第24話:決戦前
全国大会の決勝戦の前夜。
鹿児島県の常宿の深夜のロビー。
オレは極度の緊張の夜を迎えていた。
「コータ、前から聞きたいことがあった。お前は“何者”だ?」
「えっ……?」
チームメイトのヒョウマ君からの、まさかの質問であった。
心臓が止まりそうになり、オレは思わず言葉を失う。
もしかしたらオレが転生者であることが、バレてしまったのであろうか?
自分では知らない大きなミスを、ヒョウマ君に見せていたのかもしれない。
もし、そうだとしたら大変だ。
オレの二度目のサッカー人生は、どうなるのであろう。
これまでサッカーに関して、不正は決していない。でも、他人にバレてしまったら、どうなるか予想もできない。
とにかくヒョウマ君に質問の真意を聞いてみないと。
「な、何者……っていうと、ヒョウマ君?」
「お前は少し変わっている。お前のように理解不可能な男は、初めてだ」
「そ、そんなことをボクに言われても……」
オレは質問の意図が読めずにいた。
もしかしたら『お前は未来から転生してきた男なのか⁉』と問い詰められるのかと思った。
だが、どうやら違うらしい。
ヒョウマ君自身も質問に迷っている感じだった。何かの精神的なことを、オレに聞きたそうである。
「すまん。抽象的すぎる質問だったな。質問を変えよう……コータ、お前は将来、どんなサッカー選手になりたいんだ?」
ヒョウマ君が改めて質問してきた。
先ほどのとは全然違う内容に思える。
ヒョウマ君も何かに悩みながら、質問しているのかもしれない。
それならオレも真剣に答えないといけない。
「ボクが将来どんな選手に? か……」
いきなりの質問に、自分のことをふと思い返す。
幼稚園の3歳の頃から、必死でサッカーの練習をしてきた日々を。
ゲームやTVなどの遊びを全て排除。自由な時間を一切なくして、サッカーのために生きてきた。
サッカー漬けで楽しい毎日だった。
でも本音を言えば、苦しい時もあった。
毎朝の早起きはいつも眠い。
それに新しい技が上手くいかない時は、イライラする時もあった。
他の才能ある選手に嫉妬する時もあった。
サッカーは努力だけは、先に進めないことも多いのだ。
でも、サッカーの練習を辞めたいと思った時は、一度もない。
何故ならオレはサッカーが好きだから。
前世で家族と右足を失って、どん底だった自分を救ってくれたサッカーの存在。
あの眩しいくらい生きる力と、エネルギーに感謝していたのだ。
生まれ変わった今度の人生。オレは恩返しをしたかった。
地元のあのサッカーチームを救うこと。
そして今では、もう一つ目標が出来ていた。
前世のオレと同じ悩んでいる人に、サッカーを通して生きるエネルギーを与えたかったのだ。
「ヒョウマ君、ボクは将来、日本中の人たちに、世界中の人たちに、自分のサッカーで元気を感じて欲しい……そんな選手になりたいだ!」
これまでの31年間と10年間の人生。そこで見つけた答えを、自分の口から発する。
答えは少し抽象的すぎるかもしれない。
でも、今言えるのは、この答えしかなかった。
オレは自分のサッカーで誰かを元気にしたいのだ。
「『世界中の人たちに、自分のサッカーで元気を感じさせる選手』か……なるほどな」
ヒョウマ君は静かに頷く。
どうやらオレの意図を感じてくれたようだ。
彼は無言で何かを思いつめていた。
「そういえば、逆にヒョウマ君の将来の夢は?」
オレは思わず質問を聞き返す。
それはいつか聞いてみなかった質問だった。聞くなら今のタイミングしかない。
「オレ様か? オレ様は、名門のJリーグのユースチームにスカウトされて、その後はJリーグにデビュー。将来的には日本代表に選ばれて、ヨーロッパのビッグチームに移籍をする……」
ヒョウマ君は自分の夢を語りだす。
あまりに壮大な夢だが、今の彼なら叶う気がする。
何故なら今世のヒョウマ君は、絶対に前世とは違い人生を進んでいる。
基礎トレーニングを徹底に行い、自分の身体のケアにも気を付けていた。
このまま順調に進んでいけば、絶対にビッグな選手になるであろう。
これはサッカーオタクのオレの直感であり、彼のイチファンとしての願望であった。
「だが最近、オレ様は夜に違う夢を見る」
「えっ……夢?」
先ほどの言葉をヒョウマ君は修正する。
いきなり“夢”というスピリチュアルな物を出してきたのだ。
現実主義者のヒョウマ君にしては珍しい。
それにしても、いったいどんな夢なのだろうか?
