第四話:新メニュー開発と、肉汁の決壊
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今回は新メニュー開発。アースクエイク・ボアを仕留め、肉汁たっぷりのポークハンバーグ作りに挑戦です。
王都から数里離れた未開の森林。
大気をビリビリと震わせる咆哮と共に、巨木をなぎ倒しながら現れたのは、Aランクモンスター『アースクエイク・ボア(地震猪)』だった。
現役の精鋭騎士団が一線級の装備を整えて、ようやく討伐できるレベルの巨大な魔獣。
その巨躯が踏み出すたびに地割れが起きる、まさに歩く天災である。
だが、
エプロンを外して「仕込み用」の元聖剣を片手に持つカイトにとっては、少し違う。
「よし、アースクエイク・ボアだな。
こいつは突進の衝撃が強すぎるから、
正面からまともに受けるとバラ肉の繊維が潰れて味が落ちるんだ。
背後か、あるいは側面から一撃で仕留めないと……」
カイトは完全に、市場で極上の豚肉を買い付ける仕入れ人の目でボアを凝視していた。
ボアは目の前の人間を肉片に変えんと、地面を猛烈に蹴り上げ、音速に近い速度で突進してきた。
その圧力だけで周囲の風圧がナイフのようになって押し寄せる。
しかし、レベル999に達しているカイトの動体視点から見れば、その突進は「のそのそと歩く鈍重な荷車」に等しかった。
「バラ肉は傷つけない。
ロースの形も綺麗に残す。
狙うのは――頸椎の隙間、ミリ単位の隙間だけだ」
カイトはスウ、と息を吐くと、ボアの突進の軌道上から、
まるでお辞儀でもするかのように優雅にいつものように、半歩だけ身をかわした。
すれ違いざま、
腰の肉切り包丁(聖剣)を静かに、
しかし神速の一閃として振るう。
ザシュッ。
肉を切るにしては、あまりにも軽やかな音が響く。
あらゆる障壁や魔獣の頑丈な皮膚を分子レベルで無効化する『無限浄化』の力が上乗せされた包丁は、ボアの首の骨の、わずか一ミリの隙間に正確に滑り込んでいた。
次の瞬間、
アースクエイク・ボアは何が起きたのかも理解していない表情のまま、
その巨躯をピタリと停止させ、そのまま崩れ落ちた。
ドバドバと血を流して肉を汚すことすら許さない、
究極の即死最小解体。
「よし、鮮度が落ちないうちに『無限浄化』っと」
カイトが死体に手をかざすと、
眩い聖なる光がボアを包み込み、ドス黒い瘴気が一分子残さず消滅した。残されたのは、前世の最高級黒豚をも遥かに凌駕する、
白く艶やかな極上の脂身と、切る前の鮮度を完全に保った桜色の赤身肉だった。
「よし、そのまま仕舞うか。
――『無限浄化・格納』」
カイトが呟くと、浄化の聖なる光の渦が広がり、巨大なボアの死体をそのまま吸い込んで消し去った。
カイトの持つ『無限浄化』は、レベルが上がりすぎた結果、恐ろしい派生スキルを生み出していた。
浄化によって瘴気を完全消滅させた「清められた存在」に限り、
その浄化空間の内部へ時間停止の状態で無限に収納できるという、異次元の無限収納能力である。
「本当、このスキル便利だな。瘴気も抜けるし、どれだけ大きな獲物でも鮮度百パーセントのまま何トンでも持ち帰れる。お肉屋さんのためにあるような魔法だよな」
レベル999の能力と世界唯一の神聖魔法を、大真面目に「最高の冷蔵倉庫」として扱いながら、カイトは手ぶらで鼻歌混じりに王都へ駆け戻るのだった。
◇
「カイト様、おかえりなさいませ。……あら? 今日は手ぶらですの?」
営業終了後の『カイト・ミート』の調理場。
割烹着のエプロンをきゅっと結び直したエレノアが、不思議そうな顔で美しい眉をひそめていた。
「ただいま、エレノア。ちゃんと仕入れてきたよ。ほら」
カイトが空間に手をかざすと、
眩い光と共に、先ほど仕留めたばかりの、まだ体温すら残っているアースクエイク・ボアの極上肉が、まな板の上にドスンと現れた。
「まあ……! 何度拝見しても、カイト様の浄化魔法の派生空間(無限収納)は素晴らしいですわね。
王宮の魔導師たちが数億円かけて作るマジックバッグが、大真面目にゴミクズに見えてしまいますわ」
「あはは、ただの食材倉庫だからね。
さあ、こいつの脂は融点が低くて口の中でとろけるんだ。
今回はこれを使って、新しい看板メニューを作ろうと思ってさ」
「新メニュー、ですか?」
エレノアが小首をかしげる。手にはしっかりと肉挽き器のハンドルが握られている。
「そう。名付けて『アースクエイク・ポークハンバーグ』。
細かく挽いてミンチにすることで、極上の脂身と赤身が完璧に融合するんだ。
エレノア、ハンドルを回して。結構重いから、無理しないでね」
「お任せください。カイト様のためなら、これくらい……って、あら?」
エレノアが細い腕でハンドルを回した瞬間、
グニ、と心地よい手応えと共に、
ピンク色に挽かれた美しいミンチ肉がニュルニュルと押し出されてきた。
本来なら鋼鉄並みの硬度を持つ魔獣の肉。
だが、カイトの『無限浄化』で肉質が極限まで柔らかく熟成されているため、
元王女の腕力でも、
まるで熟した果実を潰すかのように滑らかに挽くことができていた。
「素晴らしい手応えですわ……!
