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素人おっさん、第二の人生でサッカーライフを満喫する 作者:ハーーナ殿下@青森県弘前市
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第55話:一騎打ち

 薄暗い早朝4時半の練習場。
 ヒョウマ君に真剣勝負を挑まれた。

「いくぞ、コータ!」
「えっ、ちょっと、待ってヒョウマ君⁉」

 突然のことで反応が遅れてしまった。
 オレの背後のゴールに、ヒョウマ君のシュートが突き刺さる。

 試合でしか見せない本気の弾丸シュート。
 ヒョウマは本気で真剣勝負を挑んできたのだ。

「ちょと、待ってよ、ヒョウマ君。勝負って、どういうこと?」

 突然のことで頭がついていかない。
 なぜ今に急に勝負を挑んできたのか?
 なぜヒョウマ君はこんな怖い顔をしているのだろうか?

「コータ。お前、横浜マリナーズのスカウトを受けたんだって?」
「う、うん。そうだよ」

 どこから情報が漏れたのであろうか?
 コーチと両親は、誰にも言っていないはずである。

「オレ様もところにも、横浜マリナーズのスカウトマンが来た。お前のことも誘っていること、提示してきた」

 そうか、あのスカウトマンが口を滑らしたのか。

 いや……違う。
 ヒョウマ君を誘うために敢えて、オレのことを提示したのであろう。

 仲のいいチームメイトも一緒だと言って、相手を安心させる。獲得のためテクニックなのであろう。

「ヒョウマ君は、どう返事したの?」
「オレ様は断った。他の国内の全部のスカウトも断った」
「えっ……」

 まさかの返事にオレは言葉を失う。

 横浜マリナーズだけじゃなくて、他のJリーグのスカウトも断っただって?
 じゃあ、ヒョウマ君は卒業後どうするんだろう……。

「オレ様は4月から海外に、サッカー留学することにした」
「えっ、ヒョウマ君が海外留学に……?」

 更に衝撃的な内容だった。
 ヒョウマ君は小学校を卒業と同時に、海外に留学するという。
 この街どころか、日本から離れてしまうのだ。

「そうか……ヒョウマ君と離れ離れになっちゃうのか……」

 今だから言えるがオレは、微かに希望をもっていた。

“横浜マリナーズでヒョウマ君と一緒のチームメイトになる”

