第42話:ヨーロッパ大会に行くために
“U-12ワールドカップ”
これは世界32カ国で各国の予選が開催。その各国の優勝32チームが集結して世界一を決める世界大会である。
特徴として
・世界サッカー公認ルールにより、10歳~12歳の少年少女が出場できる。
・世界32か国で開催され、毎年世界の予選には300万人が出場。
・32カ国で戦う本戦の最後は、ヨーロッパの名門スタジアムでプレーできる。
などがある。
ひと言で説明すると“小学生のワールドカップ”だ。
◇
「リベリーロ弘前が、“U-12ワールドカップ”の国内予選に……?」
全員ミーティングの場でコーチから聞いて、あまりのサプライズにオレは言葉を失っていた。
「でも、“U-12ワールドカップinジャパン”はJクラブのジュニアチームだけだったはずです?」
サッカーオタクであるオレは、大会規定のその疑問をコーチに聞く。
「今年から国内規定が緩和されてらしいぞ、コータ」
「なるほどです」
去年まで“U-12ワールドカップinジャパン”はJリーグのジュニアチームしか、国内予選には参加できなかった。
これは街クラブとJクラブリームの力の差が、余りにもありすぎたからである。
「このリベリーロ弘前が全国大会を、連覇しちゃったから……特別参加できるらしいぞ、コータ」
「なるほどです、コーチ」
そんな名門Jクラブを破って、オレたちは全国少年サッカー大会を2連覇していた。
だから今年から“U-12ワールドカップinジャパン”の規定が緩和されたという。
今回は改定1回目ということもあり、リベリーロ弘前が特別に国内予選に招待されたのだ。
(“U-12ワールドカップ”の規定が緩和か……前世とは少し歴史が変わったのかな?)
コーチの話を聞きながら、頭の中で前世を思い出す。
もしかしたらオレが動いた影響で、サッカー業界の歴史が少しズレていたのかもしれない。
特に悪い方向ではないので、大丈夫だと思うが。今後は気を付けていこう。
「でも、コーチ。ヨーロッパに行くためには、国内大会で優勝しないと、ダメなんですよね?」
「ああ、そうだ、コータ。ヨーロッパに行けるのは日本から1チームだけだ」
「その国内予選まで、スケジュールも厳しいですよね?」
「私に言われても困る。招待状を送ってきた、お偉いさんに言ってくれ」
「ですよね……」
オレの質問にコーチも苦笑いしていた。
今回の“U-12ワールドカップinジャパン”の招待状は、かなり急な案内だったのだ。
おそらく何か事情があったのであろう。急なドタキャンクラブがあったとか、影の権力者力が働いとか。
(とにかく国内予選の来月まで、このチームを仕上げるか……でも、かなり厳しいな……)
リベリーロ弘前の1年の中で最大の目標は、12月の全国少年サッカー大会。それに出場するための10月の地区予選と、11月の県予選である。
これまでは12月に焦点を合わせてスケジュールを逆算して、チームを仕上げているのだ。
だから来月の6月に急に招待された国内予選は、かなり厳しいスケジュールだった。
いくら全国大会を連覇していても、オレたちはまだ小学生。どうなるかは微妙なのだ。
「ふん、コータ。悩むなんて、お前らしくないな」
「ヒョウマ君……」
「条件は相手も同じだ。だったらオレ様たちの方が有利だろう?」
「なるほど、そうか……そうだね、ヒョウマ君!」
ヒョウマ君に言われて、ハッと気が付く。
そうか、相手も同じ12歳以下の小学生。ランドセルを背負った者同士なのだ。
(オレはJクラブチームに対して、少し緊張していたのかもな)
前世の日本国内ではJクラブチームが席巻していた。
街クラブやスポーツ少年団は、どうしても2番手以降になっていた。だからオレもJクラブに対して、弱腰になっていたのかもしれない。
同じランドセル同士なら条件は対等。負ける訳にはいかない。
何しろオレたちは全国少年サッカー大会のチャンピョンなのだ。
「じゃあ、来月の国内予選まで、チームを急いで仕上げていくぞ。お前たち、覚悟しておけ」
「はい、コーチ!」
来月の連休、関東で国内大会が行われる。
例年とは違い、今年はチーム作りを少し変えていく必要がある。
オレはキャプテンとして、チームのために気合いを入れていかないと。
よし、頑張るぞ。
◇
それから1ヶ月後。
「“U-12ワールドカップinジャパン”の優勝は、リベリーロ弘前!」
オレたちは大会の表彰台に登っていた。
初めて挑んだ日本国内大会で、無事に優勝することが出来たのだ。
(いやー、本当にギリギリの戦いだったな……)
オレは表彰台の上で、この数日間の激戦を思い出す。
国内の地区予選から選ばれた36チームは、本当に強敵そろいであった。
ほとんどがJ1からJ3までのJクラブのジュニアチーム。
彼らはJクラブのプライドを賭けて、この大会に挑戦していたのだ。全ての対戦チームの気迫が半端なかった。
そのため去年の12月の全国少年サッカー大会よりも、今回は苦戦したような気がする。
(何しろ、オレたちはかなり研究されていたな……)
今回の大会で驚いたことがあった。
なんとリベリーロ弘前は対戦相手に、研究されていたのだ。
でも、これも仕方がないのかもしれない。
なにしろオレたちは全国少年サッカー大会を、2連覇中である。全国大会で録画された映像も、最近では動画サイトにUPされていた。
研究されてしまうのは、強豪チームとしての定めなのであろう。
(特にヒョウマ君と葵が……)
エースストライカーのヒョウマ君と、葵は徹底的にマークを食らっていた。
二人は全国大会でも圧倒的な得点源。それもあり警戒されていたのだ。
ん?
