第33話:U-15代表合宿
5年生の初秋の季節。
オレはU-15日本代表の合宿に初参加する。
「ボクは野呂コータと申します。リベリーロ弘前というチームに所属しています。どうぞよろしくお願いします!」
合宿の顔合わせ会で、オレは自己紹介をする。
小学生5年生らしく、元気よく低姿勢でみんなに挨拶をする。
顔合わせの練習場にはU-15日本代表の選手と、コーチ陣が勢ぞろいしていた。
「久しぶりだな、野呂コータ君」
「あ! 先日のトレセンではありがとうございました!」
U-15日本代表の例の9番の人が、挨拶に来てくれた。
トレセンで対戦したオレのことを、覚えていたらしい。凄い、感動だ
「やっぱり、あの時の小学生5年生か……よろしくな」
「本当にU-15日本代表に招集されとは、大したもんだ。よろしくな」
他の代表の人たちも、次々と挨拶に来てくれた。
練習試合の時は殺気だっていたけど、今回は紳士的に接してくれる。
やはりサッカーは紳士のスポーツ。代表の人たち頼りになるお兄さんの印象だ。
「澤村ヒョウマだ。同じくリベリーロ弘前から来た。よろしく」
一緒にきたヒョウマ君も挨拶していた。
相変わらずクールで、カッコイイ挨拶である。
「あの澤村ヒョウマか……よろしくな」
「ジュニア合宿以来だな。よろしく」
ヒョウマ君の方にも、代表の人たちが挨拶をしていく。
何人かの人とは面識があるみたいだ。
やはりエリートコースを歩んできたヒョウマ君は、日本代表クラスでも知られているのであろう。
相変わらず凄い人だ。
「えー、挨拶はそこまでだ。さっそく練習して、新メンバーと連携を確認するぞ。午後は練習試合だ」
「「「はい、コーチ!」」」
ヘッドコーチの号令で、練習がスタートとなる。
今日の合宿は午前中がチーム練習。
午後が高校生との練習試合だという。
「あの高校と練習試合をするんですか?」
対戦相手の高校名を聞いて、オレは驚く。
相手は高校サッカー界でも強豪とし名高い。高校選手権の全国大会でも優勝したことがあるのだ。
「オレたちはU-15日本代表だ。だから高校生が相手なのさ」
「なるほど、そうか。ありがとうございます」
練習中、9番の人に説明を受けて納得する。
このチームは日本の中学生の最高メンバーである。つまり中学生相手では、互角の練習相手がいないのだ。
だから練習試合は主に強豪高校生チームや、Jリーグチームの18歳以下のユースチームが相手。
自分たちよりも年上の人たちとの練習試合で、代表チームの力を高めているのだ。
「でも、中学生と高校生だと、体格差がありすぎませんか?」
「海外のU-15代表は、日本の高校生以上にフィジカルが強い奴もいるからな。練習相手にはちょうどいい」
なるほど、そういうことか。
たしかに外国のサッカー選手のフィジカルは、想像を絶する強さだ。
比較的小柄な選手が多い日本代表では、U-15の時から海外を意識して練習しているのであろう。
「それに小学生5年生のくせに、中学生3年と互角な凄い奴も日本にはいるからな」
「へっ?」
「さあ、練習に集中するぞ。ヘッドコーチは地獄耳だからな!」
9番の人が最後に、何か言っていたような気がする。
でも練習に集中しないといけない。
なにしろオレは代表に特別枠で参加している。
特別枠の意味は不明だが、おそらく試験運用される感じなのであろう。
不真面目な練習態度をしていたら、速攻で帰国を命令されそうである。
いつも以上に頑張って練習しないと。
(それにしても、U-15日本代表か……本当に勉強なるな!)
練習をしながら感動にふける。
想像以上に勉強になることが多いのだ。
(チーム練習と戦術の確認……チャンス場面での練習……なるほど、そういうことか)
オレは練習しながら気づきを得ていく。
この時代のU-15日本代表の合宿では、主にチームの連携を主に行っていた。
代表としての戦術を、徹底的にチーム内に浸透させていく。
全員の意識を一つにしていくのだ。
(個人練習は各自で課題を出して……かな?)
