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第48話:選手入場

 いよいよ決勝戦が始まる。


 オレたちは正午の準決勝の後、少し長めの休憩をする。

 この後、夕方からの決勝戦に備えるためだ。


「みんな、体調は大丈夫か?」

「「「はい、コーチ!」」」


 休憩が終わり、各自のコンディションのチェックをする。

 幸いなことにケガ人や、不調な者はいなかった。

 全員のスタミナも90%くらいまで回復している感じ。小学生世代の回復力は半端ない。


 本当ならこうした大会は、もう少しゆったりとしたスケジュールで開催して欲しい。

 でも、辛いのは決勝戦の相手も同じ状況である。わがままは言えない。


「よし、では決勝戦の会場に移動するぞ」

「「「はい!」」」


 この大会は決勝戦だけは別の会場で行う。

 今までは天然芝8面もあったサッカーパークで試合をしていた。


 決勝はその敷地内にあるスタジアムだ。


「おお、大きい……」

「すげえ……TVで見たことある……」

「本当にここでやるのか……」


 会場入り口に到着したオレたちは、上を見て口を大きく開ける。

 決勝戦を行うのは巨大なサッカースタジアム。

 ワールドカップの決勝戦も行ったことがある、本場の専用スタジアムだった。


 巨大なサッカースタジアムの外観に圧倒されながら、オレたちは中に進んでいく。

 試合前にスタジアムの内部を軽く見学する。


「ここがスタジアム内か……」

「中もデカい……何人くらい入るんだ、ここ?」

「5万人くらいらしいぞ……ここ」

「すげえ……」


 中に入っても更に唖然とする。

 パリ市内にある歴史あるスタジアムの、存在感が半端なかったのだ。


 オレたちも日本のJリーグの試合は、家族旅行で見に行ったことはある。

 だが日本のスタジアムとは規模が圧倒的に違うのだ。


「オレたち、大丈夫かな……こんなスタジアムで……」

「ああ……足が震えてきた……」


 これはマズイ。

 チームメイトたちがスタジアムの空気に飲まれていた。

 外国のスタジアム特有の雰囲気が、彼らにプレッシャーを与えていたのだ。


 何とかして緊張感を解かないと。


「ねえ、みんな、知ってる? ここは本当の試合がある時は、5万人の歓声で地面が揺れんだって?」


 緊張しているチームメイトに、オレは声をかける。

 前世での見た海外の試合の様子を思い浮かべながら、ゆっくりと語りかけていく。


「その時に比べたら、今日の観客は少ないよね。ほら、見てみて」


 今のスタジアムの観客席には、数百人くらいしか観客はいなかった。

 そのほとんどは大会の関係者と、予選に参加していた各国の子供たちである。


“U-12ワールドカップ”と言えども、所詮は小学生年代のアマチュアの大会。

 Jリーグのようにサポーターもいなければ、地元の熱狂的なファンも来ていないのだ。


「ボクたちの戦った全国少年サッカー大会の決勝戦よりも、今日の観客は少ないよね? つまりプレッシャーも、あの時の半部以下。そう考えたら、たいしたことないような気がしてきたね!」


 オレは独自の理論で説明する。


A:全国少年サッカー大会の決勝戦での、観客からのプレッシャーを100P

B:それに比べて半分の客数の、このスタジアムのプレッシャーは50P


 パリのスタジアム雰囲気補正α(アルファ)を足しても、


【プレッシャー方式=B+α < A】


 つまり全国大会よりはプレッシャーは少ないのだ。



「おい、コータ。プレッシャーが半分って……」

「どういう、理論だよ、コータ」


「でも、コータの言うことも一理あるな」

「そうだな、馬鹿バカしい理論だけどな」

「ああ。緊張して損したな、オレたち……はっはっは」


 よかった。

 なんとかチームメイトの緊張がほぐれた。

 オレの理論が通じたのだ。


「ナイス、キャプテンシーだな、コータ」

「あっ、ヒョウマ君……うん、ありがとう」


 ヒョウマ君だけは、オレの意図に気が付いてくれた。

 親指を立てて、グッジョブの合図をしてきた。


 いつもは冷静沈着なヒョウマ君にしては、珍しい反応だった。彼も決勝戦を前にして、テンションが上がっているのかもしれない。


 でも、自分を見ていてくれている人がいて、オレも嬉しかった。


「よーし、見学は終了だ。そろそろ試合だ。ロッカールームに行くぞ」

「「「はい、コーチ」」」


 いよいよ試合の時間が近づいてきた。

 決勝戦だけは本当の国際試合と同じように、選手入場があるらしい。

 

