第62話:順調な日々に
F.S.Vの2軍の公式戦に初出場してから、1ヶ月が経つ。
ドイツに5月がやってくる。
『いくぞ、コータ!』
『うん、まかせて!』
そんな中、オレは今日も2軍の公式戦に出場していた。
『ナイスゴールだ、コータ!』
『そちらこそ、ナイスアシスト!』
オレは得点を決めて、チームメイトとハイタッチする。
そのまま審判のホイッスルが鳴り、試合終了。今日の試合もF.S.V―Ⅱの勝利だ。
『ナイスゲームだったな、お前たち! これで公式戦は5連勝だ。来週の試合も期待しているぞ!』
『『『はい、監督!』』』
試合後のベンチで、監督から激を受ける。
最近のチームは連勝中なので、監督も機嫌がいい。
『最後に、エレナ・ヴァスマイヤー特別アドバイザー、なにかありませんか?』
監督は後ろに立っていた少女に、話しをふる。
彼女はクラブのオーナーの孫娘であり、公式スペシャルアドバイザーであるエレナお嬢様である。
1ヶ月前から、毎日のように2軍の練習と試合に観戦にきていたのだ。
『私からは、特に何もありません。公式戦もあと少し。最後まで気を抜かないようにしてください』
『『『はい!』』』
監督はもちろんオレたち選手も、このお嬢様には頭が上がらない。
気合を入れて返事をする。
『では、解散!』
監督の号令と共に、オレたち選手は解散する。
◇
オレたちはロッカールームで着替えをする。
『それにしても、コータ。お前、すげぇな! 本当に12歳か?』
『そうだよな。ここ5試合で8得点10アシストとか、どうかしているぜ?』
勝利の余韻の浸りながら、チームメイトは雑談をしていた。
雑談話がオレに矛先を向けてきた。
チームの調子がいいこともあり、チームメイトは明るい雰囲気である。
『そういえば“コネ入団”とか最初に言って、悪かったな、コータ』
『ところで、なんで、こんなドイツの田舎の2軍なんかに、コータは入団したんだ? もったいないぜ! はっはっは……』
初出場以来、オレは絶好調であった。
そのためにチームメイトから煽てられていたのだ。
でも悪くはない雰囲気である。
最初は距離があったチームメイトとも、今ではこうしてコミュニケーションがとれていた。
『これも皆のお蔭です。ボクは一生懸命に頑張っているだけです』
最年少らしくオレは謙遜して答える。
何しろ点を入れられたのも、味方のボール運びのお蔭。
またアシストを決められたのも、味方がゴールを決めてくれたからだ。
『それにボクは後半だけしか出てないから、スタミナに余裕があるんです』
このチームでオレは後半戦だけに出ることになっていた。
まだ12歳でしかないオレは、大人に比べて持久力が少ない。
何しろ呼吸・循環器系の発育がさかんになるのは、一般的に12歳以降となる。
だからオレは大人の公式戦のフルタイムに対応できないのだ。
(スタミナの問題はどうしようもできないからな。大人のドイツリーグは半端ないから……)
対戦相手が日本の高校生や大学生くらいなら、今のオレのスタミナでも何とかなる。
だがここは基礎的な身体能力が高いドイツのプロリーグ。
それもあってオレは後半だけ出場するようにしたのだ。
(あとオレが活躍できたのは、今までの対戦相手に恵まれていたのが大きいな……)
2軍が所属する公式リーグは、ドイツ国内の7部リーグのである。
日本でたとえるなら“地域アマチュアリーグ”ぐらいで、レベルはそれほど高くはない。
それに比べてF.S.V―Ⅱは2軍とはいえ、一応は全員がプロの集団。
個々の能力や素質は、7部でも群を抜いていた。
またオレが入団した後は、チーム連携の歯車もかみあい無双状態だったのだ。
そのお陰もあり、オレは5試合で8得点10アシストという奇跡的な結果を出していたのだ。
『あと、ボクの個人的な見解ですが、エレナお嬢様の存在も大きいと思います』
これはオレの個人的な感想である。
2軍を躍進させた原動力は、エレナの力が大きい。
