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魔獣の咆哮が消え去った王都は、言いようのない悲しみに包まれていた。
レイリアという強大な加護を失ったあとに残されたのは、無惨な廃墟と、生存者たちのすすり泣く声だけだった。
レイリアが去ってから数日。王都の広場では、生き残ったわずかな貴族たちが、互いに責任をなすりつけ合っていた。
「レイリア様を追い出したのはアルベルト殿下だ!」
「いや、それを唆したのはルイーザだ!」
瓦礫の山の中で、そんな無意味な罵り合いだけが繰り返されている。だが、今さら何を言い合ったところで、もう遅い。彼らが当然のように享受していた王都は、すでにレイリアという加護を失い、崩れ去ってしまったのだ。
一方、その頃のレイリアは、人里離れた深い森の中で、「理想の王国」を築き上げていた。
彼女の目の前には、精霊の魔法によって編み上げられた白亜の塔がそびえ立っている。宮廷の堅苦しい石造りとは違い、それは大樹と光の粒子を組み合わせて作られた、生きている塔だった。
「あら、ここはもう少しだけ魔力の循環を滑らかにしたいわね」
レイリアは庭に置いたティーセットで紅茶を淹れながら、魔法で塔の設計図を空中に投影していた。
かつては王家の書類仕事に追われていた指先が、今は自分のためだけに楽しげに魔法の線をなぞっている。誰に命令されるわけでもない。誰に評価されるわけでもない。ただ、自分が望むものを、自分の力で作る。
それだけで、こんなにも胸が躍るものだなんて。
「……あら、お客様ですか?」
庭の境界線に、黒いローブをまとった騎士が現れた。彼はこの異界の守護者の一人だったが、レイリアを見るなり膝をつき、深い敬意を捧げた。
「レイリア様。隣国の王が、貴女様との謁見を熱望しております。王都の崩壊を受け、この地に新たな秩序を求めたいと……」
レイリアはカップをソーサーに置き、ふわりと微笑んだ。
その顔には、かつて宮廷で見せていた「聖姫の微笑み」とはまったく異なる、自由で野心的な輝きが宿っていた。
「秩序、ですか。……申し訳ないけれど、私はもう、どこの国にも属さないと決めたのです」
「しかし、貴女様ほどの魔力があれば、世界を統べることも容易いかと……」
「統べる? 冗談はやめて。私はこれから、自分のためだけに生きるの。面倒なことには興味がないの」
騎士は何も言わず、ただ頭を垂れた。
レイリアは立ち上がり、森の奥へと視線を向ける。彼女の魔力に惹かれ、世界中の精霊や、かつて迫害されていた魔物たちが、次々とこの地に集まってきていた。彼らはレイリアが作り出す新しい土地に心を引かれ、そのそばで暮らすことを望んでいるのだ。
だが、彼女は彼らの王になるつもりはなかった。
彼女は思う。自分がかつて、どれほど窮屈な檻の中にいたのかを。
公爵令嬢というレッテル、婚約者という鎖、聖姫という義務。それらすべてが、彼女から「自分の意志」を奪っていた。
「……ねえ、知ってる? 私、今まで食べたものの中で、この森の木の実が一番美味しいのよ」
独り言のように呟き、庭の木から摘み取った果実をかじる。
かつて王城で食べていた、最高級の食材で作られた料理よりも、ずっと甘く、ずっと清々しい味がした。
「アルベルト様が今の私を見たら、また『化け物め』って言うのかしら」
レイリアはくすりと笑った。
彼女の指先が動くと、周囲の植物が気分に合わせるように色を変える。彼女の魔力は、今や感情と直結していた。
彼女が楽しいと感じれば、世界は鮮やかに色づき、穏やかであれば、世界は静かに凪ぐ。
今の彼女には、何者も強制できない。
自分を否定する者には、徹底的な無視を。自分を必要とする者には、必要なだけの慈愛を。
そんな自由な生き方を、彼女は今、ようやく手に入れたのだ。
王都の方角からは、依然として黒い煙が立ち上っている。
アルベルトが炭鉱でどれほどの地獄を見ているのか、レイリアは想像した。彼が今、どれほど自分を求めているのかも分かっていた。
だが、そんなことは今の彼女にとって、夜風が木の葉を揺らす程度の音に過ぎない。
「さて、今日は少しだけ、難しい術式を組み替えてみましょうか」
レイリアは空中に無数の魔法陣を展開した。
最強の力を持つ彼女は、自由で独りの時間を手に入れた。
これからは、自分のために生きていく。




