第七話:国家的な謝罪と、至高のハンバーグ御用達
『カイト・ミート』へようこそ。
第六話で無能な文官バルガスを完全浄化し、自首させたカイト。
その噂を聞きつけた国王陛下が、今度は公式な国家の謝罪と視察を兼ねて、深夜にお店へとやってくるお話です。
王宮財務部の次官だったバルガスが、
自らの悪事を大号泣しながら憲兵隊へ自首したというニュースは、
翌朝、王都の上層部を文字通り震撼させた。
さらに、
彼が『カイト・ミート』に不法侵入し、
元勇者カイトの規格外の神聖魔力を浴びて強制的に聖人化させられたという鑑定魔導師の証言は、
国王や重臣たちを大いに慌てさせた。
「あやつを無能と罵って追い出したばかりか、利権を強奪しようとするなど……
我が国はどれほどの爆弾に触れるところだったのだ……!」
そんな王宮の恐慌を他所に、
我が店は今日も平和に営業を終了し、
エレノアと二人でまったりと片付けをしていた。
すると、
店の前に大袈裟な馬車が何台も停まり、周囲をガチガチの重装騎士たちが固め始めた。
夜間の商店街が、一瞬にして物々しい空気に包まれる。
また面倒な役人か、と俺が包丁を握り直したその時、引き戸が静かに開いた。
入ってきたのは、豪華な王冠を頭に戴き、仕立ての良いマントを羽織った、白髭の見事な初老の男性だった。
その後ろには、誠実そうな宰相と、ガタガタと震えている財務大臣が控えている。
「カイト殿……! そして、我が娘、エレノアよ……!」
入ってくるなり、その初老の男性――
この国の最高権力者である国王陛下が、信じられないことに、俺の目の前でこれ以上ないほど深く頭を下げた。
「この度は、我が国の愚かな文官バルガスが、貴殿に対して言語道断の非礼を働き、さらにはお店の利権を脅し取ろうとしたこと、深く、深く謝罪する!
本当に申し訳なかった!」
国王自らが腰を直角に曲げて謝罪する姿に、後ろの大臣たちも一斉に床へ平伏した。
「え、あ、国王陛下……!?
頭を上げてください、俺はただの肉屋ですから!」
俺が慌てて手を振ると、国王は顔を真っ白にしてさらに身を縮こまらせた。
「いや!
バルガスから没収した書類や余罪の報告を受け、余は自らの無能を大いに恥じた!
魔王戦のあと、お前を無職へと追い込んだのも、
すべてはバルガスらの情報隠蔽に踊らされていたのだ!
お前ほどのSSSランクの神聖魔導師であり、
至高の解体技術を持つ英雄を、
我が国はなんという扱いをしてしまっていたのか……!」
国王は一点の曇りもない本気の恐怖と後悔に満ちた目で俺を見つめていた。
バルガスの完全浄化の一件以来、王宮側では「カイトの店を怒らせたら、国が分子レベルで三枚おろしにされる」という凄まじい勘違いが共有されているらしかった。
「お父様。
カイト様はとても寛大な御方ですから、バルガスの件はもう気にしていませんわ。
それよりも、せっかくお店にいらしたのです。
カイト様の作った新メニューを召し上がっていかれませんか?」
割烹着姿のエレノアが、実の父親である国王に対して、誇らしげに胸を張って提案した。
「む、新メニュー……?
まさか、あの街の冒険者たちが戦闘兵器とまで恐れ戦いているという、伝説の……」
「はい。
アースクエイク・ポークハンバーグですわ。ちょうど、夕食代わりに焼こうと思っていたところです」
カイトは苦笑いしながらも、「じゃあ、すぐに焼きますね」と言って調理場へ向かった。
無限収納の浄化空間から、最高の鮮度を保ったまま成形されているハンバーグのタネを取り出し、熱した鉄板へと静かに滑り込ませる。
ジュワァァァァァァァァッ!!!
