1.東の世界
大断層の東側は薄っすらと靄はかかっていたものの、
空は晴れており、日の光が眩しかった。
周りは草木も無い荒涼とした大地だったが、
それでも妖魔の姿は見えずひっそりとしている。
そして、今の問題はテルテの様子だった。
「とりあえず回復魔法はかけましたが、
やっぱり意識は戻りませんね」
布の上に寝かしたテルテに対し、
リンリがデュエナの中から回復魔法をかけたが、
テルテの様子は大きくは変わらない。
熱は下がらず、息は苦しそうだ。
「みゅー」
ルミルも多分心配している。
妖精の秘儀、みたいなものを期待したが、
特にそういう事をしてくれそうにも無い。
「とりあえずこのままここに滞在するのはマズイ。
少し離れた、休める場所を探そう」
「分かりました。
じゃあテルテちゃんは私が連れていきます」
デュエナが屈み、両腕を手のひらを上にして差し出す。
手の上に布を敷いて、力を入れてテルテを持ち上げる。
デュエナはバランスを崩さないようゆっくりと手を上げていく。
「じゃああたしがリグムで先導するから、
アミアはなるべく揺らさないように気を付けて」
「はい」
そう言ってからアミアはリグムに乗り込み、
センサーで周りの様子を見つつ、
ラーラに以前にもらった地図と地形を比べて場所を確認した。
「地図的には少し南に行けば街道で、
東に半日ぐらいで中規模の街がある筈。
東に移動すれば森にぶつかるから、
その中でひとまず休憩出来る場所を探そう」
「分かりました」
不死鎧と神聖鎧だけなら速度は出せるが、
デュエナの手の上にテルテが寝ているので、
結局いつもの徒歩と同じぐらいの速度で移動する。
ルミルはテルテの横に座っていた。
1時間後、次第に自然が増え、森に突入した。
鎧が通れる獣道を選んで進んでいく。
途中でスケルトンが数体出たが、
リグムの敵ではなく、問題は無かった。
森が開けた草原が見つかったので、そこで休憩することにする。
デュエナが神聖結界を張り、リンリも初めて生身で東側の大地に降りた。
「テルテちゃん苦しそうですね」
とりあえず水分補給だけはしたが、
意識が無いので食べ物は食べさせられそうにない。
食事がとれなければ回復魔法での対応にも限界があるだろう。
何かあれば置いていく、とは言ったものの、
アミアもテルテには多大の恩を感じており、
このまま置き去りにする事は提案出来なかった。
「テルテに意識があれば手持ちの薬からどれが効くか、
とか分かるんだけどな。
こんな事ならラーラからもう少し薬とかの説明を聞いておくべきだった」
後悔してもしょうがないが、
一番の知識人が倒れるとこうも困るんだと実感する。
「デュエナに乗せたらダメかなあ」
リンリの提案は確かに可能性はある。
途中からテルテと同じ空気を吸い、
同じ食べ物を食べていたアミアが無事なのは、
リグムに乗る事で体調を自動調整してくれた可能性が高い。
テルテに神聖鎧(または不死鎧)に同化出来る適性があれば、
それで解決する問題なのだろう。
ただ、テルテがどちらかに適性があるのか、
それと清らかな乙女なのか、という問題がある。
テルテに彼氏がいた話は聞いた事が無いが、
話していない事だってある筈だ。
失敗したら状況が悪化し、死が近付くのは間違いなかった。
「あんまりいい賭けだとは思えないな。
それよりは医者がいる街を見つけた方が助かる気がする」
「そうだよね。
じゃあ東にあるっていう街へ行ってみようか」
「そうだな、
まずはこちら側の人間に会ってみない事には分からないからな」
意見が一致し、街へ移動する事に。
ただ、街が聖教団、邪教団のどちらが占拠しているか
(もしくはそれ以外の勢力か)
分からない為、近くまで行ったらリグムが魔法で身を隠しつつ、
偵察を行う事に決まった。
森には大型妖魔の縄張りが無かったので、
中型を中心とした群れにしか出会わず、リグム1体で何とかなった。
地図的に10分ぐらいで街に着く位置で、
リンリとテルテには待機していてもらい、
アミアは単独で街へと偵察へ出発する。
『アミアちゃん気を付けて。
助けが必要なら信号弾を上げてね』
信号弾ならこの距離でもギリギリデュエナに届く計算だ。
『分かった。
じゃあ行ってくる』
『行ってらっしゃい』
神聖結界を張ったデュエナを置いて、リグムは移動を始める。
リグムが街に近付くにつれ、アミアの希望は薄れていった。
(この位置に妖魔の群れって事は、街はもう・・・)
戦闘が目的では無いので、リグムで透明化の魔法を唱え、
センサーで敵からなるべく距離を離しつつ街へと近付く。
(見張りが妖魔って事は確実に街は妖魔のものか)
目視で街が見えるようになったが、
街の見張り台の上にいるのはゴブリンだった。
