第十一話:冥界の一撃解体と、神話への抜け道
『カイト・ミート』へいらっしゃい。
第一章の最終回となる第十一話。ケルベロスを仕入れるため、前人未到の冥界へと足を踏み入れたカイト。
お肉の衛生環境を整えるために放った『無限浄化』が、地獄の環境と魔物たちにとんでもない奇跡を巻き起こし、さらに神話の竜へと繋がる「奇跡の抜け道」を発見するお話です。
エレノアから共有空間の木箱を通じて届いた名門貴族からの『ケルベロス肉』の緊急注文。
進路を北へと変えた俺はレベル999の脚力で荒れ果てた大地を駆け抜け、出発から数日と経たずに目的地へと到着していた。
「ここが『冥界の入り口』か
お肉の保管には向かない環境だな」
目の前に広がるのは、天を突く赤黒い岩山に引き裂かれた、文字通りの奈落の底。
地中からはドス黒い魔力と濃厚な瘴気が絶え間なく噴き出しており、草木一本生えない呪われた地だ。
そんな世界の終焉のような光景も、お肉屋さんの二代目にとっては「衛生環境の悪い仕入れ先」に過ぎない。
「グルゥゥゥァァァァァッ!!!」
地割れの奥からこちらの存在を察知して飛び出してきた巨躯があった。
三つの巨大な犬の頭を持ちそれぞれの口から地獄の業火絶対零度の吹雪、すべてを両断する雷撃を漏らす災厄の冥府の番犬――Sランクモンスター『ケルベロス』だ。
一族の命運をかけた決闘を控える戦士が、命を賭してでも欲しがるという闘志の特級食材。
「三つの頭から別々の魔力を回しているから、首元のロース肉に極上の赤身と凄まじい筋力バフが凝縮される……。
うん、実に引き締まった良い肉質だ。美味いロースハムやステーキになりそうだな」
カイトは至って冷静に肉の品定めを終えると、腰の肉切り包丁(聖剣)にそっと手をかけた。
「一族の命運がかかってるんだ、肉の繊維を一ミクロンも傷つけずに切り出してあげるからね」
「ガルゥッ!?」
ケルベロスが牙を剥き、三つの頭から同時に炎、氷、雷の咆哮を放とうとした刹那。
レベル999の神速から繰り出されるカイトの抜刀は、すでに音速の概念すら置き去りにしていた。
スウ、と風がそよぐような軽やかな音が響く。
「――秘技・部位指定ミリ単位一撃解体」
ザシュッ。
それは、空間そのものを正確に型抜きするような神業だった。
あらゆる障壁や耐性を分子レベルで無効化する『無限浄化』を纏った包丁が、ケルベロスのロース肉がある首元の部位だけを、骨の隙間を完璧にすり抜けて一瞬で切り取った。
次の瞬間、地獄の番犬は何が起きたのかを理解することすら許されず、
一滴の血も流さずにその場でピタリと動きを止め即死した。
肉の旨味を完全に閉じ込める究極の即死最小解体である。
「よし、注文通りのロース肉が綺麗に十キロ。鮮度が落ちないうちに『無限浄化・格納』へ」
切り出した最高のロース肉を空間へと吸い込ませ、エレノアが王都の店からいつでも取り出せるように共有フォルダへと配置する。これで名家の決闘用お肉の仕入れは完了だ。
「さて、残りの胴体もお店の裏メニュー用にバラして持ち帰りたいんだけど……」
カイトは周囲を見渡して、うーんと眉をひそめた。
あたりには、地中から噴き出す赤黒い瘴気が濃密に立ち込めている。このままここで解体作業を続けると、せっかくの肉に汚い空気の匂いが移ってしまいかねない。お肉屋さんとして、衛生管理の行き届いていない場所での作業は断固として拒否すべきだった。
「作業がしづらいなちょっと換気しよう。――『無限浄化』周囲全開」
カイトが手を地面にかざし、自身の神聖魔力を一気に解放した。
刹那、冥界の入り口全体を覆い尽くすほどの、目も開けられないほどに清らかな純白の光の濁流が全方角へと炸裂した。レベル999の出力で行われる広域浄化は、大地の底に眠る千年の呪いすらも一瞬で塵へと還していく。
ゴォォォォッ……! と、激しい光の風が吹き抜け、次の瞬間。
数キロメートル四方に立ち込めていた不吉な黒霧が完全に消滅し、冥界の入り口だったはずの場所は、まるで教会の総本山のような神聖で澄み切ったクリスタル空間へと変貌を遂げていた。
すると、光の余波を浴びた周囲の光景に、奇妙な変化が起きた。
「キューン……?」
「みゃお……?」
カイトが周囲を見渡すと、そこには、かつてこの地に巣食っていたはずの、おぞましい角や牙を持つ冥界の魔物たちの姿があった。
彼らのドス黒い悪意や瘴気がカイトの『無限浄化』によって分子レベルで完全分解された結果――魔物たちの目が「くるっ」とした愛くるしい形に変わり、小さくデフォルメされた、最高にモフモフで愛くるしいおじゃら(珍獣)たちへと生まれ変わってしまっていたのだ。
「あれ? みんな、ずいぶんと可愛くなっちゃったね。
まあ、衛生環境が良くなったからいっか」
足元にすり寄ってくる丸っこい珍獣たちの頭をのんきになでながら、カイトは残されたボアやケルベロスの解体作業をテキパキと再開した。
綺麗になった岩場を片付けていた時のことである。
カイトの最高峰の能力『食材鑑定(SSS)』のレーダーが、ケルベロスが塞いでいた岩壁の奥から、あり得ないほど濃密な「お肉の気配」を察知した。
「ん? この岩の隙間……風が吹いてるな。奥から漂ってくるのは……この神聖で、かつ圧倒的な、千年の歳月を感じさせる極上の霜降りの香りは……!」
カイトが包丁の柄で岩壁を軽く突っつくと、ガラガラと音を立てて岩肌が崩れ落ち、奥から巨大な洞穴が姿を現した。
その洞穴の奥からは、王都で古地図を見た際に確認した、あの方角も距離も全く違うはずの、前人未到の霊峰――すなわち、あの『エンシェントドラゴン』の住処へと直接繋がっている、未知の空間短縮ルートの波動が満ち溢れていた。
「嘘だろ……。百乃の森を抜けて半月かかるはずだった神話の竜の住処に、この洞穴を使えば一瞬で行けるじゃないか!」
お肉屋さんの二代目としての仕入れの勘が、この奇跡的なショートカットの発見に大いに歓喜した。
「よし、最高の流れだ。エレノアへの手紙でルート変更を伝えたばかりだけど、これならケルベロス肉の鮮度を保ったまま、すぐにエンシェントドラゴンの千年熟成肉も仕入れに行けるぞ!」
カイトはのんきに笑いながら、目の前に広がる神話への洞穴を見据え、至高の霜降り肉を捌くために、再び軽い足取りでその暗闇の奥へと進んでいくのだった。
(第二章へ続く)
第一章(全十一話)、ここまでお読みいただき本当にありがとうございました!
カイトの無自覚な異次元解体と広域浄化により冥界が癒しの空間に変わり、物語はいよいよ第二章の「エンシェントドラゴン編(魔王との和解への序曲)」へと突入致します!
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