第63話:ドイツでの運命の出会い
2軍の7部リーグの優勝から、1週間が経つ。
今日は交流戦の日。
F.S.V1軍の練習場に、オレたち2軍は集合していた。
『お前たち、今日の交流戦は気合を入れていけ!』
『『『はい、監督!』』』
交流戦の前のベンチ。
2軍の監督は気合いが入っていた。
同じく2軍の選手も気合い全開である。
何しろ今日の交流戦のデキで、次節の1軍選手が決定する。
今まで日の当たらなかった2軍の選手が、一気にトップに昇格する可能性もあるのだ。
これでやる気が出ない選手がいないであろう。
『試合まで、あと少しだ。身体を温めておけ!』
交流戦まであと少し。
オレたちは天然芝のピッチで身体を温めておく。
公式戦と同じで、全員の顔が本気モードである。
「ん? あれは?」
ピッチに別の集団がやってきた。
彼らの着ているユニフォームはF.S.Vの1軍のもの。
ついに今日の対戦相手がやってきたのだ。
「おお……あの方々は⁉」
やってきた1軍の選手の顔を見て、オレは声を震わせる。
目を見開き、最大望遠に切り替える。
「あの方は元スウェーデン代表の……おお、あの方はコンゴ共和国の代表の⁉」
なんと1軍の選手の中に、知っている有名選手がいたのだ。
各国の代表クラスや元代表の選手が、沢山いる。
サッカーオタクであるオレにとっては、夢のような光景であった。
「むむむ? あっちはイングランドのU-23代表の若手のホープ……それにあの方はスイス代表の……⁉」
この時代のドイツリーグには世界各国の代表選手が所属している。
3部でさえもレベルが高く、世界の代表クラスや元代表クラスがゴロゴロしていた。
特にこのF.S.Vは20年程前、ドイツ1部で優勝もしていた歴史あるクラブ。
今は3部で調子が悪いけど、戦力的は整っている方である。
「いやー、さすがは1軍様……オーラが違うな!」
有名選手を遠目に眺めながら、オレは大満足していた。
これだけでも今日の交流戦に来た甲斐はある。
「あっ、そうだ! 交流戦が終わったら、全員からサインを貰わないと」
日本から大量のサイン色紙を、オレは持ってきていた。
ドイツ入国の時に怪しまれて、没収されそうになった思い出もある品。
もちろん今日も持ってきている。
交流戦が終わったら1軍の皆さんから、サインを貰うつもりだった。
はぁはぁはぁ……。
やばい。
興奮しすぎて血圧が上がってきたぞ。
本当に交流戦が来てよかった。
◇
「14番ということは、キミがコータ君かな?」
そんな興奮していた時。
背後から、日本語で話しかけられる。
いったい誰だろう?
知らない男性の声だ。
日本の報道陣かな?
「ん?」
でも振り向いた先にいたのは、外国の青年だけしかいない。
しかもユニフォームを着た1軍の選手だ。
では誰が今の日本語を?
「こんにちは、コータ・ノロ君かな?」
「えっ……はい、そうです」
金髪の選手が流暢な日本語で話しかけてきた。
かなり上手い日本語である。
「ああ、これか? 私の母は日本人だ。だから日本語もできるんだ」
「そうでしたか、なるほどです」
なんと1軍に日本人とドイツ人のハーフの選手がいたのだ。
見た目は金髪碧眼だから、今まで気がつかなかった。
更に凄いイケメンである。
あれ?
