表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/157

第24話:決戦前

 全国大会の決勝戦の前夜。

 鹿児島県の常宿の深夜のロビー。


 オレは極度の緊張の夜を迎えていた。


「コータ、前から聞きたいことがあった。お前は“何者”だ?」

「えっ……?」


 チームメイトのヒョウマ君からの、まさかの質問であった。

 心臓が止まりそうになり、オレは思わず言葉を失う。


 もしかしたらオレが転生者であることが、バレてしまったのであろうか?

 自分では知らない大きなミスを、ヒョウマ君に見せていたのかもしれない。


 もし、そうだとしたら大変だ。

 オレの二度目のサッカー人生は、どうなるのであろう。

 これまでサッカーに関して、不正は決していない。でも、他人にバレてしまったら、どうなるか予想もできない。


 とにかくヒョウマ君に質問の真意を聞いてみないと。


「な、何者……っていうと、ヒョウマ君?」

「お前は少し変わっている。お前のように理解不可能な男は、初めてだ」

「そ、そんなことをボクに言われても……」


 オレは質問の意図が読めずにいた。

 もしかしたら『お前は未来から転生してきた男なのか⁉』と問い詰められるのかと思った。


 だが、どうやら違うらしい。

 ヒョウマ君自身も質問に迷っている感じだった。何かの精神的なことを、オレに聞きたそうである。


「すまん。抽象的すぎる質問だったな。質問を変えよう……コータ、お前は将来、どんなサッカー選手になりたいんだ?」


 ヒョウマ君が改めて質問してきた。

 先ほどのとは全然違う内容に思える。


 ヒョウマ君も何かに悩みながら、質問しているのかもしれない。

 それならオレも真剣に答えないといけない。


「ボクが将来どんな選手に? か……」


 いきなりの質問に、自分のことをふと思い返す。


 幼稚園の3歳の頃から、必死でサッカーの練習をしてきた日々を。

 ゲームやTVなどの遊びを全て排除。自由な時間を一切なくして、サッカーのために生きてきた。

 サッカー漬けで楽しい毎日だった。


 でも本音を言えば、苦しい時もあった。

 毎朝の早起きはいつも眠い。

 それに新しい技が上手くいかない時は、イライラする時もあった。


 他の才能ある選手に嫉妬する時もあった。

 サッカーは努力だけは、先に進めないことも多いのだ。


 でも、サッカーの練習を辞めたいと思った時は、一度もない。


 何故ならオレはサッカーが好きだから。

 前世で家族と右足を失って、どん底だった自分を救ってくれたサッカーの存在。

 あの眩しいくらい生きる力と、エネルギーに感謝していたのだ。


 生まれ変わった今度の人生。オレは恩返しをしたかった。

 地元のあのサッカーチームを救うこと。


 そして今では、もう一つ目標が出来ていた。

 前世のオレと同じ悩んでいる人に、サッカーを通して生きるエネルギーを与えたかったのだ。


「ヒョウマ君、ボクは将来、日本中の人たちに、世界中の人たちに、自分のサッカーで元気を感じて欲しい……そんな選手になりたいだ!」


 これまでの31年間と10年間の人生。そこで見つけた答えを、自分の口から発する。 


 答えは少し抽象的すぎるかもしれない。

 でも、今言えるのは、この答えしかなかった。

 オレは自分のサッカーで誰かを元気にしたいのだ。


「『世界中の人たちに、自分のサッカーで元気を感じさせる選手』か……なるほどな」


 ヒョウマ君は静かに頷く。

 どうやらオレの意図を感じてくれたようだ。

 彼は無言で何かを思いつめていた。


「そういえば、逆にヒョウマ君の将来の夢は?」


 オレは思わず質問を聞き返す。

 それはいつか聞いてみなかった質問だった。聞くなら今のタイミングしかない。


「オレ様か? オレ様は、名門のJリーグのユースチームにスカウトされて、その後はJリーグにデビュー。将来的には日本代表に選ばれて、ヨーロッパのビッグチームに移籍をする……」


 ヒョウマ君は自分の夢を語りだす。

 あまりに壮大な夢だが、今の彼なら叶う気がする。


 何故なら今世のヒョウマ君は、絶対に前世とは違い人生を進んでいる。

 基礎トレーニングを徹底に行い、自分の身体のケアにも気を付けていた。

 このまま順調に進んでいけば、絶対にビッグな選手になるであろう。


 これはサッカーオタクのオレの直感であり、彼のイチファンとしての願望であった。


「だが最近、オレ様は夜に違う夢を見る」

「えっ……夢?」


 先ほどの言葉をヒョウマ君は修正する。

 いきなり“夢”というスピリチュアルな物を出してきたのだ。

 現実主義者のヒョウマ君にしては珍しい。


 それにしても、いったいどんな夢なのだろうか?


