第30話:トレセン最終日
トレセン2日目。
この日からU-15サッカー日本代表が、トレセンに合流していた。
午前中に彼ら世代別代表と、トレセン選抜11名による練習試合が行われるのだ。
ちなみに『U―15サッカー日本代表』とは……“日本サッカー協会によって編成される15歳以下のサッカーのナショナルチーム”である。
簡単に説明すると『日本でサッカーをしている15才以下の人たちの中で、一番凄い選手のチーム』なのだ。
◇
「いやー、凄い。本当に、凄い。実に凄い」
そのU-15日本代表の正規メンバーが今、オレの目の前に立っていた。
感動のあまりオレはさっきから、『凄い』しか言ってないような気がする。
「おお、アノ方は……そして、あちらの方は……」
サッカーオタクであるオレは、彼ら代表の名前と顔を知っていた。
何しろ前世の日本サッカー界で、この人たちはJリーガーとして、TVの中で活躍していたのだ。
そんな未来の有名人たちが15歳のピチピチの若さで、オレの目の前に降臨していた。サッカーオタクだったオレに、興奮するなと言うのが、無理な注文である。
「そうだ、色紙にサインをしてもらわないと!」
オレは有名人に会った時のことを想定して、トレセンにサイングッツを持ってきていた。目の前にいる今が、サインを貰うチャンスである。
「あっ、でも色紙とサインペンは宿舎か……くそっ、一生の不覚なり!」
だが今はトレセンの真っ最中。サッカー道具以外は、この場所にはなかった。
仕方がないので我慢しよう。
「えー、それでは練習試合を始めるぞ。ルールは本番とだいたい同じだ」
ヘッドコーチの挨拶がある。
いよいよU-15日本代表の練習試合が始まるのだ。
おそらく時期的に、今後の国際試合に向けた調整であろう。
「場合によってはU-15日本代表メンバーの入れ替えもある。両チーム、気合を入れていけ!」
「「「はい!」」」
ヘッドコーチのそのひと言に、全員が過剰に反応する。
ちなみに、これから行う練習試合は
【U-15日本代表の現在のチーム VS 全国トレセン選抜チーム11名】
の練習試合である。
今のヘッドコーチの説明によると。場合によっては“全国トレセン選抜チーム”の中から、U-15日本代表に昇格する者が出る。
逆にU-15日本代表から落選する者も可能性はある。
だから両チームの全員が、凄まじく気合が入っていたのだ。
「コーチ、ちょっといいですか?」
「どうした?」
「彼らは……小学生ですよね?」
U-15日本代表の一人が不思議そうな顔で、ヘッドコーチに尋ねる。
“彼ら”と指を刺した先にいるのは、オレと隣のヒョウマ君のことだ。
「彼らは小学生5年生だ。だがU-15は規定により、15歳以下であれば問題ない」
ヘッドコーチは冷静に返答していた。
このやり取りは昨日も聞いていた。やはりマニュアルでコーチ陣は返答しているのであろう。
「小学生5年生だと……」
「まだランドセルを背負った奴らが……」
「ふん。U-15ナショナルトレセンも格が落ちたな……」
ヘッドコーチの説明に、代表メンバーはざわつく。
この反応も昨日と同じなので、オレとヒョウマ君は慣れていた。
むしろオレの方が逆に不思議だった。
何でオレが全国トレセン選抜チームの11名に選ばれたのか? 未だに信じられないのだ。
「ふっ、こいつらを普通の小学生だと思わない方がいいぞ」
そんな代表メンバーに対して、ひと言物申している人たちがいた。
「そうだな。昨日のセレクションでも、こいつらは圧倒的に存在感を出していたぞ」
「こいつら二人は世代を超えた“怪物”だと思った方がいいぞ」
「ああ。オレたちトレセン選抜チームが、今日は下克上させてもらう」
彼らはオレと同じトレセン選抜チームの人たちだった。
昨日のセレクションのミニゲームで敵味方に別れ、共に汗を流した中学生だった。
なんか知らないけどヒョウマ君とオレのことを、凄く認めてくれている。
「なんだと⁉」
「よせ。試合が始まったら、全てが分かるだろう」
「ああ、そうだな」
代表メンバーの人たちは驚きながらも、気を引き締めていた。
凄い形相でオレとヒョウマ君のことを睨んできた。まるで親の仇みたいに殺気も放ってきた。
「ボクは普通の小学生なので、どうぞ、お手柔らかにお願いいたします」
小学生5年生らしくオレは低姿勢で挨拶をする。
だが、時すでに遅し。
この一触即発の雰囲気だと、試合後にサインも貰える雰囲気ではない。
くっ、無念。
せっかく未来のJリーガーたちが、目の前にいるのに何たる失敗だ。
「行くぞ、コータ。オレ様たちの力を、代表に見せる時だ」
「ん? そうか! そうだね、ヒョウマ君。試合を頑張ろうね!」
ヒョウマ君の何気ない一言で、ハッと気が付く。
そうか、今のオレはスポーツ少年。
これまでも試合で全力を出して戦った後には、いつも他チームの人とも友情が芽生えていた!(気がする)
この練習試合でもオレが頑張れば、代表の人たちと距離が近くなるはず。サインも貰えるかもしれない。
