第28話:招集状
小学生5年生になった4月。
いつものように学校から、チームの練習場に向かう。
「今日の練習を始めるぞ」
「「「コーチ、よろしくお願いします!」」」
放課後の自主練が終わり、夕方5時になった。
チームでの練習がスタートする。ここから先の時間はコーチに従っていく。
「油断するな。考えてボールを運べ!」
「「「はい、コーチ!」」」
最近のコーチは以前よりも、更に気合いが入っていた。
何しろ全国大会を優勝に導いたコーチである。チーム創立史上の成果を出して、コーチも自信がついたのであろう。
「あっ! コーチの車が、新しいのになっている⁉」
「本当だ。前のボロ車じゃ、なくなってる!」
休憩時間。練習場から見えるコーチの車に、チームメイトの全員が気が付く。
「お前たちのお蔭で、チームの理事長から臨時ボーナスを貰ったからな。といっても中古だが」
リベリーロ弘前の運営は順調らしい。
そういえば昨年から、チームに入会する小学生も増えてきた。オレが入会した4年前に比べたら、倍以上の会員数になっていた。
これも全国大会の優勝の実績。全国紙の新聞やTV、サッカー雑誌に載った好影響であろう。
チームは以前よりも活気がついてきた。そしてコーチの身の回りも。
「これで三十路のコーチにも、ついに彼女が出来るかもね!」
「でも、コーチは屁が臭いからねー」
「やっぱり、彼女は無理かもね!」
休憩時間にチームメイトの皆で大笑いする。
「おい、お前ら、聞こえているぞー。よし、休憩終わりだ! ミニゲームを始めるぞ」
「「「はい、コーチ!」」」
休憩が終われば、オレたちは気持ちを切り替える。
練習の後半1時間は、以前を同じように5対5のミニゲームが主体である。
ミニゲームは楽しい上に、実戦的な能力が身につく。
チームでの突破力や守備力、得点力、キープ力、判断力など。
まさに一石二鳥の練習時間なのだ。
それ以外の足りない部分は、前半の練習で教わっていた。更に足りない個人のスキルは、各自で自主練習をしているのだ。
「4年生と5年生。相手が6年生でも遠慮するな! 大会レギュラーに学年は関係ないからな!」
「「「はい!」」」
ミニゲーム中もコーチから激が飛んでくる。
うちのチームは年功序列の制度は全くない。上手ければ4年生でもレギュラーになれるチャンスがある。
それによりミニゲーム中も、全員のモチベーションが高いのだ。
新た後輩の4年生に、オレも負けないように頑張らないと。
◇
「ふう。休憩の時間か」
ミニゲームの合間に、オレは休憩に入る。
5対5なので選手コースの全員が、交代でミニゲームを行うのだ。
こうした休憩中もチームメイトの動きを見て、ゲームの流れを勉強していく。
「おい、コータ」
「あっ、ヒョウマ君!」
ちょうど同じタイミングで休憩に入ったヒョウマ君が、隣にやってきた。
最近はこうして練習中に、オレに話かけてくる。
昨年末の全国大会の前夜に、ロビーで夢の話をしてから、前より距離が近くなったような気がする。
「率直に聞く、コータ。今年のこのチームで、全国大会の連覇は狙えると思うか?」
「連覇か……」
今はまだ4月の春。
ヒョウマ君は7ヵ月後の12月年に開催される、全日本少年サッカー大会の話をしてきた。
自分たちのチームが全国大会にいった時に、結果はどうなるかと。
そういえば昨年も、同じような質問をされたような気がする。
「かなり、いけると思うよ、ボク的には」
これはオレの客観的な予測である。
前6年生たちが引退してから、このチームの総合力は一段階下がっている。