ただ、中に妖魔が少なければ街をこちらで占拠出来る。
街の中には薬や書物が残ってる可能性もあり、
それでテルテが救えるかもしれない。
そう思って更に近付いたアミアは絶望した。
(大型が5体か。
教団総出で対応出来るかどうかって状態じゃないか)
大型妖魔は他の妖魔より魔力が高い事が多く、
透明化の魔法も見破られる可能性が高い。
これ以上近付くのは無理と思いアミアは踵を返す。
(悪魔と戦った時みたいにデュエナに乗れば、
って、それはテルテに止められてたな)
それに自分が何をしでかすか分からない怖さをアミアは感じていた。
何とか戦闘は避けてリンリの元へと戻れた。
リンリの方も特に問題は無さそうだ。
『そっか、街は占拠されてて、大型が5体かあ。
それじゃ無理だよね。
でも、どうしよっか』
それが問題だった。
東の国の領土は以前の地図だと2週間はかかる距離にある。
そこまでの他の村や町が無事かどうかは分からない。
近場の町へむやみに移動しても同じ結果になる可能性は高い。
とにかく生きている人の情報が欲しかった。
『4日ぐらいかかるけど、城塞都市が北東にある。
ここなら人が生きてる可能性は高いと思う。
問題はそこに着くまでにテルテがもってくれるかだ』
『でも、可能性が高いならそれがいいと思う。
テルテちゃんは魔法で出来るだけ何とかしてみるよ』
『そうだな、時間が惜しい、出発しよう』
リンリには無理をさせてるな、とは思いつつも、
アミアは休んでる暇はないと考える。
鎧のエネルギー回復の休憩以外に休憩は取らず、2体は移動を続けた。
移動を開始して2日目の夜、
エネルギー回復とテルテの看病の為に結界を張って休憩を取っていた。
テルテの意識は戻らず、一人が鎧の中で待機、
もう一人が鎧から降りてテルテの様子を見ながら仮眠する形にした。
今はアミアが鎧の中で周囲を警戒、
リンリが降りて今はテルテの横に布を敷いて仮眠している。
『キーンッ!、キーンッ!』
リグムがどこかから金属がぶつかり合うような音を拾う。
戦闘の音だろうか。
夜の戦闘は珍しいが妖魔同士の小競り合いで、夜襲の可能性もある。
リグムの示す距離は600メートルなので、
戦闘後に何者かがこちらに気付くかもしれない。
トラブルの原因はなるべくテルテと離れた場所で排除したい。
「リンリ、起きてくれ」
「何かあった?アミアちゃん」
声に反応してリンリはすぐに起きてくれた。
「近くで小規模だけど戦闘があるみたいだ。
ひとまず様子を確認してくるから、
リンリもデュエナを起動して待機しててくれ」
「分かった。
何かあれば連絡して」
「頼んだぞ」
リンリが動き出したのを見て、アミアはすぐに音のする方へ向かった。
まずセンサーに入ってきたのは4体の小型から中型の反応。
うち1体は倒れていて動かないのですでに倒されている。
見た感じ2対1になっていて、1体が逃げつつ応戦しているみたいだ。
(人間か?)
ようやく目視出来るところまで近付くと、
逃げつつ戦っているのが鎧を着こんだ人間らしいことが分かる。
大きな槍で敵を牽制しつつ、隙を見て距離を空けようとしていた。
追っているのは1体がゴブリン、もう1体がリザードマンだ。
辺りはすでに暗く、星明かりでほのかに周りが見えるが、
生身の人間が戦うのは辛いだろう。
それでも倒れてた死体はゴブリンだったので、
1体を仕留めるだけの力量はあるみたいだ。
(助けに入るべきだな)
折角の情報源だ、助けて損は無い。
『閃光』
逃げてる戦士の目を潰さないように、その背後に閃光の魔法をかける。
ゴブリンとリザードマンは突然の光に驚き、一時的に目を潰された。
「助けるから少し離れてて」
アミアは声を出しつつリグムを近付ける。
戦士は理解したようで、全速力で離れていく。
リグムを妖魔と戦士の間に滑らせ、
戦闘準備が整う前にリザードマンから首を刎ねる。
こちらの存在に気付いた時にはゴブリンも同じく首が無くなった。
振り返ると戦闘が終わったことに気付いた戦士が戻ってきていた。
「ありがとうございます、騎士様!」
戦士の声が可愛らしい女性の声なのでアミアは驚いた。
女性が兜を脱ぐと、
その中にはややふくよかな可愛らしい少女の顔が覗いていた。
薄茶色の瞳に後ろで縛った長いピンク色の髪が、
リンリより長身で全身鎧に身を固めた姿とミスマッチしている。
「申し遅れました。
私はミアンナ・シトルスという、
少し北の方にあるトレスト村から来た者です。
騎士様!
突然のお願いで申し訳ないのですが、
私の村を救ってもらえないでしょうか」
アミアが驚いている間に自己紹介した少女は、
自分の村を救って欲しいと懇願してきたのだった。