「その夢でオレ様は、世界中の子どもたちに夢を与えていた。サッカーという太陽のような夢をな……」
ひどく抽象的な内容であった。
いつもクールで冷静沈着な、ヒョウマ君の口から出た言葉とは思えない。
特に“サッカーという太陽”という部分が胸アツ単語だ。
「ぷぷぷ……ヒョウマ君の夢も変だね」
「笑うな。お前の変な夢には負ける」
「それなら、おあいこだね」
「ああ、そうだな」
ヒョウマ君も自分で苦笑いしていた。
互いに突っ込んで、笑い出しそうになる。
今は消灯時間前の夜のロビー。二人で笑うのを必死で抑える。
でも“世界中の子どもたちに夢を与える”か……本当に素敵な夢だ。
オレもいつか、そんな素敵な夢を見てみたい。
「そろそろ、消灯時間だね。眠りに行こうか、ヒョウマ君?」
「ああ、そうだな。明日は決勝戦だからな」
こうしてオレとヒョウマ君は、大部屋にこっそり帰って就寝する。
オレは布団に入り目を閉じる。
さっき二人で話をしたのは、本当に何のまとまりもない抽象的な話。
短かったけど、本当に時間だった。
またヒョウマ君と、あんな話ができたらいいな。
でも彼は恥ずかしがり屋さんなので、難しいかもしれない。
よし、そろそろ、寝ないと。
明日はいよいよ決勝戦だ。
今宵はきっと、いい夢が見られそうな気なする。
何となくだけど、オレはそんな気がしていた。
◇
翌朝になり全国大会の最終日がやってきた。
12月の鹿児島県は晴天で、少し暖かい。
サッカーの競技場は熱気に包まれていた。
こから始まる決勝戦に観客たちが興奮していた。
全国に数千ある少年サッカーチームの頂点が、もうすぐ決まろうとしていたのだ。
「今日は何も言うことはない。お前たちは全力を出して戦え!」
「「「はい! コーチ!」」」
試合前にコーチから指示がある。オレたち選手は大きな声で返事をする。
勝っても負けても、全国大会はこれが最後の試合。
チームのモチベーションは最高潮である。
「できれば優勝して、オレに美酒を飲ませてくれ!」
「コーチはそのまま禁酒した方がいいですよ!」
「そうそう、禁酒したら彼女も見つかるかもしれないし!」
「そうだね!」
「おい、お前ら……こんな場でその話は勘弁してくれ」
「「「わっはは……」」」
コーチの冗談に、オレたちも乗っかかる。そして皆で大爆笑する。
全国の決勝戦前に不謹慎かもしれない。
でも、この明るさがリベリーロ弘前のチーム雰囲気。オレたちが躍進してきた原動力であった。
よし、大爆笑して無駄な固さも抜けたぞ。
戦場である芝生の競技場に、オレたち選手は向かう。
「お前たち……後は頼んだぞ……」
後ろで見送るコーチから、微かに呟きが聞こえてきた。
振り向くといつになく真剣な表情で、オレたちのために祈っていた。
いつも冗談ばかりのコーチ。三十路なのに彼女がいないコーチ。足が臭いコーチ。
でもオレたちのために、いつも必死で指導してくれるコーチ。オレたちのために涙を流してくれるコーチ。
「みんな、コーチのために勝とうな」
「「「はい、キャプテン」」」
そんな素晴らしい恩師に、勝利の美酒を捧げよう。
その想いはリベリーロ弘前の全員の想いであった。
◇
試合前に両チームが整列して、向かい合い挨拶をする。
決勝の相手は横浜マリナーズU-12。
少年サッカーの名門であり、2年連続で全国制覇をしている強豪だ。
「約束通りに決勝まで来てやったぞ」
「さすがだな、澤村……それに野呂コータも」
