第45話:スペイン無敵王子 VS リベリーロ皇帝
“皇帝”澤村ヒョウマ。
リベリーロ弘前の絶対的なエースストライカー。
小学生4年、5年生の時に全国少年サッカー大会で2年連続の得点王に輝く。
また昨年は若干11歳にして世代別U-15日本代表にも参加。アジア大会で合計5得点という偉業を成していた、未来の日本のエースだ。
◇
「コータ、お前は大将のキャプテンだ。ここはオレ様が先にいく」
そんなヒョウマ君が助けに駆けつけてくれた。
先走ろうとしていたオレを止めて、自らが前に進んでいく。
『遊びたいのなら、このオレ様が遊んでやる』
ヒョウマ君がスペイン語で、セルビオに向かって挑発する。
驚いたことに、けっこう流暢なスペイン語だ。
そういえばヒョウマ君はお父さんの仕事の関係で、スペインにも旅行している。その関係で語学も勉強していたのであろう。
『へー、面白そうな奴がきたね。オレをガッカリさせないでね!』
セルビオが笑みを浮かべる。
ヒョウマ君から何かオーラを感じたのであろう。
さっきまで同じ場所から動かなかった、セルビオ・ガルシアが先に動き出す。
『今度はこっちから行くよ!』
不敵な笑みを浮かべながら、ヒョウマ君に向かってドリブルしていく。
今度は相手が攻め込んできたのだ。
セルビオは奇妙な足のフェイントを仕掛ける。
「あっ⁉ その技は⁉」
オレは思わず叫ぶ。
セルビオが繰り出そうとしていたフェイントは、未来の彼のオリジナルの十八番の技。
この時代の日本では、まだ誰も会得していない未知なる必殺技だったのだ。
「ヒョウマ君! その技は」
「ああ、コータ。これは、そうだな!」
オレの声に連動するように、ヒョウマ君も動き出す。
セルビオ・ガルシアのフェイントを先読みして、相手のドリブル突破を防ぐ。
『へー。オレのこの技を防ぐんだね! スペインの大人でも無理なのに。キミ、けっこう凄いね!』
セルビオはいったん後退する。
ボールはキープしたままで、不敵な笑みは相変わらずだ。
『オレ様はその技を、前にも見たことがある。オレ様のチームには、得体のしれないテクニシャンがいるからな』
オレの方をちらっと見ながら、ヒョウマ君も不敵な笑みで返す。
彼の言葉にあるように、オレはそのフェイントを、ヒョウマ君に対して使ったことがある。
だから初見ではないヒョウマ君は、セルビオのドリブルを止められたのだ。
(でも、同じ技でも……オレとは迫力が全然、違う)
チームメイトを頼もしく思いつつ、同時にオレの背中に冷や汗が流れてきた。
確かに今の技はオレも会得をしていた。
前世でセルビオ・ガルシアにファンだったオレは、今世の幼稚園の頃から練習していたのだ。
だが実物を見て実感した。
本物の技のキレはまさに“別次元”なのだ。
同じ技のオレのキレ味度が7ランクだとしたら、今のセルビオ・ガルシアの10ランクであった。
止められたのはヒョウマ君の身体能力と、サッカーセンスのお蔭であろう。
『へえ? この技を使える奴が日本に? 面白いジョークだね』
ヒョウマ君の何気ない言葉に、セルビオの表情が変わる。
さっきまでの陽気な笑みが消えた。
『じゃあ、次は本気でいくよ!』
セルビオは戦闘モードに入った。
肉食獣のような獰猛な目つきとなる。
(あの表情のセルビオ・ガルシアは危険だ!)
オレはその表情に見覚えがあった。
あれは前世での映像。
全盛期のセルビオ・ガルシアが、世界の大舞台でスーパープレイを決めた時……その時の顔であった。
この野獣のような顔が出た時、彼はどんな相手もブチ抜いて、スーパーゴールを決めていたのだ。
「くっ……こいつは……」
対峙するヒョウマ君が言葉を失っていた。
これはマズイ状況。
本気を出したセルビオのプレッシャーに気圧されていたのだ。
天性のサッカーセンスを持つ者だけに、ヒョウマ君も相手の凄さを実感していたのだ。
(これはマズイ状況だ。ここでヒョウマ君が負けたら、彼の自信が……)
今は大事な大会前である。
メンタル面で調子を崩したら、明日からの試合に支障が出る可能性が大きい。
エースストライカーのヒョウマ君の不調は、すなわちチームの危機である。
「ダメだ、それだけは絶対に防がないと」
そう思う前に、オレの身体は動いていた。
野獣のようなセルビオの前に、オレが立ちはだかる。
『ねえ、どいてよ。オレの遊びの邪魔をしないでよ?』
セルビオから凄まじいプレッシャーが飛んでくる。ヒョウマ君との勝負を邪魔されて、苛立っているのであろう。
オレの全身に殺気のような圧力が、ヤバイくらいに突き刺さる。
対峙した者にしから分からない、恐ろしいまでの力だ。
オレは思わず後ずさりしそうになる。
『ボ、ボクはキャプテンだ。キャプテンとは仲間を守る存続だ!』
だがオレは怯まなかった。
逆にセルビオ・ガルシアを睨み付ける。
震える自分の足に、必死で喝を送り込む。
キャプテンとして、ここは絶対に退くわけにはいけない。
『この感じは……? へえ、キミも面白いね。じゃあ、遊ぶのは、キミでもいいかな』
セルビオは野獣のような笑みを、口元に浮べる。
狩る獲物をヒョウマ君から、オレに変更。こちらにゆっくりと近づいてくる。
(こうなったら、やるしかない!)