まるで、大地の生命力が私の手のひらを通じて、
美味なるものへと再構築されていくような……」
「あはは、ただのひき肉作りだから、そこまで深く考えなくて大丈夫だよ」
大真面目に感動しているエレノアをなだめつつ、カイトは挽きたてのミンチ肉に、炒めた玉ねぎ、卵、秘密の香辛料を加えていく。
「よし、捏ねるよ」
カイトはボウルに両手を突っ込み、一気に肉を混ぜ合わせ始めた。
手の体温で肉の良質な脂が溶け出さないよう、
極限のスピードで、かつ肉の粘り気が最高潮に達するポイントを見極める。
ビチチチチチチッ! と、調理場に凄まじい肉の摩擦音が響く。
レベル999の身体能力をフル稼働し、
肉の温度を「10度以下」に保ったまま捏ね上げる。
カイトの目には、肉の中のタンパク質が強固な網目構造を形成し、
その中にボアの爆発的な肉汁が閉じelakaanていく様が克明に見えていた。
「……よし、これで肉汁の防壁は完璧だ」
綺麗な楕円形に成形されたハンバーグのタネを、
煙が立つほどに熱した特製の鉄板へと静かに滑り込ませた。
ジュワァァァァァァァァッ!!!
刹那、
調理場の中に、全人類の食欲を強制的に覚醒させるような、
暴力的かつ神聖な香りが爆発した。
「な、なんですの、この香りは……!?
胸の奥が、熱く、締め付けられるようですわ……!」
エレノアが思わず胸元を押さえ、大真面目な顔でトランス状態に陥りかけている。
表面を強火で一気に焼き固め、旨味の結界を張った後、蒸し焼きにすること数分。
じっくりと膨らみ、中央がパンパンに盛り上がったところで、カイトは蓋を開けた。
「できたよ。さあ、試食(毒見)の時間だ」
お皿に盛られたハンバーグに、エレノアが緊張した面持ちでフォークを突き立てる。
プツッ。
その瞬間、ハンバーグの表面が弾けた。
ドバァッ!!! と、透明に澄み切った、
しかし濃厚極まる『肉汁の濁流』が、お皿の縁を越えて溢れ出してきたのだ。
「っ……!? お肉が……お肉が泣いていますわ、
カイト様! 旨味の涙を流しています!」
「いや、ただの肉汁だからね。さあ、温かいうちに食べて」
エレノアはハッと我に返ると、肉汁の海に浸かった一切れを口に運んだ。
モグ、と一口噛んだ瞬間、エレノアの動きが完全に停止した。
ボアの肉から溢れ出た超高密度の生命力が、エレノアの五臓六腑を駆け巡り、
全身の細胞を極上のエネルギーで満たしていく。
「ふにゃふにゃ……美味、すぎ、ますわぁ……」
普段の凛とした王女の威厳はどこへやら、
エレノアは蕩けたような顔で、
頬を両手で押さえながらふにゃふにゃと脱力してしまった。
慌てて彼女のステータスを確認すると、恐ろしい文字列が並んでいる。
【状態:『アースクエイク・ハンバーグ』の摂取により、全属性魔法耐性+30、最大魔力量が一時的に35%上昇(持続時間:12時間)】
「よし、これなら明日の目玉メニューとして自信を持って出せるな」
「はい……!
これをお客様に出せば、王都の商業ギルドの歴史が、大真面目にひっくり返りますわ……!」
こうして、カイト・ミートの新しい武器が完成した。
しかし、この「肉汁が決壊するハンバーグ」の噂が、のちに王都全域を揺るがすさらなる大行列と、あの脳筋に進化した元仲間たちの耳へと届くことになるのは、もう少しだけ先のお話である。
(第五話へ続く)
第四話をお読みいただき、ありがとうございました。
仕入れがますますプロ仕様になったカイト。
次回の新メニュー販売もお楽しみに!
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