4.遭遇
「敵発見、
また小型妖魔の集団です」
朝に出発してから数時間。
確実に対岸へ向けて進んでいるが、敵との接触は今回を合わせて3回目、
全てが小型妖魔の集団だった。
「他の敵を呼ばれると厄介だから、今回も殲滅する」
リグムが先導して敵を薙ぎ払い、
デュエナが追随して逃げる敵を一匹残さず殲滅した。
「大断層って言っても鎧があれば何とかなるんだな」
テルテがゴブリンの死骸を観察しながら言う。
「大型、中型は地上か他の下層に移動したのかもしれない。
でも、以前大断層に調査に行って、戻ってきた奴はいないんだよな」
「はい、私が騎士団に入る前の話ですが、
大断層に調査に行った部隊は誰も帰ってこなかったそうです」
アミアは何かおかしいと感じ、
ここで油断しては行けないと気を引き締めた。
「まあ、運よく敵に合わなければそれに越した事は無いし、
ともかく急いで断層を渡ってしまおう」
テルテが仕切り直して再度移動を開始する。
エミンがおとなしいので気になって見てみたが、黙って後を付いてきている。
慣れない下層での移動に疲れてるようだ。
「エミン、大丈夫?」
「ああ、はい、まだまだ元気です」
声を聞く限りは問題なさそうだ。
テルテも基本的にはアミアと考えは一緒で、
途中で倒れるようならエミンは申し訳ないが置き去りにするつもりだった。
「一つだけ聞いてもいいですか?」
「何?」
珍しくエミンから声をかけてきたのでテルテは少し興味深く聞く。
「もしどうやっても敵わないと敵が現れたらどうするんですか?」
「えっと、それは…」
アミア達と何度も話した事だ。
結局結論は出ず、その場で取れる最善策を取ろう、
というあいまいな答えになっている。
そもそもテルテには敵と戦う力は無く、持っている道具と頭で何とかするしかないのだ。
「戦うよ、あたし達は」
回答を考えてる間に話を聞いていたアミアが答えていた。
アミアの決意も判断力も分かっているつもりだ。
だが、それでもどうしようもない時はどうするか。
それがテルテの悩みなのだ。
「そうですか、ありがとうございます」
エミンは回答が聞けた事に満足したのか、それ以上は何も言わなかった。
それから数時間、今まで同様小型妖魔とは戦ったものの、
大きな戦闘は無く進み、辺りが明るくなってきた。
太陽が一番高く昇ったので、薄っすらと日が射してきたのだ。
「このペースなら日が沈む前に結構進めるかもしれない」
実際大断層の幅は分からないが、今まで緩やかに下っているので、
これが登りに変われば半分なのだろう。
そして少し進むと、景色が今までと一変した。
威勢よく生えていた下層の樹木や毒々しい草花が無くなり、
荒々しい地面がその姿を現している。
見通しも今までよりよくなり、人の目でも周りが見渡せるぐらいになっていた。
「様子が変わったな。
妖魔のテリトリーかもしれない。
近辺に敵の反応は?」
「センサーの範囲に生物の反応は無い」
テルテの問いにアミアが答える。
アミアは嫌な予感がしていた。
「じゃあ妖魔の痕跡を確認しよう。
エミンは付いてきて。
アミア達もその辺を周ってみて」
テルテ達は荒れ地を進んでいく。
おかしいぐらいに植物が生えていない。
テルテは地面を詳しく調べ、アミア達は少し先に進んでみる。
しばらく進むと鎧の物と思われる金属片と武器が散乱していた。
『これって鎧の残骸?』
リンリが怯えたような声の念話を飛ばしてくる。
『大きさ的にそうだな。
そこに比較的大きいのがあるぞ』
アミアがそれを見つけ、デュエナと共に近付く。
それは神聖鎧の上半身だった。
同じ機体の下半身と思われる物体は少し離れた場所に転がっている。
『こんな事って・・・』
リンリが驚くのは当然だ。
神聖鎧の上半身と下半身のつなぎ目にあるのは最も頑丈である繭である。
手足を斬り落とすならまだしも、繭の部分を両断するのは常識的に考えて難しい。
『鎧同士の闘いでは無いな。
こんな事が出来る大型の妖魔も聞いた事がない』
ヒュドラのようなドラゴン型が引き千切ろうとしても、
足の部分が千切れるのが先になる筈だ。
ミノタウロスの斧だって斧が刺さるので精一杯だろうとアミアは思う。