一方で個人のスキル上げる練習は、ほとんど行わない。
各自に課題を出しながら、自分のチームに戻ってから練習となるのだ。
U-15日本代表の全員が集まる日数は、一年の中でもそれほど多くない。
何しろ代表選手の本業は中学生。
普段は義務教育の中学校に通って、勉強しなくてはいけないのだ。
また放課後は所属チームで練習。
週末や連休には、チームの大会にも参加しなければいけない。
このような年代別代表クラスになると、ハードスケジュールが当たり前なのであろう。
そのために限られた時間内で、チーム育成の方に活用しているのであろう。
◇
「よし、時間だ。練習試合を始めるぞ!」
「「「はい、コーチ!」」」
午後になり、練習試合の時間となる。
わざわざ来てくれた高校チームと対戦するのだ。
「うわ……みんな大きいな……それに筋肉がすごいな……」
高校生たちを目の前にして、思わず言葉を失う。
身長は大きい人だと180cmを越えている。
U-15日本代表の中にも、身長だけなら大きい人はいる。
でも高校生たちは全身の筋肉のつき方が、まるで違うのだ。
足や首の太さが、中学生よりも一回り以上は大きい。更に胸板も分厚い。
オレの所属するリベリーロ弘前のコーチも、背は高い方だ。
だが、もう三十路のおじさんである。ビールっ腹も出ていれば、筋肉も衰えてきている。
やはりこうした現役の高校生選手とは身体が違う。
まだ小学生5年生のオレは、口を開けて見上げるしかなかった。
「代表コーチ、ちょっといいですか?」
「どうしました?」
「あの子たちは……小学生ですよね?」
高校チームの監督が不思議そうな顔で、ヘッドコーチに尋ねる。
“あの子たち”と指を刺した先にいるのは、オレとヒョウマ君のことだ。
「彼らは小学生5年生です。U-15は規定により、15歳以下であれば問題ないです」
「そ、そうですね……はっはっは……」
ヘッドコーチは冷静に返答していた。 高校の監督さんは苦笑いしていた。
「おい、小学生5年生だって……」
「えっ、まじか?」
「オレたちの半分の年齢?」
ヘッドコーチと監督のやり取りに、高校生たちはざわつく。
この反応も昨日と同じなので、オレとヒョウマ君は慣れていた。
彼らは18歳くらいで、オレはまだ10才。そういえば半分くらいの年齢。冷静に考える凄い年の差だ。
「こいつらを普通の小学生だと、思わない方がいいでよ」
そんな高校生に対して、ひと言物申している人たちがいた。
「オレたちも先日のトレセンで、この二人に痛い目を会いました」
「ヘッドコーチが言うように、間違いなくU-15代表の二人」
「試合をしてみれば分かります」
彼らはU-15代表の人たちだった。
小学生を舐めていた高校生たちに、苦言を言っている。オレたちのことを守ってくれたのだ。
それにヒョウマ君とオレのことを、凄く認めてくれている。
オレの知らないところで、いったい何があったというのだ。
ん? このやり取りも前にもあったような……。
気のせいかもしれないけど。
「よーし、時間がない。練習試合を始めるぞ!」
雑談はここまでだ。
ヘッドコーチの合図で試合が開始される。
『U-15代表 VS 強豪高校チーム』
今日の練習試合は国際ルールと同じでやるようだ。
再来週にある国際大会に向けての調整らしい。
「選手はどんどん入れ替えていく。本場と同じようにいけ!」
試合中もヘッドコーチから指示がでる。
U-15日本代表は現在の30人いた。
練習試合では交代に制限がないので、総入れ替え状態でいくらしい。全メンバーに出場の気かが必ずある。
30人の中から更に国際試合では、ベンチ入りを決めていく必要がある。
そのため、こうした練習試合はベンチ入りするための選抜試験も、密かに兼ねていたのだ。
「おお、すごい! おお、あのプレイもすごい!」
まずはベンチスタートしたオレは、試合を見ながら歓声を上げていた。
練習試合といえども、両チームとも気合が入っていた。
高校チームは歳上としてのプライドを賭けて。
こちらはU-15代表の日本代表としてのプライドを賭けていた。
皆かなりのガチの本気でプレイをしている。
ヘッドコーチの言葉にあった通り、再来週の国際試合に向けての練習なのであろう。
U-15の人たちは特に気合いが凄い。
「澤村、野呂。次いくぞ。アップしておけ」
「「はい、コーチ!」」
オレたちに声がかかった。
いよいよU-15代表として、デビューする時がきたのだ。
