第39話:六年生の引退試合
全国大会の決勝戦が終わる。
その後は去年と同じ様に、バタバタしたスケジュールだった。
閉会式の後は、オレたちリベリーロ弘前は沢山のマスコミの取材を受ける。
TVやラジオ、サッカー雑誌やネットニュースなど、かなりの数だった。
今年もコーチとキャプテン、大会得点王のヒョウマ君と、女子MVPの葵たちがインタビューを受けていた。
一方でオレには個人的な取材は、今年も無かった。
でも、コレは仕方がないであろう。
攻撃的なヒョウマ君と葵のツートップを生かすために、オレはチームではサポートに徹していたのだ。
プレイスタイルとしては、相手チームのエースを徹底的にマークして、ボールを奪っていく。
そのままボールを運んで、ツートップに繋ぐプレイを意識していた。
“緩急をつけたプレイ”については前と同じである。
このプレイスタイルだと、どうしても地味になってしまうのだ。
オレ的には結構気に入っていたが、あまりに地味すぎる。
来年はもう少し違うプレイスタイルを模索してみよう。
◇
そんなバタバタした閉会式が終わり。飛行機を乗り継いで、東北の我が家に戻る。
家に帰ってからも、今年も大忙し。
戻ってきた日は12月29日の夜。あと少しで大晦日である。
《12月30日》
閉会式が終わって帰宅した次の日。
今年もこの日の夕方に、チームの皆とコーチと、選手の父母たちで食事会をした。
店はいつもの地元のファミリー向けの焼き肉屋さん。みんな大好きな食べ放題の店だ。
“全国大会連覇、おめでとう会!”
ということで、皆でワイワイ楽しく騒いだ。
オレたち子どもはジュースを飲みながら、焼き肉を食べまくった。
なんと今年は連覇のお祝いとして、焼き肉にデザートと、お寿司。更にラーメンも食べ放題になっていた。
育ち盛りのオレたちは、腹が破裂する寸前まで食べて楽しんだ。
◇
《12月31日》
次の日は大晦日。
今年の最後の日だが、やはり忙しかった。
地元の新聞とTVの取材をチームで受けた。
更に今年は全国放送のTVの取材まで来ていたのだ。
コーチとキャプテンが慣れた感じで、全国大会の秘話を話していた。
ちなみにヒョウマ君は今朝から家族で、地中海旅行に行っていた。
澤村家恒例の正月海外旅行である。相変わらずリッチだ。
もちろん普通の庶民の野呂家は、正月は家で普通に過ごす。
でも今年は我が家も、豪華な料理が増えていた。
オレと葵が頑張ったので、両親が用意しておいたのだ。
これは嬉しいサプライズだった。
そんな感じでいつものようにバタバタした年末を過ごしていく。
◇
《1月》
あっとう間に年は明け、新しい年がやってきた。
新しい年の1月も、相変わらずサッカー漬けの毎日である。
自主練習とチーム練習。練習試合を大会への参加の連続であった。
4月からは新しいチーム体制となる。
それまでにチームの総合力を底上げてしていくのだ。
◇
「よし、それでは試合を始めるぞ! 両チーム、整列しろ」
「「「はい、コーチ!」」」
そんな1月の、ある日。
オレたちリベリーロ弘前の選手が、練習場に集合していた。
4年生から6年生までの選手コースの全員で、大集合していた。
「これから今年の引退試合を始める。両チーム、礼!」
「「「よろしくお願いします!」」」
今日はリベリーロ弘前の1月の最大の儀式、“6年生引退試合”の日である。
そのため練習場には6年生の親も観戦に来ていた。
「よーし、お前ら。6年生が相手だからといって、遠慮するなよー」
「「「はい、コーチ。もちろんです!」」」
オレたち“送り出すチーム”の皆は、笑顔でコーチに答える。
リベリーロ弘前の引退試合は毎年
《6年生チーム(引退する側)》VS《4・5年生チーム(送り出す側)》
の対決だった。
「よし、いくぞ!」
「ああ!」
「オレたち6年の力を、後輩にみせるぞ!」
試合が始まる。
6年生は気合が入っていた。
開始早々、4・5年生チームのゴールに襲いかかってくる。