 選択次第では、そんな夢も悪くはない……微かに思っていた。
 だから今朝まで進路について迷っていたのだ。

「コータ、お前はどうするつもりだ?」
「ボクは……」

 答えを出せずにいた。
 卒業後、どうすればいいのか迷っていた。
 この心にあるモヤモヤが、オレの想いを口に出せずに遮っている。

「ふん。だからオレ様と真剣勝負をしろ! 1対1の勝負だ!」
「えっ、でも、こんな時になんで……?」
「オレたちは明日で引退だ。決着をつける!」
「あっ……」

 ヒョウマ君の言葉で、ハッと気がつく。
 明日は引退試合。

 1対1の勝負が出来るのは、今日が最終日になる。
 リベリーロ弘前ひろさきの正式な一員である、最後の時間なのだ。

 二年生の時から始まったヒョウマ君との1対1の通算は990勝990敗。
 昨日まで五分同士であった。
 つまり今日、決着をつけないと勝敗が決まらないのだ。

「でも、今ボクは勝負が出来る状態じゃないのに……」
「ふん、甘いな。お前のサッカーに対する想いは、その程度だったのか?」
「えっ? ヒョウマ君……?」

 まさかの質問に下を向いていたオレは、顔を上げる。

「セルビオ・ガルシアや他の連中が、今のお前の負抜けた顔を見たら悲しむぜ!」
「えっ、ヒョウマ君……何を言っているの?」

 自分の尊敬する人から、そんな言葉が出るとは思っていなかった。
 どうして、そんなことを言うのか理解できなかった。

「『野呂コータがサッカーに対する想いは、その程度だったのか?』と聞いているんだ」
「やめてよ、ヒョウマ君! いくらヒョウマ君でも……」

 今オレは怒っているのだろう。
 サッカーに対する想いを馬鹿にされ、かつてなく激怒している。

 全身が沸騰しそうなくらいに熱くなっていた。
 自分でも分からないくらいに、心が熱くなっていたのだ。

「ふん、いい顔だ……いくぞ、コータ! お前の想いを見せてみろ!」
「それはこっちのセリフだよ、ヒョウマ君!」

 考えるより先に、身体が動いていた。
 攻め込んできたヒョウマ君を、オレは全力でブロックする。

 すれ違いにボールを奪って、体勢を整える。

「次はこっちがいくよ!」
「ああ、こい! コータ!」

 1対1の勝負が始まる。

 だが今までの練習の時は、少し違う。
 何故なら、これまで怪我をしないように、互いにセーブしてきた。

「くっ、やるな、コータ!」

 だが、この1対1は、互いに手加減が出来ていなかった。
 攻撃も守備も関係なく、最初から全開だったのだ。

「くっ、さすがは、ヒョウマ君!」

 激しい真剣勝負であった。

 攻めの時は互いに、最大の攻撃力で点を取り合っていく。
 守備の時も、相手に必死に食らいついていく

 身体をぶつけ、腕をつかい、ファールギリギリでぶつかっていく。
 試合さながらの真剣勝負であった。

「コータ、これならどうだ!」

 ヒョウマ君は更に本気を出してきた。
 エンジンのギアを一段階あげて、凄まじいスピードできりこんでくる。

 これは“U-12ワールドカップ”で見せた、必殺のドリブル。
 あのセルビオ・ガルシアすらも抜き去った、イナズマのようなドリブルであった。

「やるね、ヒョウマ君。でも、ボクも負けてられないんだから!」

 オレも負けずに、ギアを一段階あげていく。
 全神経を反射神経と集中力に注ぎ込む。

 こちらかフェイントを繰り出して、反応するヒョウマ君の次の先の動きを予測する。

「やるな、コータ! 相変わらず凄いな!」

