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1話 僕はお兄ちゃん!?

拝啓、親愛なる妹様

この手紙を読んでいる頃には、僕とはもう会えないほどあなたは離れているでしょう。もうずいぶんと長い時が経ったから、無理もないです。お忙しい中ですが、“あの本”のことを覚えているでしょうか。僕の生まれ故郷、グリーンウッド図書館にあった古い本です。わが親愛なる妹様のことだから、そんなものはとうに忘れてしまったと思いますが、僕はあの出来事をつい昨日のように覚えています。時がたってもあの本のことが忘れられず、館長のオズボーンさんに無理を言って譲ってもらいました。つきましては、妹様の家のポストに、例の本を送りましたので、よければ開けて一読しておいてください。追伸、親愛なる妹様のことですからこのような手紙は丸めて捨てたものだと思っています。それでも僕は別にかまいません。ただ、手紙は捨てても、どうかあの出来事だけは忘れないでください。

……ふう、こんな感じかな。

 車のせわしない音がだんだん減ってきて、僕はゆっくり目を覚ました。灰色のビル群が、いつの間にか緑の田園風景に代わっている。僕は目をこすって、今、自分がどこにいるのか見まわした。見覚えのある学校のリンゴの木、いつもお昼に鳴り響く時計塔の鐘。グリーンウッドの町の見慣れた光景だ。日がだんだん沈む中、河川敷で子供たちがせっせと自転車に乗り込んでいく。そこに突然、意地の悪い顔が僕の視界に迫った。僕は慌てて身を引き、顔から視線を逸らす。一目で染めたと分かるふけの付いた茶髪に、馬鹿でかい絆創膏が貼られた頬。社会に対して常に反抗心を持っていそうな皺の寄った眉間と、鋭い赤茶色の目。生徒指導の先生がもしこの場にいたら、説教どころか即、退学届けを突きつけそうだ。

「……何ボーっとしてんの」

いかにも不快そうな声音で、意地の悪い顔は僕をゴミでも見るかのような目つきで睨みつける。僕はどう言い訳をしようか頭の中で考えを巡らせる。家に突然警察が来て、覚えもない逮捕状をこれ見よがしに出された気分だよ。こんな奴が、僕の妹だなんて。

「別に、外の風景を見ていただけだよ」

「へぇ、そう」

そっけなく返した僕の言葉に対して、妹は別段興味もなさそうに返す。そんな反応が返ってきて、僕は内心ほっとした。てっきり殴り掛かられるかと思ったよ。僕は今まで、妹を誰彼構わず噛みつく、狂犬だと思っていたからね。

「クリスティン、もうそろそろグリーンウッドに着くよ」

運転席から声がする。パパだ。その声を聴いて僕は自分が今どんな状況なのかやっと分かった。僕は今、車に乗っているんだ。妹を乗せた帰りの車に。助手席にはママがいる。なにやらいろいろ書いてある紙をしきりにめくっていた。僕と同じ青色の目を、神経質そうに動かしている。

「……こんな土臭いジャガイモ畑が、アタシの新しい家か」

「そんな事はないぞ。住めば都っていうだろう」

ため息交じりに吐き捨てるクリスティンに対して、穏やかな口調でなだめるパパ。バックミラーにはパパの気弱そうな緑色の瞳が映っていた。クリスティンはそれ以上会話を続ける気がなさそうに、僕に背を向けて寝そべる。どうやら、新しいお住まいは気に入らなかったようだ。でも、僕はクリスティンがこの町を気に入るはずがないのは知っていた。初めて僕の“妹”を迎えるその時からね。

 

僕、リアム・スタンフォードは突然兄になることが決まった。いつもと違ってそわそわする家の中。我が家にはベッドが既に三人分あるのに、せっせとハンマーをふるって新しいベッドを作るパパ。家には僕一人しかいないのに、女の子用の洋服を嬉しそうにタンスにしまうママ。最初はママが、僕に女の子用の服を着せるつもりなんじゃないかと思ったよ。でも、昼下がりに昼食のサンドイッチを食べた後、パパの車の後部座席に座らされて、そうじゃないって事が分かった。家族旅行なんて滅多に行かない、ましてや僕が住んでいる田舎町じゃなくて、ビルばかりが並ぶ大都会なんてなおさらだ。初めて見る景色に、僕は窓から顔を出さずにはいられなかった。サイダーを持った綺麗な人が現れたと思ったら、テレビでよく見る天気予報に変わった掲示板の画面。お金持ちの人がペンキで全部金ぴかにしたようなビル。畑と小さな家しか見たことがない僕にとっては、全ての景色を視界に収めたいくらいだった。でも、用があったのはそんな偉い人がワインを片手に住んでいそうな大きい建物じゃない。それは大都会の建物としては似つかわしくない、小さな建物だった。小綺麗なほど白い建物に、小さなグラウンドに広がる僕ぐらいの年齢じゃつまらない遊具達。田舎の景色を無理矢理都会に持ち込んだような花の植わった植木鉢。パパは車を小さな駐車場に停め、僕らを建物の中に連れて行った。中のカウンターには眼鏡をかけたスーツ姿の女の人が、笑顔で僕らを出迎えてくれた。僕の学校の先生みたいな人だ。父さんと母さんがその人と話している間、僕はつまらなそうに建物の中をふらふらと歩いていた。大人の話は難しそうだから聞かなかったよ。建物の中には子供達がはしゃぎ回っていた。僕くらいの子もいれば、僕より小さい子も。僕は誰とも話しかけようとしなかった。別に友達がいらないわけじゃないんだ。ただ、僕はちょっと人見知りで、知らない子に話しかけるのが怖かったんだよ。僕は遠目で、遊んでいる子供達を見ていた。みんな楽しそうだ。でも、その片隅で一人だけつまらなそうにしている子が目に留まった。ボサボサの茶髪に、眠たげな赤茶色の目。この季節には似つかわしくない、黒いだぶだぶのジャンバーを着ていた。僕に気づいているのか気づいていないのか分からなかったけど、誰に対しても敵意を向けているような目つきだ。僕はその子が自分のほつれた紺色のズボンの糸を気怠げに引っ張っているのを、ただじっと見ていた。

 しばらくして、話が終わったのか、カウンターの眼鏡の女の人(パパとママは確か、“ヘザーいんちょー“って呼んでたな)が、一人の子供を連れてきた。その子の顔を見て、僕はひっくり返りそうになった。だって、その子は僕がさっき見た茶髪の子供だったんだ。パパはその子を今日から僕たちの家族だ、って言って抱きしめようとしたけど、その子は乱暴にパパの手を叩いたんだ。ヘザーさんは申し訳なさそうに、頭を下げていたけど、その子は顔色一つ変えず、ジャンバーの袖をいじっていた。取り繕うような笑顔のママ。あろうことかパパとママは、そのピラニアみたいに噛み付く子を、”リアム、今日からこの子は君の妹だ“って言って車に乗せたんだ。帰り道、僕はその子に、ドラマで見た頼りがいのあるお兄ちゃんらしく話そうと努めたけど、返事が返ってこないことにうんざりしてそれ以上話しかけるのを止めた。その建物の名前は最後まで僕には読めなかったけど、帰り道に遠ざかる建物の”○○いん“っていう字が、妙に印象に残ったんだ。


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