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第39話:六年生の引退試合

 全国大会の決勝戦が終わる。

 その後は去年と同じ様に、バタバタしたスケジュールだった。


 閉会式の後は、オレたちリベリーロ弘前ひろさきは沢山のマスコミの取材を受ける。

 TVやラジオ、サッカー雑誌やネットニュースなど、かなりの数だった。


 今年もコーチとキャプテン、大会得点王のヒョウマ君と、女子MVPのあおいたちがインタビューを受けていた。


 一方でオレには個人的な取材は、今年も無かった。

 でも、コレは仕方がないであろう。


 攻撃的なヒョウマ君と葵のツートップを生かすために、オレはチームではサポートに徹していたのだ。


 プレイスタイルとしては、相手チームのエースを徹底的にマークして、ボールを奪っていく。

 そのままボールを運んで、ツートップに繋ぐプレイを意識していた。

“緩急をつけたプレイ”については前と同じである。


 このプレイスタイルだと、どうしても地味になってしまうのだ。

 オレ的には結構気に入っていたが、あまりに地味すぎる。

 来年はもう少し違うプレイスタイルを模索してみよう。



 そんなバタバタした閉会式が終わり。飛行機を乗り継いで、東北の我が家に戻る。


 家に帰ってからも、今年も大忙し。

 戻ってきた日は12月29日の夜。あと少しで大晦日おおみそかである。


《12月30日》

 閉会式が終わって帰宅した次の日。

 今年もこの日の夕方に、チームの皆とコーチと、選手の父母たちで食事会をした。


 店はいつもの地元のファミリー向けの焼き肉屋さん。みんな大好きな食べ放題の店だ。

“全国大会連覇、おめでとう会!”

 ということで、皆でワイワイ楽しく騒いだ。


 オレたち子どもはジュースを飲みながら、焼き肉を食べまくった。

 なんと今年は連覇のお祝いとして、焼き肉にデザートと、お寿司。更にラーメンも食べ放題になっていた。

 育ち盛りのオレたちは、腹が破裂する寸前まで食べて楽しんだ。



《12月31日》


 次の日は大晦日。

 今年の最後の日だが、やはり忙しかった。

 

 地元の新聞とTVの取材をチームで受けた。

 更に今年は全国放送のTVの取材まで来ていたのだ。

 コーチとキャプテンが慣れた感じで、全国大会の秘話を話していた。


 ちなみにヒョウマ君は今朝から家族で、地中海旅行に行っていた。

 澤村家恒例の正月海外旅行である。相変わらずリッチだ。

 