だが、このまま12月まで順調にいけば、昨年よりも更に強いリベリーロ弘前が完成するであろう。
その要因として
①他チームからの移籍や新加入があり、選手コースの数が増えている。(選手層の強化)
②今の新6年生には数人、昨年の全国制覇のレギュラー選手も残っている。
③エースの澤村ヒョウマが5年生になり、昨年以上に完成度が上がってきた。
※オレと妹の葵の戦力ことは、客観的に見られないので、要因から外してある。
こんな感じで12月には、チームの総合力は昨年を1段階超えたクラスになっているであろう。
「でも連覇は運も絡むと思うけど」
チームの総合力が上がっても、大きな大会での連覇は難しい。
それはサッカーワールドカップの歴史が証明しており、スポーツに“絶対”はないのだ。
「そうか。オレ様もコータと同じ見解だ。油断は禁物だな」
ヒョウマ君も同じ推測だという。
全国大会の連覇は狙える力はあるが、油断は絶対にできないと。
「でも、またヒョウマ君たちと全国優勝したいね!」
「ああ。そうだな」
ヒョウマ君は少し照れくさそうに返事をしてくる。
相変わらずクールで表情を表に出さない。
でもオレは知っている。
試合の時や、チームメイトのためには熱くなってくれることを。
だからオレもあの全国の時の感動と興奮を、もう一度味わいたいのだ。
「よし、休憩が終わるね。次のミニゲームで、久しぶりに勝負しようよ、ヒョウマ君!」
「オレ様も、そう思っていたところだ。今度こそ、コータに圧勝してみせる」
有意義な休憩時間は終わった。
オレたちはミニゲームの練習に参加するのであった。
◇
「よーし、今日もお疲れさま!」
「「「コーチ、ありがとうございました!」」」
夜の7時になり練習が終わる。
自分たちはまだ小学生なので、この後は帰宅となる。
オレは父親が自転車で迎えに来るまで、いつものように居残り練習をしていく。
「おい、コータ。ちょっと来い。あと、澤村もだ」
「えっ? はい、コーチ」
練習後にコーチから呼び出しをされた。かなり神妙な顔をしている。
もしかしたら、何か怒られるのかもしれない。
いったい、何だろう。
オレが自主練習しすぎて、この練習場の道具の消耗が激しいことかな……それとも、コーチのことを『三十路の独身!』って言い出しっぺのことがバレたのかな……。
あっ、でも優良児のヒョウマ君も一緒だから、怒られることではないのかな。
じゃあ、一体なんだろう。
「そんな、硬くなるな。お前たち、“トレセン”は知っているな?」
「トレセン? はい、一応は……」
前世でサッカーオタクであったオレは、もちろん知っている。
“トレセン”……正式には「トレーニングセンター制度」。日本サッカー協会が掲げる青少年の育成制度だ。
日本型の発掘育成システムで、全国にいるサッカー少年から才能ある子を探して、育成していくシステムである。
特徴としてはチーム強化ではなく、「個の育成」の能力を高めていく。
・オレたちが優勝した全日本少年サッカー大会は“団体戦”の日本一の競争。
・それに比べて日本ナショナルトレセンは“個人戦”の日本最高峰の競争。
と言っても過言ではない。
大げさに言うと、たとえチームが毎回1回戦で負けてしまっても、凄い選手はトレセンに選ばれて日本代表にもなれるのだ。
オレたちのチーム内では、ヒョウマ君あたりが最高峰の日本ナショナルトレセンに選ばれても、おかしくはないであろう。
何しろヒョウマ君は昨年の全国大会の得点王で、優勝チームのエース。
しかも内緒だが、将来はプロのサッカー選手になるのが確定しているのだ。
そのトレセンがいったい何なんだろうか?
