第52話:大会の後に
初秋に開催された“U-12ワールドカップ”から、月日が経つ。
日本に帰国してからのリベリーロ弘前は、順調な成績を収めていた。
まずは全国少年サッカー大会に出場するための予選。
10月の地区大会と、11月の県大会。
この二つの大会は無事に優勝することができた。
内容も圧倒的な優勝である。
これは昨年のよりも所属選手が増えて、チームの総合力が上がっていたのが勝因だった。
その中でも“U-12ワールドカップ”に参加した12人のレギュラー選手は、急成長していた。
そのためコーチも試合展開によっては、レギュラー選手を控える采配もあった。
来年を見据えて4、5年生を起用して、全体的なレベルアップを図っていた。
これでオレとヒョウマ君たち6年生が抜けた来年も、何とかなるであろう。
◇
そして12月下旬になる。
小学生年代の最大の大会、“全国少年サッカー大会”が始まっていた。
オレたちリベリーロ弘前は、今年で4年連続の出場となる。
そのためコーチと選手たちには、余裕があった。
これは悪い意味での油断ではなく、順調な意味での余裕である。
何しろ3年前の初出場の時は、緊張ばかりして大変だった。
だが比べものにならないほど、今年は皆リラックスしていたのだ。
えっ、オレは3年前から緊張していなかったよね……って?
そ、そうだったかな……。
とにかくチームは全国大会でも順調だった!
まずは予選のリーグ戦がスタート。
これは危なげなく全勝で通過できた。
地区県大会と同じように、コーチは状況によって控えの選手を起用していく。
何しろ全国大会の空気を感じただけでも、来年の選手は大きな経験値が得られる。
チーム作りとは一朝一夕で出来ない。
こうした経験の積み重ねによる、歴史の強さなのであろう。
リーグ戦の後は全国大会トーナメントが始まる。
こちらも順調に勝ち進んでいく。
オレたちは準々決勝を勝ち進み、準決勝も勝利を勝ち取る。
そして、決勝戦の残り時間も……
◇
『優勝はリベリーロ弘前! なんと全国大会史上、初の3連覇です!』
オレたちは優勝することができたのだ。
しかも大会史上初の3連覇という栄誉もついてきた。
今回の全国大会は、かなり苦戦した場面もあった。
でも何とか優勝することができたのだ。
オレは今回、優勝できた勝因を振り返る。
今年のリベリーロ弘前は、この4年間で一番成熟されたチームであった。
攻守に渡って隙がなく、選手層も厚くなっていた。
特に攻撃陣は、圧倒的な大会得点数の記録を残している。
ヒョウマ君と葵、オレの攻撃三人衆は、“魔の三角形”として敵チームを恐怖のどん底に陥れた(らしい)。
また守備陣も検討していた。
6年の例の2人組とオレが中心になって、最少失点をキープした。
こちらは“蟻地獄”という不気味な名で、各チームに恐れられていた(らしい)。
「あのセルビオ・ガルシアに比べたら、怖いモノはなかったな!」
「ああ、そうだな、たまにアイツのドリブルが、オレは夢に出てくるからな!」
この守備陣の例の二人は、“U-12ワールドカップ”から戻ってきて、一番成長した選手かもしれない。
それほどまでにセルビオ君との対決は、彼らの意識を大きく変えていたのであろう。
頼もしい仲間である。
「よし、整列をしよう」
決勝戦が終わり、両チームで整列する。
互いに挨拶をして、観客席にも礼をする。
その後は例年の通り、閉会式と表彰式だ。
オレたちは優勝チームとしてメダルを貰い、ヒョウマ君は大会得点王として表彰されていた。
なんとヒョウマ君は10年ぶりに、大会得点王の記録を更新していた。
それも大差をつけての更新。今後は破られることはないという噂だ。
その後は去年と同じ様に、バタバタしたスケジュールだった。
閉会式の後は、リベリーロ弘前は沢山のマスコミの取材を受ける。
TVやラジオ、サッカー雑誌やネットニュースなど、かなりの数だった。
個人的には今年も、コーチとキャプテン、大会得点王のヒョウマ君と、女子MVPの葵の三人がインタビューを受けていた。
一方でオレには個人的な取材は、今年も無かった。
これは毎年のことなの諦めていた。
とほほ……。
前から思っていたけど、かなりオレは地味なのかもしれない。
これは前々から薄々は思っていたこと。
3年連続だと改めて実感してしまう。
でも、こんなことではオレはヘコタレない。
何故なら今世でサッカーを五体満足でプレイできるだけで、オレは幸せなのだ。
仲間たちと一緒に、サッカーで汗を流せるだけで幸せだった。
とにかくコーチたち3人の取材が終わるまで、大人しく待つことにしよう。
◇
そんな時である。
「野呂コータ君。ちょっといいなか?」
「えっ……?」
待機していたオレに、話かけてきた大人がいた。
誰だろう?
もしかしたら、ついにマスコミの人が取材に来たのかな?
TVか新聞か。もしくは愛読しているサッカー雑誌かもしれない。
そう思いながらオレは顔を上げる。
でも、そこにいたのはマスコミ関係者ではなかった。
「こうして話をするのは、はじめましてかな。私のことは分かるかな?」
「はい、横浜マリナーズU-12の監督さんですよね?」
「そうだよ」
声をかけてきたのは横浜マリナーズU-12の監督であった。
4年前から全国大会で、毎年のように対戦していたので、顔は覚えている。
今年も昨日の準々決勝で戦って、オレたちが勝利した相手だ。
でも、そんな敵チームの監督さんがいったい、何の用だろうか?
