12.初めての口づけ
それは悪夢だった。
眼前に広がる死体の山。
人、妖魔、悪魔。
種族の垣根なく、積み上がっていく。
積み上げるのは自分の手。
今持ち上げているのはテルテの死体。
恐ろしいのは悲しみという感情が無い事。
殺戮に快感すら覚えている事。
紅いハルバードを手に取り、次の獲物を探しに行く。
目の前にいるのはリンリ。
今最も信頼している少女。
だが、彼女を壊したいという感情が渦巻いている。
ハルバードを振り上げる。
「ダメだ!!」
それは夢の中で叫んでいたのか、現実で叫んでいたかは分からない。
ただ、悪夢からは醒めていた。
目の前には安らかに眠るリンリの顔があった。
状況を整理する。
ケルベロスをリンリが倒し、その後リンリが眠りについた事。
悪魔が現れ、追い詰められてデュエナに乗った事。
何とかデュエナを動かせた事。
そして、気が付いたら悪魔を倒していた事。
そこで意識を失ったんだ。
頭の中がはっきりしてくる。
先ほどの悪夢、あれはデュエナを動かした影響だ。
デュエナの中で破壊衝動が増したのは事実だ。
そして薄っすらとテルテすら殺そうとしていた事を思い出す。
あの時、自分を止めたのは先ほどの悪夢と同じく、リンリという存在だ。
彼女がいなければあのまま鎧に飲まれていたかもしれない。
心の中で目の前で寝ているリンリに感謝の言葉を述べる。
そして鎧の操縦者二人が寝ている事実を把握し、
このままだと危険だとも理解する。
身体は動くだろうか。
手、足を先から動かしてみる。
全身はだるいが、何とか動く。
魔力もほぼ無い感覚で、ギリギリ意識を保てているようだ。
休むにしてもせめて神聖結界が欲しいが、
その為にはリンリを起こさないといけない。
上半身を起こし、周りを見回すが、テルテとルミルの姿は見えない。
おそらく周りを見回っていてくれるのだろう。
とにかく起きてテルテと話し合いたい。
リンリを起こさないようにゆっくりと立ち上がろうとする。
「・・・う、うん。
アミアちゃん?」
が、力が入らないのもあり、ごそごそと動いてしまって、
リンリを起こしてしまった。
「まだ寝てろ。
魔力が少なくて辛いだろ」
アミアは自分の事は棚に上げて言う。
「え、と。
でも、神聖結界貼ってないよね。
せめてそれぐらいやらないと」
リンリは起き上がろうとする。
寝かしておきたいが、それは事実だ。
しょうがなくアミアは手を貸してリンリも立ち上がらせる。
「私が倒れてから大丈夫だった?」
リンリの質問にどう答えようか一瞬迷い、
とりあえず事実は隠そうと適当な言葉を選ぶ。
「ああ、ちょっとした妖魔の襲来は合ったけど、
リグムの魔法で何とか追い払ったよ。
だから魔力回復の為にあたしも少し休ませてもらってた」
テルテとは話合っていないが、
勘のいい彼女なら話を合わせてくれると考える。
「お、二人とも起きたな」
すると、こちらの様子に気付いたのか、
少し離れた場所からテルテがやってくる。
ルミルもその上を飛んでいた。
「見回りさせて済まない。
さっきのあたしが追い払った『妖魔』の後に、他の妖魔はやってきたか?」
リンリが喋る前にテルテに気付かせようと、少し目配せする。
「ああ。
あれから敵の襲来は無いよ。
ただ、ここはケルベロスの死骸もあるし、休むなら移動した方がいいと思う。
ちょうど近くに良さそうな場所を見つけたよ」
こちらの意図をテルテは汲んでくれたようだ。
アミアもリンリも鎧には乗らず、
地面に置いた荷物を積んで、テルテの案内で移動する。
デュエナの場所が実際にリンリが降りた場所から移動していたが、
降りる時には意識が朦朧としていたようで、特に気にしている様子は無かった。
悪魔の攻撃の跡もリグムの魔法の跡だと思っているだろう。
西側の悪魔のテリトリーと同じく、ここら辺も女悪魔のテリトリーだったようで、
小型妖魔すら付近には居ないようだった。
絶壁側の見通しのいい場所に移動し、
そこに少しだけ回復したデュエナの神力で神聖結界を張ってもらう。
アミアが乗った際に自在に魔法が使えた気がしたが、
それは何か別の力が働いたのだと考えるのが妥当だろう。
「明日の朝にはリグムに乗り込んで戦えるようになる。
その時はデュエナの神力もある程度回復するだろうし、
ともかく今日はゆっくり休もう」
「二人とも魔力が減ってるんだろ?
