第56話:さよならリベリーロ弘前・・・
ヒョウマ君と真剣勝負をした日。
オレはその日の午後に、横浜マリナーズに断りの返事をした。
スカウトマンはかなり残念そうにしていた。
オレの決断を、コーチと両親は暖かく了承してくれた。
◇
次の日。
「よし、それでは試合を始めるぞ! 両チーム、整列しろ」
「「「はい、コーチ!」」」
リベリーロ弘前の選手が、練習場に集合している。
4年生から6年生までの選手コースの全員が集結していた。
「これから引退試合を始める。両チーム、礼!」
「「「よろしくお願いします!」」」
今日はリベリーロ弘前の1月の最大の儀式、“6年生引退試合”の日で。
つまりオレやヒョウマ君たちの引退の日だ。
練習場には6年生の親たちが観戦に来ていた。息子たちの最後の花道を見に来たのだ。
「よーし、お前ら。下級生が相手だからといって、遠慮するなよー」
「「「はい、コーチ!」」」
オレたち6年生チームは、笑顔でコーチに答える。
ちなみにリベリーロ弘前の引退試合は毎年、
《6年生チーム(引退する側)》VS《4・5年生チーム(送り出す側)》
の対決だった。
昨年まではオレは送り出す側だったが、今年が逆の立場になる。
「お兄ちゃん。今日ばかりは、葵も遠慮しないからね!」
5年生の妹の葵は、送り出す敵チームである。
妹以外にも下級生チームは、かなり手強い選手が揃っていた。
「では、引退試合……はじめ!」
コーチの掛け声で、試合が始まる。
いよいよ小学生時代での最後の試合がスタートしたのだ。
「よし、いくぞ!」
「今日こそ6年を倒すぞ!」
下級生チームは気合が入っていた。
開始早々、6年生チームのゴールに襲いかかってくる。
敵ながら見事なパスワークだ。
「はん、甘いんだよ!」
「だな!」
だが6年の例の守備2人組に、ボールを奪われてしまう。
本番さながらの激しい守備チャージであった。
「ちょ⁉ 先輩たち大人げないぞ!」
「そうだ、そうだ!」
下級生チームの控えから、ヤジが飛んできた。
何しろ小学生年代での1才差は、かなりの体格差がある。しかも例年の引退試合は、半分くらいは遊び感覚だった。
下級生からヤジが飛んでくるのも、仕方がないであろう。
「ばーか。海外にいけば、オレたち以上の同年代もいるんだぞ!」
「甘えるな!」
フランスでの世界大会を経験していた彼らは、後輩たちに物申す。
少し厳しい言葉であるが、これは後輩に向けての激励でもあった。
なんかキャプテンのオレよりも、何か彼らの方が立派だぞ。
というかガチな雰囲気である。
「よし、コータ。お前も可愛い後輩たちに、現実を見せてやれ!」
「えっ、ボクも?」
そんな仲間からボールが回ってきた。
なるほど、オレも後輩たちに世間の厳しさを教えたらいいのね。
すぐさまオレは全力でドリブルシュートを放つ。
少し大人げないけど、オレからの激励のシュートである。
「コータさんまで、マジかよ……」
「引退試合なのに、シャレにならいっすよ……」
しまった、やり過ぎてしまった。
オレのシュートで、引退試合の空気が一変する。
本番さながらのピリピリした雰囲気になったのだ。
「みんな、私たちの力を、お兄ちゃんたちに見せるのよ!」
「「「おお!」」」
葵が中心になりゲームが再開する。
下級生チームも本気を出してきた。
先ほどのよりも激しい攻撃をしかけてくる。
その勢いの前に、6年チームは失点をしてしまう。
「やるな、みんな! よし、ボクたちも頑張ろう!」
「「「おお!」」」
オレたち6年生チームも、更に気合いを入れる。
引退試合とはいえ、後輩たちに負ける訳にいかない。
6年生チームも更に本気を出して、攻め込んでいく。
「守備! コータさんを止めろ!」
「澤村さんのマークを外すな!」
おっ。こちらの攻撃が、止められてしまったぞ。
敵ながら下級生チームの守備陣は、見事な連携だった。
何しろオレとヒョウマ君のコンビですら、簡単には突破できなかったのだ。
後輩たちはいつの間に、こんなに成長していたのであろう?
