1.それぞれの想い
「一番乗りー!」
王都の城に設置された大浴場に、
長い桃色の髪の少女が裸で走って来る。
「トルちゃん走ったら危ないって」
言ったのは同じく桃色の髪のトリリトだが、
妹のトルルトが大戦の帰路から落ち込んでいて、
今も空元気である事を知っていた。
「4人だけだと広過ぎますね」
「・・・泳いでも怒られない・・・」
続いてニギニとシルシも入ってくる。
大浴場は今は王国騎士団が使う時間だ。
他のメンバーも誘おうとしたが、
アミアとテルテとタンタは部屋に不在、
リンリには気分が悪いと言われ、
候補生4人だけで入る事になった。
「トリ姉、洗ってー」
「分かったよ」
いつも姉妹で洗い合う事が多かったので、
自然とその流れになる。
部屋も双子は同室で、さっきまで一緒にいたが、
大戦の話には一切触れていなかった。
「前はユーカさんもムイルちゃんもいたんですよね」
ニギニが髪を洗いながら、ふと漏らす。
「馬鹿だよな、張り切って、
周りを助けようとして、
結局自分がやられるんだから」
「トルちゃん、それは・・・」
「・・・悪いのは戦争。
戦った人は悪くない・・・」
浴場は静まり返る。
「いいや、馬鹿だよ。
大馬鹿だよ!
あいつが頑張らなくたって良かったんだ。
巫女だって騎士だって、
もっと出来る奴がいたんだから。
あたしが2重適合出来たからって、
その分頑張ってさ、
死んじまったらお終いじゃないかよ!!」
トルルトの叫びは候補生達の胸に突き刺さる。
トリリトはようやく話してくれた事に、
少しだけ安心した。
「ごめんね、私も駄目だったから・・・。
でも、トルちゃんには私がいるよ。
私はトルちゃんより先に死んだりしないから」
トリリトはトルルトを後ろから抱きしめる。
「・・うん。
あたしも絶対に守ってみせる」
トルルトは涙を流しながら誓った。
「わたしもムイルを守ってあげられなかった。
あの時わたしが指示してれば、
代わりにわたしが駆け出してれば、
あんな事にはならなかった」
「・・・みんな色々後悔してる。
でも、生きてれば取り返すチャンスがある」
シルシも思うところがあるのか饒舌だった。
身体を洗い終わり、
湯船に4人で並んで入る。
「・・・次の隊長はニギニがいいと思う」
話を切り出したのはシルシだった。
「え?なんでわたし?
一番強いのはシルシちゃんだし、
引っ張るのはトルちゃんの方が適役だよ?」
「・・・トルは駄目。
全体が見えてない。
ボクは協調性ないし、話すの苦手だから無理・・・」
「まあ、文句はあるけど、
確かにあたしは全体が見えてないよ。
トリ姉も興奮するとダメな時があるし、
ニギニが隊長、って意見はあたしも賛成かな」
トルルトもシルシに賛同を示す。
「でも、今は候補生扱いじゃ無くなって、
一応王国騎士団だし、だったらアミアさんか、
アミアさんが別の役目でもタンタさんが、
隊長になるんじゃないのかな」
「・・・タンタは隊長には向いてない。
本人もそう思ってる。
それにもっと重要な役目が与えられると思う。
ニギニは色々周りが見えてる。
地面に化ける妖魔も最初に見つけた。
自信が付けばいい隊長になる」
シルシはニギニをかなり評価しているようだ。
「みんながそう思うなら、
私もニギニちゃんでいいと思うな」
「でも、わたしだけ2重適合出来てないし、
お荷物になるんじゃ」
「・・・今のニギニなら出来ると思う。
後で確認してみよう」
そこでこの話は終わった。
その後、格納庫で、
ニギニは初めての2重適合に成功した。
===========================================================================
(あれ、いつの間にこんなところに・・・)
アミアは城のバルコニーに立っていた。
もう日は沈み、空には星が瞬いている。
リンリの部屋を出たアミアは、
頭の中が定まらず、自分の部屋へも戻らずに、
城を何となく彷徨っていた。
「どうした、
まるでこの世の終わりみたいな顔をして。
リンリにでも振られたか?」
言われてアミアの心は抉られる。
「おお、図星じゃったか。
まあわらわで良ければ話し相手になってやるぞ」
背後にいたミルミはふわっと飛び、
バルコニーの手すりに腰掛ける。
真紅のドレスは幼い見た目とのギャップで、
酷く妖艶だった。
「超越者って奴は人の心が分からないんだな」
「お主には人の心が分かるのか?