ヒョウマ君が不敵な笑みを浮べる。
相手の例の3人とヒョウマ君の間で、視線の火花を飛び交う。
相変わらずオレも、何故かその火花の間に巻き込まれている。
だが今日だけは悪くはない気分。
決戦の前の、ほどよい空気だ。
「互いに全力を尽くそう」
「ああ、そうだな」
戦う前の両者に、これ以上の言葉はいらなかった。
挨拶が終わり、オレたちはキャプテンを中心に集まり、試合前の円陣を組む。
「みんな、体調はいいか?」
キャプテンがみんなに聞いてきた。試合前の今の自分たちの状況を。
「うん、最高です、キャプテン!」
オレは思わず一番に答える。
何故なら本当に最高の体調だった。
正直なところ全国大会の連戦で、疲れも残っている。
だが充実した気力が、それを遥かに上回っていた。
やり直しのサッカー人生で、一番気力と身体が最高潮であったのだ。
「愚問だ。オレ様はいつもベストコンディションだ」
「葵も元気!」
他のみんなもオレに続く。
ヒョウマ君と葵。それに5、6年の先輩たち。
誰もが気力を漲らせた、最高のコンディションであった。
「そうか。オレも同じだ。だから今日はオレたちが勝つ……オレたちが優勝だ! みんな、いくぞ……リベリーロ……ふぁい」
「「「オー!!」」」
キャプテンの掛け声で、オレたちは声の限り叫ぶ。
小さな戦士たちの声は、決勝戦の場に響き渡る。
ありがとうございます、キャプテン。
お蔭でオレも気合いが、更に充填されました。
「おい、コータ」
「ん、どうしたの、ヒョウマ君?」
試合開始の配置につく。
攻撃のFWのヒョウマ君が、なにやら話かけてきた。
いったい、どうしたのであろう?
「久しぶりにオレ様と、アレで勝負しようぜ。『どっちが点を多く決められるかの勝負』を」
「えっ、ヒョウマ君……決勝戦のこんな場で?」
まさかの提案だった。
得点勝負だって?
小さな大会なら、まだしも。こんな大一番で提案してくるとは、さすがの思ってみなかった。
「面白いゲームにして、まずは『日本中に元気と夢』を与えようぜ」
「ヒョウマ君、それはボクたちの将来の……」
それは昨夜のロビーでの二人の夢を、一つに合わせた言葉である。
まさか、こんな大観衆の前で言われるとは、思ってもいなかった。
「もしかしたらオレ様に負けるのが、怖いのか?」
「そ、そんな訳ないよ。うん、勝負だね!」
挑発でオレに火が付いた。
初めて出会った小学2年生から、この3年間。
今のところヒョウマ君との得点勝負は、ほぼ互角であったはずだ。
オレは自由帳に書いて、計算していたらから間違いない。
たしかオレが1点差で負けているが、ギリギリ食らいついている状況である。
それならオレにも勝てる望みがあるぞ。
「面白そう! 葵も参加する!」
「それなら三人で勝負だな、野呂兄妹」
「うん、ヒョウマ君。三人で頑張っていかないと!」
得点争いに葵も加わる。
全国大会の大舞台の決勝戦だというに、不思議な感じであった。
もしかしたらヒョウマ君なりに、オレの緊張感をほぐそうとしてくれたのかもしれない。
『格上の相手にも攻撃的に行こう!』という作戦なのかもしれない。
お蔭でオレは最高の状態に仕上がっている。
ヒョウマ君も今日は、かなり調子が良さそうだ。
オレも現時点で持てる全てを出し切ろう。
ピピー!
試合開始のキックオフのホイッスルが、競技場のピッチに鳴り響く。
こうして全国大会の最後の戦い。決勝戦は始まるのであった。