5.悪魔
(くぅっ!)
リグムの右足の装甲が悪魔の攻撃で吹き飛ぶ。
対峙した悪魔は両手を鞭のように伸ばし、
先端だけ刃の形にして絶え間なく攻撃してくる。
運動能力向上と残像の魔法をかけ、何度も悪魔の手、足を分断したが、
すぐに再生してしまう。
胴体と頭への攻撃は回避と両手で防がれ、かすらせる事しか出来なかった。
代わりにリグムはすでに左腕は吹き飛び、
胸の装甲、足の装甲もほぼ剥がされている。
相手が手数を優先した攻撃をしてくる為、
致命打は無い代わり、じわじわと削られ、
もう後が無いところまで追い詰められていた。
『ピピピッ』
デュエナの奥義の終了時間に合わせていたタイマーが鳴った。
(時間が。
リンリは・・・)
デュエナを視界に捉えると、すでに剣も盾も失い、
もう1体の悪魔に嬲られている状態だった。
「仲間を心配する暇なんて無いですよ」
殺気を感じて横に避けると、頭すれすれのところを悪魔の右手がかすり、
追撃する左手をハルバードでギリギリ弾く。
もう時間は無く、1撃に賭けるしかなかった。
(すぐに終わらせてみせる!!)
アミアは自分に言い聞かせて走り出す。
悪魔は触手と化した両手を戻して待ち構える。
(そこだ!)
リグムの両足の剣の発射装置から悪魔の足目掛けて短剣を発射する。
が、短剣は悪魔に弾かれ、地面へと突き刺さった。
リグムは止まらずに悪魔へハルバードを振り下ろす。
悪魔は見え透いた攻撃とハルバードを避け、カウンターで攻撃をリグムへと放つ。
(頼む、保ってくれ!)
瞬間、リグムは真上へと跳躍する。
悪魔の攻撃はリグムの左胸に当たるが、何とか致命打にはならない。
即座に反応した悪魔がさらにもう片方の腕でリグムの胴体へ攻撃を放つ。
(今だ!)
攻撃が放たれるのを確認した瞬間に地面に刺さった短剣のワイヤーを全力で引き戻す。
リグムの身体は一気に沈み、
悪魔の攻撃はリグムの頭部のバイザーを吹き飛ばしていく。
(とどめ!!!!)
ワイヤーが地面へ引き寄せる力と、
跳躍と同時に振り上げたハルバードを振り下ろす力を合わせる。
ハルバードは悪魔の首へと突き刺さり、
そのまま悪魔の頭を宙へと舞い上がらせた。
ミノタウロスとの戦いでは出来なかった攻撃。
今度は相手の身体でなく、あえて地面にワイヤーが刺さるように誘導し、
完璧なタイミングで攻撃に転じる事が出来たと思う。
悪魔の身体はゆっくりと地面に倒れる。
(リンリ、すぐ行く)
地面に着地し、発射装置のワイヤーを外し、リグムは反転しようとする。
が、突然身体が動かなくなった。
(え?)
「ひゃたまひゃね、しゃいしぇいしゅるのつかれるんれしゅよ」
風が吹き抜けるような声が聞こえる。
振り返ると倒れた筈の悪魔が起き上がり、
緑の血が噴き出ていた首からブクブクと頭が盛り上がってくる。
(魔法か!)
魔法の束縛から逃れようと必死に抵抗するが、身体は動かない。
「魔法は使わないでやろうって話してたんですけど、
ちょっと頭に来て使っちゃいました」
もう頭の再生も終わっていた。
こんな化け物どうやって倒せばいいのだ。
「奴との賭けに負けちゃったじゃないですか。
まあ、向こうも遊んでるみたいですし、こっちもゆっくり遊びましょうか」
悪魔の口が激しく裂ける。
魔法の束縛は解けず、悪魔はゆっくりと近付いてきた。
(頼む。リンリが耐えられますように・・・)
アミアは初めて心から神に祈った。
その対象が聖神アルデンなのか邪神デュガールなのかは分からない。
ただ、神という存在に。
『奥義発動、全てを闇に包め!!』
瞬間、リグムは魔法の束縛を解かれ、リグムを中心に闇が広がっていく。
何者をも捕らえる真なる闇が。
「こ、これは・・・」
悪魔が気付き、逃げようとするが、すでに闇が悪魔を捕らえて放さない。
少し距離が離れていたもう一体の悪魔はデュエナをいたぶるのに集中していた為、
背後の闇に気付かず、デュエナと一緒に飲み込まれていった。
そして、奥義の力で自分の魔力を使い果たしたアミアは意識を失った。
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「勝ったの?」
戦いの様子を岩陰で見ていたテルテはつぶやく。
不死鎧の奥義が闇の放出で、
周囲敵味方構わず凄まじい威力を放つとはアミアから聞いていた。
距離が離れたこの位置へも反動の風に乗った小石が飛んできている。
「まあ、こんなものか」
背後で見ていたエミンが立ち上がり、岩陰から前へ出ていく。
「え?