デリカシーが無いっていうのなら、その通りじゃ」
ミルミは上品に笑う。
少しだけアミアの気分はほぐれた。
「リンリはあたしの事は好きだって言った。
でも、恋人にはなれないって。
わけ分かんないよな」
「わらわにしてみれば、
人間の感情などどれも意味不明じゃ。
別に好き同士なら問題無いではないか。
お主が欲しいのは肩書か?
周囲からの認定か?
リンリが欲しいだけではないのか?」
ミルミの言う事は分かる。
でも、リンリの態度は、アミアの望むものではない。
アミアがリンリを思う気持ちと、
リンリがアミアを思う気持ちに、
絶対的な差があると感じてしまう。
「あたしはここを出ようって言ったんだ。
別にあたし達は、
この国を復興させたいわけでも無いし、
ここの住人達を助ける義理も無い。
たまたま出会った時、あたし達に力があって、
それが出来そうだから手を貸しただけだ。
それはあたし達を縛る鎖じゃない筈だ」
「それはそうじゃろう。
好きにすればいいじゃないか」
「リンリはそうじゃないんだ。
ここの人達に絆を感じている。
神聖教団に言われた救世主という言葉に、
縛られてしまっている。
あたしは何度も奇跡なんて起きないと思っている。
このままここにいればどちらかが犠牲になる」
アミアは誰に聞かれようが気にせずに、
思った事を口にした。
「“奇跡”か。
今までの結果が本当に奇跡だと思っておるのか?」
「え?」
ミルミの酷く冷たい言い方にアミアの背筋が凍る。
「お主は自分達が生き残れている事が、
全て自分達の運が良かったから、
そう思っておるのか?」
「そうだと思ってる。
確かにリンリが救世主となるよう育てられ、
その芽が出た事は事実だと思う。
でも、あたしはずっと必死だったし、
どうするかはいつも自分達で決めてきた。
東を目指したのはラーラの案だったけど、
どこに行き、どうするか、どう戦うか、
自分達以外の要因は無かった筈だ」
アミアは言っていて、
本当にそうなのだろうか、と感じていた。
その要因の一つが目の前にいるミルミだ。
彼女と出会わなければ、大断層で旅は終わっていた。
この間の巫女を連れての帰還もそうだし、
その後の巫女への命令も、重要な要因だ。
「その顔は何か気付いたようじゃな。
わらわでは無いぞ。
別にお主らを助けようと動いたり、
生き残れるように差し向けたりはしておらん。
じゃがな、わらわも含めて、
何者かの筋書きがあるのではと、
疑っておるのじゃ」
「ミルミを操る事こそ無理なんじゃないのか?」
ミルミが裏で何かしているなら、
ありそうな気がしたが、
超越者を操る事なんて無理だと感じている。
「普通の人間にはな。
わらわが気になるのは聖女や巫女の予言や予知じゃ。
もし、それを自由に見せられる者がおったらどうじゃ?」
リンリの状況は聖女の予知で作られた部分が大きい。
エリエや大巫女の予言は、
アミア達の東に来てからの行動に大きく関与し、
それは予言通り進んでいる。
現に大巫女は予言という方法を使って、
城からの脱出と王女の救出を成し遂げている。
予言は作り物であっても影響がある証拠だろう。
「確かにそれは出来るかもしれないが、
そんな力があるなら、もっと好き勝手に、
自由に世界を動かせるのでは?」
「もし、それを行っている“者”がいるとした場合、
何を目的としているかが重要だと思うのじゃ。
妖魔による人類の殲滅なら、
巫女や聖女の予言を使えば、
すでに容易く達成出来てるじゃろう。
逆に、人類に新たな国、英雄を作ろうというなら、
どうじゃ?」
ミルミの言う事を頭の中で考えてみる。
一旦各国を破壊し、それを人間の力で再生、
より良い国として纏まり、作る。
戦いで腐敗した貴族や武将は消え、
人民が望んだ者が王となる。
出来過ぎた話だが、クルク王女や、
大巫女ナナにはその器があるように思えた。
「まあ、あくまでこれはわらわの思考ゲームじゃ。
人間の歴史なんて、
結局勝った者を英雄として祀り上げる、
結果の積み重ねみたいなものじゃ。
ただな、エリエの存在がどうしても納得いかん」
「エリエが?