そして周囲を見回し、同じような鎧の断片がそこかしこに散らばってるのが分かる。
『この剣知ってます。
調査隊の隊長が持っていた聖剣“トーリル”です。
今の団長の剣と対になってるので』
リンリの言葉からこれが帰ってこなかった調査隊の末路だとアミアは理解し、
そして悟った。
『まずい。
撤退するにも多分テリトリーに入ってる。
リンリ、その剣使えるな』
『はい』
『じゃあその剣をメイン武器に。
余計な荷物は一旦ここに全部置いていけ』
そう伝えながらアミアもリグムから日常品などの余計な荷物の入ったラックを取り外す。
「どうした?
何があった?」
周りを見ていたテルテとエミンもやってくる。
「普通の敵じゃない。
逃げる事も多分出来ない。
テルテ達はあそこの岩場に隠れていてくれ」
アミアは1秒でも惜しむように早口で言う。
「どうしたんですか。
何か問題が?」
「さっきエミンが言ってた事が現実になりそうって事。
うちは分からないけど散らばってる鎧の残骸から、ヤバい相手らしい。
ともかくうちらは隠れるよ」
テルテはエミンの手を引っ張って少し離れた岩場に移動する。
大きな岩があるので敵が出てきた場合でも隠れていられる。
また敵に見つかっても岩場なら逃げる時間が多少稼げるだろう。
『リンリ、センサーに反応は?』
『東側に動く物体が2体、こちらに近付いてきてます』
近付いてきているという事はもう見つかっている。
ともかく敵を見極めなければ作戦も立てられない。
『敵を目視出来るまでゆっくり近づこう』
リグムとデュエナは並んでセンサーの反応の方に近付いていく。
そして視界に映ったのは禍々しい6メートルほどの人型の存在。
『まさか』
『反応は悪魔です。
間違いありません』
リンリの叫びが届く。
人間に対する絶対的な強者、悪魔。
それが2体もいる。
アミアはこの惨状に納得がいくと同時に生き残る為の作戦を脳をフル回転にして紡ぎだす。
『リンリ今から言う順番に準備して。
まず左の敵にゆっくり近づきながら、魔法耐性向上を両機にかけて。
あたしは武器の硬度上昇の魔法を両機にかける。
敵との距離が10メートルまで近付いたらそれぞれ戦闘開始、
奥の手を使ってまずは相手の首を執拗に狙って。
相手が首を防御するようになったら、相手の身体で隙がある部分を攻撃、
倒さなくていいから、とにかく傷を負わせて、戦闘力を奪う。
相手は魔法の抵抗力が高いから、魔法攻撃や状態変化魔法は使わないように。
奥の手のリミットが切れる5秒前に硬化の魔法を唱えて、
あとはあたしがそっちに向かうまでは防御に徹して。
相手の一撃はこちらの胴体を分断するぐらいの威力があるので、
とにかく剣か盾で受けるようにして。
最悪手足は斬られても繭だけは守るように。
なるべく早くそっちに行くからそれまで耐えて』
アミアは一気に喋る。
敵が2体いる以上フォローは出来ない。
『了解。
私も頑張るからアミアちゃんも無理しないで』
言葉からは無理な戦いが始まるとリンリも認識しているんだと分かる。
アミアは速攻の為の魔法を全力でかけ始める。
リグムにも奥の手があるが、それを使ってしまうと2体目の悪魔が倒せないので使えない。
今出来る全力で戦うしかないのだ。
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(魔法耐性向上発動、敵との距離は30、29、28・・・)
リンリは心を落ち着けようとしながら悪魔へと近付く。
敵は余裕があるのか、足を速めようとしない。
悪魔と戦った事はリンリはもちろん、アミアも無いという。
そして、騎士団に悪魔と戦って勝ったという記録は無い。
以前にアミアと悪魔と出会った場合の戦い方を話し合った事がある。
相手は人間並みの知能があり、魔術師より強力な魔法、
神聖鎧より強力な運動神経があるという話だ。
本来なら二人で力を合わせ、ミノタウロス戦のように一人が囮、
一人が攻撃と相手を翻弄しながら戦うしかないという話になったのだが、
2体と出会った時点で無理な話だった。
だから奥の手を使う事になったのだ。
「まだこんなところに来る人間がいるのですか」
「2体だけか?
