20話 大切な妹
――また来てくれたの? 嬉しいわ――
手慣れたノックの音。オズワルドが来てくれた。彼は相変わらずボロボロの服を着ていたけど、私の姿を見るなりにっこりと笑う。初めて会ったときから彼はずっと変わっていないけど、それでよかった。私は咳き込みながら、彼からもらった本を閉じる。
――だ、大丈夫? 酷い咳だけど、何処か具合が悪いの?――
――大丈夫よ。ちょっと風邪っぽいだけだから――
私は咳き込んで痛む胸を押さえて、精一杯の笑顔を浮かべる。私は生まれつき体が弱い。お父さんもお母さんもそうだった。だけど、オズワルドにあってから、体の調子も少しよくなった気がしたの。
――オズワルドこそ大丈夫なの? そんな毎日のようにここに来て……――
――いいんだ。家にいても、父さんと母さんは僕のことより、次の魔法使いの当主になる弟のヒューバートの方を気にかけているし。キミと一緒にいる方が安心するよ――
オズワルドは少し寂しそうに呟く。オズワルドに家族がいたのはちょっと羨ましかったけど、それを聞くとオズワルドが少し可哀想になってくる。
――ありがとう。オズワルドの本、読んだよ――
――本当? どうだった?――
オズワルドは私が持つ本を嬉しそうに見る。オズワルドの絵は個性的だったけど、字は丁寧で、子供らしい優しい物語だ。内容は一人の騎士が、お菓子の国の人々を笑顔にするって言う単純な物語だけど、すごく面白かった。
――すごくワクワクする物語だったわ。オズワルドらしいね――
――よかったぁ、喜んでくれて――
私の言葉に、オズワルドは顔を真っ赤にして頬を掻く。それを見ていると、胸の痛みも治まってきた。
――ねぇ、いつか私達が会ったあの丘に、星を見に行こうよ――
――えっ。で、でも僕なんかとでいいの? 魔法使いの僕なんかと……――
言い終わらないうちに、私は彼の口に指を当てた。
――言ったでしょ? 魔法使いかどうかなんて関係ない。私はオズワルドと見たいのよ――
その言葉に、オズワルドはますます気恥ずかしそうな顔になる。そうよ。例えどんなに他の魔法使いが悪くても、オズワルドは違う。病弱な私の所に来てくれたたった一人の、最初で最後の親友だもの。
「私はあの人じゃない……。だけど、この夢は一体何なの? 誰がこの夢を見せているの?」
コーラは涙をボロボロこぼしながら呟く。虹色の体が、微かに曇っていた。くすんだ色の光の帯で、コーラは体を覆い隠して震える。呼吸のテンポもだんだん速くなった。
「出て行って!! 私の頭の中から出ていって!!」
威嚇する小動物みたいに、コーラは鋭い声を上げる。この頃のコーラはまるで、人間みたいに感情を露わにすることが多くなった。茶化されれば怒って、お礼を言われれば笑って、怯えたら泣いて。一体どうしちゃったんだろう。カレンはコーラの光の帯を、引きはがすように手に取る。コーラは虚ろになった目のまま、カレンを見た。
「しっかりして!! キミはこの子と一緒に外に出るんじゃなかったの!?」
カレンはコーラの意識を引き戻すように呼びかける。すると、虚ろだったコーラの瞳には光が徐々に戻った。
「この子……?」
「ゆっくり深呼吸をして。……そう……」
カレンに言われるがまま、コーラはゆっくり深呼吸をする。震えが収まって、コーラは落ち着きを取り戻した。カレンはそれを見ると、安心したように牙を覗かせて笑う。その時だけは猛獣じゃなくて普通の女の子に見えたよ。
「ありがとう、カレン」
僕はカレンにお礼を言った。外見だけで恐ろしい魔獣だと思った僕が恥ずかしかったよ。僕たちが疑っていたのに、この子は二度も僕らを助けてくれた。さすがに疑う気は失せる。
「でも、驚いたよ。キラキラちゃんにはこの子とクリスって言う子以外にも、大切な人がいるなんてね」
カレンは悪戯げにコーラの体を小突く。コーラは調子が戻ったのか、迷惑そうに目を細める。
「わ、私はコーラよ! それに、私には二人以外に大切な人はいないわ」
