第十話:女将の包囲陣と、物々しすぎる商店街
『カイト・ミート』へようこそ。
カイトが世界の果てへ旅立ち、エレノア一人でのワンオペが限界を迎える第十話。
彼女が実家(王宮)の国王に助けを求めた結果、お店が物々しすぎる最強の陣形へと変貌し、街を巻き込んだ異様な大ヒットへと発展するお話です。
カイト様がエンシェントドラゴンの仕入れ(のちに手紙でケルベロスへと進路変更されましたが)に旅立たれてから、数日が経過した。
主不在の『カイト・ミート』だったが、カイト様が残してくださった異次元の『格納空間共有システム』のおかげで、仕込みの手間もなく、私は最高鮮度のスライス肉やハンバーグのタネを毎日取り出しては、店頭で揚げる日々に専念できていた。
しかし、店を一人で切り盛りする中で、私はある重大な問題に直面していた。
「だ、駄目ですわ……!
いくら仕込みの手間がなくても、お客様の数が多すぎて、私の物理的な『腕の数』と『お会計の速度』が完全に限界を迎えていますわ……!」
アースクエイク・ポークハンバーグの熱狂は収まるどころか加熱の一途をたどっており、
行列は商店街を三周半して王都の主要大通りまで達しようとしていた。
私一人では、どれだけ神速でコロッケを揚げても、注文とお釣りの受け渡しが物理的に追いつかない。
このままでは、カイト様が大切にしている商店街の平穏が、肉汁を求めて狂暴化しかけている群衆によって大混乱に陥ってしまう。
これ以上のワンオペ営業は、大真面目に不可能。
そう判断した私は、すぐさま実家である王宮へと、一通の極秘要請の手紙を認めて送った。
「お父様――いえ、国王陛下。カイト様の精肉店の治安維持と円滑な商業運営のため、信頼できる人員の派遣を要請いたします」
国家御用達の指定、および私との婚約解消を完全撤回したばかりの国王(お父様)の動きは、驚くほど迅速だった。
要請を出した翌朝、開店前の店の前に、厳重に遮蔽された大型の馬車が到着した。
バサッと馬車の幕が開いた瞬間、そこから飛び出してきたのは、かつて王宮で私に影のように付き従っていた、見覚えのある女性たちだった。
「エレノア様ぁぁぁーーーっ!!!
お労しや、本当にお肉屋さんでエプロンをされておいでですわーーーっ!」
「城を飛び出されたと聞いた時は、夜も眠れませんでした!
またお側でお仕えできるなんて、夢のようですぅぅぅ!」
馬車から降りてきたのは、私付きの精鋭メイドたち、総勢8名だった。
彼女たちは涙と鼻水を流して大号泣しながら、
私の割烹着姿の周りに群がり、ハンカチを握りしめて涙の再会を喜び合った。
「みんな、よく来てくれましたわね。
涙を拭きなさい。
さあ、再会を祝して、まずは全員分の『カイト・ミート特製割烹着』ですわ。
即座に着替えて、お肉のスライス配置と金銭授受のフォーメーションにつきなさい!」
「「「「はっ、エレノア様!」」」」
王宮仕込みの過酷な教育を耐え抜いた8名のメイドたちは、
一瞬で涙を拭うと、支給された割烹着を完璧に着こなし、店頭のカウンターへ一列に整列した。
しかし、お父様が寄こした補給戦力はそれだけではなかった。
メイドたちの後ろから、地面を鎧の擦れる音で鳴らしながら、一糸乱れぬ動きで前進してきた一団があった。
「エレノア王女殿下!
国王陛下の勅命により、これより『カイト・ミート』周辺の治安維持、および行列の警備任務を拝命いたします!」
そこに並んだのは、まばゆい白銀のフルプレートアーマーに身を包んだ、王国が誇る最強最精鋭の近衛騎士、選りすぐりの10名だった。
彼らは国宝級の聖剣を腰に差したまま、大真面目な顔で店の周囲を取り囲み、数メートル間隔で直立不動の警備体制に入った。
こうして、開店時間を迎えた『カイト・ミート』は、色んな意味で物々しすぎる異様な構えへと変貌を遂げていた。
「お、おいおい……なんだよ、今日のお肉屋さんの雰囲気は……」
開店と同時にやってきた、腕自慢の常連客である荒くれ冒険者たちが、店の前に一歩足を踏み入れた瞬間、一斉にガタガタと震え出して硬直した。
いつもなら「おらぁ! ハンバーグ早く出せ!」と怒鳴り散らすCランクやBランクの屈強な戦士たちが、国家最高峰のレベルを持つ近衛騎士たちの冷徹な眼光に射すくめられ、借りてきた子猫のように大人しく、大真面目な直立不動の姿勢で列に並んでいる。
「次の方、前へ。
列を乱す者は、国家反逆罪に準ずるものとしてその場で拘束する」
「ひ、ひえぇっ! すみません、ちゃんと並びます!」
最強の騎士たちによる無駄にレベルの高い列整理により、店頭の治安は完璧どころか、静粛な儀式会場のようになっていた。
しかし、この物々しすぎる異様な光景は、思わぬ二次災害――いえ、さらなる大盛況を引き起こした。
「キャーッ!
見て奥さん、あそこに立っている近衛騎士の隊長様、なんて凛々しくて素敵なのかしら!」
「本当ね!
お肉を買いに来たついでに、こんな上等な目の保養ができるなんて!
ハンバーグをあと三個追加で買うから、あの騎士様の後ろの列に並びましょう!」
王宮一の美男子たちが揃った近衛騎士団の姿を見つけるや否や、
街の若い娘や近所の奥さん方が一斉に色めき立ち、
「きゃぴきゃぴ」と黄色い声を上げながら、
お肉の購入を兼ねた『騎士団同伴ツアー』のような状態で行列に殺到し始めたのだ。
「カイト様のお肉で健康になり、騎士様たちで心が潤う……!
なんという奇跡の精肉店かしら!」
「はい、お待たせいたしましたわ!
アースクエイク・ポークハンバーグ、お一つお買い上げです!」
カウンターの奥では、8名の割烹着メイドたちが、王宮直伝の超高速かつ優雅な手際でお会計と包装を処理していく。
私のワンオペ時とは比較にならないほどのハイスピードで列が消化され、売上金が入る金箱は瞬く間に金貨で満たされていった。
荒くれ冒険者たちが騎士の威圧にビビり、街の女性陣が騎士の美貌にキャピキャピと群がるという、あまりにも異様で混沌とした、しかし凄まじい大盛況。
「ふふっ……さすがはお父様。完璧な人員配置ですわ」
私は、飛ぶように売れていくハンバーグの熱気の中で、大満足の笑みを浮かべた。
カイト様が不在の留守番期間。
しかし、
この『カイト・ミート包囲陣』が結成されたことにより、お店の繁盛と安全性は、もはや一つの小国家に匹敵するほどの強固な聖域と化していた。
私はカウンターの奥で、カイト様と繋がっている『伝言用の木箱』をそっと見つめる。
これなら、いつカイト様が帰ってこられても安心ですわ、と誇らしげに胸を張りながら、私は本日分の特製コロッケを揚げるために、再び大真面目に油の温度を調整し始めるのだった。
(第十一話へ続く)
第十話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
エレノアの機転により、メイド8名と近衛騎士10名が派遣され、商店街が恐怖とキャピキャピの渦に包まれる大繁盛回でした。
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