まさか『お前たちのせいで3年間、優勝を逃した! 謝罪しろ!』と、怒ってくるのかな?
とりあえず逃げ出せる準備はしておこう。
「そんなに警戒しなくても、大丈夫だよ、野呂コータ君。今日は同僚の仲介で来ただけだから」
「仲介ですか?」
「私のことです。はじめまして、野呂コータ君。私はこういう者です」
監督さんの後ろから、もう一人の大人が出てくる。
スーツを着たその人は、名刺を差し出してきた。
「横浜マリナーズ……人事部の方ですか?」
相手は監督さんと同じ、横浜マリナーズのスタッフの人だった。
スーツにネクタイで、お堅い感じのする人だ。
人事部ということは、コーチや監督の配属に関係する人かな?
「実は当クラブでは、リベリーロ弘前さんの近年の素晴らしい成績を評価しておりました。創立して間もないのに、全国少年サッカー大会で3連覇という偉業は素晴らしいです!」
人事部の人はうちのチームのことを、かなり褒め称えてきた。
これまでのチーム成績のことを絶賛してくる。
いやー、ライバルチームの人にそんなに褒められると、嬉しくて恥ずかしくなってきます。
(ん? 待てよ、もしや……この人は?)
オレは直感が働いた。
離れた場所でマスコミの取材を受けている、我らがコーチに視線を向ける。
(もしや、うちのコーチをヘッドハンティングするつもりなのか?)
オレの脳裏にそんな予測が浮かんだ。
人事部の人の態度から、これは間違いないであろう。
何しろリベリーロ弘前のコーチは、近年で好成績を収めている。
3年前に初出場した全国大会で、いきなりベスト8。
翌年には初優勝して、それ以降は3連覇の偉業を達成している。
更に今年の秋の“U-12ワールドカップ”では、チームを優勝に導いていた。
風の噂ではコーチはサッカー業界で、“東北の智将”と呼ばれているらしい。
少年サッカーの専門誌にも、ドヤ顔でコーチのインタビューが載っていた。
こうして客観的に見たら、かなり優秀なコーチなのであろう。
たとえ三十路で彼女がいなくて、足が臭くても、コーチの仕事には差し支えない。
(コーチが横浜マリナーズに、スカウトされちゃうのか……コーチは、どうするんだろう?)
Jクラブの名門である横浜マリナーズは、待遇もかなりいいであろう。
給料も大幅にアップして、将来的にはサッカー業界でも出世していくはずだ。
もしも順調にいけば、横浜マリナーズのトップチームの監督になることも有り得る。
更に日本代表の監督になるのも夢じゃないかもしれない。
コーチの今後のことを考えたら、移籍もありなのかもしれない。
(でも、本音を言うなら、少し寂しいな……)
オレはあと3ヶ月で、このチームを卒業してしまう。
でもコーチが同じ街にいてくれるなら、いつでも遊びに行ける。
中学校で成長した自分の姿を、コーチに見せに行きたかった。
「えーと、野呂コータ君に少し聞きたいのですが?」
「えっ? はい?」
そんな妄想をしていたら、人事部の人が質問してきた。
いったい何だろう?
「野呂コータ君は小学校を卒業した後の進路は、もう決まっているんですか?」
「えっ、ボクですか? ボクは近所の中学校に行く予定です」
人事部の人が、いきなりオレのプライベートことを聞いてきた。
コーチの印象を悪くしないために、正直に答えておく。
オレはあと4ヶ月で中学生になる。
進路は前世で通っていた、地元の近所の中学校に行く予定である。
というか、田舎ではそれ以外の選択肢は無い。
「ではサッカークラブや部活は、もう決めているのかな?」
「サッカーですか? いえ、別に決めていません」
今のリベリーロ弘前は小学生のジュニアチームしかない。
だから小学校を卒業と同時に、チームも卒業となる。
今までの先輩たちは、地元の中学校のサッカー部や、他のジュニアユースのあるクラブに入会していた。
あっ、でも最近の先輩たちは、県内のサッカーが強い名門の中学校に入った人もいた。
何でも去年と一昨年は、リベリーロ弘前は全国制覇をしている。
その時のレギュラーだったたちは、県内でも有数の選手になっていたのだ。
そういえば先輩たちは、みんな元気にしているかな。
名門中学校のサッカー部は、練習が地獄のようだと聞いたことがある。
「ほほう、まだサッカー進路は決めていないのですね?」
「あ、はい」
人事部の人の目が光った。
何か失礼なことを言ったのかな?
でもオレはサッカーの進路は、本当に決めていない。
今回の全国少年サッカー大会に集中したくて、終わってから決めようと思っていたのだ。
「それなら我が横浜マリナーズのクラブに是非!」
「えっ……?」
「横浜に全寮制完備で、提携している中学校もあります。もちろん引っ越し費用と学費と、サッカー費用は3年間、こちらで負担します。つまり野呂コータ君の両親には、一切の負担がありません!」
まさかの展開だった。
人事部の人の狙いはコーチではなかった。
狙いは、このオレだったのだ。
Jリーグの名門チーム“横浜マリナーズ”のジュニアユースに、オレはスカウトされてしまったのだ。




