第35話:逆転の作戦
「ここが国際試合の会場か……」
オレたちは国際試合の会場に到着した。
場所は東南アジアの大都市にある、サッカースタジアムである。
いよいよ国際大会が始まるのだ。
「うわ、凄い熱気だ……暑いだけじゃなくて、熱い」
試合前の競技場でのアップ練習。
あまりのスタジアムの熱気に、オレは思わずひるんでしまう。
スタジアムは満席であった。
多くの熱狂的なサッカーファンが、試合前の歓声を上げていた。
楽器を鳴らして、叫んでいた。
知らない外国語だが、熱狂していることだけは肌で感じられた。
これが国際試合の凄さなのか。
正直なところ張り詰めた怖い空気であった。
◇
アップ練習から、一度ロッカールームに戻ってきた。
「今日の対戦相手は格上だと思って、全力でいけ!」
「「「はい!」」」
U-15世代別日本代表の監督から、オレたち選手に激が飛んできた。
これから対戦する相手はアジアのサッカー強国。だが今のところFIFA世界ランキングでは、日本の方が格上である。
油断さえしなければ、楽に勝てる相手……という事前の予想であった。
(でも、相手には“凄い新選手”がいたんだよな……)
オレはロッカールームで前世の記憶を思い出す。
それによると今日の対戦相手には、かなり凄い選手が出場してくるのだ。
その選手は今までは無名の15歳のアジアの選手。
でも将来的にはその選手は、ヨーロッパのトップクラブでレギュラーとなる。
そのぐらいに凄い選手のデビューが、運の悪いことに今日だったのだ。
(まさかの伏兵のデビューに、前世のU-15世代別日本代表は負けてしまう……か)
この時代の日本代表はアジアでは決して弱くはない。だがアジアの中には、更にサッカーが盛んな国も多い。
規格外の怪物選手が一人いるだけで、サッカーでは番狂わせもあるのだ。
(さて、オレとヒョウマ君はベンチスタートか? 仕方がないな)
今日の試合のスターティングメンバーが発表されていた。
まだ小学生5年生であるオレたちは、ベンチからのスタートなる。
ヒョウマ君は世代別の練習試合でも、結果を出している。先発出場でもおかしくない選手だ。
だが代表監督は小学生をU-15の国際試合に、先発として使いにくいのであろう。
『U-15ジャパンの監督。小学生を先発に使い敗北! 采配ミスか⁉』
もしも負けたらマスコミには、そんな厳しい見出しがつくであろう。
だから結果を出しているヒョウマ君を、監督はベンチスタートにしたのであろう。
大人の世界はなかなか難しい。
前世で社会人だったオレも、痛いほどよく分かる。
「さあ、いくぞ!」
「「「おー!」」」
例の9番の人……キャプテンとなった人の掛け声と共に、オレたち選手は気合いを入れる。
試合の開始時間となったのだ。
(さて、いよいよか……)
オレたちU-15世代別日本代表はロッカールームを出発する。
運命の国際試合が始まるのであった。
◇
45分後。
前半戦が終わる。
「私から言えるのは以上だ。あとはお前たちが考えて答えをだせ!」
ロッカールームに監督の厳しい声が響き渡る。監督はそのまま去っていく。
「…………」
「…………」
残されたのは代表選手たち。下を向き暗い表情をしている。
(前半を終えて、0対2か……)
日本代表は2点差で負けていた。
世界ランキングでは下の相手に、一方的に押されていたのだ。
代表デビューした相手のエースに、日本代表は翻弄されてしまったのだ。
まさに歴史通りに進んでいたのだ。
(でも、あの相手なら仕方がない。ヤバかったな……)
オレはベンチから見ていた、前半の内容を思い出す。
相手のエースは段違いに凄かった。
さすがは将来、ヨーロッパの最高峰のチームに入団する人だ。
今のU-15日本代表に、あの選手を止められる力は無かった。
(歴史通りなら、日本はこの試合は負ける。そして、これ以降は調子を崩して、泥沼の数年間を作ってしまうのだ……)
日本代表とはいえ、彼らはまだ15歳の中学生である。
一度崩れた多感な時期の精神は、中々回復していかない。