エリエはミルミの事が好きで、
それと巫女としての役目を、
それぞれ果たしてるだけに見えるけど?」
「お主はわらわの言動、振る舞い、
戦い方を見て、好きになれるか?」
ミルミの存在は恐ろしいし、
その発言や振る舞いはふざけており、
人間とは別のモノとして認識している。
だが。
「あたしも好きか嫌いかで言えば好きだぞ。
さすがエリエみたいな事をしたら、
殺されると思うからしないけどな」
「まあ、それはそれで、
素直に受け取っておこう」
少しだけミルミが恥ずかしそうに言う。
こういう所は可愛いな、と、
エリエの気持ちが少しだけ分かった。
「じゃが、殺される、
という本能的な恐怖は持っておるよな。
そして巫女には超越者に対する、
絶対服従の姿勢がある。
これは幼い頃から教えられ、
本能的な恐怖より強く、根深い」
「エリエは子供の頃から、
何度も予言で見て、感じてたから、
それが取り払われたんじゃないのか?」
「それじゃ。
巫女が同じ予言を何度も見る事はある。
でも、普通は直近や遠くても1年後とか、
その範囲に収まると聞いておる。
エリエの予言はもっと幼い頃からだと聞いた。
それも毎夜のようにと。
まるで、わらわへの贄のようだと思わんか?」
アミアもエリエから、
そこまで細かい話は聞いていない。
だが毎晩、子守歌の代わりに聞かされたとしたら、
それは呪いのように心に沁みつくのではないか。
そしてそれはとても恐ろしいモノだと感じる。
「まあ、それもわらわの当て推量に過ぎん。
エリエからの好意は他の人間の恋心と、
さして変わらないとも思っとる。
ただ、超越者は決められた事に従うのが、
苦痛なのじゃ。
もしこれが何者かの筋書きなら、
わらわはそれを破壊してやりたい」
アミアは段々とミルミの事が分かった気がした。
我儘なお姫様、そんな言葉がよく似合う。
「何を笑っておる。
まあ、少しは余裕が出来たかの。
お主も壊してみたらどうじゃ?
奪うのもまた、恋じゃぞ」
そう言ってミルミは夜空へと消えた。
超越者に励まされる人間なんて、
自分ぐらいだろうな、とアミアは思った。
===========================================================================
(やっぱりこれの製造方法が分からないと無理かなあ)
テルテは自室で焔玉を眺めながら考える。
ラーラからもらった魔法装置を突貫で改造したにしては、
焔玉を発射する事はうまく行った。
が、焔玉は元々数に限りがある希少品で、
大型妖魔相手とはいえ、撃ちまくるのは勿体ないし、
効率的ではない。
先程までラーラの所に相談に行き、
焔玉から一部だけエネルギーを取り出し、
撃ち出す方法は無いか聞いていたところだった。
結果として魔法とは原理が違うので、
ラーラにも分からないという事だった。
(これの製造場所か作った人に聞いてみるのが、
早いんだろうなあ)
果たしてそんな簡単に見に行ったり、
会いに行ったり出来るのか、
現段階ではまるで分からない。
いつの間にかテルテは王国で、
一番機械武者に詳しくなり、
大型妖魔から取り出した石の加工や、
壊れた機械武者の修理など、
頼られる存在になっていた。
それが嫌な訳では無いが、
正直自分で調べたり改良したりする方が楽しい。
「トン、トンッ」
そんな事を考えていたら、
部屋をノックする音が聞こえた。
「どうぞ、鍵はかけてないよ」
不用心かもしれないが、
城内に襲って来る者などいないだろうし、
いたとしても、周囲は強い人が一杯だ。
騒ぎが起きれば生きて帰れないだろう。
「こんな時間にごめんね」
入ってきたのはリンリだった。
「珍しいね、こんなところまで。
何かあった?」
テルテは椅子を勧め、自分ももう一つの椅子に座る。
「私、また失敗しちゃった」