オレも覚悟を決めた。
試合前に無様に負けようとも、死ぬ気で挑んでやる。
相手は未来のスーパースターだが、仲間のために退くわけにはいかないのだ。
◇
そうセルビオが突撃してくる!
……そう思った時である。
『おい、セルビオ! ストップだ!』
『痛ってて……なんだ、せっかくのいいところだったのに』
セルビオを止めた人物がいた。
その人は同じスペイン代表のユニフォームを着ている。
二人の様子からチームメイトなのであろう。
『うちのチームメイトが失礼した。非礼を詫びる』
その人はセルビオからボールを取って、オレたち返してくれた。
よく見るとキャプテンマークを腕につけている。スペイン代表のキャプテンなのであろう。
凄く紳士的な感じがする選手だった。
『いえ、ボクたちも熱くなりすぎました』
オレもキャプテンとして、相手に謝る。
最初に熱くなったのは、こちらの2人のチームメイトだ。深々と頭を下げて、謝り返す。
『オー、それは“ジャパニーズ・オジギ”! 素晴らしい! じゃあ、セルビオ。戻るぞ。監督が怒っていたぞ』
『なんだってー、それはヤバイな。キミたち、また遊ぼうぜ。オレの名はセルビオ・ガルシア……未来のスーパースターだ!』
去り際にセルビオは、オレに対して名乗ってきた。
先ほどの野獣のようなプレッシャーは解かれ、天真爛漫な笑顔に戻っている。
そして、やはりセルビオ・ガルシア本人だった。19年前で今は12歳の未来のスーパースター。
『ボクはコータ・ノロ』
『オレ様はヒョウマ・サワムラだ!』
オレたちも名乗り返す。
日本男児として礼儀には礼儀で返す。
『コータ・ノロにヒョウマ・サワムラか……覚えておく。運命の神様が微笑んでくれたなら、決勝トーナメントで再会しょう!』
そう言い残しセルビオは去っていく。
(決勝トーナメントで再会しょう……か)
予選リーグでは日本とスペインは別である。
つまり勝ち残っていかないと、対戦することはできない。
(予選リーグか……頑張るしかないな)
オレたちの予選リーグの組み合わせは、強敵そろいである。
でもこっちにはヒョウマ君がいる。
チームも本来の力を発揮できれば、予選リーグは何とかなるであろう。
「セルビオ・ガルシアか……くそっ……」
隣にいたヒョウマ君が小さくつぶやいていた。
(えっ……⁉ ヒョウマ君が?)
その光景にオレは驚愕した。
何故なら彼の足が、微かに震えているのだ。
先ほどのセルビオのプレッシャーに、今になって足にきていたのだ。
(そんな、あのヒョウマ君が……)
こんな様子の彼を初めて見た。
ヒョウマ君はいつも自信満々で、どんな相手にでも果敢に挑んでいた。
あのU-15の時でさえ、アジアのエースたちにも一歩も怯まずに結果を出していた。
それなのに、あの少しだけの勝負……たったの一瞬だけで、セルビオにここまで威圧されてしまったのだ。
それほどまでにセルビオ・ガルシアは別次元の存在だった。
「おい、コータ。あいつを倒して、絶対に優勝するぞ」
「うん、そーだね、ヒョウマ君」
去りゆくスペイン代表を見ながら、オレたちは誓い合う。
よかった。
ヒョウマ君の足の震えも止まっていた。いつもの冷静さを取り戻したのだ。
(でも、セルビオを止める策を、今から考えておかないと。オレたちは確実に“負ける”……)
先ほどの対峙した時に分かった。
悔しいけど、ポテンシャルが圧倒的に別次元だったのだ。
(でも未来のスーパースターを相手に、どうやって……)
こうして課題を抱えたまま、時間は過ぎていくのであった。
◇
そしてフランス3日目。
まずは予選リーグがスタートするのであった。




