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婚約破棄されたので世界を護っていた魔力を回収して自由になります  作者: 硝子細工の森


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 王都の廃墟――かつて華麗な王城がそびえ立っていた場所は、今や瓦礫の山と化していた。


 魔獣たちによる蹂躙は終わったものの、生き残った人々を待っていたのは、飢えと寒さ、そして後悔だけだった。


 アルベルトは、国境近くの炭鉱で黒い煤にまみれながら働いていた。


 かつて王族として身にまとっていたシルクの衣服は見る影もなく、ぼろぼろの作業着では、肌を刺す冷気を防ぐこともできない。両手は深くひび割れ、レイリアへ婚約破棄を突きつけた頃とは比べものにならないほど醜く荒れていた。


「……レイリア。どうして、俺は……」


 坑道の入り口で、つるはしを振るう手が止まる。


 頭上を覆う空は、レイリアが去って以来、一度として晴れることのないどす黒い曇天だった。


 隣には、完全に壊れてしまっているルイーザがいる。


「レイリア様、ごめんなさい……ごめんなさい……私には、できなかったの……」


 彼女は、祈りのようにレイリアの名を繰り返す。


 炭鉱の監視役を務める魔族たちは、彼らを人間として扱ってはいなかった。ただの労働力――使い潰すための奴隷としか見ていない。


 アルベルトたちの後悔も絶望も、彼らにとっては坑道に響く虫の音ほどの価値もなかった。


「おい、人間。手を止めるな。もっと掘らなければ、今日の食事はないぞ」


 怒声を浴びせられ、アルベルトは震える身体を無理やり起こし、再び岩を砕き始める。


 もし、あの時。


 レイリアの力を認め、心から感謝を伝えていたなら。


 もし、彼女の重責を分かち合おうと、自分自身も努力していたなら。


 ――もし。


 その言葉は、どれほど願っても叶わない呪いとなって、彼の胸を締めつけ続けていた。


 その時だった。


 炭鉱の入り口が、突如として黄金色の輝きに包まれた。


 それは、かつて彼が見慣れていた、眩い陽光にも似た魔力の波動。


「……レイリア?」


 アルベルトは霞む視界の中で、その姿を探した。


 そこに立っていたのは、彼がかつて捨てた白銀の聖姫だった。


 純白の衣をまとい、白銀の髪を風になびかせるその姿は、王城で見ていた頃よりも遥かに強く、美しく、そして近寄りがたいほど冷たく輝いていた。


 だが、彼女はアルベルトを見ていなかった。


 彼女がここへ来た理由は、かつての婚約者を救うためでも、この惨状を憐れむためでもない。


「この地層、太古の魔力源が埋まっているのね。……ふふ、これがあれば森の塔のエネルギー効率がもっと良くなるわ」


 レイリアは足元の鉱脈へ手をかざした。


 その指先から放たれた魔力が地中深くへ浸透し、アルベルトたちが何日もかけて掘り出していた鉱石を、一瞬で精製済みの魔石へと変えていく。


「な、なんて力だ……」


 監視役の魔族が、思わず跪いた。


 レイリアは、その場に誰がいるのかなど気にも留めない様子で、淡々と魔石を回収していく。


「さて、これで目的は終わりね。……あら?」


 彼女はようやく、煤まみれの炭鉱夫たちへ視線を向けた。


「誰かいたのかしら?」


 その瞳には、憎しみも、愛情も、哀れみすらなかった。


 ただ、道端の石を視界の端で認識する程度の、完全な無関心だけがあった。


 彼女にとって、かつての婚約者は、もはや視界に入る存在ですらない。


「さようなら、知らない方々。この土地が、早く浄化されるといいわね」


 そう言い残し、レイリアは翼のように展開した光の魔術で空へ舞い上がった。


 彼女が去った後、炭鉱には澄んだ空気だけが残されていた。


 空からは、彼女に連れられた精霊たちが、静かな癒しの雨を降らせている。


 それは誰かを救うための慈悲ではない。


 ただ彼女が通り過ぎた結果、その場が自然と「心地よい場所」に変わっただけに過ぎなかった。


 アルベルトは、彼女が消えた空を見上げ、呆然と立ち尽くした。


 彼の手元には、レイリアが落としていった小さな魔石が一つだけ残されている。


 それは彼女の力の、ほんの欠片。


 けれど彼には、その力を受け止める器も、それを扱う知恵も持ち合わせてはいなかった。


 彼はただ、その小さな石を握りしめたまま、その場へ崩れ落ちる。


 彼女は彼らを許したのではない。


 ただ、「過去」という名の不要物として、自分の人生から完全に切り捨てただけだった。


 その夜。


 炭鉱の暗闇の中で、アルベルトはようやく理解する。


 もう、誰も助けには来ない。


 レイリアという希望は、遥か遠くへ去ってしまったのだと。


 あまりにも遅すぎる理解だった。


 ――そして、遠く離れた森の塔では。


 レイリアが窓辺で満月の光を浴びながら、新しい魔法の数式を解いていた。


「……さて、明日はどの精霊に会いに行こうかしら」


 誰に聞かせるでもなく呟き、彼女は楽しそうに微笑む。


 今の彼女は、世界で最も自由な賢者として人生を謳歌していた。


 かつての王国が残したのは、過去という名の灰。


 けれど、その灰の上には、すでに数え切れないほどの新しい花が芽吹いている。


 たとえ、かつての婚約者が暗闇の中で何を思おうと、どんな末路を辿ろうと、もう彼女には関係ない。


 自分のための人生。


 自分の意思で選ぶ未来。


 誰かのために、心も力も削り続けなくていい世界。


 それが、レイリアにとって、何よりの幸せだった。


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