そう、驚くと同時に、オレは内心では安心していた。
これなら6年生が抜けた後も、大丈夫であろう。
4月からの新生リベリーロ弘前は、間違いなく全国でも有数のチームになるであろう。
◇
その後も互いに本気を出した、引退試合が続いていく。
激しい一進一退の攻防が続く。
引退試合なので互いに選手を入れ替えて、全員が試合に出場していた。
そんな試合をしながら、6年生は後輩たちに伝えていた。
リベリーロ弘前の魂を、バトンタッチしていた。
それは言葉ではなく、プレイの中で寡黙に伝えていた。
そして後輩たちも応えていく。
先輩たちからチームの魂と想いを受け継いでいく。
6年生の真っ正面から立ち向かっていくことで、応えていくのであった。
これは言葉ではなく、プレイで通じる以心伝心だった。
(ああ……いいな。こういうの、いいな……)
オレは試合をしながら、そんな感動的な光景に感動していた。
Jクラブと違い、このチームは決してエリート集団ではない。
入会しているのも地元の普通の小学生だけ。
素質だけなら、決して優れているとはいえない。
でも、“サッカーを好き”という気持ちだけは、どこのチームにも負けていなかった。
なにしろリベリーロ弘前のみんなは、毎日朝6時から自主練をしているのだ。
これはコーチや先輩に命令されたからではない。
『サッカーが上手くなりたい!』という気持ちで、何時の間にか自主的に集まっていたのだ。
更に試合の時の戦術とフォーメーションは、自分たち決めていた。
練習の時はいつも皆で話し合いして、作戦を考えていた。
時には大きいなTVのあるヒョウマ君家に集って、皆でサッカーの勉強会もしていた。
そんな時もゲームで遊ぶ人は誰もいなかった。
“サッカーを好き!”と気持ちで、オレたちは結ばれていたのだ。
(本当に、このチームに入会して、オレは幸せだったな……)
これまでを振り返り、改めて自分の幸せをかみしめる。
小学生一年生からの六年間が、走馬灯のように思い出される。
苦しい練習もあったけど、本当に楽しい六年間だった。
◇
「コーチ、助けてください! 6年生チームが強すぎます!」
「そうです。戦力差がありすぎます!」
いつの間にか引退試合は点差がついていた。
6年生チームが勝っていたのだ。
いけない。ついオレも本気を出し過ぎていた。
「よーし……それなら、6年のお父さん、お母さん方も、引退試合に参加してくだい! 最後は自分の子どもたちを倒しましょう!」
コーチは観客席にいた親御さんに声をかける。
ここから毎年恒例の、全員参加のバトルロワイヤル方式になる。
ゴール数とボールも3個に増えて、何が何だか分からない混沌とした状況だった。
「よし! ヒョウマ君、みんな頑張っていくよ!」
「ふん、そうだな、コータ」
「オレたち6年の力を見せてやろうぜ!」
敵の親チームが増えても、オレたちの士気は高い。
引退試合がバトルロワイヤル方式に変化するのは、毎年参加しているから予測はしていた。
6年チームは事前に考えていた、“対バトルロワイヤル方式にフォーメーション”に変更していく。
このフォーメーションなら、相手が2チームいても負ける気がしない。
オレはこう見えて負けず嫌い。引退試合も勝たせてもらうよ。
「どれ、息子の引退試合か。オレも最後くらいは参加しようか」
「えっ……ヒョウマ君の……お父さん?」
最後にまさかの飛び入り参加者がいた。
元Jリーガー澤村ナオト。
日本代表の候補にも、名前が挙がったことのある凄い人が、親御さんチームに参加したのだ。
「さあ、いくぞ。ヒョウマ、野呂コータ!」
「ちょっと、ヒョウマ君のお父さん⁉ うわー!」
バトルロワイヤルが始まる。
澤村ナオトがドリブルで仕掛けてきた。
オレとヒョウマ君は一瞬で、突破されてしまう。
信じられないドリブルのキレであった。
現役を引退して間もないとはいえ、今まで見たことがない迫力だった。
「コータ、気を付けろ。オレ様の父親は、今でもトレーニングを欠かしていない」
「そんな……」
ヒョウマ君の話では、お父さんは今でも全盛期と同じ体力があるという。
ベンチャー企業を経営しながら、ストイックに身体を鍛えているのだ。
よく見ると澤村ナオトは一人だけ、サツカースパイクを履いている。
一体いつの間に用意していたのであろうか。
