第34話:国際試合にむけて
“〇〇世代”
サッカーでは、日本代表における活躍や期待から、世代名がつけられることがある。
例としては黄金世代、谷間世代、新黄金世代、プラチナ世代など。
ほとんどはマスコミが勝手つけたものだが、世間に広がっていくことが多い。
名称の由来は高校生ユース時代や、オリンピックでの活躍によって決まるところが大きかった。
◇
U-15日本代表の2日間の合宿が終わっていた。
学校に通うために、オレは地元に戻ってきた。
(そうか。あの世代は後に“どん底世代”と呼ばれる人たちだったな……)
授業を受けながら、自分の前世の記憶を思い出していく。
その記憶によれば、今15歳のあの人たちは、これから数年間、辛い代表人生を送っていく予定だ。
世代別の世界選手権では、予選落ちを連発。アジア国際大会でも優勝することは、一度も出来なかった。
くしくも彼らの前後の世代は、華々しい結果を出していく。超ゴールデン世代やダイヤモンド世代とも呼ばれ、世界大会でも優勝の経験を連発していく。
だから今のU-15日本代表の人たちは、比較されて“どん底世代”と言われていたのだ。
(あの人たちも十分に上手いのに、“どん底世代”だなんて酷いな。でも、代表クラスになると、批判があるのも仕方がないのか……)
サッカーは世界有数の熱気を誇るスポーツである。
特に国際試合では、各国のプライドを賭けてぶつかり合う。
大きな国際大会で勝てば、選手たちは英雄として扱われる。一気にビッグクラブに移籍して、栄誉と富を得ることも出来る。
だが逆に負けが続くと、国賊のように一斉に叩かれてしまう。日本でもサッカー熱はこのように、かなり熱くなっていた。
(このまま歴史通りにいけば、再来週の国際試合は予選落ち……か)
前世の記憶を辿っていく。
U-15日本代表のスケジュールを確認すると、再来週の週末には東南アジアで試合がある。
歴史では日本代表は予選で、敗退してしまう。
格下と言われた国に連敗。帰国してから、マスコミに叩かれてしまうはずだ。
(たしか、その後の別の大会でも連敗だよな……)
前世の記憶をどんどん遡っていく。
自慢ではないが、前世のオレは記憶力が良かった。
特にサッカーに関しては、知識だけなら負けない自信があった。
だから“どん底世代”の記録も、よく覚えている。
これから5年間、彼らは暗黒の道を歩んでいく。負けの連鎖により、チームは泥沼状態になっていくのだ。
(できれば、なんとか助けてあげたい……)
縁があって今世では、自分もチームに招集されていた。
個人的な感情であるが、U-15日本代表の皆を助けてあげたい。
(でも、どうやって?)
今の自分はU-15日本代表の候補の一人でしかない。
再来週の国際試合で、ベンチ入り可能性も分からない。
またベンチ入りしても、試合に出られる可能性は低いかもしれない。
(試合に出られても、オレは運命を変えるのか?)
更に試合に出ても、運命を変えることは難しい。
サッカーは11人でプレイする競技であり、一人が奮闘してもどうにもならないのだ。
(再来週の国際試合までに、何か策を考えないと……ん? 待て。その前にオレって……?)
思考中に、とある大きいな問題に気が付く。
運命を変えるところか、試合に行く権利すら無くなる大問題だった。
「あっ⁉ パスポートを持っていたっけ?」
その問題に気が付く。思わず声が出てしまう。
パスポートが無ければ、試合に行くことすら出来ないの。
この時代では発行に、1ヶ月くらい期間が必要なのだ。どうしよう。
「どうしましたか、コータ君? 今は算数の授業ですよ?」
「あっ……先生、ごめんなさい。掛け算のことを考えて、思わず声に出ちゃいました!」
先生に怒られてしまった。
とっさに嘘をついて誤魔化しておく。
「パスポートだって? コータ君、変なの!」
「そうだね! はっはっは!」
クラスの皆にも笑われてしまった。
でもバレてはいないので一安心だ。
(とにかく家に帰ったら、親とコーチに相談してみよう!)
