第61話:2軍の公式試合
エレナ・ヴァスマイヤーと出会った次の日。
オレは学校に行く。
教室に入ると、ひときわ目立つ少女が、今日は目に入る。
『お、おはよう、エレナさん』
昨日、話しかけられたエレナお嬢様だ。
ぎこちないけどオレは挨拶をしておく。
こうやって確認すると、やっぱりクラスメイトだったのである。
オレは今日までサッカーことばかり考えて、本当に目に入っていなかった。
『あら? おはようですわ、コータ・ノロ』
彼女は昨日の練習場とは違い、教室ではよそよそしい感じである。
もしかしたら公私の顔を分けているのかもしれない。
とにかく緊張した。
自分の席に座るとするか。
『コータ、お前、エレナお嬢様に声をかけるなんて、勇気あるな』
『えっ……そうだったの?』
クラスの男子に先ほどの行動を称賛される。
そう言われてみれば、彼女に声をかける男子は少ない。
何か原因があるのだろうか?
『エレナお嬢様は、この街の名士の娘で、貴族の血も引いているから、特別なんだぜ』
『そうだったんだ……』
クラス男子から話を聞いていく。
彼女はヴァスマイヤー家という名家のお嬢様だという。
この街で一番の金持ちであり、サッカークラブも保有して由緒ある家柄なのだ。
そう言われてみれば、エレナの外見はお嬢様風である。
金髪のふわふわした髪の毛。
光沢のあるタイツと、高そうなスカートをはいている。
まさにザ・お嬢様といった感じだ。
『それに飛び級できるくらいに、頭もいいんだぜ。でも性格が少し厳しいからな……まさに、中等部のお嬢様だぜ』
『そっか、年下だったのか……』
エレナは頭もいいという。
飛び級で上がってきたので、オレの1個下の11歳。妹の葵と同じ年である。
容姿端麗なうえに頭脳明晰なお嬢様。
本当に凄い子だ。
『だから、あまり無暗に近寄ったり、無礼なことはしない方がいいぜ』
『う、うん、わかった』
クラスメイトにそう返事をしたものの、オレは手遅れだった。
何しろ彼女はオレの入団したクラブの、スペシャルアドバイザー。
今後も何かとトラブルに巻き込まれそうな予感がしていたのだ。
◇
それから数日が経つ。
今日は入団した2軍の公式リーグの試合日である。
『よし、今日の試合は落とせない! 気合を入れていけ!』
『『『はい!』』』
試合前、2軍の監督から激が飛んでくる。
オレたち選手は気合を入れて返事をする。
下部の2軍とはいえ、所属するリーグを勝ち進む必要がある。
選手は1軍に這い上がるために、試合で結果を出す必要が。
2軍の監督も解任されないために、結果を出す必要があるのだ。
『コータ・ノロ。お前も戦況によっては出すぞ』
『はい、監督!』
入団したばかりオレだが、奇跡的にベンチ入りができた。
初練習以降、このチームはけっこう馴染んできている。
最初の挨拶の時は、ライバル心が強い人が多くて苦労した。
でも“サッカーが好き”という気持ちはみんな一緒。
少しずつであるがオレは、チームメイトとの距離を縮めてきていたのだ。
「いきなりベンチスタートだなんて、あなたやるわね、コータ」
「あっ……エレナさん」
ベンチにいるオレに、金髪の少女が日本語で話しかけてきた。
クラスメイトであり、このF.S.Vのオーナーの孫娘のエレナ・ヴァスマイヤーである。
「クラブではエレナでいいわ」
「それなら……エレナ。ボクがベンチ入りできたのは、運が良かっただけだよ」
「運ですって? 2軍の全選手の中でも、ベンチ入り出来るのは半分以下よ。そこは誇りなさい、コータ」
「は、はい、ごめんなさい」
試合中だというのに、ガッツリ言われてしまう。
エレナはクラブのオーナーの孫娘でありながら、“公式特別アドバイザー”とい肩書もある。
だからオレたち選手と監督も逆らえないのだ。
その証拠に話をしているオレに、監督は何も言ってこない。
というか、やや気の小さい監督は、エレナお嬢様には触れないようにしている。
「ねえ、コータ。この試合の展開をどう見る?」
そんな時、エレナの声が変わる。
口調もお嬢様言葉ではない。
真剣な表情で試合内容について尋ねてくる。
試合展開ということは、専門的なことを答えればいいのかな?