まだ危ないぞ」
「『ただの人間』にしてはよくやったというところか。
ただ、ちょっと足りなかったな」
エミンの表情は今まで見てきた穏やかな表情から一変し、
残忍な笑顔が広がっていた。
「エミン?
あんたはなんなの」
「まあ黙って見てろ」
エミンが立ち上がったので、テルテも隣に立ち、
段々と収束していく闇を眺める。
「あっ」
2体の悪魔は立っていた。
全身が泡立ち、焼け爛れているようだが、それも徐々に再生していく。
「ふざけるなっ!
この人間風情がっ!!」
リグムの横の悪魔が吠え、触手の腕でリグムの右腕を吹き飛ばす。
リグムは動く様子は無く、アミアは気を失っているのだろう。
「楽しんでたのに、邪魔させるなよ、このヘタレ」
もう1体の悪魔は背中を大きく抉られたようだが、
それも再生し、リグム側の悪魔に文句を言っていた。
見えにくいがデュエナはリグムに対して、
悪魔の裏にいた為、繭へのダメージは無いようだった。
「俺は見物客を始末してくる。
俺の獲物は取っておけよ」
「ああ、俺はこいつをたっぷり犯して、いたぶってから殺すよ」
テルテはデュエナの方にいた悪魔がこちらを睨んだ事に気付き、
全身に悪寒が走る。
「エミン、逃げるよ」
手を引いて走ろうとしたが、エミンは石のように重く、動かない。
「黙って見てろと言ったろ。
しかし、所詮犬コロか。
主人の区別もつかないとはな」
エミンが冷たく言い放つ。
何がどうなってるのか分からないが、テルテは観念し、
黙って事の成り行きを見守る事にした。
「ほー、逃げないとはバカな奴らだ。
少しは楽しめると思ったんだけどな」
悪魔はいつの間にかテルテ達の目の前にいた。
そして、テルテには見えない速度で悪魔がその手を振り下ろした。
が、その刃はエミンに届かず、
エミンの細腕は刃を棒でも掴むように軽々と受け止めていた。
「この身体だとちょっと不便だな」
そしてエミンから闇が噴き出る。
リグムが発した真の闇とは異なり、赤黒く、禍々しい闇が。
「ま、まさかお前、いや、あなた様は・・・」
「炎」
闇から炎が飛び、悪魔の身体を燃やす。
瞬間、燃え上がり、悪魔は炭となり風に消えていく。
ただの火炎の魔法に見えたが、
その威力はテルテの知っているものと異なっていた。
「下級悪魔にしては躾がなってないな。
飽きて捨てられたか、野良で育ったのやら」
声はエミンのものではなく、
もっと幼いが、ただ、とても強く、気高く感じられた。
そして闇の中から現れたのは、
アミアよりやや大きいぐらいの小柄な少女だった。
透き通るように白い肌、長く美しい紫色の髪、
そして見ていると吸い込まれそうな真紅の瞳。
着ているのは赤を基調にしたドレスで、
露出が大きく腹の部分には布が無い形だ。
「わらわはミルミ。
そ奴ら下級悪魔と異なる、正統なる悪魔じゃ。
まあ、『悪魔』という名称は『人間』が呼んでいるだけだがな。
『超越者』とか呼ばれてもこそばゆいし、
『悪魔』という言葉の意味合いは合ってるから別にいいが」
その少女、悪魔ミルミが怪しく笑う。
見た目は人間の、10代の少女にしか見えない。
角があるわけでも、羽根が生えているわけでも、尻尾が生えているわけでもない。
今戦っている悪魔とは姿形が違い過ぎる。
胸もテルテに比べてもずっと小さい。
だが、魔法で悪魔を滅ぼした実力と、
その存在感からは人ならざるものを感じさせていた。
「え?悪魔?え?