こうしてドキドキしながら、オレは授業を受けていくのであった。
◇
帰宅してから、速攻で母親に相談する。
「コータのパスポート? あら、ちゃんと、ここにあるわよ」
「あっ! 本当だ!」
母親が棚からパスポートを出してきた。
中身を確認すると、ちゃんとオレの顔写真が貼ってある。間違いなく自分用のパスポートである。
でも、いつの間に誰が作っていたんだろう?
「前のナショナルトレセンの後に、お父さんが作ってくれたのよ。『コータは日本代表に招集されるかもな! はっはっは……』って言ってね」
なんと自分の父親が事前に、パスポートを作成してくれていたのだ。
しかも前のトレセンっていったら、U-15日本代表召集の噂もない時期である。
たぶん父親が勢いで、パスポートを作ったのであろう。相変わらずマイペースな父だ。
でも今回はその勢い任せな行動に、オレは助けられた形になる。
「再来週の国際試合の旅行の申請も、ママの方でちゃんとしているから。代表メンバーに選ばれても大丈夫よ、コータ」
なんとパスポートだけではなく、海外遠征の準備も両親はしてくれていた。
チームのコーチとヒョウマ君の両親に相談しながら、オレのために準備してくれていたのだ。
特にヒョウマ君の父親はサッカー専門家であり、海外旅行にも慣れた達人。オレの母親も助けてもらったという。
「お母さん、ありがとう! それに夜にお父さんも、ありがとう、を言わないとね」
「コータはまだ小学生5年生なんだから、親に頼ってもいいのよ」
「うん、わかった。旅行の準備の方は、お母さんたちにお願いするね!」
両親の心遣いに素直に感謝する。
今世のオレはまだ小学生5年生。縛りのある未成年であり、経済的にも親に養ってもらっている。
でも精神年齢だけは前世の31歳で、自分は大人のつもりでいた。その差が今回のオレのパスポートミスを生んでいた。
よし。今度からは気を付けていこう。
「葵も、お兄ちゃんの試合を観に行きたい! 応援するの!」
「ありがとう、葵。でも、チームの地区大会があるだろう?」
「あっ、そうか! てへへ……危ない、危ない。留守は任せて、お兄ちゃん!」
うっかり者の葵は、舌を出して照れ隠しする。
でも葵が頼れる選手になってきたので、オレは安心して代表に行ける。
本当に感謝している。
「その代わり葵には、可愛いお土産を買ってくるから」
「本当! ありがとう、お兄ちゃん!」
お土産と聞いて葵が抱きついてきた。
開催場所は東南アジアなので、カラフルで可愛いお土産がいいかな?
