第35話 塩より砂糖が良い
海の底から、ゆっくりと海上に向かって泳ぐ。
昔は、一人。
今なんて、二人で泳いでる。
暗い海の底に比べて、だんだんと明るくなっていく。
手をつないでいる。
それが、うれしくて、涙が流れた。
やっぱり、うれしい時も、涙は流れるのだ。
このまま、ずっと二人が良いな。
人魚は、何故泣いたのだろう。
どうして、涙が砂糖になったのだろう。
おばあちゃんから、もらった涙真珠のネックレス。
恋のお守り。
もっと、たくさんの想いを持って恋をしていたのかな。
もっと、たくさんの時間を一人で過ごしていたのかな。
悲しいよ。好きって思いが、伝わらないと思っていたのかな。あきらめそうだったのかな。
でも、想いは叶うんだよね。
甘い砂糖の涙を、流したのだから。
第35話 塩より砂糖が良い
甘港区。女王別荘。
オープンテラス席。屋外にあるため暑いが、すぐ、室内に涼みに行ける場所である。
ヒュルーーっ。
バーン。バーン。
打ち上げ花火が、はじまった。
幻想的で、素敵だ。
「綺麗…」
「美しいワン」
「ホーホケキョ」
訳・とても、良いですね。
「たまやー。かぎやー。だべさ」
「良いねえ。夏だな」
「暑くなければ、もっと良いんですけどね」
皆んな、花火に夢中だ。
次々と打ち上げられる花火は、色とりどりで、美しい。
見る者を夢中にさせる打ち上げ花火は、宝だ。
「良いですね」
「良いな」
佐糖さんとサハギンさまは、手をつないで、打ち上げ花火を見上げている。
ずっと、手をつないでいてくれる。
優しいサハギンさま。
この人を好きになって良かった。
そう思う。
打ち上げ花火は、夜空を飾り続ける。
「佐糖さん」
サハギンさまが質問してきた。
「この“海は、砂糖で出来ている”のだろうか」
「え」
「この世界には、上手くいかないこともある。海は、塩で出来ているのが真実だ」
「サハギンさま…」
佐糖さんは、この男の人に、今まで、辛いことや悲しいことがあったのだろうと考える。
世界は、塩。
でも、違うんです。
この世界は、恋は、砂糖で出来ています。
甘い恋。甘い世界。
あなたは、甘い砂糖で出来た海を泳いでいたんですよ。
「俺は、独り身だった。孤独だった」
サハギンさまは、つないだ手に力が入る。
わずかな力。あきらめてきた時間。
「わたしも、独り身でしたよ」
くもり眼鏡の奥で、昔の自分がいる。
あきらめてなんていなかった。絶対に、幸せになりたかった。想いが通じ合える人と出会えると信じていた。
「わたしとサハギンさまは、砂糖の海を泳いでいます」
「佐糖さん…」
暑い屋外。今、流れているのは、汗だ。
それは、忘れよう。
「花火って、素敵…」
「アンコリンの方が、素敵ワン」
一方、アンコリンとスア丸。肩を並べて、良いムードになっている。
ご主人様と愛犬。女王と婚約者。
このケモミミ男の子とは、物心ついた頃から、ずっと一緒の仲良し。親友。
「この海って、本当に砂糖で出来ていたのね」
「佐糖さんとサハギンさまが上手く行って良かったワン」
「私とスア丸も、甘いわよね」
「もちろん、激甘ワン!」
スア丸は、アンコリンのおでこに、軽くキスをした。
双方にうれしさが込み上がる。
「アンコリン。大好きワン。ずっと一緒ワン」
ぎゅ。
抱き合う二人。
屋外だから、暑いのだが、心の底からうれしい。
元気をくれる男の子は、相変わらずの仲良しで、シッポを振ってくれている。
今回は、女王住居のエアコンが故障してからはじまり、女王別荘に一時的に滞在することになった。
屋内プールランドで、佐糖さんと出会い、その甘いはずの恋をお手伝いした。
“海が、砂糖で出来ている”。
それは、一生懸命、頑張って恋をした佐糖さんの心を支えた、おまじないだった。
恋のお守り。涙真珠のネックレスがつないだ二人の心。
「恋も、スイーツも、甘いのが一番よね」
「花火も良い感じワン」
アンコリンは、花火を、スア丸と見上げ続けた。