そういえばオレはあまり、警戒されていなかったような気がする。
そのお陰で自由にプレイできていた。
「コータ、今回は優勝できたのは、どっかのキャプテン様のお蔭だな」
「あっ、ヒョウマ君」
表彰台でヒョウマ君が話かけてきた。
かつてないほど厳しいマークを受けて、彼のユニホームは泥で汚れていた。それほどまでに、激戦だったのだ。
「ん? “どっかのキャプテン”?」
不思議な表現の単語に、オレは思わず首を傾げる。
「それって、ボクのこと?」
「お前以外に誰がいる。ナイス、キャプテンシーだったな」
「えへへ……ありがとう、ヒョウマ君」
尊敬する相手に褒められ、なんか照れくさくなる。
そうかオレは今回の大会で、キャプテンとして頑張れたんだ。
無我夢中で試合とチームメイトたちに集中していたら、自分のことは後回しだった。
「よし、表彰式も終わったし、胴上げをしようぜ!」
「まずはキャプテンを!」
「次はコーチだな! その後は得点王だな!」
表彰式が終わり、チームメイトたちが何やら立案していた。
国内優勝を記念して、胴上げの儀式を行うというのだ。
最初はキャプテンさんを胴上げするらしい。
えっ、キャプテンを?
「ちょ、ちょっと、みんな、待って⁉」
「待てないです、キャプテン!」
「よし、コータを捕まえろ! 素早いから5人かかりでいけ!」
逃げる間もなくオレは、チームメイトたちに捕まってしまう。
さすがは小学生年代では国内屈指の守備力と、連携を誇るリベリーロ弘前の皆さんである。
彼らの連携から、オレは逃げることが出来なかった。
「あのー、ボクは高所恐怖症なので、お手柔らかに……」
「よし、みんな一番高く上げるぞ!」
「「「おー!」」」
オレの頼みを誰も聞いていなかった。
チームメイトたちの力が結集。オレは天高く胴上げされてしまう。
やばい、本当に怖い。
前世で乗ったジェットコースターの何倍も怖い。
「次はコーチと、得点王の澤村だ!」
「逃がすな! 捕まえろ!」
「澤村はヤバいぞ! 全員で回り込め!」
チームメイトたちは元気よくはしゃいでいた。
本当に苦しい激戦の後だったので、誰もが歓喜に浸っていた。
こんな時は、オレのキャプテン業もお休み。みんなと一緒に勝利を分かち合おう。
(これで秋にはヨーロッパか……楽しみだな……)
はしゃいでいる仲間たちを見つめながら、オレは感慨にふける。
まさか卒業年度6年生の時に、世界の大会に行けるとは思ってもいなかった。
親とコーチたちも、子供たちのパスポートの申請や準備で、明日からバタバタしそうだな。
(世界のジュニアチームか……本当に楽しみだな)
明日からはこれまで以上に、オレも練習にも気合を入れていかないといけない。
何しろ秋の“U-12ワールドカップ”以外にも、大事な大会は沢山ある。
夏のサマー大会と夏合宿。他県への遠征や地方大会などス、ケジュール満載だ。
それに一番大事な全国少年サッカー大会に出るための、9月の地区大会と10月の県大会。これは今年も絶対に落とせない。
そういえば今年はU-15日本代表の監督が、去年と変わった。
その影響もあり、オレとヒョウマ君の招集が無かった。今となっては招集が無いのは、良かったのかもしれない。
お蔭で小学校の最後の年を、オレはチームの方に集中できるのだ。
(明日から忙しくなりそうだな……)
そして確実に言えることがある。
今年はこの6年間の中で、一番忙しい1年間になるであろう。
「でも、本当に楽しみだな……」
6年間共に頑張った仲間たちとの、国際大会への参加。
何が起こるか、どんな選手に出会えるか。今からワクワクしてきた。
◇
そして相変わらずのサッカー漬けの毎日で、月日は流れていく。
季節は初秋となる。
「「「行ってきます!」」」
オレたちを乗せた、リベリーロ弘前のマイクロバスが練習場を出発する。
見送りにきた家族に、選手たちは窓から手を振る。
バスの目的地は地元の飛行場。
そこから乗り継いで、東京の国際空港に向かうのだ。
“U-12ワールドカップ”
オレたちはヨーロッパに向かうのである。
「いよいよか……楽しみだな……」
だがバスの中のオレは知らなかった。
世界中の将来の天才プレイヤーたちと、大会でオレが戦うことになることを。
小学6年間で最大の激戦が、こうして幕を上げるのであった。