オレたちはそれを全力で防いでいく。
「今度はボクたちの番だ! いくよ、みんな!」
「ああ、コータ」
「うん! お兄ちゃん!」
今度はこっちが攻める番だ。
4・5年生チームも攻めに転じる。
オレはヒョウマ君&葵を中心に攻めていく。他にも4、5年生のチームメイトと連携してボールを運んでいく。
だが相手のゴールを攻めきれない。
「うわー! 先輩たち、本気を出さないでください! ずるいです!」
6年生チームはガチガチで守備陣を、本気で敷いてきたのだ。
交流的な引退試合というのに、大人げない連中である。
「甘いぞ、コータ!」
「そうだぞ! 最後くらいは、オレたち上級生の意地を見せないとな!」
「コータと澤村には、5年前から世話になっているからな。今日こそ泣かしてやる!」
本気を出した6年生の守備陣は、半端なかった。オレたちをもってしても、崩すのは容易ではない。
さすがは全国大会で2連覇の立役者の、リベリーロ弘前6年生の防御力である。
正直なところ先月の決勝戦の相手よりも、硬い守備陣なような気がする。
敵に回すと、これほど厄介だとは思ってみなかった。
「よし、ボールを奪ったぞ!」
「次はオレたちが攻めるぞ!」
「6年が守備だけじゃないところを、見せてやる!」
強固な守備陣に、4年生がボールを奪われてしまう。
6年生がカウンターで総攻撃をしかけてくる。
DFもGKも関係ない。全員で攻撃をしかけてきたのだ。
「ちょっと、先輩たち⁉ そんな作戦ありなの?」
あまりに大胆な奇襲戦法。全員があっけに取られる。
防ぐことが出来ずに、そのまま団子状態のまま、6年生たちがゴールネットに突っこんでいく。
オフサイドがない引退試合ならではの、珍プレイである。
「はっはっは……甘いぞ、コータ!」
「オレたち6年生の頭脳を甘く見るな!」
団子状態ゴールを決めて、6年生はドヤ顔をしていた。本当に大人げない先輩たちだ。
「先輩たちが、そんなつもりなら……いこう、ヒョウマ君!」
「ちっ。仕方がないな」
ここまで力をセーブしていたオレは、本気を出すことにした。
《引退試合なので先輩たちに花を持たせる作戦》……は中止だ。
ヒョウマ君との連携……U-15代表で身につけた技で、全力で攻めていく。
「おい、卑怯だぞ、コータ⁉」
「引退試合の空気をよめよ!」
無人気味の6年生ゴールに、オレたちは速攻でシュートを決める。
これで同点。
はっはっは……先輩たち。
先にずるい作戦を仕掛けてきたのは、そっちだからね。オレは何も悪くないよ。
「よし、こうなった手段は選ばない。おい、みんな。全員ピッチに入ってこい!」
「おう! いくぞ!」
「生意気な後輩たちに天罰だ!」
こともあろうことか、6年生の全員が競技場に入ってきた。
こちらはルールを守って8人なのに、相手は全6年生16人で攻めてきたのだ。
これは流石にまずい。
「よし! それなら、こちらは“最強の助っ人”を……コーチ、お願いします!」
「おい、コータ。私は審判だぞ?」
「コーチ、もう審判は無しでいいです。『今は三十路で腹が出ているけど、私は大学では全国大会にも出場したことがあるだぞ!の実力』を今、見せてください!」
「なんだ、その変なアダ名は……まあ、仕方ないな……」
苦笑いしながらコーチが、オレたちのチームに加わる。
三十路のコーチにスタミナは無いが、圧倒的な大人の力を持っていた。これでオレたち4・5年生チームが有利になるであろう。
「コータ、ずるいぞ! さすがにコーチは違反だろうが!」
「よし、それならオレたちは……父ちゃん、頼む!」
「そうか! お父さん、こっちを手伝ってよ!」
引退試合を観戦に来ていた親たちに、6年生チームは援軍を依頼する。
6年の父親の中には、中高校サッカー経験者も何人かいる。
これはマズイ、かなり手強い布陣だ。
「よーし、試合時間は延長だ! 走れなくなるまで、延長だ!」
「「「はい、コーチ!」」」
本来の引退試合の時間は、とっくに終わっていた。