「その夢でオレ様は、世界中の子どもたちに夢を与えていた。サッカーという太陽のような夢をな……」


 ひどく抽象的な内容であった。

 いつもクールで冷静沈着な、ヒョウマ君の口から出た言葉とは思えない。

 特に“サッカーという太陽”という部分が胸アツ単語だ。


「ぷぷぷ……ヒョウマ君の夢も変だね」

「笑うな。お前の変な夢には負ける」

「それなら、おあいこだね」

「ああ、そうだな」


 ヒョウマ君も自分で苦笑いしていた。

 互いに突っ込んで、笑い出しそうになる。

 今は消灯時間前の夜のロビー。二人で笑うのを必死で抑える。


 でも“世界中の子どもたちに夢を与える”か……本当に素敵な夢だ。

 オレもいつか、そんな素敵な夢を見てみたい。


「そろそろ、消灯時間だね。眠りに行こうか、ヒョウマ君?」

「ああ、そうだな。明日は決勝戦だからな」


 こうしてオレとヒョウマ君は、大部屋にこっそり帰って就寝する。

 オレは布団に入り目を閉じる。


 さっき二人で話をしたのは、本当に何のまとまりもない抽象的な話。

 短かったけど、本当に時間だった。


 またヒョウマ君と、あんな話ができたらいいな。

 でも彼は恥ずかしがり屋さんなので、難しいかもしれない。


 よし、そろそろ、寝ないと。

 明日はいよいよ決勝戦だ。


 今宵はきっと、いい夢が見られそうな気なする。

 何となくだけど、オレはそんな気がしていた。



 翌朝になり全国大会の最終日がやってきた。

 12月の鹿児島県は晴天で、少し暖かい。


 サッカーの競技場は熱気に包まれていた。

 こから始まる決勝戦に観客たちが興奮していた。

 全国に数千ある少年サッカーチームの頂点が、もうすぐ決まろうとしていたのだ。


「今日は何も言うことはない。お前たちは全力を出して戦え!」

「「「はい! コーチ!」」」


 試合前にコーチから指示がある。オレたち選手は大きな声で返事をする。

 勝っても負けても、全国大会はこれが最後の試合。

 チームのモチベーションは最高潮である。


「できれば優勝して、オレに美酒を飲ませてくれ!」

「コーチはそのまま禁酒した方がいいですよ!」

「そうそう、禁酒したら彼女も見つかるかもしれないし!」

「そうだね!」


「おい、お前ら……こんな場でその話は勘弁してくれ」

「「「わっはは……」」」


 コーチの冗談に、オレたちも乗っかかる。そして皆で大爆笑する。

 全国の決勝戦前に不謹慎かもしれない。


 でも、この明るさがリベリーロ弘前ひろさきのチーム雰囲気。オレたちが躍進してきた原動力であった。


 よし、大爆笑して無駄な固さも抜けたぞ。

 戦場である芝生の競技場に、オレたち選手は向かう。


「お前たち……後は頼んだぞ……」


 後ろで見送るコーチから、微かに呟きが聞こえてきた。

 振り向くといつになく真剣な表情で、オレたちのために祈っていた。


 いつも冗談ばかりのコーチ。三十路なのに彼女がいないコーチ。足が臭いコーチ。


 でもオレたちのために、いつも必死で指導してくれるコーチ。オレたちのために涙を流してくれるコーチ。


「みんな、コーチのために勝とうな」

「「「はい、キャプテン」」」


 そんな素晴らしい恩師に、勝利の美酒を捧げよう。

 その想いはリベリーロ弘前の全員の想いであった。



 試合前に両チームが整列して、向かい合い挨拶をする。

 決勝の相手は横浜マリナーズU-12。

 少年サッカーの名門であり、2年連続で全国制覇をしている強豪だ。


「約束通りに決勝まで来てやったぞ」

「さすがだな、澤村……それに野呂コータも」


 ヒョウマ君が不敵な笑みを浮べる。

 相手の例の3人とヒョウマ君の間で、視線の火花を飛び交う。


 相変わらずオレも、何故かその火花の間に巻き込まれている。

 だが今日だけは悪くはない気分。