 身体能力や才能では、ヒョウマ君に勝てない。
 だからオレが持つ全ての技術を使っていく。

 ここで出し惜しみはなし。
 全ての技術と技を駆使していく。

「だがオレ様も、成長しているんだぜ!」

 ヒョウマ君が攻めの時、その動きが変わった。
 鋭い緩急の差から、見たこともないフェイントドリブルであった。

「すごい、ヒョウマ君……前までは、そんな技はなかったのに……」

 先月の全国大会では無かった、ヒョウマ君のオリジナル技だった。
 この2週間の短い期間で、これを習得したというのか。
 信じられないほどのサッカーに対する情熱だ。

「でも、悪いけど、ボクも新しい技があるんだから!」
「くっ、相変わらず、技のデパートかよ⁉」

 オレたちは互いの技と繰り出していく。
 力と力をぶつけ合い、勝負を挑んでいく。

 試合の時とは違い、休み時間はない。
 常に全力疾走である。
 一瞬も気が抜けない勝負を続けていく。

 ボールを運んで、相手を抜き去りボールをシュートする。
 ディフェンスをして、相手に抜かれないように、ボールを奪う。

 単純であるが濃厚な攻防を、ひたすら繰り広げていく。

 いつしか練習場に、ドリブルの音しか響かなくなってきた。

 互いの荒い息遣いと、スパイクで駆ける音しか響かなくなってきた。

 ボールを蹴り込み、ネットが揺れる音しか響かなくなってきた。

 オレたちはひたすらボールを追いかけていくのであった。

 初めてサッカーボールを蹴った日のように、無心でボールを蹴っていくのであった。



「はぁ……はぁ……」
「はぁ……はぁ……」

 どれほどの時間が経ったのであろうか。
 オレとヒョウマ君は、練習場に倒れ込んでいた。

 あまりの激しい全力の攻防を繰り広げたために、スタミナがゼロになってしまったのだ。
 センターサークルの中で、オレたちは仰向けになりながら倒れ込んでいた。

「はぁ……はぁ……」
「はぁ……はぁ……」

 早朝の静寂の練習場に、二人の息の音だが鳴り響く。
 起き上がろうにも、身体が起こせない状態である。

「相変わらず、凄まじいテクニックと守備力だな……コータ」
「ヒョウマ君こそ、相変わらず、凄すぎる攻撃力と、キレだったよ……」

 ようやく声だけは出すことができた。
 仰向けになりながら、明るくなってきた冬の空を見上げる。

「今だから言うがオレ様は、2年の夏休みで、リベリーロ弘前ひろさきは辞める予定だった……」

 ヒョウマ君は語り始めた。

 それは今から4年前のこと。
 ヒョウマ君が2年生の夏休みに、この練習場に来た時の話だった。

「コータに出会った、あの日のことを、オレ様は今でも覚えている」
「うん、ボクも覚えているよ、ヒョウマ君」

 あの日のことは、オレもはっきりと覚えている。

 いきなり体験にきた、澤村ヒョウマという少年のことを。
 圧倒的な才能と技で、先輩すらも凌駕した凄い選手と出会った日のことを。
 オレは昨日の事のように鮮明に覚えている。

「オレ様がリベリーロ弘前ひろさきに残ったのは、コータ……お前のお蔭だ」
「えっ……? ボクの?」

 まさかの告白に、オレは言葉を失う。
 初めて聞く内容だった。

「ああ、そうだ。それまでのオレ様は、サッカーが好きではなかった……」

 ヒョウマ君は自分のことを語ってくれた。

 産まれた時から、父親はプロのサッカー選手だったこと。
 気がついたら、自分もサッカーをしていたことを。
 でも、あっとう間に上手くなり、同年代で浮いていたことを。

