第三話:魔物肉の真価と、商店街の激震
『カイト・ミート』本日も元気に開店です。
今回は魔物肉がもたらす、街の「大混乱」のお話です。
「……おい、嘘だろ。
身体が、軽い、なんてレベルじゃねぇぞ……!」
王都の片隅、下町の薄暗い路地裏で、
一人の男が自分の手のひらを見つめながらガタガタと震えていた。
彼の名はガゼル。
Cランクのベテラン冒険者であり、この界隈ではそれなりに名の知れた、泥臭い戦いを得意とする戦士だ。
ガゼルは先ほど、
商店街の端に新しくできた胡散臭い精肉店『カイト・ミート』で、
最も安価に投げ売りされていた『浄化済ゴブリンのモモ肉』を買い、
クズ野菜と一緒に煮込んで食べたばかりだった。
本来、魔物の肉は呪いの塊だ。
瘴気に汚染された肉を食えば、
激しい拒絶反応で内臓を焼かれるか、
最悪の場合は自らが魔物化する。
それがこの世界の常識であり、神の理であった。
しかし、
元勇者だという冴えない店主が「瘴気は完全に抜いてありますから、安心してくださいね」と、
腑抜けた笑顔で差し出してきた肉は違った。
食べた瞬間、全身の血液が沸き立つような熱量に襲われた。
ゴブリン特有の獣臭さは微塵もなく、
むしろ上質な地鶏の地肉を思わせる、
強烈な弾力と野生味溢れる濃密な旨味が脳髄を直撃した。
あまりの美味さに貪り食い、スープを最後の一滴まで飲み干した直後――
異変が起きた。
「おいおい……
五年前にトロールの棍棒を食らって以来、ずっと軋んでやがった左膝が……痛まねぇ。
それどころか、なんだこの溢れる力は……!」
ガゼルは背中に背負っていた、
いつもはズシリと重い鋼鉄の大剣を引っこ抜いた。
軽い。
まるで木の枝でも握っているかのように、軽々と片手で振り回せる。
試しにステータス画面を展開してみると、
そこには信じられない文字列が浮かんでいた。
【状態:『ゴブリン肉の加護(微)』により、筋力ステータス+15(持続時間:24時間)】
【慢性疾患:『古傷の呪い(膝)』が、微弱な聖気により完全治癒されました】
「おいおいおいおい!
これ、教会の高価な聖水や、一瓶で金貨が飛ぶ特級ポーションより遥かに効果が上じゃねぇか!
しかも値段は、ただの豚肉の半値だぞ!?」
ガゼルは色めき立ち、
大剣を背負い直すと、脱兎の如く走り出した。
向かう先は、冒険者ギルド。
もちろん、なけなしの貯金が入った財布を握りしめてだ。
あの店のお肉が他人に買い占められる前に、
あるだけ全部買い叩かなければならない。
これと全く同じ現象が、
王都の至る所で、
大真面目な顔をした大人たちの間で同時多発的に発生していた。
「奥さん聞いた!?
あそこのオークのバラ肉を旦那の夕飯に出したら、
十年来の腰痛が治って、
朝から裏山の薪割りを一人で全部終わらせちゃったのよ!」
「うちなんて、ワイバーンの手羽先を子供に食べさせたら、
魔導学校の試験で急に魔力量が倍になったって先生が腰を抜かしてオロオロしてたわ!」
口コミは、恐怖ではなく「驚愕」の形で商店街を駆け抜けた。
カイトの持つ『無限浄化』は、ただ瘴気を消し去るだけのスキルではない。
それは、レベルが上がったことにより様変わりして、もはや浄化魔法の域を逸脱していた、
その上限がどれほどの効果を生むかは、
カイトでも把握しきれていないほどだ。
魔物が持つ狂暴な生命力や、
世界を汚染するほどのドス黒い魔力を、
分子レベルで綺麗にフィルタリングし、
すべて人間に有益な『極上の栄養素』と『ステータス上昇バフ』へと完全変換する、
調理における究極の錬金術だった。
当然、そんな奇跡の肉を取り扱う『カイト・ミート』の店頭は、
またたく間に地獄のような大混雑となった。
「はいはい、押さないで!
並んでください!
お肉は逃げませんから、
列を乱すとオークの骨付き肉で殴りますわよ!」
商店街の狭い路地に響き渡るのは、鈴を転がすような、
しかし一切の妥協を許さない冷徹な美声。
声を張り上げているのは、
白い割烹着を身に纏い、
手には大きな拡声魔導器を握りしめた絶世の美女――
エレノアだった。
この国の第一王女であり、カイトの元婚約者。
国の上層部がカイトを「惨敗した無能勇者」として見捨て、
婚約を一方的に白紙撤回した際、
彼女は王宮の窓から脱出してカイトの元へ物々しい決意で押しかけてきたのだ。
「エレノア様、あの、ゴブリンのレバーを二百グラムほど……」
「お買い上げありがとうございます!
でも、生食は厳禁ですわよ!
我が国の法律で魔物レバーの生食は死罪と定めても良いくらいに危険ですからね!
しっかり火を通す、これカイト様との約束です!」
王宮仕込みの圧倒的なカリスマ性と、
お肉屋さんのルールを絶妙に融合させた彼女の客あしらいにより、
暴動寸前だった荒くれ者たちも、
まるで躾けられた子犬のように大人しく行列を作っている。
「はい、お待たせ! オークの特上ロースね。冷めないうちに食べなよ」
調理場の奥から、カイトが汗を拭いながら巨大な木箱を担いで現れた。
中には、独自の技術で完全に瘴気が抜かれ、
美しいサシが入った桃色の肉がぎっしりと詰まっている。
「カイト様、本日も素晴らしい仕込みですわ。
ですが……
少々、お客様の数が膨れ上がりすぎています。
ギルド長や街の衛兵隊長まで、
自分の職権を乱用して『裏口から回してくれ』と賄賂(金貨)を持ってくる始末です」
エレノアが困り顔で、しかしどこか楽しそうに報告する。
「ああは……。
まあ、みんな健康になりたいんだよ。
でも、これ以上の仕入れは、俺一人だとちょっと追いつかないかもな」
カイトは苦笑いしながら、自分のステータス画面を薄目で見た。
毎日、自分で仕入れた魔物肉を、
毒見と称して「美味い美味い」と食べ続けているせいで、
カイトのステータスは今この瞬間も、一秒ごとに微増し続けている。
レベルはとっくにカンストの『999』。
だが、
彼自身は「商店街の肉屋の二代目」としてのアイデンティティが強すぎるため、
その異次元の力を「包丁を素早く振るため」と「重い肉の塊を軽々と運ぶため」だけにしか使っていなかった。
「よし、
明日は少し遠出して、もっと肉質のいいAランクの『アースクエイク・ボア(地震猪)』でも仕入れてくるよ。
あれの脂身は、前世の最高級ブランド豚にそっくりなんだ」
「まあ!
カイト様がそこまで仰るなら、私も気合を入れてコロッケの衣を準備しておきますわね!」
大真面目にズレた目標を掲げる最強の元勇者と、
それに全面的な信頼を寄せて割烹着の袖を捲り上げる元王女。
二人の、そして商店街の熱い日常は、国を動かす大きな渦へと変わり始めていた。
(第四話へ続く)
第三話をお読みいただき、ありがとうございました。
魔物肉の驚異的な効果に、大真面目に大騒ぎする王都の人々の日常回でした。
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