刹那、店内に爆発的な香りの圧力が広がった。
ボアの極上の脂が弾ける音と、全人類の食欲を暴力的に支配する香りに、平伏していた国王や大臣たちが、直立不動の姿勢のまま「ゴクリ」と同時に猛烈に生唾を飲み込んだ。
「な、なんだこの香気は……!
長年、王宮の宮廷料理人が作った最高級の肉料理を食べてきた余だが、これほどまでに本能を揺さぶられる香りは初めてだ……!」
強火で表面を閉じ込め、じっくりと蒸し焼きにすること数分。
丸々と太り、旨味の結界がパンパンに張られたハンバーグが、国王たちの前に並べられた。
「さあ、お父様、大臣の皆様、温かいうちにどうぞ」
エレノアに促され、国王が緊張で手を震わせながら、ナイフ代わりにフォークを突き立てる。
プツッ。
その瞬間、ハンバーグの表面が決壊した。
ドバァッ!!! と、お皿の縁を完全に決壊させる、透明に澄み切った濃厚な『肉汁の濁流』が溢れ出してきた。
「な、肉汁のスープだと……!? お肉が、旨味の洪水を起こしておるぞ!」
国王は慌ててその一切れを口へと放り込んだ。
モグ、と一口噛み締めた瞬間、国王、そして同じようにハンバーグを口にした大臣たちの動きが、完全に停止した。
口の中に入れた瞬間、カイトが10度以下に保ったまま完璧に捏ね上げたミンチ肉が、体温でとろけるように解けていく。
大地の生命力そのものを凝縮したかのような圧倒的な旨味が脳髄を突き抜け、彼らの五臓六腑を駆け巡った。
「ふにゃあああ……美味い、美味すぎるぞぉぉぉ……!!」
国の最高権力者であるはずの国王が、普段の威厳を完全に犬に食わせたレベルで、頬を両手で押さえながらふにゃふにゃと脱力してしまった。
大臣たちにいたっては、美味さの衝撃で白目を剥きかけながら、お皿に残った肉汁を一滴残さず舐め取ろうと必死になっている。
そして次の瞬間、国王のステータス画面がピコンと音を立てて展開された。
【状態:『アースクエイク・ハンバーグ』の摂取により、全属性魔法耐性+30、最大魔力量が一時的に35%上昇(持続時間:12時間)】
【慢性疾患:長年の政務による『重度の偏頭痛』および『腰痛』が、微弱な聖気により完全治癒されました】
「な……なんということだ……!
余の、余の持病の腰痛が完全に消え去り、身体の中に王宮の精霊泉並みの魔力が満ち満ちておる……!
これは料理ではない、国家の至宝だ!!」
国王は涙を流しながら大絶叫し、カイトの手をがっしりと握りしめた。
「カイト殿! いや、カイト様! 本日をもって、この『カイト・ミート』を我が王国の『最高特級国家御用達精肉店』に指定する!
それと、エレノアとの婚約解消も公式に完全撤回だ!
ぜひ、ぜひ我が娘を正式に娶ってくれ!」
「お父様、
それは私がもうカイト様に直談判して、お店の女将になる約束を取り付けてありますわ」
エレノアがふふんと勝ち誇ったように微笑む。
「おお、そうか!
さすが我が娘、手際が良い!
カイト様、どうか我が国を、その包丁一本で末永く支えてくだされぇぇぇ!」
こうして、王宮の上層部を純粋な美味さとバフ効果で完全に胃袋から支配してしまった『カイト・ミート』。
バルガスの嫌がらせから始まった一連の騒動は、
皮肉にも、お店の社会的地位を国家公認の「触れてはならない最強の聖域」へと押し上げる結果となった。
カイトは国王たちの熱狂を見ながら、のんきに「喜んでもらえてよかったな」と微笑みつつ、明日も変わらずお肉を捌くための包丁を研ぎ澄ますのだった。
(第八話へ続く)
第七話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
国王陛下自らが大真面目に腰を抜かし、ハンバーグの美味さとバフ効果でふにゃふにゃに蕩けて国家御用達に指定してしまう日常商業回でした。
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