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婚約破棄されたので世界を護っていた魔力を回収して自由になります  作者: 硝子細工の森


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 炭鉱へと続く暗く湿った道を、アルベルトとルイーザは引き摺られていた。


 かつて彼らが踏みしめていたのは、最高級の絨毯が敷かれた王城の廊下だったはずだ。それが今では、鋭く削れた岩肌と、魔獣の吐息で汚れた泥水が足元を覆っている。


「嘘よ……こんなの夢よ……。私は聖女として、栄華を極めるはずだったのに……」


 ルイーザの呟きは、もはや祈りですらなく、ただの妄言に近かった。


 顔に塗られていた高級な白粉は泥にまじり、まだらに崩れて、彼女の容貌をひどく歪ませている。アルベルトもまた、泥に塗れて這いつくばりながら、今なお「誰かが助けに来てくれる」という幻想にすがりついていた。


「レイリア……! あの女、きっとまだ俺に未練があるはずだ……。そうだ、俺が謝れば、許してくれる……!」


「殿下、何を言っているの?あの人はもう、あなたを見てなどなかった。あなたは捨てられたのよ」


 ルイーザの冷たい指摘が、アルベルトの胸を抉った。


 王族としての誇り、愛されるという自信、未来の栄光。すべてが剥がれ落ちた今、彼の中に残っていたのは、「レイリアに守られていた」という事実だけだった。


 そのとき、坑道の入り口で魔獣たちの咆哮がぴたりと止んだ。


 死臭の漂うその場所に、場違いなほど清らかな風が吹き抜ける。


 そこには、純白のドレスを纏ったレイリアが、ひとりで立っていた。透き通るように白い肌、周囲の闇を照らすように輝くプラチナブロンドの髪。その姿は、暗い坑道の中でひときわ鮮烈だった。


「ああ……! レイリア! レイリア、助けてくれ! この魔獣たちを消してくれ、俺は――」


 アルベルトは泥を跳ね上げながら、彼女の足元へ這い寄ろうとした。


 だが、彼の手が届くより先に、レイリアは優雅に半歩だけ退いた。


 地面にうずくまる元婚約者と、その隣で震える自称聖女を、彼女は道端の小石でも見るような目で見下ろした。


「殿下。お約束通り、加護はすべて回収いたしました。お気に召しましたか?」


「レ、レイリア……。頼む、もう一度だけ……! 俺が悪かった、お前を化け物なんて呼んで……!」


「いいえ、殿下は正しいですよ。私は人間離れした力を持つ化け物。そして殿下は、そんな化け物にすがりつかなくては生きていけない、ただの弱虫。……この組み合わせが、解消されただけのことです」


 レイリアは扇で口元を隠し、くすりと笑った。その笑い声は、かつて宮廷で響いていたどの声よりも、氷のように冷たく、そして美しかった。


「あのね、殿下。私がこの国を護っていたのは、愛からではありません。ただの義務です。公爵令嬢として、王家との盟約を守るという最低限の役割を果たしていただけ。……殿下が私を『化け物』と呼んだ瞬間、その義務も消えました」


「そ、そんな……」


「あなたが私を捨てたのではないの。私が、ようやくこのつまらない国を捨てることができたのよ」


 彼女が指をパチンと鳴らすと、周囲を囲んでいた魔獣たちが、まるで主を見つけたかのように一斉に平伏した。


 レイリアは、そのまま振り返ることなく、アルベルトの視界から遠ざかっていく。


「さようなら、殿下。炭鉱の暮らしは厳しいでしょうが、せいぜい頑張ってくださいね」


 最後に残したその言葉は、冷酷な宣告だった。


 レイリアが離れていく。彼女の歩いた跡からは、小さな光の花が次々と咲き始めた。


 アルベルトの叫び声は、湿った洞窟の壁に吸い込まれて消える。


 その背後から、魔王軍の幹部が冷笑を浮かべて歩み寄ってきた。


「さあ、見世物は終わりだ。……罪人ども、働きに行こうか」


 かつて王城で華やかに振る舞っていた二人は、暗い地の底へと消えていく。


 彼らの後悔がどれほど深かろうと、レイリアが振り返ることは二度とない。


 彼女は今、何にも囚われない自由を手に入れた。


 彼女の持つ力は、もはや彼女を縛る鎖ではない。


 自ら望む未来を創り出すための、最高の羽となっていた。


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