でも、デビューといってもユニホームは普通の練習用だ。
あの日の丸のサムライブルーは本番試合の時だけなのだろう。
少しだけ肩透かしを食らった感じだ。
「ヒョウマ君、頑張ろうね!」
「ああ。オレ様たちの力を見せつける時がきたな」
選手交代となり、二人で競技場のピッチに向かう。
試合時間は残り10分しかない。
この分だと、あまり大したことは出来ないであろう。
でもオレは全力を尽くすつもりだ。
特別選手枠なので再来週の本番で、ベンチ入りできる可能性は低い。
それだからこそ悔いがないように、練習試合くらいは精一杯やるのだ。
(さて、選手たちの動きは見えていたし、身体の調子もいい。頑張っていこう)
こうして高校生チームとの練習試合。ラスト10分にオレたちは駆けていくのであった。
◇
10分後。練習試合は無事に終了となる。
「2対2か……」
試合結果を見ながら、息を吐き出す。
たった10分間だったけど、本当に楽しい時間だった。
高いレベルのチームメイトとのパス回し。相手の隙を見つけ出してのスルーパスなど。
オレは緊張感のある、有意義な時間を過ごすことができたのだ。
「ヒョウマ君、ナイスゴールだったね!」
なんと試合終了直前に、ヒョウマ君は得点を入れていたのだ。
巨人のような高校の守備陣を突破して、見事にゴールを決めたのだ。
「コータも相変わらずナイスパスだったな」
「うん、ありがとう」
ラストパスを出したのはオレだった。
ちょうど相手の隙を見つけて、パスを出すことが出来たのだ。
実は慣れない歳上との試合で、最初の5分くらいは苦戦していた。
でもトレセンで中学生の人たちと練習した経験で、なんとかプレイを修正できた。
どんな歳上の人たちが相手でも、足は二本で、ボールは1個しかない。
小学生5年生でも何とかなるのだ。
試合後はヘッドコーチを中心にして、全員で反省会をしていく。
録画しておいた映像を見ながら、全員の意識を統一していくのだ。
『おい、この前半のプレイはなんだ⁉』
『なぜ、ここでもっと前にいかない⁉』
あれ……?
何やらコーチ陣の顔が険しいぞ。
それに反省会ので言葉も、かなり手厳しい内容が多い。
『動きが良かったのは、最後の10分だけだぞ⁉』
『こんなのでは次の国際試合でも予選落ちするぞ!』
やっぱり、そうだ。
かなり厳しい反省会となっていた。
U-15代表の人たちも、かなり暗い表情になっている。
世代別代表といっても、彼らはまだ多感な中学生。精神的にかなり落ち込んでいた。
その後は反省会を終えて、またチームでの合同練習となる。
指摘された弱点を、全員で意識して修正するためだ。
その練習によって弱点は、ある程度までは改善さていく。
でも選手とコーチ陣の表情には、どこか暗い影があったのだ。
◇
代表の合宿の初日が終わる。
「今日は本当にお疲れでした! 明日もまたヨロシクお願いします!」
着替えのロッカー室で、オレは選手たちに挨拶をする。
小学生5年生らしく元気よく、はきはきと笑顔だ。
「ああ……」
「お疲れさま、コータ」
あれ? 選手たちはまだ元気がなかった。
どうやら先ほどの反省会の件を、まだ引きずっているような口調である。
ロッカー室はお通夜のように、暗く重い空気だった。
「おい、情けないな。U-15代表はこんなレベルなのか?」
「ヒョウマ君……」
そんな中学生たちに向かって、ヒョウマ君が吠える。
日本代表としてのプライドはどこにいったのか? と問いかける。
珍しく闘志を前面に押し出した表情である。
「みなさん、ごめんなさい。ヒョウマ君も悪気はないと思います」
「大丈夫だ、コータ。澤村の言う通りだ」
代表の9番の人が仲介に入ってくれた。
この中でも一番上手い人で、レギュラーが確定している選手。代表のリーダー的な存在だ。
「前からU-15代表にいる連中の気持ちも分かってくれ。オレたちは“どん底世代”と噂されて、後がない世代なんだ……」
「“どん底世代”? ……あっ!」
9番の人の言葉で、オレは思い出した。
前世でのサッカーの知識が鮮明に甦ってきた。
(そうか。この人たちはアノ“どん底世代”の人たちだったんだ……)
これから3年後の未来の話である。
この人たちはU-18日本代表に成長していく。
だが、その年の国際試合で歴史的な、大敗を連続していく。
〝日本サッカー界の最弱の世代”と、日本中から叩かれた未来を持った人たちだったのだ。