2ヶ月前もこんなことがあった気がする。
「私の名前はユリアン・ヴァスマイヤー。妹のエレナがキミに、お世話になっているみたいだね」
「ヴァスマイヤーさん? エレナのお兄さん?」
そうか。
このやり取りは、エレナと出会った時と同じだった。
それにしても彼女にはお兄さんがいたのか。
しかもF.S.Vの1軍の選手だったのか。
今までそんなことは一言も聞いていなかった。
ふむふむ。エレナのお兄さん、ユリアン・ヴァスマイヤーさんか。
覚えておこう。
「えっ……ユリアン・ヴァスマイヤー……⁉」
その名前を復唱して、目が覚める。
何故ならオレは、この人の名前を知っていたのだ。
(この人は……“悲劇の天才”。あのユリアン・ヴァスマイヤーか……)
前世のサッカーの歴史の話である。
ドイツに“悲劇の天才”と呼ばれた有名な選手がいた。
彼は17才でドイツのプロリーグで、衝撃的なデビューをする。
入団していたドイツ3部リーグで大活躍をしたのだ。
その後はドイツ世代別代表に選出されて、大きな結果を出す。
世界中のマスコミから脚光を浴びて、一躍大スターに伸し上がるのだ。
将来のドイツ代表を確定とまで言われ、各国のビッグチームから注目される。
そしてドイツの3部クラブから、イングランドのビッグクラブに移籍が決まったのだ。
まさに夢のシンデレラボーイが誕生したのだ。
だが直後に彼に不幸が訪れる。
イングランドの空港から降りて、乗っていたタクシーが事故に巻き込まれたのだ。
“悲劇の天才”ユリアン・ヴァスマイヤーはちょうど18才の誕生日に、事故でその命を落とすのであった。
(まさか、あの“悲劇の天才”がこのF.S.Vに所属していとは……)
偶然の出会いにオレは驚愕する。
彼のことは前世の記録で知っていた。
だが同じクラブに所属していたとは、夢にも思っていなかったのだ。
サッカーオタクであるオレも、さすがにそこまで把握はしていなかった。
でも、待って。
このユリアンさんはいつの時代なのであろうか?
「ユリアンさんは、今、何歳ですか?」
「ん、年齢? 私は17歳になったばかりだ」
思わず年齢を訪ねてしまった。
ユリサンさんは不思議そうにしていたが、答えてくれた。かなり紳士的な人である。
そうか、ちょうど17歳なのか。
ということは、今から約1年後に、ユリアンさんは死亡に事故に遭ってしまうのだ。
(どうしよう……)
まさかの偶然の出会いに思考が停止する。
できれば“悲劇の天才”ユリアン・ヴァスマイヤーさんには死んで欲しくない。
前世、この人の生前のプレイ映像を見たことがある。
あれは本当に素晴らしいプレイであった。
過去の映像であるが、前世のオレは見惚れてしまった記憶がある。
もしも事故死しなければ、世界トップクラスの選手になったことは間違いない。
(そんな才能ある人が、18才という若さで死んでしまうのは……)
正直なとことオレは耐えられない。
誰も幸せにならない、そんな不幸な未来なら変えてしまいた。
(でも、オレが説得しても……)
ここでオレが『あなたはこれから活躍して、イングランドのクラブに移籍話しがきて、その移動中にタクシーの事故で死亡します』と伝えればいいのか?
(いや、ダメだ……そんなことを言ったら、頭がおかしいと思われて、逆に不信感を募らせてしまう……)
じゃあ、どうすればいいのか?
今回はオレが右足と家族失ったフラグ回収とは、勝手が違う。
あくまでも死亡フラグの対象者は、赤の他人である。
オレ一人の行動や助言で、簡単に変えられるものではないのだ。
大きな運命を根本から変えないといけないであろう。
(そうかだ……ユリアンさんがイングランドに移籍しないように、そうすれば防げるのか⁉)
オレのフラグ回避の時もそうだったが、一度でも回避すれば生存の可能がある。
あの時も交通事故回避の後は、隕石もガス爆発も起きなかった。
つまりイングランドに移籍を未然に防げばいいのであろう。
(あれ? でも、ユリアンさんは、何でこのクラブを出ていくんだ?)
そんな時。ふとした疑問が浮かびあがる。
ユリアンさんはエレナの兄である。
つまりF.S.Vのオーナーの孫息子だ。
かなりのお坊ちゃまであり、F.S.Vとは切ってもきれない血縁関係なはずである。
(それなのに何故、移籍なんかしたんだ?)
普通なら祖父のオーナーが、才能ある孫息子の放出を了承するはずがない。
当人のユリアンも打診がきても、了承するはずもなさそうだ。
ヴァスマイヤー家の内部に、何か重大な問題があるのであろうか?
