26話 怒りと憎しみ
アタシは杖を振って、衝撃波を撃ち出す。衝撃波は地面を抉って、二人を打ち砕こうと牙をむいた。カレンとムウムウは衝撃波を躱す。衝撃波はそのまま門にぶつかり、鉄の柵を食い千切った。……外したか。アタシは舌打ちをして、もう一つお見舞いしようと杖を構える。
「クリス、お願いだよ! 止めてくれ!」
お人好しのアイツが、アタシの前に立ちはだかる。どうしてそこまでするんだ。アイツらはアタシらを騙したんだぞ。憎いと思わねぇのか。つくづく幸せ者だ。アイツは木の枝を、白く光る盾に変えた。それで勇者のつもりか? 仲間のつもりか?
「うるせぇっ! もうアンタは仲間じゃねぇんだ! どけ!」
アタシはアイツに向かって杖を向ける。それでも、アイツは動かなかった。気弱そうな青い目を震わせて、真っ直ぐアタシを見ている。弱いくせに出しゃばるんじゃねぇよ。アンタは尻尾を巻いて逃げりゃあいいんだから。そういう所がムカつくんだよ。
「僕は君の兄だ! だから、ここはどかない!!」
アイツはアタシを気圧すぐらいの大声を張り上げる。あんなことを言っても、あんな態度をとっても、まだ兄貴面するのか。アタシとアイツはお互い退かずしばらくにらみ合う。頼むからそこをどいてくれよ。アタシだって、アタシだってアンタを守りたいんだよ。また、アイツらに裏切られたらどうするんだ。その時、アイツの頭に斧が振り下ろされた。
「危ない! リアム」
コーラがリアムの体を突き飛ばす。二人はバランスを崩して荒野に転げ落ちた。斧は二人をかすめて、地面に突き刺さる。
「仲間割れをしている暇はないんじゃないの? 早くここを離れないと、本気で行くよ」
地面に突き刺さった斧を、カレンは軽々と引き抜く。素顔を仮面で隠したような、冷たい表情だ。カレンは地面に倒れた二人を、まとめて斧で切断しようとする。
「させるかぁっ!」
アタシは杖から衝撃波を撃ち出す。衝撃波はカレンを宙に攫った。土煙を巻き上げて、カレンは衝撃波に切り裂かれる。肩当てが砕けて、血がにじんだ素肌が露わになった。今だ! 殺っちまえ! アタシは空中にいるカレンに向かって、もう一度衝撃波を放とうとした。
「カレン!!」
ムウムウが杖の先から、つむじ風を放つ。つむじ風はアタシの手から杖をかすめ取った。チッ、余計なことを。ムウムウは落下していくカレンを大きな手でキャッチする。
「カレン! 大丈夫かい?」
ムウムウは腕の中にいるカレンに呼びかける。どうせそれもまやかしなんだろ。アタシが見た生活のように。アタシは杖を拾い上げて、衝撃波を止めどなく撃ち出す。ムウムウは体を丸くして、自分の娘の上に覆い被さった。背中のリュックが吹き飛び、ムウムウの背中には大量の切り傷ができる。そろそろ目眩がしてきた。肩で息をしながら、アタシは二人に近づく。カレンは傷だらけになった自分の父親を見て、酷く怯えた顔をする。
「パパ!?」
「だ……大丈夫だよ、カレン。あの子はただ……怯えているだけなんだ」
自分を心配する娘を見て、ムウムウは口に付いた血を拭き取って笑顔を浮かべる。お涙ちょうだいの家族ごっこのつもりか。騙されるもんか。アタシは眉間に皺を寄せながら、両目で二人を捕らえていた。
「クリス!! もういいだろ! これ以上二人を傷付ける必要はないよ!!」
「あの二人にもう攻撃の意志はないわ!」
アイツが盾を構えてまたアタシの前に立ち塞がる。二人は驚いて、その様子を見ていた。コーラも光の帯を広げて、アタシの行く手を阻む。ったく、このスキに背後からやられたらどうするんだ。あちらさんも退く気はねぇぞ。きっとアタシらが諦めるまで、嫌でも攻撃を続けるだろう。アタシは脅迫するように、杖の先を二人に向けた。どうやら口で言っても分からねぇみてぇだな。事と次第ではお前らもぶっ飛ばしてやる。
「前にも言っただろ。実の兄でもねぇのに指図するなってな。それ以上言うならアンタから黙らせてやろうか」
“実の兄”の言葉を聞いて、アイツは顔をしかめる。そうだ、諦めろ。どんなことを言っても、実の兄じゃない限り、アタシの耳には届かねぇ。
「本当でもそうじゃなくても僕は君を止める! 君を守ることが僕の役目なんだ!!」
