第6章:破滅へのカウントダウン
時は流れ、平穏な生活の中で妻が三人目を妊娠した。
趣味でのめり込んでいたミニ四駆の大会。見事優勝を果たした歓喜の会場でその報告を受け、俺は記憶が飛ぶほど喜んだ。仲間たちからも盛大に祝福され、自分の人生はようやく絶頂を迎えたのだと信じて疑わなかった。
だが、そこから伴侶はみるみる痩せ細り、救急車で大きな病院へと搬送され、長期の入院を余儀なくされる。
工場の夜勤に加え、家事、二人の小学生の面倒、そして病室への見舞い。極限まで追い詰められていた俺に、救いの手を差し伸べてくれたのは、あの義母が産んだ「真ん中の弟」だった。
「兄ちゃん大変でしょ。代わりに俺が様子を見てくるよ」
その言葉に、俺は血の繋がりを信じ、疑うことなく甘えてしまった。それは、自らの手で城の城門を開け放つような、致命的な過ちだった。
無事に出産を迎えた後から、日常の風景に微かな、しかし決定的な「違和感」が混じり始める。破滅への時限爆弾の秒針が、静かに動き出したのだ。
まず、産まれた赤ん坊の名前には、なぜか弟と同じ漢字が含まれており、こちらの意見は頑なに退けられた。
さらに、妻の身体が動けるようになった直後から、異常な行動が目立ち始める。俺が家族を養うために夜勤で命を削っている裏で、あの女は産み落としたばかりの乳飲み子を、小学生の長女と長男に押し付けるようになった。
「ちょっと友達とポケモンGOをやってくる」
そんなふざけた口実で、毎日のように家を空ける。それに比例するように、俺が血と汗を流して稼いだはずの家庭の金は、見る見るうちに不自然に消えていった。
背筋を凍らせるような狂気は、さらにエスカレートしていく。
ある休日、俺の家族と弟の家族、全員で揃って「ナガシマスパーランド」へ遊びに出かけた時のこと。遊園地の喧騒の中で、妻はあろうことか弟の嫁に向かって、平然とこう尋ねたという。
「ねえ、なんか性病とか持ってる?」と。
人間の皮を被った化け物たちの狂宴。後になってすべてを知るのだが、妻は不倫関係に陥った末に弟から性病をうつされ、それを裏切っている真っ最中の「正規の妻」に対して探りを入れていたのだ。俺は知らず知らずのうちに、そんな吐き気のする道化芝居のど真ん中に立たされていた。
そして、極度の金属アレルギーであるはずの妻が、右手の薬指に見慣れぬ指輪を光らせるようになった。
「これ? ママ友とお揃いなの」
女は悪びれもせず、白々しい嘘を吐いた。
決定打は、弟の娘の誕生日会だった。
数日前、妻から「姪っ子の誕生日だから、自転車を買ってあげたい」と提案され、俺は二つ返事で了承していた。弟の子供の祝い事に、一切の疑いなど持っていなかったからだ。
誕生日当日。親父と真ん中の弟は一緒に電気会社をやっており、その日は二人とも早々にパーティーを切り上げ、夜勤へと向かっていった。
主役の父親たちが消え、家の中が少し落ち着いたタイミングだった。弟の嫁が、思い詰めたような顔で俺の前に立ち、口を開いた。
「お兄さんに、聞きたいことがあります」
彼女の震える手から差し出されたのは、一つの銀色の指輪だった。
「これ、あいつの車の助手席に落ちてたんです。誰のかと問い詰めたら、『兄貴の指輪だ』って答えたんですけど……本当にお兄さんのですか?」
息が止まった。
視線の先にあるその金属の輪は――「ママ友とお揃い」だと言い張っていた、妻の右手の指輪と、デザインもサイズも完全に一致していた。
弟は、自分の浮気の証拠を嫁に突きつけられ、あろうことか実の兄である俺に罪をなすりつけて逃げようとしたのだ。親父と同じ、保身のためなら平気で家族を売る、腐りきった血の証明だった。
頭から氷水を浴びせられたような感覚の中、俺は妻に声をかけ、問い詰めた。
血相を変えた女は、逃げるようにトイレへと駆け込み、内側から乱暴に鍵をかけた。静まり返った廊下。ドアの向こうから、誰かに電話をかける震える声が漏れ聞こえてくる。
「……バレた」
その三文字が、カウントダウンの「ゼロ」だった。
俺が人生を懸けて築き上げた城は、最も愛した伴侶と、最も信じていた弟による最悪の密室の裏切りによって、音を立てて崩れ去った。