これぞスポーツマンシップの熱い展開である。
「えー、では、スタートするぞ。はじめ!」
ヘッドコーチから開始の合図がある。
こうして不思議な緊張感の中、U-15日本代表との練習試合が始まるのであった。
◇
40分後。
練習試合の前半戦が終わる。
「1対2か……」
前半が終わり、今のところオレたちは1対2で負けていた。
(でも、思ったよりも、けっこう善戦しているな……)
ベンチに戻って休憩中。オレは試合展開を思い出していた。
たしかにU-15日本代表は強かった。オレが今まで対戦した、どのチームよりも圧倒的に凄かった。
(でも善戦できたのは、トレセン選抜メンバーの人たちも凄い……からだ)
一方的でオレのチームメイトたちも、かなりの精鋭ぞろいであった。
U-15代表メンバーよりは総合力では負けている。だが全員が高い水準の中学サッカー選手であった。
だから代表相手でも、1点差で済んでいたのであろう。結構いい感じの試合展開だった。
(でも、このままでは後半も負けてしまう)
これはオレの客観的な推測である。
このままの試合展開でいけば、最終的に代表チームに押し負けてしまうであろう。
(代表チームと試合を出来るのは嬉しい……でも、負けるのは、嫌だ。何か作戦を考えないと……)
最初オレはU-15代表と試合できることに、興奮していた。
でも自分のチームが負けるのは、嫌だ。どうせだったら勝ちたい。
勝つためには、この休憩中に何か打開策を考えないといけない。
相手の弱点を見つけて、攻撃に転じないといけなであろう。
「この時代のU-15代表の弱点か……ああ、そうか!」
頭の中にアイデアが浮かぶ。
前世でのこの時代のU-15代表のデータを、頭の中で検索していたら急に思い出したのだ。
この作戦なら上手くいきそうな気がする。
「ヒョウマ君、それに中学生の皆さんも、少しいいですか?」
休憩中をしていたチームメイトに、声をかける。
ありがたいことにオレの声に、皆は集まってくれた。
「どうした、コータ?」
「ヒョウマ君、それに皆さん、聞いてください。後半は、こんな感じの作戦でいきませんか?」
ベンチにあったホワイトボードに、オレは作戦図を描いていく。
相手の背番号と個人の弱点と描いていく。
また、こちらの攻撃のタイミングや、相手の戦術の隙を記載する。
細かく書けない分は、口で説明をしていく。
「この作戦が上手くいけば、後半に同点……もしくは逆転できるかもしれません!」
作戦の説明を終えて、チームメイトに伝える。
机上の作戦だが、可能性はあると。このまま無策で後半に突入するよりは、何倍もマシだと伝える。
「こんな凄い作戦を……お前、本当に小学生5年生だよな……?」
「だが、理に適っているぞ。たしかにU-15代表の弱点を付けるかもしれないぞ……」
「ああ。この作戦に従おう!」
有りがたいことに中学生たちは、オレの作戦に賛同してくれた。
彼らは歳上だがサッカーに関しては、オレのことを対応に扱ってくれたのだ。
この辺りの柔軟性は、流石はトレセン選抜メンバー。勝利に対して応用力が高いのだ。
「代表の弱点を瞬時に見抜くとは……相変わらず不思議なヤツだな、コータ。だが後半戦はオレ様に任せておけ」
「うん、頑張ろうね、ヒョウマ君!」
ヒョウマ君に少し不思議がられた。
けど、どうやらバレていなかったようだ。
(ふう、危なかった……)
実はこの後半戦の作戦は、少しズルい作戦なのだ。
作戦の種明かしは“未来の記憶”である。
サッカーオタクであるオレは、前世の主なサッカー記録を記憶していた。
だから、この時代のU-15代表の“今後狙われる弱点”をすでに知っていた。
その情報から、オレは後半戦の作戦を考えたのだ。
「作戦は決まった!」
「よし、後半で逆転するぞ!」
「おー!」
トレセン選抜メンバーの人たちは、気合が入っていた。
逆転できる希望に、闘志が燃え上がっていたのだ。
「よし、ボクも頑張らないと!でも、大丈夫かな?」
作戦によると後半で自分の役割が、かなり重要となる。
U-15代表の弱点を瞬時に見抜いて、プレイ中に行動に移す。そしてエースのヒョウマ君に、オレはボールを運ぶ必要があるのだ。
難易度でいったら、かなりの無理ゲーに近い。何しろ相手は世代別の日本代表なのだ。
「どうせ、ダメもとだ。後半も楽しんでいこう!」
この試合オレたちはチャレンジャーである。
だから難しいことは考えすぎないことにした。いつものようにサッカーを楽しむしかない。
こうしてU-15代表との後半戦が始まるのであった。
◇
更に40分後。
練習試合の後半戦が終わる。
「ふう。3対3か……」
オレは息を吐き出しながら、得点を確認する。
試合結果は同点で、引き分け。
今回は練習試合だったので、延長やPK戦はなかった。
「惜しかったな。あと少しだったんだけど……」
オレたちは後半戦、かなり押していた。
あと少し時間があれば、逆転の可能性もあった。
でも、よく考えてみると、やっぱり難しいかな?