アタシに気圧されながら、なおも奴は強情な態度のままだ。アタシは奴の気迫に圧されて、それ以上言葉を返せなかった。……前にもこんな事があったな。洞窟で犬の怪物に襲われたとき、あの時もアイツはアタシの前に立ち塞がった。今みたいに弱々しい足取りで、体の震えを押さえて。こんな奴、衝撃波を撃ち出せばすぐに黙らせられるのに、どうして出せねぇんだ。手が……震えて。くそっ……。
「うわあっ!」
甲高い叫びと共に、二人の体が宙を舞う。ムウムウが途切れ途切れの息を吐きながら、杖を向けていた。杖からは旋風が、かがり火のように巻き起こっている。二人はアタシから離れた荒野の上に落下した。
「てめえっ!」
「悪いけど、私も退くわけには行かないんだ。娘を守るためにも!」
ムウムウは意識をつなぎ止めようと、歯を食いしばる。カレンはその言葉に、酷く驚いていた。まるで自分の父親の死期を悟ったように。こんな奴らが……こんな奴らがアタシらを騙したなんて。やり場のない怒りが、杖の先に全て集められた。アタシは地面に向かって衝撃波を放つ。衝撃波は地面を伝って、ムウムウの足下を抉った。アタシも吹き飛んだ小石で、肩を少し切る。なんてことはない。アタシは傷口をこすって、血を止めた。カレンとムウムウは吹き飛ばされて、門の鉄柵に激突する。鉄柵がへこみ、二人は口から血を吐いた。それでも震える手で、カレンは斧を持ち、ムウムウは杖で体を支えている。どうしてだ。どうしてボロボロになってまでここを守ろうとするんだ。どうしてアタシ達を騙してまでここを守ろうとするんだ。もうカレンを守る鎧は砕けた。ムウムウの杖の旋風も風前の灯火だ。そんなに魔王が怖いのか? そんなに使命が大事なのか? アタシには分からなかった。使命も、大切な奴もいないアタシには。
「はぁ……はぁ……。今度こそシメーだ。とっととくたばりな」
アタシは荒い呼吸をしながら、退路を塞ぐように二人の前に立ちはだかる。アタシの杖も、元の花に戻ってきた。これ以上衝撃波は出せねぇか。アタシは花を投げ捨てて、拳を握って足を踏みしめた。ムウムウの黄土色の毛は、血と土で汚れている。カレンのオレンジ色の毛も乱れてボサボサになっていた。二人からはもう戦意が感じられない。ただ、囚われた兎のように怯えるだけだった。
「危険だ。これ以上魔法を使ったら、君もただでは済まない……」
ムウムウがアタシの肩を見て、苦しげに語りかけてくる。ちっ……。この期に及んでまだアタシの心配をするのか。敵のくせに……。騙したくせにっ……!
「黙れぇぇっ! 敵のお前に心配されるいわれはねぇんだよ!!」
ありったけの暴言と共に、アタシはムウムウに拳を振り下ろす。それを止める術はなかった。拳はムウムウの頬を打つ。ムウムウは黙ってそれを受け止めた。ムウムウの血に染まるアタシの手。それでもアタシの怒りは収まらなかった。コイツは敵だ。化け物だ。アタシが殺すべき相手だ。
「お前らなんか……。……お前らなんかぁっ!!」
肩の痛みを振り切って、アタシは何度も殴り続ける。ムウムウは我が子を庇って一心にアタシの攻撃を受け止める。心配そうな目つきでアタシを見つめたまま。何でその目を止めねぇんだ。こんなに痛めつけられて、アタシが憎くねぇのか。考えれば考えるほど、激しい憎しみがわき上がってくる。顔にもムウムウの返り血が付いた。……本当に死んじまうぞ。早く助けてくれって言ってくれよ。騙して悪かったって言ってくれよ。忘れかけた肩の傷が、酷く痛んだ。遠くから、アイツとコーラの呼ぶ声が聞こえる。だけど、もうアタシにはそれが何を言っているのか分からなかった。……これじゃあどっちが化け物か分からないな。腕の感覚も、ムウムウの血の匂いも分からなくなった。ああ、もうアタシは人間じゃないんだな。ただ相手を殴り続けている、壊れた機械だ。
「うおおおおっ!」
頭の中の思いを全てぬぐい去るように、アタシは吼えた。そして拳を大きく突き上げる。ムウムウはそれを見ると、覚悟を決めたように目を閉じる。なんだ、もう諦めるのか。少しは抵抗しろよ。死んじまうんだぞ。こんな奴が……こんな奴がアタシを騙したのかよ。振り上げた腕には、階段に引っかけて破れた跡があった。そこから見える腕は、傷一つない。そうだ、これはムウムウが治してくれたんだ。他でもない、アタシを騙したムウムウが。あの優しい態度が嘘だったとしたら、この傷はどうして治してくれたんだ。アタシを止めるはずの敵なのに。お前らは平気で人を騙す化け物なのに。渦巻く感情を撃ち出すように、アタシは拳を一気に振り下ろした。




