29話 真実
オレだって、昔はただのガキだった。あの本を手に取って、星の妖精に導かれてこの世界に来た。お気に入りの紫色のニット帽に、紺色のパーカー。実にガキっぽい格好だったよ。性格もガキみたいで、星の妖精に自分が世界を救う勇者だって言われたときは、調子に乗ってその気になっていた。持っていたヨーヨーで魔法を撃ち出して、あの妖精と一緒に世界を救おうとした。暗い洞窟、枯れ葉の落ちた森。デカい湖にも行ったな。立ち塞がる門番をなぎ倒して、オレはついに魔王の城に着いた。だけど、勇者にはピンチがつきものだ。それを魔王との戦いで思い知った。オレは全力を尽くして魔王と戦った。だけど、魔王は傷一つ付かない。オレが一方的にボロボロになるだけだった。息も絶え絶えになってもなお、オレは魔王に攻撃していた。
――これで分かったであろう? 若者よ。お前は私に勝てない。お前はここで果てるしかないのだ――
――ふざけんな! オレは絶対にお前を倒してやる!――
体の疲労を振り切って、オレは無謀にも魔王に啖呵を切った。目の前に魔王の持つ大剣が迫っていたのに。魔王の持つ剣には既にオレの血が数滴こびりついていた。オレは魔法を撃ち出すが、魔王は降りかかる火の粉を振り払うように弾く。オレの視界が、だんだん霞んできた。魔王の重々しい足音だけが、耳鳴りのように響いてくる。
――無駄なことを。せめて苦しみを味わうことなく、お前の旅を終わらせてやる――
――やめて!!――
オレ以外の何かが、切り裂かれる音が聞こえた。虹色の光が、オレの視界に入ってくる。そんな……コーラ……。体を真一文字に切られて、血を流すことなく倒れるコーラの姿が鮮明に見えた。コーラの体は消えかかっている。だけど、オレにはコーラの体を抱えることしかできなかった。
――コーラ!! お願いだ! 死なないでくれ!!――
――ルシアン……。逃げて……――
オレは何度もコーラに呼びかけた。剣を振り上げる魔王に目もくれず。コーラの体は光に包まれて、花が散るように消えた。手の中にあったコーラの感触がなくなって、オレは愕然とする。それと同時に、胸の奥から魔王に対する怒りがふつふつとわき上がった。
――流れ星のように儚き導き手よ。お前の役目は終わった。安らかに眠るがいい――
――お前……よくも……よくもコーラをっ!!――
怒りにまかせて、オレは魔王に殴りかかった。その後どうなるか知っていたはずなのにな。魔王の剣が迫って、オレの視界は真っ暗になった。暗くなって、何も分からなくなっていく。その時にやっと気づいた。オレはあまりにも無謀だったって事をな。オレは勇者なんかじゃなかった。途切れる意識の中で、オレは何度もコーラの名前を呼んでいた。
気がついたときには、オレは魔王の城の前に立っていた。頭の中が真っ白だ。オレは一体何をしていたんだ。何も思い出せないでいた。……あの三人に会うまでは。城の門に、黄土色の髪のおっさんと、赤毛のポニーテールの嬢ちゃんが来た。そしてそいつらと一緒にいた星の妖精を見て、思い出しちまったんだ。そいつがコーラだって。だけど、コーラはオレを初めて見るような目をしていた。まるでオレとの旅をぜんぶ忘れちまったようにな。そして、気づいたんだ。今のオレは勇者じゃなかった。オレは魔王の手下っていう役割を与えられちまったんだ。オレは手を突き出して、魔法を撃ち出した。……今でも覚えているさ。オレの魔法に立ち向かおうと斧を振りかざす赤毛の嬢ちゃんに、それを守ろうと杖を振るおっさん。勇者ごっこをしていたオレにそっくりだったよ。だけど、オレは三人とも倒すしかなかった。ヒーロー劇の悪役のように、台本に従うしかなかった。炎の中で悲鳴を上げるアイツらを見ても、どうって事ないふりをするしかオレにはもうできない。もうオレは完全に勇者を倒す悪役になっちまったからな。
「……次に来たのは眼帯をした兄ちゃんだったな。頭が固くて、どんなに痛めつけても俺がコーラを守るとしか言ってなかったぜ。……まあ、結局オレにやられちまったけどな」
思い出すように呟くルシアン。僕らだけが世界を救うために呼ばれたわけじゃなかったんだ。コーラも心当たりがあるのか、苦しげに胸(に当たる部分)を押さえる。
「これで分かっただろ? この先に行っても魔王に殺されて手下にされるだけだ。諦めな」
突き放すように告げるルシアン。ルシアンも勇者だったなんて。にわかに信じがたいけど、もう嘘はついていなさそうだ。
「ふざけんなよ! ここで諦めたらアイツらは……ムウムウとカレンは何のためにアタシ達を通したんだ!」
クリスが拳を握り締めてルシアンを怒鳴りつける。だけど、ルシアンは何食わぬ表情だ。まるで本当に悪役になっちゃったみたいに。
「どうせお前さんらは負けて、コーラはまた記憶を失って振り出しに戻されるんだ。また新しい勇者を導くために。……また一つの物語を始めるために」
「そんなことないわ! 今度こそは導いてみせる!」
コーラも声を荒げる。こんなに必死になっているコーラは初めてだ。今まで、コーラは何回この表情になったんだろう。僕らみたいな人間がここに来る度に、コーラはこんな思いをしてきたのかな。ルシアンも聞き飽きたようにため息をつく。
「諦めろよ。オレだってもう諦めた。お前さん方はこの世界で自分の役割を全うしてりゃあ良いんだよ。開く度に内容が変わる本なんてないだろ?」
ルシアンは鋭い目で僕らを威圧する。だけど、僕も“はいそうですか”って引き下がるつもりはなかった。なおさら先に進むしかないよ。開く度に内容が変わる本がないなら、登場人物が増える本もないはずだ。僕は大きく息を吸い込んで、ルシアンの前に進み出た。
「だったら僕はなおさら先に進む! こんなことは間違っているよ!」
僕は堂々と答える。僕はヒーローなんかじゃないけど、臆病者でもない。木の枝の代わりに拳を握り締めた。それを見てルシアンは少し驚いたけど、すぐに僕を嘲笑う。
「…………ハハハ、笑っちまうぜ。すぐに尻尾を巻いて逃げ出しちまえば良いのに。お前さん、大馬鹿だぜ」
肩をふるわせて笑うルシアン。その姿は滑稽だったけど、何処か悲しげだった。
「誰が逃げるか! アイツらのためにも、お前をぶっ飛ばしてでも先に進むぞ!」
クリスも花を杖に変えてルシアンに突きつける。この場にいる誰一人として、城の外に出なかった。その場から動かない僕らを見て、ルシアンはタバコの煙を吐くようにため息をつく。
そして、僕から取り上げた木の枝を床に投げた。
「……へッ、お前さんらも今まで挑んできた連中と変わらねぇぜ。……来な。オレがその勇気をへし折ってやるよ」




