【閑話】:とあるサッカー協会の人の話
《とあるサッカー協会の人の話》
今年の全日本少年サッカー大会が終わり、関係者によるお疲れさま会が行われていた。
日本サッカー協会に在籍する私は、出向先のヨーロッパ支部から、つい先日帰国したばかりであった。
年齢的にも下っ端である私は、その懇親会の端の方に参加している。
『いやー、それにしても、決勝戦は波乱だったな……』
『7対6でしたか? 決勝とは思えない展開でしたな……』
『まさか名門の横浜マリナーズが、街クラブに負けるとは……』
懇親会での話題は、もっぱら決勝戦のことであった。
ここまで話題が大きくなっている原因は、次の三つの点である。
①優勝候補だった横浜マリナーズが負けたこと。
②相手が東北の歴史の浅い街クラブだったこと。
③泥仕合とも思える展開で終わったこと。
特に②のことで協会の幹部たちはザワついている。
何しろ今の少年サッカーの大きな大会では、Jジュニアチームが上位を独占していた。
Jリーガーに憧れる日本の少年は、試験を受けてまでJジュニアチームに入ろうとする。
その結果、才能ある少年の多くが、Jジュニアチームに偏ってしまったのだ。
『優勝はリベリーロ……弘前でしたか……?』
『だが来年は、どうなるか分からないですな……』
もちろん少年サッカー団や街サッカークラブでも、時おり未来のスーパースターが入団して、好成績を残すこともある。
だが幹部たちが話すように、それ以降の年ではJ下部組織が、圧倒的に成績を残していくのだ。
この偏りも日本サッカーの未来を考えたら、仕方がないといえよう。
『そういえば横浜マリナーズOB、澤村ナオト君の息子のヒョウマ君でしたか? 9番の彼だけは記憶に残りましたな……』
『ああ、そうですな。若い時の澤村君を彷彿とさせる、子供もキレのあるプレイでしたな……』
街クラブのリベリーロ弘前の中でも、幹部たち称賛を受けていた少年がいた。
それは澤村ヒョウマ君。
彼はまだ小学生4年生でありながら、今大会の得点王であり、チームのエースである。
特に幹部たちから受けがいいのは、その血筋である。
名門の横浜マリナーズのOBの息子ということで、特別視されていたのであろう。
(たしかに澤村ヒョウマ君は、この年代では別格だな。上の世代にいっても楽しみだな)
彼に対する、私の評価も悪くはない。
決勝戦を直に見ていたが、光るプレイが何個もあったのだ。
このまま小学生ジュニア→中学生ジュニアユース→高校生ユースと、順調に成長していって欲しい。
そうなれば将来の日本サッカーにとって、価値のあるプレイヤーの一人になるであろう。
『だが澤村君の息子は、なぜ、あんな東北の街クラブに?』
『まあ、小学校を卒業と同時に、各ジュニアユースチームが獲得に動きだしそうですな……』
『いや、もしかしたら水面下で、既に各チームのスカウトマンが動いているかもですな! はっはっは……』
幹部たちのその意見には、私も同感である。
あの澤村ヒョウマ君は早めに、別のチームを移るべきだと思う。もちろん実績のあるJジュニアユースチームに。
少年サッカーにおいて、生まれ持った才能は大事。だが育っていく環境はそれ以上に重要だと、私は考えている。
優れたハード的な設備と、専門的なコーチ陣のソフト面。
そしてチーム内にいる、全国から選び抜かれたライバルたちとの日々の競争。
これらの刺激ある環境こそが、成長していく世代には欠かせないと考えている。
リベリーロ弘前のクラブとしての情報は、サッカー協会の中でもまだ少ない。
HPをパッと見た感じだと、人工芝の練習場と夜間照明があった。決勝戦でのコーチの采配も悪くなかった。
だが“よくある地方の街クラブの一つ”というイメージは拭えなかった。
決して最高の環境ではない。
特に澤村ヒョウマのライバルとなる同等の選手は、あのチーム内にはいないであろう。