お金は大丈夫であろう。
何しろオレはこれまでのお年玉を、ほとんど使わずに貯金していた。貯めていたお小遣いも合わせて、結構な額になっているのだ。
そういえばお金か……。
海外遠征費用のことで、両親に負担をかけていないか心配になってきた。
「コータの遠征のお金は、協会の方から全額出るみたいだから、安心してね」
「そうだったんだね、お母さん」
母親の話によると、世代別代表の選手の旅費、宿泊費、食費などは、サッカー協会が負担してくれるらしい。
アマチュアであるために、オレたちには給料は出ない。
でも遠征が無料になるので、普通の家庭の我が家には有りがたいことだった。
「よし、心配も解決したらか、練習に行ってきます!」
「あっ、待って、お兄ちゃん。葵も一緒に行く!」
パスポートや遠征の問題は全て解決した。
オレはいつも通り、放課後のチームの練習に向かう。
世代別代表に選出されたとはいえ、平時はリベリーロ弘前の一員である。
練習中はコーチに従って、練習をしていくのだ。
◇
それから日にちが経つ。
「じゃあ、母さん、父さん、葵、行ってきます!」
いよいよアジア遠征に向けて、出発する朝がやってきた。
家族と挨拶をして、家を出発する。
そして地元の飛行場への直通バスに乗り込む。
U-15日本代表の集合場所である、羽田空港に向かうためだ。
そう……なんとオレは、U-15日本代表のベンチ入りすることが出来たのだ。
オレより上手いヒョウマ君も、もちろん一緒だ。待ち合わせしたヒョウマ君は、今バスの隣の席に座っている。
「いよいよか……初めての世代別の日本代表の国際試合か……」
バスの中で軽く深呼吸する。
今回の遠征のスケジュールを見ていると、心臓が高鳴る。
控えのメンバーとはいえ、世代別とはいえ、オレは日本代表のベンチ入りができたのだ。
まだ夢のようで、頭がぼんやりしていた。
あのサムライブルーのユニフォームを着て……日の丸つけて……オレは戦うことができるのだ。
「でも、オレ……本当に大丈夫かな……」
日の丸のことを考えたら、急に不安になってきた。
何しろ歴史通りならU-15日本代表は、この国際試合で予選敗退。帰国後はマスコミに叩かれてしまうのだ。
(何とか不幸な未来は回避しないと……でも……)
予選で負けないために、オレはいくつかの作戦を用意してきた。
だが自分が試合に出なければ、作戦は無意味になってしまう。
出られたとしても作戦が上手くかないと予選で敗退してしまう。
まさに未来を知っているオレだけの不安。重いプレッシャーが半端なく襲いかかってきた。
「おい、コータ。アレを見ろ」
「えっ、ヒョウマ君?」
暗い表情をしていたオレに、隣のヒョウマ君が声をかけてくれた。
バスの窓の外を指差していた。
いったい何が見えるというのであろうか?
「あっ……あれは……」
国道を走っているバスの向こうに、人影の集団があった。
坂の上にいた集団に、オレは見覚えがあった。
「キャプテン……先輩たち……みんな……葵……それにコーチまで……」
遠い坂の上にいたのは、チームの皆であった。
今は早朝の朝練をしているはずの、チームメイトたちであった。
全員がリベリーロ弘前のユニフォームに着替えていた、チーム旗を空にふっている。
白い横断幕に手書きで文字を書いて、何かを叫んでいた。
遠く国道を走るバス内には、みんなの声は届くはずはない。
でも一生懸命に何かを叫び、旗を振っていた。
「ヒョウマ君……あれは……」
「ああ、そうだな。相変わらずバカで、熱い連中だな」
「うん……本当にそうだね。本当に熱いね……」
皆の声はバスまでは聞こえていなかった。
でも横断幕に書かれていた文字と、その表情でオレたちは察していた。
『最後の一蹴りまで諦めるな!』
『野呂コウタ! 澤村ヒョウマ! 頑張れ!』
『最後の一蹴りまで諦めるな!』
皆のその声が心に響いていた。
横断幕に書かれていたのは、チームのスローガン。
そしてチームたちが叫んでいる、頼もしい応援の声であった。
物理的には声は聞こえていない。でも想いは、オレとヒョウマ君に、ちゃんと届いていた。
「みんな……ありがとう」
絶望の未来に諦めかけていた、オレは勇気を貰った。
チームメイトたちは朝練を中断してまで、準備していたのだ。
オレとヒョウマ君の乗ったバスを見送るために、声援を送ってくれたのだ。
「みんなの声、ちゃんと届いたから……」
バスはそのまま走り去っていく。
だが仲間たちの熱い声援は、いつまでも胸に響いていた。
「ボク、絶対に最後まで諦めないから……」
自分に言い聞かせるように、もう一度だけつぶやく。
仲間たちから最高の勇気を貰った。
こうしてオレは運命の国際試合に挑むのであった。




