19話 妹
「ねぇ、君はどうしてここにいたの?」
階段の前にさしかかって、カレンはやっと足を止める。僕は息を切らしながらも、カレンに尋ねた。コーラもクタクタになって汗を拭うような仕草をする(星は汗を掻かないけど)。
「ワタシ、パパとはぐれちゃったの。探していたらここの看守に捕まっちゃって、何とか逃げてきたんだ」
寂しげな口調のカレン。ハリエットにも、こんな時期が合ったよ。ハリエットは人一倍冒険が好きだったけど、人一倍迷子になりやすかったからね。よく、迷子になったら大泣きしてジョージ兄さんを呼んでたよ。でも、カレンにお父さんがいるのか。……きっと大柄で、立派な鬣を生やしたおっかないお父さんなんだろう。娘が得体の知れない二人を連れているのを見たらどんな顔をするかな。
「あなたのお父さんって、どんな人なの?」
コーラは訝しげに聞く。まだ警戒しているみたいだ。ハリエットもどきの子ライオンはそれを聞くなり、軽い足取りで小躍りする。
「とっても強くて、優しいんだよ。それに立派な鬣をしててさ。ワタシもいつかあんな立派な鬣が生えたらなぁ」
カレンはうっとりするような口調で語り続ける。ここだけはハリエットと全然違うな。ハリエットはお父さんと一緒にお風呂に入る事すら嫌がるんだもん。でも、やっぱりイメージ通りのお父さんだ。カレンの夢を壊すわけじゃないけど、雌のライオンには鬣が生えなかったような気がするな。僕は苦笑して、カレンの様子を見る。妹には欲しくないけど、クリスとは正反対だ。きっとクリスとは気が合わないな。あんな性格だし、出会ったら即、猛獣と猛獣の食い合いになりそうだ。
「どうしたの? そんな思い詰めたような顔をして」
カレンがしげしげと僕の顔を眺める。えっ、僕、いつの間にそんな顔してたんだ。僕は自分の頬をパン生地みたいに伸ばしてみた。もし変な顔をしていたとしたら恥ずかしいよ。
「大丈夫よ。クリスもきっと無事だわ」
コーラが僕の肩を光の帯で撫でる。コーラがいてくれてよかったよ。僕一人であの牢屋にいたら、脱出する気にもならなかったと思う。カレンは僕らの言葉に、耳をピクピクと動かす。
「ねぇ、そのクリスってキミ達の大切な人なの?」
カレンは僕たちの話に興味津々だ。まるで噂話を早く聞きつけてくるハリエットみたい。僕とコーラは話していいものか、互いに目を合わせる。その間にカレンの顔が僕に近づいてきた。とうとう観念して、僕はカレンの方を向く。
「う、うん。僕の妹なんだ。実の妹じゃないし、喧嘩もしちゃったけど。……でも、本当はいい奴だと思うんだ」
僕は自信なさげに呟く。妹の忠告も聞かないで自分の意見を押し通した僕に、“僕がお兄ちゃんだ”って言う資格はあるのかな。妹なんてできたことないから分からないよ。でも、心の片隅で、もしもクリスと仲直りできたらっておもうんだ。
「そのクリスって言う妹ちゃんもきっとキミ達を大切な人だと思っているよ! だって喧嘩するほど仲がいいって言うでしょ?」
歯に衣着せぬ口調で、カレンは僕を元気づける。まだ敵か味方か分からないけど、嬉しいよ。ハリエットだったらそんな言葉かけてくれないと思う。クリスが僕たちのことを大切に思っている、か。絶対ないと思うな。触れる物ぜんぶ傷付けちゃうんだもん。周りの物はすぐ壊れちゃうから大切な物なんてないと思うな。コーラはさっきから黙って、顔を俯けていた。僕らには聞こえないくらいの声で、何かをぶつぶつ呟いている。僕とカレンは不思議がって、コーラに歩み寄った。
「どうしたの? コーラ。また、ボーッとしてるよ」
「大丈夫? 顔色が悪いよ」
心配する僕らをよそに、コーラのうわ言はますます酷くなる。階段に並ぶ無数の燭台の白い炎を瞳に映しながら、コーラは口をもごもご動かしていた。
「大切な人……。私には大切な人はいない。大切なのは使命だけ……。でも、あの人は……あの人には大切な人がいた……」
コーラの独り言が鮮明になってくる大切な人? 使命? あの人? 僕にはさっぱり分からなかった。一体コーラには何が見えているんだろう。コーラの体が酷い寒気に襲われたように震える。光の帯も、小刻みに揺れていた。
「しっかりして!」
カレンがコーラの体を揺する。それでも、コーラの目の前にはまるで別世界が広がっているようだった。僕も何度も、コーラの名前を呼び続ける。震える帯で、コーラは自分の頭を押さえた。
「教えてよ……私は一体誰なの? あなた達は一体誰なの!? 私は……私はっ!!」
怯えた表情で、コーラは階段に反響するぐらい絶叫した。その声は、僕らじゃなくて、コーラが見ている誰かに呼びかけているものみたいだった。




