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王都は、文字通り地獄と化していた。
かつて王都の象徴だった黄金の城壁は、今や魔獣たちの爪によって無残に引き裂かれている。街を覆っていたレイリアの加護の残滓も失われていた。
アルベルトは、王城の玉座の間で呆然と立ち尽くしていた。足元では、つい数時間前まで高貴な衣装をまとっていた貴族たちが、埃と血にまみれた姿で這いつくばっている。
「嘘だ……嘘だと言ってくれ! なぜだ、なぜルイーザの祈りが通じない!?」
「殿下、もう無理です……! 私の魔力は、レイリア様が張った結界の微調整を手伝える程度でしかなくて……!」
ルイーザはぼろぼろになったドレスを身にまとい、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔をしていた。必死に唱えていた癒しの祈りも、魔獣たちにとっては心地よい音楽でしかなかったらしい。むしろ、その微弱な魔力の輝きが飢えた魔獣の嗅覚を刺激し、呼び寄せる結果になっていた。
「私の力は、あの方のように世界を書き換えるものではありません……! 私の聖女の力は少しの怪我を直したり、結界に魔力を注いだり出来る程度なのです……!」
その泣き言を聞き、アルベルトは愕然とした。
彼にとって「聖女」とは、レイリアのように強大な力を持ち、世界を支配できるものだったのだ。それが平民出身のルイーザで代替できると信じていた自分の浅はかさが、この国の滅亡を早めた。彼は今さらになって、その事実を思い知らされていた。
その時、王城の扉が凄まじい衝撃音とともに粉砕された。
姿を現したのは、かつてレイリアが指先ひとつで追い返していた魔王軍の幹部――二つ名を「骸骨の支配者」と呼ばれる魔族だった。
「……ケケケッ。なんとも滑稽な光景だ。結界の輝きを失った王城など、ただの肉の保管庫に過ぎぬな」
魔族が歩くたびに床の石材がひび割れ、玉座が粉々に砕け散る。
アルベルトは震える足で立ち上がろうとしたが、恐怖のあまり膝が笑い、まともに立つことすらできなかった。
「ま、待て! 私には王家の血が流れている! お前たちのような獣が触れていい身分ではない!」
「王家の血? ケケケッ、それはレイリアという女が背負っていた重荷に過ぎぬ。お前自身に、一体どれほどの価値があるというのだ?」
幹部は太い骨の指をアルベルトに突きつけた。その先から放たれた黒い呪光が、アルベルトの王冠を溶かし、マントを焼き払う。彼は悲鳴を上げ、玉座の陰へと蹲った。
つい数時間前まで、彼はレイリアを見下し、「お前がいなくても国は守れる」と豪語していたはずだった。そのプライドは、目の前の現実を前にして、ただの道化芝居にしかならなかった。
「レイリア……! どこだ、どこにいる! 戻ってこい、今すぐこの魔族を消し去れ!」
アルベルトの身勝手な叫びは、虚しく広間に木霊する。
だが、誰一人として応える者はいなかった。
彼が婚約破棄を告げたとき、レイリアは静かに微笑んで去っていった。今になって、あの微笑みこそが、彼女が王家に与えた最後の慈悲だったのだと気づく。
彼女は彼を罰しなかった。ただ、本来の無能な自分を突き返しただけだった。
「残念だったな、坊や。その“化け物”と呼んだ女は、もう二度とお前たちの元には戻らぬ。我々魔族ですら、彼女の魔力には畏怖の念を抱いていたというのに。お前たちは、至宝をどぶに捨てたのだ」
幹部の冷酷な言葉が、アルベルトの胸に突き刺さる。
やがて、王城の地下牢へと続く通路が魔族の手で開かれた。
「さて、お前たちのその“尊い血統”とやらが、国境の炭鉱でどれほど役立つか、見せてもらおうか」
煌びやかな衣装を剥ぎ取られ、薄汚れた囚人服を着せられるアルベルトとルイーザ。
長い間、レイリアという唯一無二の力を持つ魔法使いに依存していた。なのに彼女の存在を疎ましく思い追い出した。
その報いはあまりにも重かった。
王都の街並みが炎に包まれる中、アルベルトはただ後悔だけを胸に抱きながら、暗い地下牢へと引き摺られていった。




