第60話:F.S.VーⅡ(2軍)
入団テストの翌日。
「F.S.Vか……」
オレは家のタブレットで、合格したクラブについて調べていた。
F.S.Vはドイツのプロサッカーリーグの3部リーグに所属している。
100年以上の歴史があり、かつては1部リーグで活躍して、20年くらい前には1度だけ優勝した記録もある。
だが最近は低迷しており3部まで降格。
更に毎年のように4部への降格ラインで、ギリギリの戦いが続いているという。
「最近は調子が悪いけど、プロには間違いない。なんで、そんな凄いところの2軍にボクが……」
改めて唖然とする。
オレはまだ12歳の中等部の生徒である。
例えでいえば、日本の中学生がJ1やJ2の2軍に入団してしまったのだ。
てっきり13歳以下のスクールのテストだと、思っていたオレは頭を抱える。
「ゲードさんにメールで連絡しても『さすがはコータくんデスネ!』の返事しかないし……」
もう一度、招待状の封を開けで中身を見ると、やはり2軍のテストへの招待状であった。
推薦したゲードさんは、これを分かっていておすすめしてくれたのだ。
今回は中身を確認しなかった、オレの落ち度といえよう。
「それにしてもゲードさんは、何者なんだろう?」
今思い返して見ると、受付の人の反応は明らかに変だった。
ゲードさんの名前を見て、かなりびっくりしていた。
もしかしたらドイツでも有名な人なのかな?
でも推薦状のゲードさんの本名は、達筆なドイツ語すぎて、オレには読めない。
まあ、いっか。
今度、日本に帰った時にでも聞いてみよう。
「でも、まあ、3部リーグの2軍の特別選手枠だから……」
試験官の話では、オレは特別選手枠だと説明していた。
基本的には中等教育の学校が優先となる。
放課後と休日にチームの練習に出てこいとの話だった。
あとオレはまだ学生ビザのために、給料も基本的には出ない。将来的に就労ビザが発光された時に、後払いで給料は振り込まれるという。
その代わりにトレーニング費用や食事、遠征費などサッカーにかかる費用はクラブ負担。それだけでオレは有りがたかった。
「もしかしたら特別選手ということは、練習生みたいなものかな? それなら何とかなるかな!」
オレは気持ちを切り替える。
父親も笑って了承してくれて、保護者サインをくれた。
だからオレも前向きに考えることにした。
「これも神様の与えてれくれた、チャンスかもしれなしね!」
オレのドイツ留学の目的は、修行のため。
世界でもトップクラスの選手になるための準備であった。
だから今から経験値を積んでいく必要がある。
3部の2軍とはいえ、修行を積むまたとない幸運であった。
「よし、行ってきます!」
「コータ。頑張ってな!」
これから初の練習への合流となる。
気合を入れて、練習場へ向かうのであった。
◇
2軍の練習場に到着する。
場所は入団テストを受けたサッカーパークであった。
家と学校から近いので、歩いて通うことも可能。近くてよかった。
クラブハウスのロッカールームで着替えて、オレは練習場に向かう。
まずは顔合わせだ。
『今日からこの4人が、当F.S.Vクラブの2軍に入団する。上手くやっていくように!』
2軍の監督から紹介をされる。
昨日、入団テストを受けた3人も一緒だった。知っている人がいると、なんだかホッとして嬉しい。
『ボクは日本から来たコータ・ノロです! ポジションはゴールキーパー以外だったら、何でもやります。皆さんよろしくお願いします!』
自己紹介になったので大きな声で挨拶をする。
日本でもドイツでも挨拶が大事なのは変わりない。最初の印象が大事である。
『おい、あいつが噂の12歳の……』
『ああ。日本人か……?』
『コネで入団じゃないのか……?』
ん?
選手たちが、何かザワザワしている。視線はオレに集中していた。
やっぱり12歳のオレが入団したのは変なのであろう。
何しろプロに年齢制限はない。
2軍にいる人は、ほとんどが20歳以上だという。
一番上だと30歳以上。オレの父親と同じくらいの年齢である。
明らかにチームの中で断トツに浮いていた。
最初の印象どことから、気まずい雰囲気である。
どうしよう……。
「こいつを普通の12歳だと、思わない方がいいでよ」
そんな微妙な雰囲気の中。
ひと言もの申している人たちがいた。
「オレたちも昨日の入団テストで、このコータに痛い目を会いました」
「彼は勇敢な戦士です。コネなくて実力で合格しました」
おお!