更に日本に帰ってからは、マスコミによる攻撃が始まってしまうのだ。
『U-15日本代表、歴史的大敗。期待はずれの“どん底世代”か⁉』
たしか帰国後は、そんな見出しがスポーツ新聞やネットに書かれるはずだ。
そんな批判を見たら、普通の中学生は精神が崩れてしまうであろう。
特にここにいるメンバーは、日本サッカー界のエリートたちである。
彼らは小学生のころから各チームのエースであり、成功の道を歩んできた。
今回のように格下相手に苦戦するのは、慣れていないのだ。
「おい、後半はどうすんだよ?」
「もっと、攻撃的に……」
「そしたら、またアイツに点を入れられるぞ!」
「お前たち守備陣が、もっと……」
「それを言うなら、お前たち攻撃陣が、もっと……」
案の定、ロッカールームは混乱していた。
監督から後半の試合展開の課題を出されていた。自分たちで打開策を考えないといけないのだ。
だが日本代表の選手たちは、解決策を見つけ出せずにいた。
それほどまでに、相手のエースは手が付けらない相手なのだ。
このままでは混乱した日本代表は自滅してしまう。チーム内で疑心暗鬼が生まれて、泥沼状態に陥ってしまうのだ。
こうなった『頑張っていこう!』とかの気合論では、どうにもならない。
論理的に相手に勝つ作戦を、何か考えていかにといけないのだ。
だが誰からも具体的な打開策は出てこない。
ロッカールームを重い沈黙の空気が広がっていく。
よし、今だ!
そのタイミングを狙っていたオレは、立ち上がる。
「あの……みなさん、すみません」
「なんだ、野呂⁉」
オレは挙手して発言を求める。
みんなは殺気だっているが、こちらは冷静さを保つ。
元社会人たる者として、この程度の修羅場の空気には慣れている。
「もしも作戦が無ければ、ボクのこの作戦を検討してください」
オレは鞄から液晶型のタブレットを取り出す。父親から借りてきた私物である。
「後半はこの作戦でどうでしょうか? かなりリスクはありますが、上手くいけば打開できます」
オレはプレゼントソフトを操作しながら、全員に説明をしていく。
まずは選手のポジションと戦術を大幅に変更。相手のエースを抑えつつ、逆転するプランを提案していく。
この作戦は日本にいた時に、オレが作成した資料であった。
前世ではサラリーマンをしていたオレは、企画のプレゼンもしていた。
今回は中学生相手にも分かるように、動くイラストをつかって分かり易く説明していく。
構成もストーリー形式で、次のようにした。
――――◇――――
1.課題:問題提起からチームの課題を全員で共有
↓
2.解決策:具体的な解決策を提示
↓
3.メリット:選手のメリットを明示
↓
4.裏付け:メリットの裏付けをデータや事実で提示
↓
5.行動喚起:最後の選手たちのモチベーションを上げる。
――――◇――――
こうして見る相手の心理を理解して、論理的に戦術変更をプレゼンするのだ。
「コータ! 試合中に、こんな大幅な戦術変更をできる訳がないだろう?」
「だが、おい、見て見ろ。たしかに、この作戦が上手くいけば、逆転は可能だぞ!」
「たしかに……そう言われみてば、そうだな」
どうやらプレゼンは上手くいったようである。
最初は疑っていたみんなも、次第に納得してきた。
皆が混乱して意見が無くなった、そのタイミングをオレは見計らった。
まずはオレの作戦①が成功したのである。
「だが、このポジショニングの変更は、どうする?」
「そうだな。今の代表のポジションと違うぞ?」
「たしかに、そうだな?」
選手たちは作戦の大きな穴を見つける。
それは作戦の肝である、“数人のポジションを変える”ことである。
今までのU-15とはまるで違うポジションを、オレのプレゼンは指示していたのだ。
「これはボクの私見ですが、それは大丈夫だと思います。皆さんは、小学生の時に、そのポジションを経験していたはずです。だから、何とかなると思います!」
これはオレの二つ目の策であった。
このU-15世代別日本代表は、これから約5年間は“どん底世代”と不名誉な呼び名で呼ばれてしまう。
