7.リンリ
(なんだろう懐かしい匂いがする。
アミアちゃんの匂い?)
リグムの繭の中に入ったリンリは密かに香る匂いが気になった。
「リグム起動」
繭の中に充填液が満たされ、
やがてリンリの意識が肉体から切り離される。
そして全身を快感が覆う。
リンリがいまだかつて味わった事の無い快感だった。
(うーん、確かにこのまま一生居られたら、
とは思うけど、それって夢の中みたいなものだしなあ)
そんな思いがリンリを現実へと引き戻した。
未だリンリは暗闇の中にいる。
と、リンリの目の前に過去の記憶が映し出された。
神聖鎧で戦っていた時の記憶が。
敵である不死鎧の装甲を叩き斬り、搭乗者を殺した事。
邪教団の支配する町の建物を破壊し、中にいた人を殺した事。
逃げ惑う邪教徒を放置し、見殺しにした事。
聖教団からの命令とは言え、酷い事をしてきたな、
とはリンリも感じた。
悪いのは自分だとも。
でも、他の道なんて無かった。
これが罪なのなら、天罰でもなんでも受けよう。
リンリは記憶を事実として受け入れた。
すると記憶の映像は消え去り、再び闇が支配する。
『汝の戦う理由はなんだ?』
そんな言葉が頭に浮かび上がった。
(うーん、なんだろう)
リンリは考える。
妖魔を追い払って村を救えた事は嬉しかった。
聖教団にいた頃より戦いに意味を見出せた。
でも、その為に戦っていた訳じゃない。
今の村の惨状は酷いし、フラーネという子に対する怒りはある。
あの子を倒せたらせいせいするとは思う。
でも、それも戦う理由じゃない。
テルテやルミル、そしてアミアを救いたいというのは確かだ。
守られるばかりではなく、守ってあげたいとも、
今まで助けてくれた恩を返したいとも思っている。
でも、それが自分の一番の気持ちでは無いと分かっていた。
『私が戦う理由。
それは私の為。
私が一瞬でも長く生き延びる為。
私は自分が綺麗ごとで動いていない事を知ってる』
リンリの回答に対する反応は無かった。
それでもリンリはこれが『正しい』回答なのだと思った。
やがて、視界が開ける。
全身に外の世界を実感する。
デュエナに乗っていた時とはまるで違う感覚。
リンリは自分が生まれ変わった事を知る。
力が漲ってくる。
全てを破壊してしまいたい気持ちが湧いてくる。
でも、今はそんなものは要らない。
必要なのは速度。
手遅れになる前に。
色が紅から藍色に変わり、
装甲の意匠が清らかな形に変化したリグム。
変化が終わった瞬間、リグムは駆け出し、地面にある聖剣を拾い、
未だ凌辱を続けるセレグスへと一直線に飛ぶ。
「何匹来ようと無駄だよー」
リグムが起動した事を察知していたセレグスは既に再生した右腕で、
襲い来るリグムを迎撃する。
聖剣を弾くと、そのままリグムの左腕を斬り飛ばした。
が、リグムの勢いは落ちず、セレグスを抱きかかえた形で、
突進を続ける。
「子供の喧嘩じゃないんだから」
セレグスは左腕の刃でリグムの頭を吹き飛ばし、
一旦距離を離すように後ろにジャンプする。
が、それを追うように何かが飛んできた。
フラーネはその存在に気付けたが、すぐには対処出来ない。
セレグスの胸にはリグムが投げた聖剣が深々と刺さっていた。
「何なの、あんた」
聖剣を抜き取りながらフラーネは言う。
目の前のリグムは頭部のカメラ部分だけを再生させ、
左腕も元の腕の形では無く装甲の塊の形で再生させていた。
「思ったより強く無いんだね」
リンリにはデュエナと戦っていたセレグスは速く、
とても強そうに見えた。
でも、今のリンリから見たセレグスは、
今まで戦ってきた敵と対して変わらなく感じた。
「生意気な口を。
本当に本気で行くからね!」
フラーネはここに来て初めて怒りをあらわにした。
セレグスの全身から刃が生える。
そして背中から2本の触手のような腕が生え、腕が4本になった。
対するリグムは右腕にだけ剣を生やし、他に武装は増やしていない。
「こっちから行くよ」
セレグスが猛スピードで駆け出す。
リグムは構えたまま動かない。
突進の勢いに乗せて右手の刃が突き出される。
それをリグムは体勢を斜めにして避けた。
もちろんそれだけで攻撃は終わらず、
左手の刃が避けた身体目掛けて振り下ろされる。
リグムは右手の剣でそれを反らしたが、
今度は背中の2本の腕の刃が左右から挟むように迫っていた。
左から来た1本は装甲を厚くした左腕で防ぐが、
右側はがら空きになった胴に食い込んだ。
そう、その筈だった。
しかし、リグムの右腕の肘の装甲がいつの間にか伸び、
刃は胴に届く前に受け止められていた。
逆にセレグスは腹に衝撃を感じ、瞬間、後方に吹き飛ばされた。
リグムの棘が付いた膝蹴りがカウンターで入り、
セレグスの腹部の装甲に穴が空いていた。
「初めて最適化した筈なのに、なんで!」
フラーネの疑問はリンリ自身も感じていた。
自分は難しい事は分からないし、
咄嗟の判断で的確な作戦は練れない。
どういう武器を準備すればいいかもすぐには思いつかない。
でも、身体は的確に動いた。
今のリグムはとてもリンリに馴染んでいると感じる。
アミアが言っていた自分の好きなようにやる、
というのがこういう事なんだろうと思った。
「私はいっぱい剣があっても、それを全部動かせないから。
一本だけあればいいかなあって」
そう言ってリンリは反撃に移った。
一本ずつ相手の腕を落とすのは面倒くさい。
繭に1撃与えればいい。
リグムは右手の剣も消し、全身丸腰になる。
そして一直線にセレグスに突っ込んだ。
「気でも狂ったか?」
セレグスは突撃するリグムを全身で迎え撃つ。
左腕の刃でリグムの右腕を切り捨てる。
右腕の刃をリグムの胸の装甲に突き刺す。
背中の腕でリグムの頭のカメラと左腕を吹き飛ばす。
それでリグムは無力化すると思った。
しかし、リグムの速度は落ちない。
セレグスの攻撃は綺麗に決まり過ぎた。
まるで柔らかい物を切ったような感触。
そう、それは斬ったのではなく、触れた部分を自ら切り離したのだ。
そして、それに気付いた時にはセレグスの繭には鋭い1撃が入っていた。
無くなった左腕の下に隠した1本の刃が、
深々とセレグスの装甲の隙間に刺さっていた。
それは胸と腹、2度のリグムの攻撃によって出来た装甲の隙間を、
的確に貫いた1撃だった。
セレグスの繭からは充填液が零れていく。
「終わりだね」
そう思ったのだが、セレグスは再び動き出した。
「嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だーーーー!!」
まるで駄々っ子のように4本の腕を振り回す。
しかし充填液が漏れるのは止まらない。
(なんで動けるの?)
