24話 大切な兄
ムウムウは黙ったまま傷口を見ている。さあ、これでアタシがろくでもない奴だって分かっただろう。殴ればいい、独りにすればいい。お前も怪物だ。子供一人痛めつけてもなんとも思わないだろう? でも、いつまで経ってもムウムウは殴りもしないし怒りもしない。それどころかさっきの切り傷に向かって、優しく手をかざしていた。手から淡い光が漏れて、アタシの腕を包み込む。胸が温かくなる。すごく心地よい感覚だ。思わずアタシは、目の前にいるのが怪物だということを忘れていた。たちまち、傷口は塞がって元通りになる。治療が終わると、ムウムウは優しげに微笑んだ。血も涙もない化け物からは想像も付かないほど温かい笑顔で。
「……辛かったんだね」
ムウムウはそれ以上根掘り葉掘り聞こうとしなかった。ただ、先に行こうと手を差し伸べている。それが嬉しかった。これはアタシだけの秘密だ。アイツにも、コーラにも知られたくない。アタシはあの星屑がやっていたようなぎこちない笑顔を浮かべ、ムウムウの手を取る。そうだ、この手が人を傷付けるはずがない。こんな温かい手が。
「なあ、お前の娘ってどんな奴なんだ?」
「私にはもったいないくらいの娘だよ。ちょっとお転婆さんだけどね」
ムウムウは物思いにふけるような口調だ。本当に自分の子を大切にしているんだな。でなきゃこんな所に来ねぇよ。そういえば、アイツも無事なのかな。アイツはどうしようもないお人好しだから、アタシがいなかったらすぐに怪物にやられちまう。あの星クズも頼りないからな。
「どうしたんだい? そんな寂しそうな顔をして」
「し……してねぇよ! そんな顔」
ムウムウに顔を覗き込まれて、アタシは顔を真っ赤にする。いつの間にそんな顔をしてたんだ。みっともねぇ。アイツらのことを考えていたばかりに。
「ただ、アタシの兄ちゃん達はどうしているかな……と思ってな」
「兄ちゃん?」
「ほ……本当の兄ちゃんじゃないけどな! ヒョロヒョロで頼りなくて、でもいい奴なんだ」
ムウムウはアタシの発言に、急に険しい顔になる。あのボケーッとした顔からは想像も付かない。アタシとしたことが、アイツを兄ちゃんなんて呼んじまうとはな。ムカつくけど、いい奴なのは本当だ。クマのボロ人形に襲われたときに、アイツはアタシを庇ってくれた。コーラだって、宝石まみれのドラゴンからアタシを助けてくれたんだ。悔しいが、それは事実だ。あの時の剣を捨てて身代わりになろうとしたアイツの後ろ姿は、本当の兄ちゃんみたいだった。そんな奴に、アタシは実の兄じゃないとか言っちまったんだ。
「……そっか。きっと大丈夫だよ」
ムウムウはさっきの気難しそうな顔が嘘のように、アタシに笑いかけた。無理して笑っているようにも思えたけど、それでも嬉しい。アタシは階段を上がりきるまで、ムウムウの手を離さなかった。
階段を上がりきると、倉庫のような場所にたどり着いた。倉庫は樽が大量に置かれていて、その中にはリンゴがいっぱい詰まっている。ムウムウは倉庫の扉を開けた。扉を開けた瞬間、暖かい空気が入ってくる。外だ。
「ここを出れば、城の外に行けるよ」
ムウムウはアタシに頬笑みかけたけど、目は何処か悲しげだった。城の外には、三つの人影があった。その内二人には見覚えがある。アイツらだ。アタシはその影に向かって走って行った。その後ろでムウムウがどんな顔をしていたのかは、知るよしもなかった。