かなり辛いサッカー人生であったに違いない。
でも、転生したオレは知っていたのだ。
彼らの多くが25才以降から、またサッカー街道で花開いていくことを。
そのきっかけの多くは“大幅なポジションの変更&プレイスタイルの変更”であった。
このU-15日本代表に選ばれた時に、多くの選手たちが違う型の枠に、ハメられてしまっていたのだ。
本来の自分の長所を見失って、泥沼の人生を歩んでいたのだ。
だから少し荒治療になるが、この試合中にポジションチェンジをオレは提案したのだ。
今回の作戦②にである。
これにより25歳以降に開くはずの、彼らの運命を10年間早める作戦なのだ。
「たしかに、オレは小学生の6年間は、そのポジションだったから、慣れてはいるが……」
「オレも、そうだ。当時は日本で一番上手いポジションだと、自負していたぜ……」
「オレもそうだったな……たしかに、今の代表のポジションには違和感があったが……」
どうやらオレの2つ目の作戦は上手くいったようである。
彼らは突然のポジションチェンジにも賛成してくれた。
みんなもサッカー本能で気が付いていたのかもしれない。
自分が花開くであろう、本来のプレイスタイルを直感で察したのだ。
「なるほど、コータ。戦術変更とポジションチェンジは理解した。だが、相手のあのエースは、どう抑える? アレは普通じゃないぞ?」
9番のキャプテンが、最後の問題を確認してきた。
今回の作戦の肝は、相手のエースを抑えることが前提である。
あの圧倒的に場違いなくらい化け物を、抑えないと勝ち目はないのだ。
「あの選手はボクとヒョウマ君で止めます。絶対に後半は抑え込みます」
オレとヒョウマ君で相手のエースを抑える。
これが作戦③である。
ここだけの話、相手の選手には、まだ知られていないプレイの癖と弱点があった。
将来はそこを分析されて、ヨーロッパリーグでも不調になってしまうのだ。
未来を知るオレなら、まだ15歳でデビューしたばかりの相手の弱点をつけるはずだ。
身体能力的に追いつけない時も大丈夫。
相手と同じく天才であるヒョウマ君に助けてもらう。
そうすればほぼ100%の確率で、相手のエースを完封できるはずだ。
「なるほど。“毒を以て毒を制す”……“化け物には化け物たちをぶつける”か……了解した。監督にはオレから報告しておく」
キャプテンはオレの全ての提案を受け入れてくれた。
今回の試合は選手たちの考えが委任されていた。だから突然の戦術変更も大丈夫であろう。
でも、こっちの“化け物たち”って、何のことだろう?
一人はヒョウマ君に間違いない。でも、もう一人は、一体誰にことかな?
「おい、コータ。オレ様が守備に回る作戦だと?」
作戦を聞いていたヒョウマ君は、少し頬を膨らませていた。
これも想定して反応。
何故ならヒョウマ君のサッカー人生は、いつも点取り屋のエースだった。
地味な守備での代表デビューに、プライド的に納得がいってないのであろう。
「小さい声で言うから、静かにきいてね、ヒョウマ君。キャプテンたちには言ってないけど、ボクとヒョウマ君で相手のエースから、ボールを奪って、こんな感じでゴールを狙うんだけど?」
「なるほど、そういう作戦か。それならオレ様に任せておけ」
ヒョウマ君だけに秘密の作戦を伝えておく。
彼は攻撃力だけではなく、守備力にも優れていた。
オレも1対1で滅多に抜けないのは、このヒョウマ君ぐらいだ。
そんな凄いけど、プライドの高いヒョウマ君はおだてておく。こうでも、しないと守備に専念してくれないからね。
ちょっと仲間を騙した気がするが、『敵を騙すには、まずは味方から』という格言もある。今回は仕方がないね。
「よし、コータのお蔭で勝機が見えた! この試合、勝つぞ!」
「「「おー!!」」」
キャプテンの号令でチームに活気が戻ってきた。
勝利の道が見えて、全員に希望の気力が漲ってきたのだ。
(考えた策は全部打った。あとは勝つだけだ)
0対2で圧倒的に不利な状況からの出場。
こうしてオレの世代別日本代表のデビュー戦は、本番を迎えるのであった。