 そんな幼少期の体験もあり、ヒョウマ君はサッカーに対して愛着が持てなかったのだ。

「だが、お前のプレイを見て衝撃を受けた。あんにも楽しそうにサッカーをしていた、コータを見てな……」

 なんと、オレとの出会ったことで、ヒョウマ君の運命は変わっていた。
 リベリーロ弘前ひろさきに、この街に住むことになったのだ。

 なんかヒョウマ君と、こんな話をするのは初めであった。
 とても心地良い時間だ。

 もしかしたら迷っていたオレのために、ヒョウマ君は真剣勝負を挑んできたのかもしれない。
 心の霧を晴らすために、あえて怒らせてきたんだ。

「そういえば、コータ。どうして……進路に迷っているんだ?」

 そんなヒョウマ君が本題に触れてきた。
 オレが進路に迷っていることを心配している。

 こうなればオレも正直に話すしかない。

「ヒョウマ君、この街の社会人チームを知っている?」
「社会人チーム? あの弱いチームか?」
「うん、そうだね。今はまだ弱いね」

 この街の社会人チームは、まだ県内の地域リーグで奮闘していた。
 規模も小さく地元のサッカー少年でも認知度は低い。

「実はボク、あのチームが大好きなんだ。だから将来はあのチームに入って、頑張りたいんだ!」
「おい、お前ほどの男が、あんな……いや、すまない」

 オレの好きなチームを、馬鹿にしたと思ったのであろう。
 ヒョウマ君は言葉を訂正してくる。

「ううん、大丈夫だよ。ボクの夢は、あのチームに入団して、J1を目指すことなんだ。この街に大きなスタジアムが出来て、そこでプレイするのが夢なんだ……」

 オレは自分の密かな夢を語る。
 今はまだ小さな地元のチームに、将来は入団すること。
 そのチームでJ3、J2と昇格していき、J1を目指すことを。

 この街にサッカースタジアムが出来て、そこでプレイしたいことを。
 この地域の子どもと大人たちに、サッカーの楽しさを伝えたいこと。

 転生したことは語れない。
 けど、それ以外の自分の夢を全て言葉にする。

「この街にJチームとスタジアムか……それは茨の道だぞ、コータ?」
「そうだね、たしかに大変だね」

 小さな地方都市の社会人チームでも、J1までの昇格は理論的に可能である。
 だが、そのためには問題は沢山ある。

 数十億円規模のサッカースタジアムの建設費用に、毎回の試合での数千人もの観客数の動員ノルマなど。

 特に一番大変なのは、リーグ戦を勝ち抜いていくことである。
 全国には数千の社会人チームがある。
 その中でもJ1に君臨できるのは、勝ち抜いた20程のチームしかない。

 単純に計算していけば、確率1%未満の夢物語なのだ。

「でも、これはボクの夢なんだ。この街のJリーグのチームでプレイすることが……」

 こんな話は普通にしても、誰も信じない夢物語である。
 だが、これこそがオレの最大の夢だった。

 絶望に陥っていた前世の自分を救ってくれた、地元のチームに対する恩返しなのだ。

「この小さな街に、J1のスタジアムとチームか……ふん。相変わらず、規模が大きいな、コータ」

 ヒョウマ君は最後まで夢話を聞いてくれる。
 その声はどこかうらやましそうであった。

「それならお前は日本一の……いや、世界でも有数の選手になる必要があるぞ。その位に茨の道だ」
「世界有数のだなんて……でも、そうかもしれないね、ヒョウマ君」

 ヒョウマ君の言葉に、ハッと気がつく。
 たしかに世界有数の選手が一人でもいれば、夢の可能性が上がる。
 そのため今世のオレは努力していると言えるのだ。

「もしもコータ奮闘しても、それでも夢が叶う確率は5%くらいだがな」
「5%だなんて……でも、そうかもしれないね、ヒョウマ君」

 ヒョウマ君の計算は正しい。
 サッカーは最終的には11人でやるスポーツである。
 クラブに1人だけ凄い選手がいても、どうしようもない。

 さらにサポートする控え選手や、クラブのフロントとサポーター。
 Jクラブには多くの人が必要なのである。

「だからオレ様も大人になったら手伝ってやる、そうしたら11%位にはなるだろう」
「えっ……ヒョウマ君……それって……?」

 まさかの提案だった。
 オレの夢にヒョウマ君が賛同してくれたのだ。

「そのためにはコータ、オレ様たちは、お互いに世界最高峰のプレイヤーにならないとな」
「うん、そうだね!」

 世界最高峰のプレイヤーになる。
 今までは考えもしなかった、尊大な目標である。

 でも今は不思議と叶うような気がしてきた。
 澤村ヒョウマという友が隣にいるのだから。

「あれ、ヒョウマ君? ところでさっきの11%の計算は変じゃない?」

 5%×2人なからイコールで10%である。
 どう計算しても変な数値だった。

「オレ様は6%ということで、足し算で11%だ」

「えー、そんな……1対1の勝負は通算1001勝1000敗で、ボクも勝ちなのに」
「バカを言うな、コータ! 通算1001勝1000敗でオレ様も勝ちだろうが⁉」

「あれ、そうだっけ?」
「さあな、オレ様も忘れたよ。さっきの勝負、真っ白になって最後の方の記憶はないからな……」

「ヒョウマ君も? 実はボクもなんだ!」
「まったくお前というヤツは、本当に……」

 練習場に仰向けになりながら、オレたちは笑い合う。
 誰もいない早朝の練習場に、笑い声はいつまで響いていくのであった。



 こうしてオレの進路は決まった。

“世界でもトップクラスのプレイヤーになる”

 そのために厳しい世界に飛び込むことにしたのだ。
ツギクルバナー
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