第58話:中学生サッカー留学編スタート!
4月になる。オレは中学1年生になった。
中学生になったからといって、特に変わったことはない。
相変わらずサッカー漬けの毎日である。
「お父さん、朝練に行ってきます!」
「気をつけるんだぞ、コータ」
朝6時に家を出て、近所の公園に向かう。
学校に行く前に、サッカーの朝練をするためだ。
「よっと、今日の調子もまずまずだな」
一人で練習しながら、自分の感覚を確認していく。
オレは中学生になって身長も伸びていた。
朝練をしながら、大きくなった身体の感覚を修正していく。
こうしなければ成長期の特有のスランプに、陥ってしまう危険性もあった。
今のところオレの感覚は大丈夫だった。
成長期の身体と感覚が連動している。
更に手足が伸びた分だけ、新しいテクニックも出来るようになっていた。
「グーテンモルゲン、コータ!」
「おはようございます……グーテンモルゲン!」
公園で近所の人と挨拶を交わす。
毎朝、顔を合わせる近所のおばさんだ。
(やっぱり朝一は、どうしても日本語で言っちゃうな……)
そういえ中学生になって、大きく変わったことがある。
「ここはドイツなんだから、しっかりしないと」
そう……オレはヨーロッパのドイツに来ていた。
1月の宣言の通りに、ヨーロッパ留学していたのだ。
◇
朝練を終えて、借りている家に帰宅する。
「どうだ、コータ。こっちの学校には慣れたか?」
「今のところ大丈夫かな」
同居している父親と、ご飯を一緒に食べる。
ドイツで朝ご飯を作るのは、父親の担当になっていた。
ドイツ式の朝食をオレはほお張る。
うん、今日も美味しい。
「そういえば、ママと葵から、メールが来ていたぞ」
「本当、お父さん? 見せて……あっ、写真付きだね」
母親と妹は日本の実家に残っていた。
最初は『葵もお兄ちゃんと一緒にドイツに住む!』って妹も言っていた。
でも、まだ小学生の葵には、日本に残ってもらうことしたのだ。
「おっ、葵がキャプテンのマークを……」
送られてきた写真の中に、葵のユニフォーム姿があった。
リベリーロ弘前のキャプテンマークを付けて、練習試合をしている光景だった。
ドイツに行きたいと言い出した葵に、オレは『ボクのいなくなったチームは、葵にしか任せられない。頼んだよ!』と託してきた。
新キャプテンに任命して、日本に残るように説得したのだ。
写真を見た感じだと、新体制は上手くいっているようだ。
新チームの表情を見ると分かる。
新キャプテンの葵を中心にして、練習試合でも圧勝していた。
「葵も、お母さんも元気そうだね!」
「そうだな、パパたちを負けてられないな! はっはっは……」
陽気な父親の笑い声が、家の中を明るくする。
野呂家は男女で別れて暮らすことになった。
でも、前向きな父親を中心にして、何とか大丈夫であった。
「じゃあ、学校に行ってくるね!」
「車に気をつけるんだぞ、コータ」
朝の準備が終わり、学校に向けて出発する。
鞄とサッカーボールをもって家を出ていく。
「よし。今日も、ドリブルの練習をしていこう!」
通学路をドリブルしながら登校していく。
この街はドイツの中でもけっこう田舎である。
近所の子どもたちも裏路地で、サッカーで遊んでいた。
それを真似してオレも、ドリブルしながら通学することにしたのだ。
安全のため車の通らない裏通りを選んでいく。
「それにしても石畳のドリブルは難しいな……」
この街は歴史がある文化都市である。
日本とは違い、昔の石畳が街の公道になっていた。
特に裏路地はデコボコの石畳が多い。
ここをドリブルしていくのは、かなりの高難度であった。
ボールがどこに跳ね返っていくか、予測もできないのだ。
「でも、すごく練習になるな!」
全神経を集中して、ボールの動きを先読みしていく。
判断力と未来予測を全開にしていく。
こうすると通学中でも、かなりの練習になるのだ。
日本にいた時、オレはドリブルでの通学を控えていた。
でも、この田舎町ではサッカーは普通の光景。
さすがはサッカー文化が根付いたヨーロッパである。
これだけでもドイツに来た甲斐ははった。
◇
熱中してドリブルしている内に、学校に到着した。
『みんな、おはよう!』
いつものようにドイツ語で、元気よく挨拶をする。
『コータ、おはよう!』
『今日も元気だね、コータ!』
教室でクラスメイトが挨拶を返してくれる。
オレが入学したのは現地の学校。
だからクラスメイトのほとんどがドイツ人である。
(前世で勉強しておいたドイツ語が、こんなところで役立つとは……)
オレはドイツ語を日常会話程度なら習得していた。
前世のサラリーマン時代に、仕事上でドイツ語が必須な職場だった。
だから前世ではドイツサッカーを見ながら、必死に習得していたのだ。
1月にドイツ留学が決まった時から、言葉の復習もしていた。
だから日本人学校じゃなくても、オレは大丈夫なのだ。
『ねえ、コータは日本でもサッカーをやっていたの?』