あの1ヶ月前に監督に戦術の変更を提言したのが、吉と出ていたのだ。
『たしかにコータが言う通り、お嬢様は勝利の女神だな!』
『そうだな。お蔭でオレたち2軍の待遇は、かなり良くなったな』
『ああ。あの1ヶ月前に監督の戦術に口出した時は、全員がひやりとしたがな! はっはっは……』
次の話題の矛先が、エレナに向く。
1ヶ月前は彼女の暴走に、選手たちも戸惑っていた。
だが結果として2軍は公式戦で5連勝と快調。
今では悪口を言う者もほとんどいない。
『それにしても、最近のお嬢様のは、やけにこの2軍に熱心だよな?』
『あれ? 前は、そんなに2軍には熱心じゃなかったんですか?』
オレは入団したばかり。
先輩たちにチームの歴史を訪ねてみる。
『ああ、そうだな、コータ。何で、こんな場末の2軍に興味をもったか、オレたちの間でも不思議だよな……』
『性格は昔からキツイけど、悪い子じゃないし、頭もいいからな』
『そうだな。指導の資格も習得しているし、下手したらウチの監督よりも、サッカーを知っているかもな!』
『そうだな! はっはっは……』
ロッカールームが笑いに包まれる。
どうやらエレナは選手からも人望があるようだ。
チームの調子がいいこともあり、チームメイトの明るい雰囲気である。
『みんなは、エレナのことを昔から知っているんですか?』
古くから所属するチームメイトの何人かは、そんな口ぶりであった。
あのエレナの小さいころ……あまり想像ができない。
『そうだぜ、コータ。お嬢様はF.S.Vのジュニアチームに入っていたらかな』
『お嬢様は世代別の代表にも招集されたことがあったんだぜ!』
『ああ、懐かしいな。大人顔負けのテクニックだっよな』
なんとエレナがサッカーをやっていた?
しかもドイツ少年少女の世代別代表って、凄すぎる!
とても今のフリフリのお嬢様の格好からは想像もできない。
『でも、お嬢様も……あの怪我さえなければ、もっと幸せな人生だったかもな……』
チームメイトの一人が気になることを呟く。
オレは思わず反応してしまう。
『えっ? 怪我?』
『いや、個人的なことだから。聞き流してくれ、コータ』
『あ、はい……』
せっかくの明るいチームの雰囲気を壊したくなかった。
オレもそれ以上は聞かないことにした。
(あのエレナがサッカー選手で、しかも怪我を……?)
だが心の中でオレは気になっていた。
あの自由気ままなエレナが、どんな怪我をしたのであろうか?
それに今はサッカーを完全に辞めちゃったのかな……
その疑問が、頭からずっと離れずにいた。
◇
次の日になる。
『みんな、おはよう!』
『コータ、おはよう!』
『今日も朝から元気だな、コータは!』
月曜日なので学校に登校する。
いつものようにクラスメイトに挨拶をして、元気よく教室に入る。
ちなみにオレがF.S.Vの2軍に入団したことは、クラスメイトは知らない。
オレは自分から言うタイミングを逃していた。
また下部リーグの2軍の公式試合は、観客も少ない。クラスメイトが観に来ることは、今後もないであろう。
まあ、入団したことは知られても、困ることはないのだが、何となく言い辛い。
何しろ普通の中等部生は、プロのクラブに入団などできない。
『おはよう、エレナさん』
『おはようですわ、コータ・ノロ』
教室にいたエレナにも挨拶をする。
相変わらず彼女は教室では、冷たい態度である。クラブではあんなに元気なのに。
(ん? エレナは今日も本を読んでいるのか)
彼女の読んでいる本のタイトルが、ふと目に入る。
“近代式ドイツサッカー戦術理論”という分厚い専門書であった。
かなり難しそうな本を、集中して読んでいる。
(よく考えたら、エレナはいつもサッカーの専門書を、教室で読んでいるよな……)
昨日のロッカールームでの話を思い返す。
エレナのサッカーに関する専門知識は半端ない。
監督やコーチ顔負けの、戦術や育成の知識を有している。
サッカーオタクであるオレも敵わない、本物の知識であった。