真の大人げない人というか、サッカーに関しては手を抜けない性格なのであろう。
「でも、みんな頑張ろう! 6年生チームの意地を見せてやろう!」
「そうだな、コータ!」
「オレたちの最後の力を見せつけてやろうぜ!」
そんな逆境があっても、逆にオレたちは燃え上っていた。
こうなったら敵チームの両方を倒してやるんだ。
「みんな、葵たちも負けないよ!」
「「おお! 今日こそ引導を渡すぞ」」
一方で葵の率いる後輩チームも、燃え上っていた。
先輩に引導を渡すために、本気で挑んできくる。
「よし、全員攻撃だ!」
「なによ!? こっちも本気をだすぞ!」
「よーし、ボールの数を増やすぞー」
こうなったら引退試合は大混乱である。
3チームでボールが4個で、大人と子供が合わせて40人位でドタバタ騒ぎである。
もはや何でもアリの状態。
最後の方は、もはやサッカーの試合ですらなくなっていた。
仲間同士ですらボールを奪い合って、全員でボールをシュートしていた。
とても全国大会を3連覇したチームの、引退試合とは思えない泥仕合だった。
でも本当に楽しい試合だった。
全員が腹を抱えて笑って、皆が全力で遊んでいた。
誰もが純粋にサッカーを楽しんでいた。
本当に心から楽しんだ、引退試合であった。
◇
「よし、6年生、整列!」
「「「はい!」」」
そんな夢のように楽しい引退試合も、あっとう間に終わる。
試合後はコーチの一声で、オレたち6年生は練習場に整列する。
「中学に行っても、頑張れ!」
「はい! 今まで6年間ありがとうございました!」
6年生に新品ボールが、コーチから手渡されていく。
これは毎年恒例の引退試合の儀式である。
コーチは数年間の思い出と共に、一人ずつ丁寧にボールを手渡していく。
「オレ、中学に行っても、サッカーを続けます!」
「今までありがとうございました!」
「コーチに、たくさん教えてもらいました!」
同期の6年生たちは、コーチに向かって、自分の想いを伝えていく。
いつもは見ていたオレも、ついに渡される側になったのだ。
「最後はコータか……」
ついにオレの番になった。キャプテンである自分は最後の番だ。
全員の注目がオレに集まる。
「コータに贈る言葉が、沢山ありすぎるな……とにかく、ひと言だと……『ありがと、コータ』」
「はい、コーチ……ボクも本当にありがとうございました」
コーチから記念ボールを受け取る。
オレは感極まって、上手くお礼が言えなかった。
このコーチには、オレが2年生の時から世話になっている。
当時から生意気だったオレに対して、コーチはいつも寛大だった。
試合で勝手に作戦変更をしても、嫌な顔をしたことはなかった。
オレたち選手の自主性を何よりも尊重してくれて、真摯になってサポートしてくれた。
今だから断言できる。
このコーチがいなければ、オレたちは全国制覇を出来なかった。
3連覇をすることも不可能だった。
それほどまでに最高のコーチだったのだ。
「みんな。引退した後も、いつでも遊びに来い。お土産はいらない。中学、高校生になって、成長した姿を見せるだけでいいぞ!」
「「「はい、コーチ……今までありがとうございました!」」」
コーチから最後の激励をもらって、オレたち6年生は一斉に礼をする。
中には感極まって涙を流している者もいた。
みんな、コーチとチームのことが大好きなのだ。
自分の巣立ちを喜ぶと同時に、別れの寂しさで、青春の涙を流していたのだ。
もちろんオレも涙を流していた。
でも、それは温かく、心地よい涙であった。
◇
全ての儀式は終わった。
これで引退試合は終わりである。
6年生は名残惜しそうに、練習場に残っていた。
だが一人、また一人と立ち去っていく。
今から彼らはリベリーロ弘前のOBとなる。
4月からの中学校のサッカー人生に向けて、気持ち切り替えていかないといけないのだ。
(さて、オレもさっぱりしたな……)
オレも両親と葵の4人で、練習場を離れていく。
今日この後、チーム練習はない。
土曜日なので、家族4人で引退のお祝いに、外食に行く予定である。
(オレも新しい進路を、急いで考えないとな……)
横浜マリナーズのスカウトは、昨日のうちに断っていた。
だから今後の進路を考えていく必要がある。
昨日、ヒョウマ君に対して『世界でも有数の選手になる!』って宣言した。
でも冷静になって考えると、どうすれば成れるのだろうか?