『そういえば……リベリーロ弘前の14番はどうでしたか、皆さん?』
そんな幹部たちの雑談の中から、ひときわ若い声がしてきた。
あれは確か横浜マリナーズU-12の監督である。
準優勝チームの監督として、幹部たちの話し相手をしているのであろう。
『14番? 記憶にないな……』
『たしかに私も記憶にありせんな……』
『それよりも、おたくのマリナーズの6年生の方が有望な……』
横浜マリナーズU-12の監督の発言に、幹部たちは首を傾げる。
そして話題を次の方向へもっていく。あまり記憶も関心もない話題なのであろう。
(リベリーロ弘前の14番……あの選手か……)
それは実は私も気になっていた選手である。
だがヒョウマ君のように、優れた選手としてではない。
何と言えばいいのか……“不思議な少年”として、私の印象に残っていたのである。
決勝戦を見ていたが、特に衝撃的な印象にない。
“決勝点も含む3得点を決めた選手”なのに全く印象にないのだ。
だからこそ逆に不思議な少年なのだ。
(14番の特徴か……)
・足やシュート力、身体能力が特筆凄い訳ではない。(あれ位は全国にゴロゴロしている)
・基礎力はかなり高い水準にあるが、光るプレイが全くない。(将来の伸びしろが少ない?)
・決勝の3得点が“ごっつあんゴール”ばかりだった。(こぼれ球を偶然拾ってシュートしていた)
それが決勝戦を見ていた14番の、私の中の評価である。
まだ小学生4年生で、優勝チームのレギュラー選手。
そのことを考えたら、決して悪くはない。
(だが“歩いてばかりいた選手”……そのイメージが悪いのであろう)
決勝戦で14番はゲームの終始にわたって棒立ちと、歩いていたプレイが多かったのだ。
もしかしたらスタミナや身体に、何か不安がある少年なのかもしれない。
だが今の日本のサッカー界では、全ポジションの選手が常に走り回ることが、重要視されている。
だから先ほどの幹部たちの印象も、あれほど薄かったのであろう。
「だが、最後の決勝点……アレは……」
14番のことを思い出しながら、私は思わず言葉を発する。
全国大会の最後のワンプレイのことを、思い出したのだ。
――――◇――――
・澤村ヒョウマ君のフリーキックが守備側の壁に当たり、こぼれ球になる。
↓
・14番は偶然それを拾い、無謀にもゴールに突進していった。
↓
・横浜マリナーズの3人の選手に囲まれて、ボールを奪われそうになる。
↓
・だがボールはコロコロとネットを揺らしていた。
――――◇――――
「アレは……なんだっんだ?」
思い出しただけで、背筋がゾクリとした。
偶然のごっつあんゴールのはずなのに、私の鳥肌が立っていた。
まるで先月までいたヨーロッパ。そのプロ選手のスーパーゴールを見た時と、同じ鳥肌感である。
決勝戦の録画映像を何度見直しても、その鳥肌の原因は分からなかった。
何度見ても本当に偶然のごっつあんゴールだったのだ。
「おや? 横浜マリナーズU-12の監督が、一人になったか。よし、聞きに行ってみよう」
準優勝のチームの監督が、幹部たちから離れた場所に行った。
先ほど、あの男が14番の発言した時の表情も、少し変であった。
もしかしたら対戦相手として、何か14番の秘密を知っているのかもしれない。どうしても気になるので、聞きにいってみよう。
「さて、行くとするか……おっと、失礼しました」
私が監督の元に、向かうとした時である。
懇親会にいた客の一人と、軽くぶつかってしまう。
私の方が不注意なので、素直に謝っておく。
「あれ? あなたは……もしや横浜マリナーズOBの澤村選手では?」
「ああ、そうだが」
私がぶつかった相手は澤村ナオトであった。
先ほどの話にもあった、横浜マリナーズの元Jリーガー。今はベンチャー企業を立ち上げて、大成功している経営者だ。
「失礼しました。私はこういう者です」