『いつもサッカーボールを蹴っているけど、どのくらい上手いの?』
授業前にクラスメイトと交流する。
さすがはサッカーが盛んな国である。
サッカーボールを持っていると、交流ができやすい。
『日本では小さい頃から、サッカーはやっていたよ。上手さは……ぼちぼちかな?』
クラスメイトにごまかして説明しておく。
本当は『小学生の時に日本チャンピョンになったよ!』と自慢したい。
でも、いきなり大口を叩いても、後で失敗したら恥ずかしい。
ここはサッカー大国のドイツ。
サッカーに関しては謙虚にしていくつもりだ。
『そういえば、コータはサッカークラブを決めたのか?』
『うちのチームに入ろうぜ!』
『いや、うちのチームの方が強いぜ!』
クラスの男子から、各サッカークラブに誘われる。
さすがはドイツである。
こんな小さな街でも、何個もサッカークラブがあって盛んなのだ。
『うーん、ボクは紹介してもらうクラブがあるから、そこの入団テストを受けようと思うんだ』
クラスメイトの誘いを丁寧に断る。
そう……オレはドイツ来る前に、とある人に紹介状を書いてもらっていたのだ。
(あのゲードさんに感謝だな……)
事前に紹介状を書いてもらったのは、ゲードさんというお爺さんである。
ゲードさんと出会ったのは、オレが小学生4年の全国大会の時。
閉会式の後に出会った、あの陽気なサングラスの外国のお爺ちゃんである。
そう、オレのファンだった人だ。
ゲードさんとは翌年のU-15アジア大会の時、トイレ前でも話をしていた。
その時にメールアドレスを交換して、密かに連絡を取り合っていたのだ。
(ダメもと聞いてみたけど……運が良かった)
オレには他に外国人の知り合いがいなかった。
だからダメもとで、ゲードさんに連絡してみたのだ。
1月にドイツ行きが決まった時に、メールで『こんにちはゲードさん。家族の都合で4月からドイツの〇〇という街に留学することになりました。お勧めのサッカースクールはありますか?』と連絡していた。
その返事として、この街のサッカースクールをお勧めされた。
しかも、オレが入団テストを受けられるように、ゲードさんは手配してくれて、郵送で推薦状まで用意してくれたのだ。
不思議なご縁とはいえ、あの人には本当に感謝している。
『よし、では授業をはじめるわよ』
おっと、いけない。
先生が教室に入ってきた。
1時間目の事業の準備をしないと。
ドイツの学校や授業の制度は日本とは少し違う。
厳密に言えばオレは中学生1年生ではない。
ドイツ式の中等教育というカテゴリーになる。
オレも最初は混乱してけど、今では大丈夫であった。
何しろ前世ではオレは一応、通信制の大学を卒業をしていた学力はある。
だからドイツでは会話や教育に悩む必要はなく、サッカーに集中できるのだ。
◇
『じゃあ、みんな。またね!』
『コータ、またね!』
『入団テスト、頑張れよ、コータ!』
本日の授業が全部終わる。
クラスメイトに挨拶して、オレはダッシュで教室を飛び出る。
今日はこれからサッカースクールの入団テストがある。
ゲードさんに紹介されたチームだ。
オレは地図を見ながら、指定された場所までドリブルで向かう。
これなら身体も温まってちょうどいい。
「おっ、ここかな? 随分と立派だな……」
指定された場所に到着した。
着いたのは街外れのサッカーパーク。集合場所は近代的なクラブハウスであった。
「このクラブの紋章は、もしや?」
クラブハウスのエンブレムを見て気がつく。
ゲードさんから紹介されたのは、プロクラブのスクールコースだったのだ。
(この街クラブは、たしかドイツ3部リーグだったな……)
紹介されたスクールのトップチームは、ドイツのブンデスリーガーの3部に所属していた。
普通は“3部”といえは日本のJ3をイメージしてしまう。
だがサッカー大国であるドイツは、3部でも凄いのだ。
何しろ3部リーグでも、スタジアムは1万人以上の観客で埋まってしまう。
日本のJ1よりも高い集客力を誇っているのだ。
(それだけドイツのサッカーは人気があって、レベルが高いということか……)
クラブのエンブレムを見つめて、オレは気合いを入れ直す。
これから入団テストを受けるのは、13歳以下のスクールコース。
ヨーロッパのサッカークラブは教育機関として、子どもから高校生くらいまでの教育組織がある。
年齢によって入るカテゴリーが分かれており、育成に力を入れていた。
育成に力を入れているので、ヨーロッパはレベルが高いと言われている。
「今日からボクはゼロからの出発か……」
改めて自分の立っている場所を確認する。
オレの今までの日本での実績は関係ない。
全国少年サッカー大会で3連覇したことなんて、なんの知名度にもならない。
これから挑むのは実力だけがテストされる、戦いの場なのだ。
「面白い……頑張っていかないと!」
そんなゼロからの出発に、逆に燃え上る。
オレは気合いの声を共に、13歳以下の入団テストに挑むのであった。