 もちろん普通の庶民の野呂家は、正月は家で普通に過ごす。

 でも今年は我が家も、豪華な料理が増えていた。

 オレと葵が頑張ったので、両親が用意しておいたのだ。

 これは嬉しいサプライズだった。


 そんな感じでいつものようにバタバタした年末を過ごしていく。



《1月》

 あっとう間に年は明け、新しい年がやってきた。


 新しい年の1月も、相変わらずサッカー漬けの毎日である。

 自主練習とチーム練習。練習試合を大会への参加の連続であった。


 4月からは新しいチーム体制となる。

 それまでにチームの総合力を底上げてしていくのだ。



「よし、それでは試合を始めるぞ! 両チーム、整列しろ」

「「「はい、コーチ!」」」


 そんな1月の、ある日。

 オレたちリベリーロ弘前ひろさきの選手が、練習場に集合していた。

 4年生から6年生までの選手コースの全員で、大集合していた。


「これから今年の引退試合を始める。両チーム、礼!」

「「「よろしくお願いします!」」」


 今日はリベリーロ弘前の1月の最大の儀式、“6年生引退試合”の日である。

 そのため練習場には6年生の親も観戦に来ていた。


「よーし、お前ら。6年生が相手だからといって、遠慮するなよー」

「「「はい、コーチ。もちろんです!」」」


 オレたち“送り出すチーム”の皆は、笑顔でコーチに答える。

 リベリーロ弘前の引退試合は毎年

《6年生チーム(引退する側)》VS《4・5年生チーム(送り出す側)》

 の対決だった。


「よし、いくぞ!」

「ああ!」

「オレたち6年の力を、後輩にみせるぞ!」


 試合が始まる。

 6年生は気合が入っていた。

 開始早々、4・5年生チームのゴールに襲いかかってくる。

 オレたちはそれを全力で防いでいく。


「今度はボクたちの番だ! いくよ、みんな!」

「ああ、コータ」

「うん! お兄ちゃん!」


 今度はこっちが攻める番だ。

 4・5年生チームも攻めに転じる。

 オレはヒョウマ君&葵を中心に攻めていく。他にも4、5年生のチームメイトと連携してボールを運んでいく。


 だが相手のゴールを攻めきれない。


「うわー! 先輩たち、本気を出さないでください! ずるいです!」


 6年生チームはガチガチで守備陣を、本気で敷いてきたのだ。

 交流的な引退試合というのに、大人げない連中である。


「甘いぞ、コータ!」

「そうだぞ! 最後くらいは、オレたち上級生の意地を見せないとな!」

「コータと澤村には、5年前から世話になっているからな。今日こそ泣かしてやる!」


 本気を出した6年生の守備陣は、半端なかった。オレたちをもってしても、崩すのは容易ではない。


 さすがは全国大会で2連覇の立役者の、リベリーロ弘前6年生の防御力である。

 正直なところ先月の決勝戦の相手よりも、硬い守備陣なような気がする。

 敵に回すと、これほど厄介だとは思ってみなかった。


「よし、ボールを奪ったぞ!」

「次はオレたちが攻めるぞ!」

「6年が守備だけじゃないところを、見せてやる!」


 強固な守備陣に、4年生がボールを奪われてしまう。

 6年生がカウンターで総攻撃をしかけてくる。

 DFディフェンダーGKゴールキーパーも関係ない。全員で攻撃をしかけてきたのだ。


「ちょっと、先輩たち⁉ そんな作戦ありなの?」


 あまりに大胆な奇襲戦法。全員があっけに取られる。


 防ぐことが出来ずに、そのまま団子状態のまま、6年生たちがゴールネットに突っこんでいく。


 オフサイドがない引退試合ならではの、珍プレイである。


「はっはっは……甘いぞ、コータ!」

「オレたち6年生の頭脳を甘く見るな!」


 団子状態ゴールを決めて、6年生はドヤ顔をしていた。本当に大人げない先輩たちだ。


「先輩たちが、そんなつもりなら……いこう、ヒョウマ君!」

「ちっ。仕方がないな」


 ここまで力をセーブしていたオレは、本気を出すことにした。

《引退試合なので先輩たちに花を持たせる作戦》……は中止だ。


 ヒョウマ君との連携……U-15代表で身につけた技で、全力で攻めていく。


「おい、卑怯だぞ、コータ⁉」

「引退試合の空気をよめよ!」


 無人気味の6年生ゴールに、オレたちは速攻でシュートを決める。

 これで同点。


 はっはっは……先輩たち。

 先にずるい作戦を仕掛けてきたのは、そっちだからね。オレは何も悪くないよ。


「よし、こうなった手段は選ばない。おい、みんな。全員ピッチに入ってこい!」

「おう! いくぞ!」

「生意気な後輩たちに天罰だ!」


 こともあろうことか、6年生の全員が競技場に入ってきた。

 こちらはルールを守って8人なのに、相手は全6年生16人で攻めてきたのだ。

 

