第九話:留守番女将への贈り物と、仕入れ路線の急変更
『カイト・ミート』へいらっしゃい。
ガストロ公爵からの無理難題に応えるため、世界の果てへと仕入れに旅立つカイト。
今回は、留守を守るエレノアが困らないように、自身のチート級の無限収納を共有加工するお話と、旅の途中で届いた「次なる驚きの注文」による進路変更のお話です。
美食家貴族であるガストロ公爵から突きつけられた、生ける神話『エンシェントドラゴン』の予約注文。
お肉屋さんの二代目として「千年の熟成肉」という至高の響きに胸を躍らせたのは良かったものの、
いざ出発の準備を始めようと王都の古地図を広げた段階で俺はある重大な現実に直面していた。
「……うーん、これは思った以上に遠いな。
エンシェントドラゴンが生息している竜の谷は、凶悪なS級魔物が割拠する『百乃の森』を抜けた先前人未到と呼ばれる険しい霊峰の中腹にある。
いくら俺の足脚で最短距離を駆け抜けたとしても、往復で最低半月は店を空けることになりそうだ」
俺が調理場で地図を睨みながら腕組みをしていると、隣で熱心にコロッケの衣用のパン粉をふるっていたエレノアが、ハッと手を止めて寂しげに視線を落とした。
「半月……そんなに長い間、
カイト様と離れ離れになってしまうのですのね……。
いえ、カイト様の安全を信じてはおりますが、その間、この『カイト・ミート』に毎日押し寄せる大行列のお客様方を私一人で捌ききれるかどうか……」
国家御用達の看板を背負った今、店を長期休業にするわけにはいかない。
カイト・ミートのお肉は、俺の『無限浄化』があって初めて安全な高級バフ食材として成立する。
俺が不在の間仕込みが切れてしまえば、肉汁を求めて狂暴化しかけている王都の冒険者たちが暴動を起こしかねなかった。
「大丈夫だよ、エレノア。君が俺の留守中に困らないように、最高の仕込みと、ちょっとした『魔法の裏技』を用意したからさ」
「魔法の裏技、ですか?」
エレノアが不思議そうに首をかしげる。
俺は微笑みながら、調理台の上に一枚の特製の木製プレートを取り出した。これは、お店のカウンターの裏にぴったりとはめ込めるように、俺のレベル999の精密工作技術でミリ単位のズレもなく削り出したものだ。
「俺の持つ『無限浄化・格納』は、レベルが上がりすぎて独自の派生空間を作っているんだけどね。このプレートに、俺の魔力の経路を直接リンクさせて、パスワードのような術式を組み込んでおいたんだ。これを店内の魔力炉に接続すれば――ほら、やってみて」
俺に促され、エレノアが恐る恐るその木製プレートに細い指先で触れる。
刹那、眩い純白の聖なる光がエレノアの手を包み込み、彼女の脳内に、俺の無限収納の『食材管理フォルダ』の一部が直接投影された。
「まあ……! これは、カイト様の無限収納の中身が、私の頭の中にハッキリと見えますわ! それどころか、触れるだけで自由に取り出せそうな手応えまで……!」
「大正解。エレノアでも自由に、時間停止状態で保管されているお肉を取り出せるように『格納空間の共有加工』を施したんだ。これで俺が世界の果てにいても、エレノアは店にいながらにして、いつでも最高鮮度の食材を取り出せる。マジックバッグの概念を根底から覆す、お肉屋さん専用の多店舗展開システムさ」
カイトは満足そうに頷くと、さらに調理場の奥にうず高く積まれていた、巨大な木箱の山を指差した。
中には、昨日から俺が寝る間も惜しんで、神速の包丁さばきでミリ単位に薄切りした『オークの極上バラ肉』や、一枚ずつ丁寧に成形された『アースクエイク・ポークハンバーグのタネ』が、数千枚規模で整然と並んでいた。
「半月分の営業に耐えられるよう、すべての魔物肉を用途に合わせてスライス加工し、完璧に小分けして収納空間へ詰め込んでおいたよ。エレノアは毎日、必要な分だけをここから取り出して、店頭で焼いたり揚げたりすればいい。これなら仕込みの手間も一切かからないだろ?」
「カイト様……! なんという至れり尽くせりな仕込み……。これなら私一人でも、あの大行列を笑顔でお迎えできますわ! 本当にありがとうございます!」
エレノアは感動に瞳を潤ませ、割烹着の胸元をぎゅっと握りしめた。