もしかしたらヒョウマ君にトレセンから招集状がきたのかな。
「喜べ。トレセンのメンバーに選ばれたぞ」
「おお、流石はヒョウマ君!」
やはり、そうきたか。
コーチの言葉は予想通りだったな。
オレの予想はよく当たると、近所のおばちゃんに評判なのだ。
それにしても、ヒョウマ君が日本の小学生の最高峰ナショナルトレセンに選ばれたのか……。
やっぱり今世でも凄いエリートコースを歩んでいるんだな。
このまま順調にいけば、中学生の時には15才以下のジュニアユースのトレセン。
高校生の時には18才以下のユースのトレセンに選ばれるんだろうな。
本当に凄い。
「何を勘違いしている。コータ、お前もだぞ」
「へっ?」
コーチの言葉に、思わず自分の耳を疑う。
でも、耳糞は昨夜、母親にキレイにしてもらったばかり。難聴の可能性は、なかり低い。
「お前もトレセンに選ばれたんだぞ」
「え、え、え……ボ、ボクもですか⁉ ありがとうございます!」
やはり聞き間違いではなかった。
オレはコーチに向かって、最大級の感謝を述べる。
このオレも小学生のナショナルトレセンのメンバーか……。
本当にビックリして、そして感動で心臓がバクバクしてきた。
ここだけの話、昨年の全国大会の優勝と同じくらいに嬉しい。
それだけ全国のサッカー少年にとって、ナショナルトレセンに選ばれることは夢なのだ。
このままオレも何かの間違いで、ヒョウマ君と同じエリート街道を進めたらいいな。
「これトレセンの詳細と、今後のスケジュールだ。お前たちの親御さんには、この後、私の方から話をしておく」
ナショナルトレセンとなれば、親の協力が不可欠となる。
何しろ関東や静岡県のトレーニングセンターに現地集合。全国から選ばれた小学生たちが、そこで一堂に練習するのだ。
そのため両親の了承も必要。旅行の準備や予算など、親の時間と金銭的な負担もあるのだ。
でも、その辺は、我が家は大丈夫だと思う。
両親は共稼ぎだが、有給で休みが自由にとれる職場らしい。
更に最近、なぜか父親の給料が上がり続けている。
そのお蔭もあり我が家の車も、前世よりもワンランク上の大きいのに買い替えられていたのだ。
もちろんヒョウマ君の家も大丈夫であろう。
ヒョウマ君の家は金持ちである。お父さんは元Jリーガーで、今は会社を経営しているらしい。お母さんもこの街では名家の生まれ。
金持ち澤村家のTVは、半端じゃないくらいの大きいのだ。初めて見た時、チームメイトの皆でビックリした。
「ふん。面白いな」
トレセンの詳細を見て、ヒョウマ君が不敵な笑みを浮べている。ここまで闘志を剥き出しのヒョウマ君は珍しい。
さっきまではトレセンと聞いても、つまらなさそうにしていたのに。
一体どうしたのであろう?
「その詳細を見たら分かるが、お前たち二人の今回の招集は、かなり特別だ……」
コーチまで表情が変わる。かなり苦い表情を浮べている。
二人とも一体どうしたのであろうか。
「かなり特別?」
気になったオレは、もう一度トレセンの詳細を見直す。
見落としていた情報が、どこかにあるのであろう。
「あっ……えっ? これは……?」
オレはその重大な情報を発見した。
実は詳細の一番上に、一番大きく書いてあったのだ。うっかり者のオレは、それを見落としていたのだ。
一番上に書いてあったのは……
“日本ナショナルトレセンU―15の特別招集について”
「コーチ、U-15と間違えて書いてありますが……」
常識的に、U―15に招集されるのは、中学生3年生の15才の人たちだ。
「私も確認したが、U-15で間違いはない、コータ」
「でも、ボクたちはまだ小学生5年生で、10才ですが……」
「私に聞かれても困る。とにかくチームの代表として頑張ってきてくれ!」
オレとヒョウマ君の親が迎えに来たので、コーチはそう言い残し行ってしまう。
というか、逃げて行った。
「えっ……ボクとヒョウマ君が……U-15のトレセンメンバー?」
こうして訳の分からないまま、オレは中学生の最高峰の合同練習に行くことになった。