暇つぶしになればいいんだがな」
15メートルぐらいまで近付いたところで2体の悪魔が話しかけてきた。
知能があるから交渉出来る、と考えてはいけないと聖教団にいた頃に散々言われてきた。
話せば隙が出来る、こちらの発する言葉からこちらを惑わす呪詛がかけられると。
だから私もアミアも何も発しない。
「何も言わないか。
じゃあ、私は左をやろう。
お前は右な」
「1体だけじゃつまらないけど、2体しかいないんじゃしょうがない」
近くで見ると悪魔の姿がはっきりと分かる。
所々紅いどす黒い硬質化した肌。
随所にあるとげが禍々しさを増している。
武器は持っておらず、大きな手が鉤爪のようになっている。
顔は大きく裂けた口から長い牙が覗き、
長細く毛の無い頭に紅い4つの目が鈍く光っている。
ずっと見ていると吐き気がしてくるおぞましさだ。
翼や尻尾は無いので、飛ばれる事も尻尾で攻撃される事も無さそうだ。
もう少しで10メートル、となったところで、敵の腕が変化を始める。
右手は長く伸び、先から3メートルぐらいが刃のように鋭くなる。
左手は太く、分厚い皮で覆われ、防御と打撃に特化したようだ。
普通に戦うには右手の攻撃を避け、
左手の防御の隙をついて攻撃する必要があると考えよう。
(アミアちゃん大丈夫かな)
他人の心配をしている場合ではないのだが、今は何より彼女を失う事が怖かった。
だから、私が出来る事を全力でやるのだ。
距離が10メートルになる。
(秘奥義開放、デュエナの真の力を見せて)
リンリの願いにデュエナが応える。
リンリは全身が温かな力に包まれ、守られていると感じる。
デュエナの周囲が光に満ち、輝き始めた。
神聖鎧の『秘奥義』。
約2分間の間、神の加護下に入り、全ての敵からの攻撃、魔法を無効化する。
また、鎧の運動能力も1.5倍くらいに強化される。
まさに奥義なのだが、2分後から半日、能力が6割まで低下する為、
聖教団では使用は基本禁止されており、使用は団長の命令時のみであった。
奥義の事は騎士団以外には隠されていた。
1度バレてしまえば2分間逃げ回ればいいと対策が取られるからだ。
(うあぁぁっ!)
心の中で叫びながらデュエナは駆け出す。
先ほど手に入れた聖剣『トーリル』は今までの剣より長く、
重いが秘奥義の効果もあり、今までの剣より馴染んで感じる。
両手で持った方が威力が増すので左腕は通常の盾ではなく、可変盾を付けている。
まずは相手の不意を突く一撃!
「ガンッ!!!」
相手の首筋を狙って振り下ろした剣は相手の咄嗟の左手の防御で弾かれる。
が、相手の左手の皮を削り、そこから緑色の血が流れ出ている。
攻撃は有効だ。
相手は即座に右手の刃を横に振り反撃をするが、輝く光に阻まれ、
こちらに衝撃は来ない。
(次!)
