、気力だけで体を支えているみたいだった。
「お前さん達も諦めが悪いな。さっさとくたばっちまったらどうだ?」
ルシアンは呆れるようにため息をつく。でも、二人はその場を動かない。まるで誰かを守るように。
「この程度の傷で、くたばるわけがないだろ」
「例えこの身が滅んでも、この子達はあなたなんかに殺させやしない」
口答えをする二人を見て、ルシアンは深くため息をつく。そして、ためらいもなく二人に両手の火の玉を浴びせた。僕は二人を助けようとしたけど、頭がぐらぐらしてうまく立ち上がれない。二人の体は吹き飛んで、ステンドグラスに激突する。ステンドグラスの夜景が、一瞬にして血の海に変わった。粉雪のように飛び散るガラスと一緒に、二人の体は地面に崩れ落ちる。それでも、クリスはまだ杖を握り締めていた。コーラの光の帯は消えていなかった。ルシアンは二人を焼き尽くそうと、大きな火の球を作り出す。この城のどこに行っても、逃がしはしないような炎だ。二人は立ち上がれないでいる。その姿は意識がもうろうとしている僕にも見えた。頭から血を流しながらも、赤茶色の瞳でルシアンを睨み付けるクリス。虹色の体が黒くくすんでも、目の光は消えないコーラ。……僕のせいだ。僕のせいで二人があんな目に遭ったんだ。激しい後悔と悔しさが身を包む。僕の手に握り締められている棒きれ。どうか、どうかまた剣に変わってくれ! 僕は二人に守られた。今度は僕が二人を守るんだ。傷だらけになった腕をだらりとぶら下げながら、僕はゆっくりと立ち上がった。……お兄ちゃんだからじゃない。伝説の勇者だからじゃない。ただ、仲間のピンチを助ける。当たり前だろう? 何を怖がる必要があるんだ。戦え、リアム! 体中の震えを圧し殺して、僕は自分を鼓舞する。棒きれを振りかざしながら、僕はルシアンに向かって駆けていく。僕が棒きれを振ると、棒きれは剣に変わってルシアンの肩を斬りつけた。ルシアンは突然の痛みに反応して、身を翻す。その弾みで僕は地面に転げた。僕の剣には、ルシアンの血が付いている。赤黒い血が付いた銀色の刃を見て、僕の背中には悪寒が走った。ルシアンのコートが破けて、肩から血が出ている。僕がやったんだ。二人を守るためとはいえ、いい気がしない。それを知って知らずか、ルシアンは肩から流れている血を指で拭って、それを舐めて不敵な笑みを浮かべた。
「その意気だ、ちびっ子。殺す気でかかってきな」