「それともう一つ、その共有空間の端に『伝言用の木箱』を設置してある。もし営業中に想定外の注文が入ったり、困ったことがあれば、この羊皮紙に手紙を書いてその木箱に入れておいてほしいんだ。俺が旅の途中で無限収納を開いた時、君からの手紙がすぐに伝わるようになっているからね」
「双方向の魔導通信を、食材の収納空間を通じて行うのですのね……。もはや王宮の国家最高機密通信網すら凌駕する便利さですが、カイト様といつでも言葉が繋がっていると思うと、とても心強いですわ!」
こうして、留守番を預かる健気な女将への環境整備は完璧に整った。
カイトは愛用の肉切り包丁(聖剣)をしっかりと腰に差し、翌朝の夜明け前、エレノアに見送られながら静かに王都を出発した。
◇
王都を出てから数日後。
カイトは順調に街道を進み、周囲の風景が徐々に険しい未開の原野へと移り変わる中、夜露をしのぐための即席のキャンプ地で、夕食の支度を整えていた。
「さて、今日の営業は無事に終わったかな」
ふと気になって、カイトが自身の『無限浄化・格納』の空間を展開する。
すると、エレノアと共有している空間の端にある「伝言用の木箱」の中に、一通の丁寧な折り目がつけられた手紙が入っているのを見つけた。
「お、さっそくエレノアからの手紙だ。どれどれ……」
カイトが手紙を広げると、そこにはエレノアの流麗で美しい筆跡で、当日の大繁盛の様子と共に、予想外の緊急の注文内容が記されていた。
『親愛なるカイト様へ。本日の営業も、カイト様の残してくださった極上スライス肉のおかげで、トラブルもなく大盛況のうちに終了いたしました。
ですが先ほど王都でも指折りの武闘派として名高い名門貴族の当主様が直々に来店され、
非常に深刻な顔で次のような予約を置いていかれました。
《近々、我が一族の命運をかけた重要な決闘がある。
ついては、戦士としての闘争本能を極限まで呼び覚ます、最高級の『ケルベロスのロース肉』を十キロ、大至急仕入れてはもらえないだろうか》とのことです。
カイト様、エンシェントドラゴンの旅の途中にこのような無理なお願いをしてしまい大変心苦しいのですが、名家からの切実な依頼であるため、手紙にてお伝えいたします。どうかご無理のないように
――エレノアより』
手紙を読み終えたカイトは、パチパチと爆ぜる焚き火の光の中で、うーんと唸りながら顎を擦った。
「ケルベロスのロース肉、か……。
あいつは三つの頭がそれぞれ違う属性の魔力を帯びているから、
首に近いロース肉の部位には、通常の魔獣の三倍の濃密な赤身の旨味と、戦士の闘志を爆発させる超強力な筋力バフが含まれている。確かに、命がけの決闘を控えた戦士にとっては、これ以上ない至高の勝負肉だな」
お肉屋さんの二代目としてのプロの血が、その珍しい部位の注文に対して大いに騒ぎ始めた。
ケルベロスは冥府の番犬とも呼ばれる地獄の魔獣であり、生息しているのはエンシェントドラゴンの霊峰とは全く異なる方角――王都の遥か北方に位置する、暗黒の魔力が集う『冥界の入り口』と呼ばれる、これまた前人未到の危険地帯だ。
「よし、予定変更だ。エンシェントドラゴンの仕入れはいつでも千年の熟成状態が変わらないし、まずはこの切実な注文に応えるのが街の精肉店としての誠意だからな。進路を北へ変えて、まずは冥界の入り口を目指そう!」
カイトは即座に立ち上がると、広げていた古地図を巻き取り、共有空間の木箱へ『了解、進路を北に変更してケルベロスを仕入れてくるよ。エレノアも店番よろしくね』と、のんきな返信の手紙を投げ入れた。
神話の竜を求める長旅の途中で、今度は地獄の番犬を極上のロース肉として仕留めるための、大真面目なルート変更。
レベル999のお肉屋さんは、夜霧の立ち込める北の空を見据え、常識外れの軽い足取りで闇の中へと駆け出していくのだった。
(第十話へ続く)
第九話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
カイトが自身のスキルを進化させてエレノアとの「食材共有システム」を作り上げ、さらに旅先での手紙をきっかけに今度はケルベロスを極上肉として仕入れるために冥界の入り口へと進路を変える回でした。
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次回、いよいよ冥界の入り口での「異次元のケルベロス解体無双パート」が幕を開けます。どうぞお楽しみに!