(ここまで熱心に勉強しているのは、いくらオーナーの孫娘でも、普通じゃないよな……)
サッカークラブのオーナーの子どもが、サッカーに詳しいのは理解できる。
だが彼女の知識は趣味の範囲を超えていた。
クラブ経営やコーチングンや戦術など、特別な方向に特化しているのだ。
(お嬢様なのは外見だけで、実は……)
エレナの外見はどう見てもザ・お嬢様である。
だがこの一ヶ月、側にいて気が付いてことがあった。
彼女の頭の中身は、ほぼサッカーに染まっていた。オレ顔負けのサッカーオタクなのだ。
(ここまで熱心に勉強しているのは、何か理由があるのかな? それに“怪我”って……)
急にエレナが気になっていた。
それは金髪で美しい少女だからではない。
自分の中の“サッカーオタクの勘”が騒いでいたのである。
彼女は自分と同じで、何か“事情”を抱えていることを。
◇
それから日が経つ。
2軍は公式戦で、更に快勝を続けていく。
あっという間に、5月も終わろうとしていた。
ドイツのサッカーリーグは8月に開幕となり、5月に閉幕となる。
つまりリーグ戦が終了するのだ。
『……今年のドイツ7部リーグの優勝は、F.S.V―Ⅱです。おめでとうございます!』
チームはリーグの最終戦も勝利した。
オレが入団してから負けなしの好成績で、まさかのリーグ優勝することができたのだ。
『やったな、コータ!』
『新人賞おめでとうだな、この!』
『途中入団で、美味しいとこを持っていきやがって、このやろう!』
試合後、チームメイトから祝福される。
何とドイツ社会人7部リーグの新人賞に、オレは選ばれたのだ。
リーグ後半戦で、得点とアシストを連発していったのが評価されたらしい。
驚いたけど、本当に嬉しい出来ごとだった。
『いやー、これもチームのみんなのお蔭です……いてて』
謙遜してチームメイトに叩かれる。
活躍した選手を叩いて祝福するのは、万国共通なのか?
それともオレが叩かれやすい対象なのかもしれない。
(いてて……でも、本当に嬉しい結果が出せたな……)
まさかここまで結果が出せると、当初のオレも思っていなかった。
4月にドイツに留学に来て、まさかの大人のプロチームの入団テストに合格。
そのままベンチ入りしてからの公式戦にデビュー。
その後も得点とアシストを重ねて、最後には新人賞だなんて……。
順調すぎて、まるで夢のような2ヶ月間であった。
『えーと。騒いでいるところに悪いけど、いいかしら?』
『『『エレナお嬢様⁉』』』
着替え中の男臭いロッカールームに、エレナが入ってきた。
まさかの事態にオレたちは慌てふためく。
何しろ相手はクラブオーナーのご令嬢である。
『そのまま聞いてちょうだい。来週の日曜日に、1軍との“交流戦”が決まったわ!』
でも男子が着替えているのを、エレナは気にしていなかった。
険しい顔つきでスケジュールを告げていく。
「1軍との交流戦?」
初めて聞く言葉に、オレは首を傾げる。
交流戦ということは、お祭りみたいな紅白戦みたいなものかな?
来週の6月からは、全ドイツリーグはシーズンオフに入る。
その前に仲良く交流を深めるのかな……なんか楽しそうな響きだ。
『1軍との交流戦だと……』
『ついに、この日がきたか……』
『ああ、今度こそは……』
エレナの言葉に、ロッカールームの雰囲気が一変する。
先ほどまで騒いでいたチームメイトたちの顔が、怖くギラついものとなる。
もしかしたら交流戦は、何か重大な試合なのかもしれない。
誰にかに聞きたいけど、とてもじゃないけど聞ける雰囲気ではない。
「ねえ、エレナ……交流戦って?」
唯一、話やすそうな彼女に小声で訪ねる。
日本語でならチームメイトにもバレないであろう。
「交流戦はテスト戦よ。つまり、ここにいる全員が昇格する、最大のチャンスなのよ、コータ」
「えっ……1軍に昇格する最大のチャンス……?」
エレナの説明に言葉を失う。
オレたちは1軍に昇格できるチャンスがやってきたのだ。