でもコーチの提案で、更に時間を延長していく。無制限バトルロワイヤルといった状況だ。
こうなったら綺麗な試合どころでは無くなってきた。
選手コースの全員と親たち、更にコーチまで加わって、誰が敵味方すら分からなくなった。
とにかく敵のゴールにシュートしていくしかない、まさに混沌した状況だ。
「そんなのずるいよ⁉」
「はっはっは……これぞ必殺、全員ゴールキーパーの術だ、コータ!」
「それなら、こっちは分身ボールの術だ!」
もはや何でもアリの状態。最後の方はサッカーの試合ですらなくなっていた。
全員でボールを奪い合って、全員でボールをシュートしていた。
とても全国大会を連覇したチームの、引退試合とは思えない泥仕合だった。
マスコミの人がいなくて本当によかった惨劇だ。
でも、本当に楽しい試合だった。
全員が腹を抱えて笑って、皆が全力で遊んでいた試合だった。
まるで初めてボールに触った、あの子供の頃のように……誰もが純粋にサッカーを楽しんでいた。
本当に心から楽しい時間であった。
◇
「よし、6年生、整列!」
「「「はい!」」」
そんな夢のように楽しい引退試合も、あっとう間に終わる。
試合後はコーチの一声で、6年生が練習場に整列していく。
「中学に行っても、頑張れ!」
「はい! 今まで6年間ありがとうございました!」
コーチから6年生に、ボールが手渡されていく。
それは中学生で使われる大きさの公式ボール。彼らは大人の階段を昇っていくのだ。
コーチは数年間の思い出と共に、一人ずつ丁寧にボールを手渡していく。
「オレは中学に行っても、サッカーを続けます!」
「今までありがとうございました!」
「コーチから、たくさん教えてもらいました!」
6年生もコーチに向かって、自分の想いを伝えていく。
小学生ジュニアサッカーは8人制。
だから16人いた6年生の中には、全国大会のレギュラーから漏れた者も多い。
そんな外れた先輩たちが、蔭で悔し涙を流していのをオレは見ていた。
「オレ、最後はレギュラーになれなかったけど、サッカーずっと続けていきます!」
「中学でレギュラーになったら、コーチに見せにきます!」
でも補欠になっても先輩の中で、ふて腐れる者は誰もいなかった。
彼らはサポート係りとして、オレたちレギュラー選手を全力で支えてくれた。
そして全国大会の試合でも、誰よりも大声で応援してくれていた。
その先輩たち声援は、どんな応援よりもオレたち選手の背中を押してくれた。
サッカー選手として……一人のスポーツマンとして……先輩として、リベリーロ弘前の6年生は全員が熱い人だった。
「コータ……あとは頼んだぞ」
「はい……キャプテン」
全ての儀式は終わったあと、キャプテンと握手を交わす。
これで引退試合の全てが終了となる。
チームにはオレたち5年生と、後輩4年生しか残らなくなるのだ。
これまで守備の要として奮戦してくれた、先輩たちの引退。正直なところ4月から、どうなるか心配でしかない。
毎年のことだけど引退試合の最後は、本当に寂しい気持ちになる。
心の中にぽっかりと、大きな穴が空いた気分だ。
「んっ? あれ? キャプテンこれは?」
握手したキャプテンから、何かを手渡される。
蛍光色の黄色のキャプテン・バンドであった。
なんでキャプテンはこんな大事な物を、オレに渡してきたのであろう?
「次のキャプテンは……コータ、お前だ。これはオレたち6年生とコーチの総意だ」
「はい! えっ? ボクが……キャプテン……?」
こうして感動的な引退試合は幕を閉じた。
だが最後にまさかの事態が発生する。
オレはチームの精神的な柱……〝新キャプテン”に任命されてしまったのだ。
◇
次話から新章の「6年生編」となります。
いよいよ小学生編もラストの1年・・・僕も緊張してきました!
たくさん方に読んでいただき、本当にありがとうございます。
ここまでの評価や感想などありましたら、すごく嬉しいです。お気軽にどうぞです。
今後も頑張っていきます!