再度剣を振り上げ、今度は左側から首筋を狙う。
防御が間に合わないと感じた相手は後ろへ飛びのき、
剣は首筋を逸れ、相手の胸の上を切り裂く。
「ほおっ」
敵は感心したようにつぶやく。
リンリは間髪入れずに喉元を狙って突きを繰り出す。
相手も首を狙われていると気付いたようで、左手で庇い、そこに剣は突き刺さる。
(これぐらいか)
敵は攻撃がこちらに届かず、首を集中的に狙われていると気付いただろう。
あとは相手が防御に回った隙を攻撃すれば。
デュエナは脇腹、腿、上腕と、パターンを変えて攻撃する。
相手も運動能力は高いので致命打は躱すが、
それでも身体の各所に傷を負わせ、いたる所から血が流れている。
聖剣の威力は今まで使っていた剣よりあり、リンリの手にもよく馴染んでいた。
(出来れば倒したいけど)
リンリにはアミアに守られてばかりではなく、
もっと楽をさせてあげたいという想いがあった。
残り時間が半分になっている。
せめて頭か首に一撃入れたい。
リンリはダメージを受けない事を踏まえて、賭けに出た。
相手の胴体目掛けて全力で駆け寄りながら、突きを繰り出す。
相手はそれを左手で防ぎつつ、左へ躱す。
衝突する瞬間、魔法の爆発を機体の右下へ撃ち、
爆発の反動で宙へ浮かぶ。
左手で隠し持っていた折り畳みの槍を伸ばし、
がら空きの相手の顔面に槍を突き刺す!
「ぬぅぅっ!」
悪魔が苦痛に叫ぶ。
槍は相手の頭部に刺さり、左目の眼窩を貫いていた。
(やった?)
悪魔は急いで後ろに飛びのき、頭の槍を抜き出す。
「思ったより楽しませてくれるな」
悪魔の頭部からどくどくと血が流れ出す。
槍の威力もあり、倒せはしなかったが、ある程度のダメージは与えられた筈だ。
槍が無くなったので、同じ事は出来ないが、
敵の目を潰した事で相手の動きは鈍ってきたと感じる。
再度攻撃を繰り返し、さらに足や腹にいくつかの傷を与える事が出来た。
(倒せなかった。
でも、ここまで弱らせれば倒せるかも)
横でアミア達の闘いがまだ続いてる事は分かっているので、
出来れば自分の手で1体仕留めたいと思う。
が、相手の攻撃をまだ直接受けていないし、1撃で胴体を斬られた鎧も見た。
油断は出来ないし、アミアの言う事は聞くべきだ。
リンリは再度気を引き締め、硬化の魔法を唱え、可変盾を通常の盾に交換し、
奥義が終わる時を集中して迎えた。
そしてデュエナの周りの光が消えていき、リンリは全身が重くなるのを感じる。
「本当に厄介だよな、お前らのその力。
まあ、前に戦った集団よりは良かったよ。
70点ぐらいかな」
悪魔は笑いながら言う。
その左目の傷は塞がり、紅い目が再生する。
身体の傷も徐々に塞がり、やがて、戦う前の状態に戻っていた。
以前に聖騎士の調査団と戦ったのだから奥義の事は知っていてもおかしくない。
それは当たり前の事だった。
「さて、今度はこっちが遊ばせてもらおうか」
相手が動いた、と思ったら左手の盾が無くなっていた。
近付いた敵に手首ごと下から切り裂かれていたのだ。
(え、速い?)
本能で剣を構える。
瞬間、相手の拳が剣に当たり、後方へ吹き飛ばされる。
相手の今までの動作はきっと蠅でも振り払うぐらいだったのだろう。
「大丈夫、
すぐには殺さないさ」
いつの間にか相手は目の前にいて、
こちらの右腕は肩から引き裂かれていた。
(嘘・・・)
痛みと恐怖と絶望からリンリの意識は消えていった・・・。