彼らは一緒に入団テストを受けた3人である。
昨日のミニゲームの内容を力説していた。
浮きそうになっていたオレのことを、なんと守ってくれたのだ。
『なるほど、そういうことか』
『まあ、いい。プレイしてみたら分かるからな』
『そうだな』
2軍の選手たちも納得してくれたようである。
でも、様子が少しだけ変だった。
何となく2軍の人たちは“冷めている”……そんな感じがするのだ。
みんなプロ集団だから、意識が高いのかな?
『よし、練習を始めるぞ!』
自己紹介も終わり、監督から練習メニューの指示が出される。
いよいよプロの練習が始まるのだ。
◇
2軍の練習が終わる。
練習は2時間だけ終わったしまった。
今日は少ないのかな?
と思って聞いてみたけど、これが普通らしい。
コーチの説明によるとヨーロッパのサッカーは、日本とは違い“量よりも質”を重視するという。
そう言われてみれば、練習はかなり本格的なものが多かった。
特に今は2軍も公式リーグのシーズン中。
実戦を重視した感じの連携メニューが多かった。
「でも、なんとか付いていけそうだな」
オレは初練習に、何とか付いていくことが出来た。
たしかに濃密でキツイ練習だった。
でも、この10年間、自主トレと自己管理は徹底してきた。
またヒョウマ君やセルビオ君といった天才との戦いで、オレは多くのモノを学んできた。
そのお陰でプロの動きにも付いていくことができたのだ。
「ふう。それにしても、みんな随分と練習に気合が入っていたな」
給水所でひと息きながら、今日の練習を思い返す。
一体何があったか分からないけど、チームメイトたちは全員気合が凄かった。
オレたち新加入の4人に構うことなく、必死な感じだったのだ。
今まで経験したことがピリピリした空気であった。
このチームには何かあるのかな?
「この2部の選手は、上に昇格するために必死だからよ」
日本語で誰かが解説してくれる。
「なるほど、そういうことか」
ここにいる全員は、上の1軍に昇格するために必死。
だから入ったばかりのオレたちに、構っている余裕がない。
むしろ同じチーム内で弱肉強食の戦いが起きているのだ。
だから、あんなにもピリピリした空気の練習だったのだろう。
「えっ? 日本語?」
少し遅れて気がつく。ここはドイツである。
では今の日本語の解説は、いったい誰だろう?
「あれ……?」
振り向いた先にいたのは、金髪の外国の少女である。
では、誰が今の日本語を?
「今、話かけたのは、私よ。コータ・ノロ」
「えっ……日本語上手ですね?」
金髪の少女が日本語で話しかけてきたのだ。
それにしても随分と上手い。
「私の母は日本人なの。だから日本語もできるのよ」
「ああ、なるほどです」
日本人とドイツ人のハーフだから、日本語も話せるのか。今風で言うならばハーフじゃなくて、“ダブル”と言うのかな?
それにしても、この子は誰だろう?
見た目は金髪碧眼で日本語がペラペラだから、何か不思議な感じする。
ちょっと気が強そうだけど、かなりの美少女である。
ん……あれ?
この子……どこかで見たことがあるような?
いったいどこで、見たんだろう?
「あなた、クラスメイトの顔も覚えていないの? 私はあなたのクラスメイトのエレナ・ヴァスマイヤーよ」
「ああっ……ヴァスマイヤーさん?」
「エレナでいいわ」
「うん、エレナさん」
少女の自己紹介を聞いて思い出す。
そうだ、通っている中等教育のクラスに、そんな名前の子がいた。
フルネームを聞いて、ようやく思い出した。
「ごめんなさい、まだクラスに慣れていなくて」
「ふん。仕方がないわね」
謝ったら、エレナさんは少しだけ機嫌を取り戻す。
オレもサッカーのことばかり考えていて、クラスメイトの顔まで意識がいっていなかった。
反省して明日からは、学校でも気を引き締めていかないと。
「あれ、でも。エレナさんは何でここに?」
ここはプロサッカークラブの練習場である。
ファンの人はネットの内側まで入っては来られない。中は関係者以外立ち入り禁止だからね。
もしかしたら迷子になって、中まで入ってきちゃったのかな?
「迷子じゃないわ。私のお爺ちゃんが、このF.S.Vを経営しているの」
「このクラブを経営……つまり……?」
「そうね。分かりやすく言うと、オーナーの孫よ!」
「えっ……オーナーさんの孫娘さま?」
日本にいるみんな。
驚いたことが起きました
オレが入団したクラブのオーナーの孫娘が、なんと金髪のクラスメイトでした。
「それに私は、このF.S.Vの公式スペシャルアドバイザーの役職に就いているわ」
更にお嬢様はクラブの役職にも就いているようだ。
オレのサッカー勘がピンときた。
ドイツでも大変な日々になりそうだと。