やっぱりヒョウマ君のように、海外にサッカー留学をした方がいいのかな?
でも昨日、ネットで何気なく調べて、オレは現実を知った。
サッカー留学は、一年間で100万円以上もお金がかかるのだ。
ビザの発行代金に、外国の中学校の学費。またホームステイなど、日々の生活費が凄いのだ。
お金持ちの澤村家は問題ないであろう。
だが我が野呂家は普通のサラリーマンの一家。そんな破格のお金を出せるはずがない。
前世でサラリーマンをしていたオレは、金銭感覚を身につけていた。
親に負担をかけるサッカー人生は、あまりしたくないのだ。
では、どうすれば世界有数の選手になる進路があるのか?
うーん、大きな悩みである。
何か作戦を練らないと。
「はい、もしもし? あっ、部長ですか?」
そんな時である。
一緒に歩いている父親に、電話がかかってくる。
どうやら会社の上司からの電話らしい。
土曜日だというのに、上司からの電話は大変そうだ。
やはりサラリーマンとは曜日も関係ない、悲しい戦闘員なのである。
「えっ、例の件に私が選ばれた⁉ はい、ありがとうございます! 急いで準備します!」
ん?
何やら父親の表情が変わる。
どうやら吉報のようだ。
「どうしたの、あなた?」
「実は前に話した、あの赴任の件に、私が選ばれたんだ、ママ!」
「本当、凄い! 栄転じゃない! でも、何年間は単身赴任になっちゃうのね、あなた」
両親の会話から、どうやら父親の転勤が決まったらしい。
栄転ということで、名誉なことらしい。
2、3年間、父親は単身赴任で一人暮らしになってしまうみたいだ。
でも戻ってきた後は、役職と給料が一気に上がるらしい。
俗にいう昇進エリートコースのレールに乗れたみたいだ。
「大丈夫だよ、ママ。年に何回かは、帰ってこれるから! はっはっは……」
マイペースな父親は、転勤話にも動じていなかった。
豪快に笑って明るい顔をしている。
この明るさはいつも、我が家の雰囲気を良くしてくれていた。
「ところで、お父さん。転勤先はどこなの?」
タイミングを見計らって、オレは訪ねる。
一体どこに転勤になったのか、気になる。
父親の会社はけっこう大きいので、全国に支店があった。
もしかしたら西日本や沖縄かもしれない。
そうしたら遊びに行ける。
「転勤先か、コータ? 聞いて驚くな……パパが転勤するのはドイツだ!」
「えっ……ドイツって……ヨーロッパの?」
「そうだ、コータ。ソーセージとビールが美味しいドイツだ! はっはっは……」
まさかの海外転勤だった。
そうか父親は外国に単身赴任するのか。
少し寂しいけど、今はネットのTV電話で遠距離通信も可能である。
家族のコミュニケーションも、何とかなるであろう。
(ん、ドイツ?)
その時……オレの全身に電気が走る。
神様からの啓示とも思える、アイデアが閃いてきたのだ。
「お父さん、その転勤は家族も付いていけるの?」
「ん? そうだな、申請すれば家族の生活費も、会社から全額でるぞ」
よし、やっぱりそうか!
前世のサラリーマン時代にも、同じような転勤のシステムを聞いたことがあった。
つまりオレの天恵のアイデアが、実行できるかもしれない。
「お父さん、ボクも一緒にドイツに行きたい!」
「コータもドイツにだと?」
「うん、ボクもドイツの中学校に通いながら、サッカーを勉強したいんだ!」
「なるほど、そういうことか! 分かった、さっそく会社に申請して、手配しておくよ! これは楽しくなりそうだな! はっはっは……」
こうしてオレの進路が決まった。
世界でも最高峰のサッカー大国ドイツに、サッカー留学することにしたのだ。
◇
少し短かったですが、
〝6年生後半&進路編”が無事に終わりました。
次からは、いよいよ〝中学生編”がスタートします。
というか、〝中学生ドイツ留学編”がスタートしちゃいます!
まさかの中学生で海外留学しちゃう流れに、ボクも驚いていました。
あとヒョウマ君も海外留学するみたいなので、ヨーロッパ同士だと再会もありそうですね。
成長した同士の再会は、今から楽しみです!
◇
たくさん方に読んでいただき、本当にありがとうございます。
ここまでの評価や感想などありましたら、すごく嬉しいです。お気軽にどうぞです。
今後も頑張っていきます!