慌てふためいて、光の帯をせわしなく揺らすコーラ。それを見てカレンはますますニヤニヤする。
「ふーん、ホントかな? だってうわ言で何度も“オズワルド”って呼んでたよ」
「あ、あれは私が見た夢の中の人よ!!」
体を激しく発光させて、憤慨するコーラ。そんな反応を見て、カレンは小悪魔のような笑いを浮かべていた。なんか、コーラらしくないけど、元気になったみたいでよかったよ。こっちのコーラの方が、僕は好きだ。でも、コーラの言っていた、夢の内容も気になるな。牢屋に閉じ込められたときから、コーラは変な夢をよく見ているみたいだ。悪夢じゃなきゃいいんだけど。
「フフッ、果たしてホントかな? さ、早く大切な人に会うために行きましょ」
カレンはスキップをするように階段を上っていく。コーラは散々からかわれたせいか、酷く困惑していた。ヒスイ色の目をパチクリさせている。
「もう大丈夫? コーラ」
「え、ええ……。あなたとカレンのおかげで助かったわ」
コーラは無理に苦笑する。笑ったコーラの顔は好きだけど、無理矢理笑った笑顔はぎこちなくて嫌だな。僕とカレンのおかげ、か。コーラもちょっとカレンを信用してくれたのかな。
「ね、ねぇ。あのカレンって言う女の子、本当にいい子なんじゃないかな?」
僕の言葉に、コーラは少し驚く。だけど、すぐににっこりと笑って、僕の前に行った。
「…………そうね。さあ、行くわよ、リアム。早くここを出てクリスを探さないと」
コーラは宙を軽々と舞い、階段を上がっていく。僕も頷いて、階段に足を踏み出した。コーラの夢も気になるけど、今はクリスを探さなくちゃ。もしクリスに会ったら、忠告を聞かなかったことを謝らなくちゃ。相手にされなくても、それだけは聞いて欲しいんだ。クリスがいないと、僕らって感じがしないよ。
階段を上り終えると、倉庫のような部屋が広がった。樽ばかりで、身動きが取りづらいな。カレンは持ち前の怪力で、樽を脇にどかしていく。樽からリンゴが少し落ちた。ここにいる人はリンゴが好きなのかな? きっと他の樽にもリンゴが入っているんだろう。カレンは倉庫の古びた扉に手をかける。
「そう言えば、キミ達はどうしてここまで来たの?」
カレンがふと思い出したかのように聞いてくる。何の他意もない、単純な疑問みたいだ。
「僕たちは、元の世界に戻るためにここまで来たんだ。戻り方を知っているのは、魔王しか知らないしね」
僕の言葉に、一瞬険しい顔になるカレン。何か知っているのかな。何か意味ありげな表情だ。
「どうしたの? カレン」
「ううん、きっと戻り方は見つかるよ! だってキミ達は優しくて強い心を持っているんだもん!」
カレンは変に明るい口調で返してくる。カレンまでコーラみたいだよ。柄にもないことをやるなんて。
「それに、キミにはキラキラちゃんって言うお嫁さんがいるでしょ?」
「なっ、リ、リアムとはそんな関係じゃないわ!」
お嫁さんって言う発言に対して、コーラは取り乱して反論する。確かに、こんなに一緒に旅ばっかりしてちゃお嫁さんに見えても仕方がない。でも、僕とコーラじゃ年齢が違いすぎる。星に年齢があるかどうかは分からないけど、口調からして少なくとも僕よりは年上だもの。コーラには僕みたいなちびっ子は合わないよ。
「フフッ、冗談よ。さ、ここから出られるよ」
カレンは子供らしく笑って、倉庫の扉を開ける。その先には、先ほどの荒野が見られた。僕とコーラは外へと出て行く。どうやら倉庫は魔王の城の一角だったみたいだ。僕らのすぐ側には、魔王の城の正門が佇んでいる。来る人を自慢の鉄柵で串刺しにしてしまいそうだ。カレンは正門を指さす。
「あそこから、魔王城に入れるわ」
「ありがとう! 君もパパが見つかるといいね!」
カレンは礼を言われると、照れているのを見られたくないのか、顔を背けた。僕らは魔王の城へ歩みを進める。クリスは先に魔王城にいるかも知れない。もしルシアンの話が正しくて、この先に門番がいても、僕は進むしかないんだ。