 決戦の前の、ほどよい空気だ。


「互いに全力を尽くそう」

「ああ、そうだな」


 戦う前の両者に、これ以上の言葉はいらなかった。

 挨拶が終わり、オレたちはキャプテンを中心に集まり、試合前の円陣を組む。


「みんな、体調はいいか?」


 キャプテンがみんなに聞いてきた。試合前の今の自分たちの状況を。


「うん、最高です、キャプテン!」


 オレは思わず一番に答える。

 何故なら本当に最高の体調だった。


 正直なところ全国大会の連戦で、疲れも残っている。

 だが充実した気力が、それを遥かに上回っていた。


 やり直しのサッカー人生で、一番気力と身体が最高潮であったのだ。


「愚問だ。オレ様はいつもベストコンディションだ」

「葵も元気!」


 他のみんなもオレに続く。

 ヒョウマ君と葵。それに5、6年の先輩たち。

 誰もが気力を漲らせた、最高のコンディションであった。


「そうか。オレも同じだ。だから今日はオレたちが勝つ……オレたちが優勝だ! みんな、いくぞ……リベリーロ……ふぁい」

「「「オー!!」」」


 キャプテンの掛け声で、オレたちは声の限り叫ぶ。

 小さな戦士たちの声は、決勝戦の場に響き渡る。


 ありがとうございます、キャプテン。

 お蔭でオレも気合いが、更に充填されました。


「おい、コータ」

「ん、どうしたの、ヒョウマ君?」


 試合開始の配置につく。

 攻撃のFWのヒョウマ君が、なにやら話かけてきた。

 いったい、どうしたのであろう?


「久しぶりにオレ様と、アレで勝負しようぜ。『どっちが点を多く決められるかの勝負』を」

「えっ、ヒョウマ君……決勝戦のこんな場で?」


 まさかの提案だった。

 得点勝負だって?

 小さな大会なら、まだしも。こんな大一番で提案してくるとは、さすがの思ってみなかった。


「面白いゲームにして、まずは『日本中に元気と夢』を与えようぜ」

「ヒョウマ君、それはボクたちの将来の……」


 それは昨夜のロビーでの二人の夢を、一つに合わせた言葉である。

 まさか、こんな大観衆の前で言われるとは、思ってもいなかった。


「もしかしたらオレ様に負けるのが、怖いのか?」

「そ、そんな訳ないよ。うん、勝負だね!」


 挑発でオレに火が付いた。


 初めて出会った小学2年生から、この3年間。

 今のところヒョウマ君との得点勝負は、ほぼ互角であったはずだ。

 オレは自由帳に書いて、計算していたらから間違いない。


 たしかオレが1点差で負けているが、ギリギリ食らいついている状況である。

 それならオレにも勝てる望みがあるぞ。


「面白そう! 葵も参加する!」

「それなら三人で勝負だな、野呂兄妹」

「うん、ヒョウマ君。三人で頑張っていかないと!」


 得点争いに葵も加わる。

 全国大会の大舞台の決勝戦だというに、不思議な感じであった。


 もしかしたらヒョウマ君なりに、オレの緊張感をほぐそうとしてくれたのかもしれない。

 『格上の相手にも攻撃的に行こう!』という作戦なのかもしれない。 

 お蔭でオレは最高の状態に仕上がっている。


 ヒョウマ君も今日は、かなり調子が良さそうだ。

 オレも現時点で持てる全てを出し切ろう。


ピピー!


 試合開始のキックオフのホイッスルが、競技場のピッチに鳴り響く。

 こうして全国大会の最後の戦い。決勝戦は始まるのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 誤字脱字 「ヒョウマ君、ボクは将来、日本中の人たちに、世界中の人たちに、自分のサッカーで元気を感じて欲しい……そんな選手になりたいだ!」 急に主人公が訛ってめちゃくちゃ笑ってしまった…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