 これは流石にまずい。


「よし! それなら、こちらは“最強の助っ人”を……コーチ、お願いします!」

「おい、コータ。私は審判だぞ?」


「コーチ、もう審判は無しでいいです。『今は三十路で腹が出ているけど、私は大学では全国大会にも出場したことがあるだぞ!の実力』を今、見せてください!」

「なんだ、その変なアダ名は……まあ、仕方ないな……」


 苦笑いしながらコーチが、オレたちのチームに加わる。

 三十路のコーチにスタミナは無いが、圧倒的な大人の力を持っていた。これでオレたち4・5年生チームが有利になるであろう。


「コータ、ずるいぞ! さすがにコーチは違反だろうが!」

「よし、それならオレたちは……父ちゃん、頼む!」

「そうか! お父さん、こっちを手伝ってよ!」


 引退試合を観戦に来ていた親たちに、6年生チームは援軍を依頼する。

 6年の父親の中には、中高校サッカー経験者も何人かいる。

 これはマズイ、かなり手強い布陣だ。


「よーし、試合時間は延長だ! 走れなくなるまで、延長だ!」

「「「はい、コーチ!」」」


 本来の引退試合の時間は、とっくに終わっていた。

 でもコーチの提案で、更に時間を延長していく。無制限バトルロワイヤルといった状況だ。


 こうなったら綺麗な試合どころでは無くなってきた。

 選手コースの全員と親たち、更にコーチまで加わって、誰が敵味方すら分からなくなった。


 とにかく敵のゴールにシュートしていくしかない、まさに混沌した状況だ。


「そんなのずるいよ⁉」

「はっはっは……これぞ必殺、全員ゴールキーパーの術だ、コータ!」


「それなら、こっちは分身ボールの術だ!」


 もはや何でもアリの状態。最後の方はサッカーの試合ですらなくなっていた。

 全員でボールを奪い合って、全員でボールをシュートしていた。


 とても全国大会を連覇したチームの、引退試合とは思えない泥仕合だった。

 マスコミの人がいなくて本当によかった惨劇だ。


 でも、本当に楽しい試合だった。


 全員が腹を抱えて笑って、皆が全力で遊んでいた試合だった。


 まるで初めてボールに触った、あの子供の頃のように……誰もが純粋にサッカーを楽しんでいた。


 本当に心から楽しい時間であった。



「よし、6年生、整列!」

「「「はい!」」」


 そんな夢のように楽しい引退試合も、あっとう間に終わる。

 試合後はコーチの一声で、6年生が練習場に整列していく。


「中学に行っても、頑張れ!」

「はい! 今まで6年間ありがとうございました!」


 コーチから6年生に、ボールが手渡されていく。

 それは中学生で使われる大きさの公式ボール。彼らは大人の階段を昇っていくのだ。


 コーチは数年間の思い出と共に、一人ずつ丁寧にボールを手渡していく。


「オレは中学に行っても、サッカーを続けます!」

「今までありがとうございました!」

「コーチから、たくさん教えてもらいました!」


 6年生もコーチに向かって、自分の想いを伝えていく。


 小学生ジュニアサッカーは8人制。

 だから16人いた6年生の中には、全国大会のレギュラーから漏れた者も多い。

 そんな外れた先輩たちが、蔭で悔し涙を流していのをオレは見ていた。


「オレ、最後はレギュラーになれなかったけど、サッカーずっと続けていきます!」

「中学でレギュラーになったら、コーチに見せにきます!」


 でも補欠になっても先輩の中で、ふて腐れる者は誰もいなかった。

 彼らはサポート係りとして、オレたちレギュラー選手を全力で支えてくれた。

 そして全国大会の試合でも、誰よりも大声で応援してくれていた。


 その先輩たち声援は、どんな応援よりもオレたち選手の背中を押してくれた。

 サッカー選手として……一人のスポーツマンとして……先輩として、リベリーロ弘前の6年生は全員が熱い人だった。


「コータ……あとは頼んだぞ」

「はい……キャプテン」


 全ての儀式は終わったあと、キャプテンと握手を交わす。

 これで引退試合の全てが終了となる。


 チームにはオレたち5年生と、後輩4年生しか残らなくなるのだ。

 これまで守備の要として奮戦してくれた、先輩たちの引退。正直なところ4月から、どうなるか心配でしかない。


 毎年のことだけど引退試合の最後は、本当に寂しい気持ちになる。

 心の中にぽっかりと、大きな穴が空いた気分だ。


「んっ? あれ? キャプテンこれは?」


 握手したキャプテンから、何かを手渡される。

 蛍光色の黄色のキャプテン・バンドであった。


 なんでキャプテンはこんな大事な物を、オレに渡してきたのであろう?


「次のキャプテンは……コータ、お前だ。これはオレたち6年生とコーチの総意だ」

「はい! えっ? ボクが……キャプテン……?」


 こうして感動的な引退試合は幕を閉じた。

 だが最後にまさかの事態が発生する。


 オレはチームの精神的な柱……〝新キャプテン”に任命されてしまったのだ。










次話から新章の「6年生編」となります。

いよいよ小学生編もラストの1年・・・僕も緊張してきました!



たくさん方に読んでいただき、本当にありがとうございます。


ここまでの評価や感想などありましたら、すごく嬉しいです。お気軽にどうぞです。


今後も頑張っていきます!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] だから、代表選手に小学生かで選ばれてる主人公に誰も取材しないって、不自然だって。
[良い点] ほんと面白いなぁ [気になる点] 誤字脱字 「コーチ、もう審判は無しでいいです。『今は三十路で腹が出ているけど、私は大学では全国大会にも出場したことがあるだぞ!の実力』を今、見せてください…
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