「ボクの考えだとF.S.V―Ⅱはいいチームだと思う。個々の選手の能力やポテンシャルも高い」
F.S.V―Ⅱは、この2軍のチーム名称である。
一緒に練習してみて分かったが、やっぱりドイツの選手の能力は高い。
身体能力や基本技術はもちろんのこと、理論的な戦術と判断力に優れているのだ。
「でも、今は歯車が合っていないかな?」
「歯車? どいうこと、コータ?」
「うん……チームとしての方向性が、少しずれているかな?」
これも一緒に練習して分かったことである。
2軍の選手たちは“上”を見過ぎているのだ。
上の1軍に昇格した過ぎて、チームとしての意識がバラバラなのである。
“上を見過ぎていて、目の前の敵を見ていない”
こんな悪い状況なら、実力の半分も発揮できないであろう。
特に今は1軍のF.S.Vも調子が悪い。
その悪影響が2軍まで伝染してきているのであろう。
(あっ、点を入れられてしまった)
そうして内に2軍は負けていた。
やっぱりチーム連携がバラバラなのである。
監督もベンチから怒鳴っているが、改善点を見いだせていない。
「では、問題点を修正するために、どうすれば最善だと思うの、コータは?」
「うーん、そうだな……こんな、感じで……あそこ、ああして、かな」
エレナに改善案を聞かれたので、自分の考えを伝える。
今の個人技だけが高い選手から、チームに協調性のある選手に変更。それ以外にも、細かい改革が必要だと説明する。
ちなみに日本語で会話しているので、他の選手と監督には意味が分からないであろう。
ある意味、エレナとオレは暗号で会話している。
「なるほど。私もコータと同じように考えていたわ」
「えっ? エレナも、サッカーを分かるの?」
「当たり前よ! 私は生まれた時から、ドイツ・プロリーグの生の試合を観ていたのよ」
なるほど、さすがはお金持ちな令嬢様なだけある。
小さい頃からブンデスリーガーのスタジアムに連れていかれ、目が肥えているのであろう。
サッカーオタクなオレからしたら、本当に羨ましい環境である。
というか自分の祖父がサッカークラブを所有しているだけ、夢のような人生だ。
「なるほど、サッカーの考察力も、さすがね。ゲードおじ様の招待状を持って、最年少で入団しただけあるわね、コータ」
何やら呟きながら、エレナは口元に笑みを浮べている。
金髪の美少女なので、小悪魔的な危険さのある笑みである。
『監督、ちょっと提案があるわ!』
いきなり監督の方に、エレナが駆け寄っていく。
いったいどうしたのであろうか。
『は、はい⁉ エレナお嬢さま……いえ、エレナ・ヴァスマイヤー特別アドバイザー。どうしましたか?』
監督はびくっとする。
何しろ相手はオーナーのご令嬢であり、特別アドバイザーという肩書もある。
監督であっても逆らう訳にはいけないのだ。
『私、提案があるの。後半は、こんな感じの作戦はいかがかしら?』
エレナは鞄から1冊のノートを取り出す。
そこにはサッカーの戦術が細かく書かれていた。
ボールペンの手書きで、びっしり書かれた戦術ノートである。
今日の対戦相手のことまで書かれていた。
『こ、この戦術を、エレナお嬢様が一人で?』
『そうですわ。監督、どうかしから?』
『なるほど……たしかに理にかなっています。はい、さっそく試してみます!』
驚きながらも、監督は何やら感動していた。
どうやら、こういったやり取りは初めてなのであろう。先ほどとは雰囲気が違う。
『おい、後半は選手をドンドン入れ替えていくぞ。ベンチ陣、今からアップしておけ!』
おお⁉ 急に監督がやる気になったぞ。
エレナはどんな魔法を使ったのであろうか?
わがままで気が強そうなイメージだったけど、実は凄い女の子なのかもしれない。
監督並のサッカーの知識があるのかもしれない。
『コータ・ノロ。お前は後半から出すぞ、アップしておけ!』
『えっ……ボクが試合に? は、はい!』
まさかの出来ごとだった。
オレも試合に出ることになったのだ。
『後半の戦術は、お前がキーマンになる。どんどん攻めていけ、コータ!』
『はい、分かりました!』
アップしながら、監督から戦術について説明を受ける。
なるほど。
スピードと技術、判断力があるオレが、後半は中核になる戦術か。
それなら小学生時代にも経験していたポジションで問題ない。
「しっかり結果を出してね、コータ」
「えっ……? うん、わかった、エレナ」
アップ運動していたオレに、エレナが耳打ちしてきた。
もしかしたら戦術変更したのは、オレのために?
でも、いったい何のために?
(よく分からないけど、オレは結果を出すしかない。それに久しぶりの公式試合だ……楽しみだな!)
最後に出た公式の試合は、4ケ月前の全国少年サッカーである。
久しぶりの試合だけど、あれから一日たりとも自主練は欠かしていない。
むしろ中学生になって身体が大きくなり、新しい技も習得していた。
小学生の時よりもオレはパワーアップしていたのだ。
(よし。チームメイト全員の動きとクセは頭に入っている……このチームの戦術も全部頭にある……よし、今日も調子はいいぞ)
サッカーオタクであるオレは、記憶力だけは自信があった。
この数日間でチームメイト全員の個性。あとF.S.V―Ⅱの基本システムもインプットしていた。
『よし、後半いくぞ』
監督から声がかかる。
いよいよ後半戦がスタートするのだ。
「よし、ドイツのサッカーを楽しんでくるか!」
こうしてオレは異国のドイツで、初めての試合に出場することになった。
そして2得点1アシストという、鮮烈なデビューを果たすのであった。