さすが相手は世代別の日本代表だった。最後の方は凄まじい気合いだったのだ。
同点に追いついただけでも、御の字であろう。同じチームの中学生たちも、同点の結果に大喜びしているし。
「おい、小学生5年生……」
「へっ?」
試合後のことである。
U-15代表の背番号9番の人が近寄ってきた。
小学生5年生はオレのことだ。将来のJリーガーに声をかけられて、思わず変な声が出てしまう。
もしかしたら、怒られてしまうのか?
オレは後半戦で、この人からパスカットを連発してしまった。
それが逆鱗に触れてしまったのかもしれない。
「お前、名前は?」
「ボ、ボクは野呂コータと申します。リベリーロ弘前というチームに所属しています!」
「野呂コータか……大したヤツだ。ナイスプレイだった」
「は、はい、ありがとうございます!」
何か知らないけど、凄く褒められた。
そして握手もしてくれた。
感動と興奮のあまり、オレは声が裏返っていた。この右手はしばらく洗わないようにしよう。
「あと、お前は澤村ヒョウマだろ? 2年生の春までウチの……横浜マリナーズのジュニアチームにいた?」
「ああ、そうだ。今はこの男と同じリベリーロ弘前にいる」
相手はヒョウマ君のことを知っていた。
そういえば9番の人は、横浜マリナーズのジュニアユースの所属している。
ヒョウマ君が在籍していた小学生2年の時に、この人は小学生6年生。ギリギリ同じ横浜マリナーズのジュニアチームの一員である。
でも4歳も上の人に、ヒョウマ君は覚えられていたのだ。
やはり当時からヒョウマ君は、目立った選手だったのだろう。そう考えると、本当に凄い。
「リベリーロ弘前か……なるほど昨年の全国少年大会で『街クラブを優勝に導いたアノ4年生の二人組』か。どうりで規格外なはずだ」
驚いたことに代表9番の人は、リベリーロ弘前のことを知っていたのだ。
口調から、サッカー雑誌の特集に載っていたのを見ていたらしい。
「もしかしたら、お前ら2人とは、世代別でまた会うかもな」
もう一度、代表の人と握手を交わす。
こうしてU―15サッカー日本代表との練習試合は、無事に終了するのであった。
◇
その日の午後のトレセン期間。
何故かオレとヒョウマ君は、代表チームの人たちと同じ練習することになった。
基礎練習から戦術的なものまで、代表のカリキュラムで練習していく。
短い時間だったけど、これは本当に勉強なった。
そして、時間はあっとう間に経つ。
夕方になり、今回の2日間のトレセンは解散となった。
オレはヒョウマ君たちを帰路につく。
「いやー、本当に楽しかったトレセンだったなー」
帰りの飛行機の中で、オレはニヤニヤと笑みを浮べる。
本当にいろんなことが体験できて、とても勉強になった。
しかも何と、サインが貰えた。
トレセンの解散後に、U-15代表の人たちから、サインも貰うことができたのだ。
これは一生のお宝になるのが確定だ。
自分のチームに戻ったら、みんなに自慢しよう。
きっとサッカーミーハーなコーチも、かなり羨ましがるはず。
懐かしのチームの笑顔が目に浮かぶ。
「よし、明日からチームでまた頑張ろう!」
こうしてナショナルトレセン特別参加は、無事に終了した。
だが、この後日。
まさかの展開になるとは、この時のオレは想像もしていなかった。