リグムは距離を取って攻撃を避けるが、
さすがに倒せたと思ったので驚いた。
そして、アミアと彼女が話していた内容を思い出す。
フラーネはアミアの姉の仇だと。
確か前の聖騎士団の団長がいなくなったのは8年も前だ。
鎧は少女の時期を過ぎると適性が薄くなり、
20代半ばにもなれば殆どが退役する事になる。
フラーネが『生身』の身体で今も鎧に乗れている筈は無いと。
「もしかしてあなた『身体』が無い?」
「うるさい!
それがなんだ!!
アタシは全てを犠牲にしたんだ。
それをお前みたいな失敗作に負ける訳ないだろう!!」
叫びながら再びセレグスが攻撃をしてくる。
しかしその攻撃は速度こそあるものの、
一貫性が無く、逆に防御がおろそかだった。
リグムは右腕と槍を生成し、攻撃を避けつつ、
槍で腕を斬り落としていった。
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『リンリのあれも2重適合なの?
アミアも凄かったけど、リンリのはそれと全然違って見える』
テルテは的確に攻撃しているリグムを見つめながら、
隣にいる幻像のミルミに問いかける。
『まあ、アミアが黒い鎧に負けたのは、
敵討ちという想いに駆られたのも大きいじゃろう。
が、確かにリンリの動きはそれにしたっておかしいな。
戦い方を見るに鎧には飲まれて無いようじゃが。
わらわもあれには違和感を感じておる。
そもそもリンリという少女自体も分かりづらい』
ミルミは少し悩むような顔をした。
『リンリが?
ちょっとマイペースだけど優しい子だと思うけど』
『本当にそうか?
あれは普通の人間より色んなものが見えてる気がする。
まあ、わらわは見てるだけじゃから、
勘ぐり過ぎてるのかもしれんがな』
そう言っている間に、セレグスはどんどん攻撃手段を失っていった。
『しかし、ここまで力の差が出るとはな。
リグムとリンリの相性が良かったのか、
それとも別の理由があるのか、か』
ミルミの横顔は本当に疑問を抱いてるようにテルテには見えた。
そんな中、今まで倒れていたデュエナが立ち上がった。
デュエナは戦っている二人の方へ走っていく。
アミアはあの戦いをどんな気持ちで眺めていたのだろう。
少しだけテルテは心配になった。
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「リンリ、勝ったのか?」
全ての腕を斬り落としたところで、
動けるように再生したデュエナが隣に立っていた。
「アミアちゃん!
うん、もう終わるところ。
そうだ、仇なんだからアミアちゃんがトドメを刺していいよ」
リンリはいい事を思い付いたように言った。
しかし、アミアはすぐには返答出来なかった。
「・・・くそう、こんな筈は無い。
お前らみたいなのに負ける訳ないんだ!!」
セレグスはボロボロになりながら最後の力で立ち上がり、
リグムに右腕を再生させながら伸ばして攻撃する。
リグムは伸びてくる手を虫でも追い払うように簡単に切り払った。
どう見ても勝負は決していた。
「分かった、あたしがトドメを刺す」
アミアは決意し、デュエナはハルバードを構えて一歩前に出た。
「すまんが、まだその子を失う訳にはいかん」
突然どこかから老婆の声が聞こえ、セレグスの周りが光った。
「やめろ!
まだ終わってなんかない!!」
フラーネが悲痛の叫びをあげる。
「アミアちゃん、逃げられちゃうよ」
リンリの声でアミアは我に返り、
ハルバードを光の中のセレグスに振り下ろそうとした。
「面白い物が見れたわい」
しかし光が増してセレグスは消え、
ハルバードはそのまま地面に突き刺さった。
老婆の声もそれで終わりだった。
古代の魔術師の魔法に転送の魔法があるとは聞いた事があるが、
それを実際に目にしたのは二人とも初めてだった。
「あと少しだったのに逃げられちゃったね」
「ああ」
アミアは消え入りそうな声で応えた。