 それまでロッカールームで作戦会議をしつつ、待機するのだ。



「よし、時間だ。行くぞ」

「「「はい!」」」


 ロッカールームでの待機時間が終わる。

 作戦会議を終えたオレたちは、コーチに案内でピッチに出発する。


「よし、ここで、もう少し待機だ」


 そのまま選手入場の待機場所に移動する。

 ここからは天然芝の競技場が、すぐ目の前に見える。

 いよいよ決勝戦がスタートするのだ。


『へーい、コータ』


 そんな時。スペイン語で誰かに声をかけられる。


『やっぱり決勝まで上がってきたんだね、コータ!』

『あっ、セルビオ……君!』


 声をかけてきたのは、同じく隣に待機していたスペイン代表から。

 その人物はセルビオ・ガルシア。決勝戦の相手のスーパーエースだ。


 相変わらず気さくな感じで、近寄ってきてオレに話しかけてくる。


『あれ、コータ? 雰囲気が前と違うね……それにサワムラも? 』


 セルビオの表情が変わる。

 鋭い視線でこちらを観察してきた。

 その視線の先にいるのはオレとヒョウマ君である


『ふーむ。レベルアップしているのか……二人とも』


 信じられないことにセルビオは、見ただけでオレたちの変化を感じ取っていた。

 もしかしたら天才だけが持つ、“観察眼”みたいな物があるのだろうか?


『この短期間で信じられないレベルアップだね、コータ。何があったんだい?』

『それは“男子三日会わざれば、刮目して見よ”……だよ、セルビオ君』


 疑問の視線を向けてきたセルビオに、オレは日本の慣用句で答える。

 成長期の男子はわずか三日でも、会わない間に急成長する。

 

 だから、初日にキミに圧倒されたあの時と、今のオレたちが違うと。


 オレが出来る日常会話のスペイン語で、上手く要約して伝える。


『へえ……やっぱり、コータとサワムラは面白いね。スペインの同年代でも、キミたちのような空気のヤツはいなかった。オレの見込みとおりだね』


 セルビオの雰囲気が更に変わる。

 気さくな笑顔が消えて、強烈なプレッシャーを発してきた。

 あの野生の獣のような、危険な笑みを浮べている。


「そろそろ、選手入場です! 両チームの方は、よろしくお願いします!」


 そんな時。大会運命の人から指示がきた。

 いよいよ選手入場が始まるのだ。


『じゃあ、コータ、サワムラ。楽しく遊ぼうぜ!』


 セルビオはそう言い残し、自分のチームに戻っていく。


 ふう……疲れた。

 ヒョウマ君はずっと無言だったから、オレだけが緊張してしまった。


 でも、あのセルビオ・ガルシアに『面白いね』って褒められた。かなり緊張したけど、内心では歓喜ものだった。

 サッカーオタクにとって試合と、有名選手との会話は別腹なのである。


 よし、この後の試合でも気合を入れていかないと。


「おい……コータ。今、お前、何語で話したんだ⁉」

「英語じゃないよな? スペイン人ということはスペイン語か⁉」

「なんでお前、スペイン語を話せるんだ⁉」


 少し間をおき、チームメイトが一斉に突っ込んできた。

 セルビオとスペイン語で会話していたオレに、みんながびっくりしていた。


「ほ、ほら、サッカー動画とか見ていたら、覚えたんだよね」


 オレは適当にごまかしておく。

 本当は前世のサラリーマン時代の勉強の成果だったが、内緒にしておく。


 それに前世でもサッカー動画を見て、スペイン語を覚えていた。

 だから半分は正解なので嘘ではない。


「では、入場です!」


 大会運営の人から号令がかかる。


「よし、みんな。気持ちを切り替えて、いくよ!」

「「「よっしゃあ!」」」


 説明は何とか上手くいった。

 オレたちは気合の声と共に、ピッチに入場していくのだった。



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