「あら、ユリアンお兄さま。お久しぶりですわ」
そんな時、一人の少女がやってきた。
エレナ・ヴァスマイヤー……オレのクラスメイトであり、F.S.Vの特別アドバイザー。
そしてユリアンさんの妹だ。
「ああ、エレナ。久しぶりだね」
ん?
何やらユリアンさんの雰囲気がおかしい。
実の妹であるエレナに対して、よそよそしい感じがある。
「ユリアンお兄さまも、相変わらず元気がないのですね」
一方でエレナの方も態度も、何か変である。
いつもの冷静さがなく、感情的になっていた。
「エレナ……あの怪我の方は、もう大丈夫なのか?」
「言ったはずです! お兄さまには、もう関係ないことですわ!」
何やら兄妹の間に、大きな溝があるようだ。
その証拠に誰も分からないように、第二母国語の日本語で会話していた。
もしかしたら兄弟間で、なにか事件があったのかもしれない。
それが原因でギクシャクしているのだ。
(もしかしたら、だからユリアンさんは、F.S.Vを出ていくのか?)
その空気を感じで、オレの“サッカー勘”がピンと働く。
ユリアンさんの死亡フラグの原因の一つの移籍問題。
この兄妹の溝がその大きな原因になっているのかもしれない。
オレもユリアンさんと同じく、可愛い妹の葵をもつ身。
だから“兄妹勘”の方もダブルで働いていたのだ。
「最近は1軍も不甲斐ありませんわね、お兄さま? 今日の交流戦は、この私がアドバイザーを務める2軍が勝たせてもらいまわす」
「そうか、エレナが今は2軍のアドバイザーを……」
「F.S.Vのこの私が正してあげます!」
エレナが兄を挑発して、更に空気が悪くなる。
周りでアップしている選手たちも、何事かと集まってきた。
(このままじゃいけない! でも、どうすれば、この兄妹の仲を? ……そうだ!)
とある作戦を思いつく。
ここはオレが一か八かで、身体を張るしかない。
『ユリアンさん、ボクと勝負してください! ボクが勝ったら、妹さんと仲良くしてください!』
オレはユリアン・ヴァスマイヤーに勝負を挑む。
サッカーは世界共通の言語である。
サッカーで戦った後には、必ず何かが生まれてきた。
その奇跡の可能性に、ここは賭けてみることにしたのだ。
『コータ君……キミは……』
ユリアンさんの気持ちも揺れていた。
よし。運命を変えるために、あと一押しだ。
『ボクは必ずユリアンさんと1軍を倒します!』
あえてドイツ語で勝負を挑んだのは、他の皆にも聞こえるようにするためだ。
全員を巻き込むことにより、言質をとる作戦にした。
こう見えてオレは策略家である。
きっと、この作戦も間違いなく上手くはずだ。
『へえー?』
『面白ぇな……』
そんな時である。
周囲からプレッシャーが襲ってきた。
『このオレたち1軍相手に勝つだと、小僧?』
『2軍にも元気のいいのが入ったもんだな?』
「あ、あなた方は……」
プレッシャーを放ってきたのは、1軍の選手軍団であった。
物凄い形相でオレのことを睨んできている。
「い、いや、今のボクの言葉はですね……」
ヤバイ! 勘違いされている。
先ほどのユリアンさんに対する挑発を、自分たち1軍全員への挑発と勘違いしているのだ。
各国の代表クラスの方々が、野獣のような鋭い殺気を向けてきた。
何とか皆様の誤解を解かないと……。
『おい! そろそろ交流戦を始めるぞ!』
更にタイミングが悪かった。
監督から合図があり、1軍選手は去ってしまったのだ。
弁明の機会は失われてしまった。
「そ、そんな……」
まさに“策士策に溺れる”だ。
オレの策略は完全に裏目に出てしまった。
(どうしよう……)
こうして運命の交流戦が始まる。
ユリアンさんの未来を変えるために、本気の1軍に勝つ必要があるのだった。