「ふーん。なるほど」
初めて会う澤村ナオトに、自分の名刺を渡す。
相手は名刺の内容を見ても、あまり興味がなさそうな反応である。むしろ社会人として、変わった対応だった。
そういえば、この男は選手時代から独特の性格だったと、聞いている。
引退した今も変わらず、自分を貫いているのであろう。
そういえば澤村ナオトの息子のヒョウマ君は、14番と同じチームである。
「14番の……」
「14番? ヒョウマのチームメイトの、野呂コウタのことか?」
私が思わず口にした単語に、澤村ナオトがピクリと反応する。
さっきまでの無反応とは違う。
その顔には明らかに、何かの表情が浮かんでいた。
おっと……これは意外な反応であった。
もしかしたら、この男も14番のことを、何か知っているのかもしれない。
引退後の澤村ナオトは、ヨーロッパや南米など世界を相手に仕事をしている。
だが今は妻の実家である田舎の、東北の街に移住していた。利便性を考えたら、実に不思議なことである。
(澤村ナオトの突然の移住……息子ヒョウマのリベリーロ弘前の入団……リベリーロ弘前の大躍進……そして、あの14番の違和感……)
脳内でピーンと、キーワードが浮かんできた。
もしから、この全てが密接に繋がっているのかもしれない。
その中心にいるのは、この澤村ナオトか。
もしくは14番……いや、こっちの可能性は無いであろう。
「あの14番の少年のことなんですが……あっ、すみません。また、今度連絡します、澤村さん!」
澤村ナオトに尋ねようとした時である。
私は話を中断する。
非礼を詫びて、また連絡をすると伝えておく。
(くそっ、こんなタイミングで来たのか……)
何故なら懇親会の入り口に、重要人物を見つけたのである。
「ボス! どこに行っていたのですか? 探しましたよ!」
私は自分の上司となる需要人物に、駆け寄り声をかける。
上司に対して、少しストレートな言い方かもしれない。
だが強く言わないと、分からない相手なのだ。
「オー、待たせてゴメンデス! 日本のサッカー少年たちと、話をシテキマシタ!」
「やっぱり、そうでしたか……相変わらず自由というか、何というか」
私のボスは外国人である。
日系何世ということもあり、日本語もけっこう話せる。
見た目は60代くらいの白ヒゲの白人系。サングラスをしている陽気なヨーロッパ人である。
『あの方は⁉ まさか……』
『本当だ! なんで、こんな少年サッカーの懇親会の場に……?』
『プライベートで来たのか……?』
ボスの登場に懇親会が、一気にざわつく。
何しろボスはヨーロッパサッカーのレジェンド選手。サッカー関係者なら、誰もが知る有名人だった。
ちなみに少年サッカー全国大会への来場は、完全にプライベート。この懇親会への参加も、ボスの好きなサプライズだったのだ。
「日本のサッカー協会のみなさん、コンニチワ。これからヨロシクお願いシマス!」
ボスは片言の日本語で、会場の全員に挨拶をする。
これから特別アドバイザーとして世話になる、日本サッカーの幹部たちに。
「そういえばワンダフルな少年にアッタよ!」
秘書である私に、ボスは興奮して話をしてきた。
何でも全国大会の閉会式の後。そこで面白いサッカー少年に会ったと。
決勝戦でも気になって、実際に話をしに行ったというのだ。
(面白い選手? まさかアノ14番じゃないよな?)
例の少年のことが、頭に浮かんでしまった。
(だが14番のことは落ち着いてからだな……)
何故なら私はこれから、忙しくなるからだ。
ボスをお偉いさんの所に、案内しけないのだ。
こうして私はボスと共に、日本での仕事に取り掛かるのであった。
日本のサッカーの発展のために、忙しい日が続きそうである。
まさかリベリーロ弘前の14番“野呂コウタ”と、相対する日が近いうちにある……この時の私は想像もしていなかった。