あ、じゃあ、もしかしてここに誘う為にうちらを騙して・・・」
「そんな面倒な事せんよ。
わらわは『適合者』二人と妖魔マニアの珍しい組み合わせを見て、
暇つぶしに付いてきただけじゃ。
どちらにしろ大断層への入り口はここらじゃあそこだけ、
わらわがいようがいまいがおぬしらはここで悪魔の餌食になってたじゃろうて」
妖魔マニアという響きが気にはなったが、
テルテはミルミが嘘を言っていない気はした。
「じゃ、じゃあ、助ける為に姿を?」
「それこそ冗談じゃない。
わらわにかかればおぬしらなど簡単に消せる。
人間の振りに飽きたから姿を現したに過ぎんよ。
おぬしも口には気を付けろ。
わらわの気に障ったらおしまいじゃからな」
そう言ってミルミが可愛らしく笑う。
その無邪気な姿がかえってテルテには恐ろしい。
「それじゃあアミア達はこのまま悪魔に・・・」
「だから黙って見とれと言ったじゃろ。
おぬしはちょっと喋り過ぎじゃ」
ミルミに言われて、テルテは黙る。
そして残った悪魔の方を見る。
悪魔は全身から触手を生やし、リグムを持ち上げていた。
そして、器用にコアとなっている繭のハッチの隙間に入り、
それを力でこじ開けていく。
ハッチが吹き飛び、中に入っていた液体と共にアミアが落ちてきて、
それを触手が絡み取る。
「!!」
テルテは叫びそうになるのを耐えて、様子を見守る。
アミアは意識を失ったままのようで、身動きしない。
触手はアミアの身体を這い回り、そして。
「え?」
瞬間、何かが横切った。
いつの間にかアミアは地面に横たわっており、
巻き付いていた触手は千切れ、地面をのたうち回っていた。
「何が起こった!」
悪魔が吠える。
その悪魔に闇がのしかかる。
テルテが闇だと思ったのはリグムだった。
が、その姿はどす黒く変色し、頭部は獣のようになり、
目の部分が不気味に光っている。
千切れていた腕には鱗状の腕が生えており、
全身の装甲もそれに合わせて変化している。
武器は持たず、両手の爪が長く伸び、
それは悪魔の身体を抉っていく。
「こ、この」
悪魔は抵抗しようと両手で反撃するが、それはリグムの鱗を剥がすだけで、
すぐに鱗が生えてきて本体に通らない。
逆に悪魔の再生はリグムの爪での攻撃速度に間に合わず、
胸が裂け、骨が見え、その骨も折られ、
やがて、どくどくと動く緑色の心臓が取り出される。
「や、やめろ・・・」
それが悪魔の最後の言葉だった。
心臓は握り潰され、悪魔は溶けていった・・・。
攻撃していた無人のリグムも瞬間かかしのように動かなくなり、
変化していた装甲や再生していた腕などが崩れていき、
残ったのは元の半壊した姿だった。
「『最も愚かな兵器』。
生身の『適合者』は犯す事も殺す事も出来ない。
おぬしらが『神』と呼ぶもの共が創ったしょうもない玩具じゃ。
まあ元になったのは我々の作った『ガーディアン』なのだけどな」
ミルミがつぶやいた。
テルテはそれでようやく少し冷静になる。
「じゃ、じゃあアミアは絶対死なないって事?」
「そうじゃないから馬鹿らしいのじゃ。
生身の状態では殺せないだけで、
搭乗している状態で殺してしまえば殺せるんじゃよ。
馬鹿らしいと思わんか。
自動で動く『ガーディアン』を先ほど見たように、
悪魔をしのぐ力で動かせるように改良したのに、
『人』が乗った状態だと人が死なないように出せる力を抑えてしまうんだからな」
ミルミの言っている事は本当なのだろうか。
ただ、テルテ達より色々知っているのは確かだ。
「じゃあさっきの悪魔たちはなんで」
「所詮は下級悪魔、悪魔のペットじゃ。
人間と戦わせる為に飼ってるわけでもなし、
知能は人間並みだが知識は妖魔と変わらんよ。
あと、この事は決して二人には喋るなよ」
「どうして?」
「どういう理由か知らんが、
意図して危険に生身をさらして鎧を自動で動かそうとすると、
『適合者』の資格を失ってしまう。
元々ある男女の交わりもそうじゃが、よく分からん縛りが色々あるようじゃ」
ミルミの言っている事が正しいのなら、
確かに生身だと命を救ってくれる事を知ってしまうと、
意図して行動してしまうかもしれない。
「と、ちと喋り過ぎたな。
今更人間体に戻るのもなんじゃ、わらわは『妖精』になろう。
おぬしらに飽きるまでは付いていくが、
決して助けないし、情報提供もしない。
あと、わらわの正体はおぬしのみに明かそう。
決して他人に言うなよ。
わらわのいないところで喋ろうとて、すべて筒抜けだと理解せよ。
では、あとは適当に誤魔化してくれ」
というと、ミルミの姿が薄ぼんやりとぼやけていく。
そして現れたのはふわふわと浮く、
白いぷよぷよした身体に大きな目と口、使えるか分からない小さな手足、
虫のような小さな羽根の生えた妖精の姿だった。
確かにテルテの知っている妖精の姿と一致するが、
どこかふてぶてしさを感じる。
「みゅー」
妖精は喋れないというが、声自体はミルミの声っぽくも聞こえた。
頭が混乱して追い付かないが、ともかく二人をどうにかしないと、
とテルテは駆け出し、ミルミはその後をふよふよと付いていった。