という事はアミア絡みかな、
とテルテは感づいた。
「うちで良かったら相談に乗るよ」
「うん」
そしてリンリがまず話したのは、
アミアに告白された事、
その返事を巨神討伐後にすると言った事だった。
(アミアさえ素直になれば元鞘だと思ったけど、
告白まで行ったかー)
まあ、それはそれでいいとテルテは思っている。
「で、もしかして振ったのか?」
「ううん、そんな事しないよ。
ちゃんと私もアミアちゃんの事好きだって言ったよ。
ただ、恋人っていうのは嫌かな、って答えて。
なんか恥ずかしいし、今まで通りでいいかなって。
あと、一緒にここを出ようって言うから、
それについてはみんなの為にここで頑張ろうって」
ん?とテルテは思う。
リンリはどこかずれてる所はあると思ったけど、
その返し方はマズイと思った。
テルテに恋愛経験は無いが、
やんわり断られていると取られるのでは、と。
「アミアはその後なんて?」
「少し怒ったみたいで、
死ぬ事になっても戦うのかって聞くから、
そうじゃなくて、二人でなら何とかなる、
って私は答えて。
それでアミアちゃんは、
今まで通りでいいって言ったけど、
やっぱり納得してないみたいで・・・」
アミアはリンリの事を考えての提案だったのだろう。
自分だってこのまま城にいて、
魔王みたいのが出てきて、
それと戦え、って言われたら逃げ出すつもりだ。
あくまで、生存が約束され、
それなりにやりがいがある位置にいるから、
なし崩し的にここにいる訳で。
「リンリ、少し考え方が変わった?
アミアが頼んだら、
喜んで付いて行くと思ったんだけど」
「うーん、そうだけど、そうじゃないんだ。
テルテちゃんには話していいかな。
私ね、救世主なんだって言われたんだ」
そこでテルテはリンリが聖女に言われた事、
リンリが聖教団にとってどういう存在かを聞いた。
それでアミアがここまで強情になった理由も、
何となく分かった。
「アミアはさ、
リンリを聖教団に取られたくないんじゃないかな?」
「私を?
私は別に聖教団に戻るつもりは無いし、
聖教団の為に戦うつもりも無いよ」
「それは形式的な話だろ。
リンリがみんなの為に戦いたい、
っていうのはここの人達と出会ったからだけど、
それとは別に、
救世主だって言われた事が絡んでる。
結局それが根底にあるって事は、
リンリが聖教団に縛られてるとも取れるんだ」
テルテは合ってるかは分からないけど、
アミアの気持ちをなるべく代弁したいと思った。
「そうなのかな。
考え過ぎじゃない?
私は救世主にはなれないってはっきり理解してる。
みんなの役に立てるから、
このままここでアミアちゃんと、
一緒に戦おうって思っただけだよ」
どうすればいいんだろう、とテルテは考える。
義理は無いけど、ここでみんなの為に戦う事は、
世の為になる、っていうのは簡単な理屈だ。
が、まだまだ鬼が出るか蛇が出るか分からない。
アミアの言う、このままだと死ぬ、
っていうのは酷く現実的な気がした。
乗り掛かった舟だ、二人の仲は応援したい。
「そうだな、考え過ぎかもしれない。
とりあえず、しばらく様子を見て、
アミアが冷静になれば、
昔みたいに戻れるかもね」
「そうだよね。
もうちょっと様子を見るよ。
ありがとう、話を聞いてくれて」
そう言ってリンリは出ていった。
リンリはしばらくは大きく悩む事は無いだろう。
問題はアミアと、リンリの考え方の違いか。
二人して王国に仕えて、これ以上強い敵も現れず、
平和が戻る、なんていうのがベストなんだけど、
不穏な空気が残っているのはテルテにも分かる。
いっそ、ミルミが色々ぶっ壊してくれた方が、
考えずに済むのになんて思った。
(馬鹿な事思ってないで、
真面目に今後の二人の事を考えるか。
それに、うち自身の事も・・・)
テルテは先ほどの焔玉をまた見つめていた。




