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2話 グリーンウッド図書館

「リアム、リアムったら。なにボーッとしているのよ」

ママが僕の体を揺する。僕はハッとして辺りを見回す。いつの間にかグリーンウッドに着いていた。

「すまないね、パパとママは、これから買い物に行かなくちゃならないんだ。だから、リアムとクリスティンはこの図書館で少し待っていてくれないかな」

「えっ、なんでパパとママだけ買い物に行くの?」

車から降りると、そこには僕の家じゃなくて図書館があった。グリーンウッド図書館。確かに僕の行きつけの図書館で、待ち合わせにもよく使われるけど、どうしてパパとママはこんな所に僕らを降ろすんだろう。

「リアムは買い物に行くとすぐ飽きちゃうだろう? だからここでクリスティンと遊んでいなさい」

「心配しないで。閉館時間前には迎えに来るわよ」

ママはそう言うと、僕が被っている青いマリンキャップを撫でた。パパがいつかのクリスマスに買ってくれたマリンキャップだ。パパも僕を優しく抱きしめる。その様子も気にせず、クリスティンは車の中でそっぽを向いていた。確かに、僕がすぐ飽きるのは言えてる。だってママったら洋服を選ぶのに一時間はかかるんだもの。

「アタシも……降りるのか?」

「怖がらなくてもいいよ、クリスティン。この図書館には怖い人はいないからね」

面倒くさそうに睨み付けるクリスティンを、パパはまるで猛獣を檻から出すようにおどおどした態度でなだめる。ママも苦笑していた。

「……フン」

クリスティンは案外素直に車の外に出てきた。気が気じゃないよ。こんな凶暴な妹と一緒に図書館で待つだなんて。そんな僕の気も知れず、パパとママの乗った車はエンジン音を鳴らして行ってしまった。できたら“ママ―! パパー! 助けてー!! 猛獣に襲われるよー!”って叫びたいよ。でも、仮にも僕は兄だ。凶暴な猛獣に食われてたまるものか。それにこの図書館には、僕の味方がいる。僕は意を決し、図書館の扉を開けた。 図書館の中は相変わらず人が少なかった。そりゃあ田舎町の図書館だしね。来ている人も僕みたいな子供じゃなくて、新聞を読みに来たお年寄りや、調べ物をするために馬鹿でかい辞書をよろけながら運んでいる大学生ばかりだった。図書館はだいぶガタがきていて、木製の柱が痛んでいるほど古い。あまりにも古いせいで、この図書館で神隠しが起こるって言う噂があるくらいだ。それでも、僕にとっては落ち着く場所だった。僕は放課後ここに来て、本を読むのが日課だ。もっとも、今日は隣に血に飢えた猛獣がいるせいで、落ち着いてはいられなかったけど。

「やあ、リアム。今日は女の子と一緒なんだね」

館長のオズボーンさんが、僕らを見て優しく頬笑みかける。僕も笑って挨拶した。オズボーンさんは、放課後毎日図書館に来る僕の面倒をよく見てくれる。僕にとってはおじいちゃんみたいな存在だ。長年館長を務めているのか、口元には山羊のような白い髭が蓄えられて、おとぎ話に出てくる魔法使いみたいだ。老眼鏡越しに覗く紫色の瞳は、いつも優しそうな光をたたえていた。髪は白髪だらけで頬もこけているけど、鼻筋が通っていて、若い時はきっと映画のスターみたいにかっこよかったんだろう。

「こんにちは、オズボーンさん。こっちは僕の妹のクリスティンです」

「クリスティンちゃん。ようこそ、グリーンウッド図書館へ。借りたい本があったら遠慮せずいつでも私に言ってね」

オズボーンさんがいくら親しげに話しかけても、クリスティンは口を開こうとしない。これじゃあ、一生懸命話しかけているオズボーンさんが可愛そうだ。でも、僕が“妹”って言った瞬間、クリスティンの顔が険しくなったのを僕は見逃さなかった。

「外は暑かっただろう? ほら、冷たいココアだよ」

いつの間にかオズボーンさんが、二つのグラスにココアを入れて持ってきていた。僕はグラスを受け取り、クリスティンにも一杯手渡す。よかった、車に乗ってからずっと何も飲んでいないんだった。僕はグラスに入ったココアを一気に飲み干す。乾燥していた喉を、ココアが激流のようになだれ込んだ。ココアは体中を駆け巡るように、僕の体を冷やす。僕はしばらくの清涼感に浸った後、オズボーンさんにグラスを返した。クリスティンは手渡されたココアをじっと見ていたけど、やがてゆっくりと口をつける。でも、二口くらい飲んだところで顔をしかめて、そばのカウンターにグラスを乱暴に置き、図書館の奥へとドスドス音を立てながら行ってしまった。

「おやおや、せっかちなお嬢さんだね。そんなに早く本が読みたいのかな?」

オズボーンさんはそんな様子を見ても、いつも通り微笑んでいた。オズボーンさんはいつもこんな調子だ。やんちゃな子供が本に落書きをしたときも、“あの子はお絵かきが好きなんだね”

って言ってその本をあげちゃったんだ。僕はオズボーンさんが好きだけど、お人好しすぎるところがたまにキズだ。僕はオズボーンさんに軽く会釈して、クリスティンの後を追う。まずい、あんな獰猛な猛獣を野放しにしたら、民間人に被害が出ちゃうよ。僕は図書館の“静かに!”って書かれた張り紙を気にしつつ、足を速めた。

 

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