ラーラに魔力が回復する薬草をもらってるから、料理に混ぜて食べてくれ」
「うん、デュエナから降りて寝てたから、ちょうどお腹空いてたんだ」
アミアもリンリに合わせて頷く。
リンリにはバレないようにしているが、魔力も体力もギリギリで、
なんでもいいから食べたいところだった。
「久しぶりのご飯おいしー」
リンリにしてみればラーラの家を出てから初めての食事だ。
栄養面とは別に食べる事は嬉しいだろう。
肉は倒したケルベロスの肉を毒見してから使っているそうだ。
噛み応えがあって美味しいが、
こういう時でも挑戦を続けるテルテには本当に恐れ入る。
「地上に出れば食料問題も解決するし、
大断層で飢え死ななくてよかったよ。
本当は倒した妖魔の肉をもっと持っていきたかったけどね」
「そういえばルミルちゃんは食べないの?」
リンリが匙を浮いてるルミルに近付ける。
ルミルはちょっと興味があるように近付いたが、
食べようとはせず離れていった。
「妖精は食事をせず、大気中の魔力を吸収するらしいよ。
まあ、あくまで書物の記述だけど、
今のところ何も食べなくても元気だし」
テルテがルミルを見上げながら言う。
「囮にでも役に立つならいいのにな」
「えー可哀想だよ」
リンリの声に合わせてルミルはこちらを睨んだ気がした。
なんか嫌われてる気もする。
「じゃあ、お休みー」
片付けが終わるとテルテが少し離れた場所に寝床を作る。
一応こちらに気を使ってるようだ。
ルミルはそれに付いていった。
「私たちも寝ようか」
「ああ」
アミアも少しでも早く寝たいとは思っていた。
ただ、その前にやらなければならない事がある。
「ちょっと座って話そうか」
寝床の準備が出来たところで、話を切り出した。
「うん、いいよ」
二人して寝床の上に向かい合って座る。
「よく頑張ったな」
出来るだけ優しく、そう告げた。
肩に手を置いて、リンリの頭を優しく撫でる。
「えへへ」
リンリは静かに微笑む。
「リンリは本当に強くなったと思う。
このままいけばあたしより強くなれるとも」
「え、そんな事無いよ。
あたしはいつもギリギリだったし、
水妖の時はテルテちゃんが作戦立ててくれたからだし、
ケルベロスだってうまく行かなくて、
アミアちゃんを危ない目に合わせちゃったし・・・」
相変わらず自分には厳しいみたいだ。
それでも必死に守ってくれた。
そんな彼女がとてつもなく愛おしく、そして失ってしまうのが恐ろしい。
「もう一回約束させて欲しい」
「?」
「リンリはあたしが守る。
今度こそ、絶対に」
リンリの顔を力強く見つめる。
その目が潤む。
リンリを強く抱きしめた。
リンリも黙って抱き返してくれる。
リンリの体温を感じる。
生きて、存在している事がただ嬉しい。
お互い顔を見つめ、二人の顔が自然に近付くと、リンリは目を閉じる。
そのまま顔を近付けて軽く口づけをした。
リンリの唇の柔らかさを感じる。
これが恋愛感情なのかはまだ分からない。
でも、これが、絆になれば。
あたしはもっと頑張れる。
強くなれる。
そう、心に刻みながら。
唇が離れるとアミアは急に恥ずかしくなって、
リンリに背を向けてしまう。
「ふふっ」
そんなアミアをリンリは背中から抱きしめてくれる。
「アミアちゃん大好き!」
「・・・あたしも」
小声でそう答えるのがやっとだった。
その後は特に言葉も無く、二人して毛布に入る。
どちらかともなく伸ばした手をお互い握りしめ、
そのまま眠りに落ちるのだった。
「地上だよ!」
先頭を歩いているデュエナから声が聞こえる。
テルテとリグムも続いていき、地上のお日様を浴びる。
「生きて辿り着いたな」
アミアも嬉しそうに言う。
「ギリギリだったけどね」
テルテが苦笑いし、その上をルミルが嬉しそうに飛び上がる。
絶壁付近での休憩後、しばらく周りを調べると、
東の地上への入り口はすんなり見つかった。
おそらく女悪魔が地上へ出るのに利用していたと思われる。
通路を通って地上に出るまで2日かかり、数度戦闘になったが、
リグムにアミアも搭乗出来るようになったのもあり、
途中遭遇した大型妖魔のワームも戦闘経験が増えた2体で難無く対処出来た。
「どっちへ行くの?」
「まずは安全な場所で休憩を取りたいな」
「そうだな・・・」
と答えたテルテが不意に倒れる。
「テルテちゃん?」
リンリが問いかけるが、返事はない。
急いでリグムが駆け寄ると、テルテは荒い息をしている。
ルミルは慌てたようにその上をクルクルと飛び回る。
アミアがリグムから降りて状態を確認した。
巻いている布を剥ぎ取り、額に手を当てると高熱だと分かる。
「何かの病気かもしれない。
リンリ、薬の知識とかあるか?」
「私はそういうのは全然。
魔法で体力の回復は出来るけど、病気の治療は出来ないんだ」
「そうか・・・。
ともかく、休める場所を探そう」
難関を超えた直後に、すぐに別の問題が発生する。
アミアは新しい大地で暗雲を感じていた。
第2部はここまでになります。




