初めての姫
「お隣失礼します。」
と既にBOX席に座る初回の姫様に一言声を掛けた後に、静かに横に座った。イキナリ距離感が近い人間だと勘違いをされないように座る位置にも一応の気を遣い。小林さんに持たされたおしぼりと、ほろよいをテーブルの隅に置くと。小林さんから聞いた事前情報を元に、なるべく声のトーンを抑えて【うるさいヤツ】と思われないように努めて。
「初めまして本日担当させていただきます。東堂聖です。」
と加藤さんから教わった事を丸パクリして第一声を発した。自分の色とか個性なんかを出せる余裕なんてある訳が無かったから、元プレイヤーでそれなりの売り上げも上げていた加藤さんの真似をさせて貰った。
最初の挨拶を終えると姫様は正面を向いて座っていたのを俺の方に体の向きを少し変え、顔を見せてくれた。確かに小林さんが言っていたように、ワイワイと飲むような雰囲気は無く、少し俺よりも大人な女性の雰囲気を持っていた。
「はじめまして、よろしくね。東堂君?聖君?」
と姫様から挨拶を返して貰えた俺は。
「聖です。聖で大丈夫です。あっそれとこれ良かったら貰って下さい。カラオケが実は得意な東堂聖です。」
そう言って返事をした後に少し慌て気味にジャケットのポケットに入れておいた、先程姫神さんからプレゼントされたばかりの、青と緑の混じった独特の色をしたカードケースから、1枚の自分の源氏名や連絡先のIDやアカウントを手書きした空名刺を取り出すと、姫様に向け両手で差し出し名刺を渡すと、姫様はその名刺に目を落とし書かれている内容を読んだ後に、自分の直ぐ側のテーブルの隅に俺よりも前に席に着いていた、早乙女さんや他のホストの名刺と重ねて置いた後に。
「何か飲む?えっとコレか確か缶の飲み物も飲み放題って聞いたから、そう言う飲み物でもいいけど。」
と言って自分が飲んでいる鏡月のボトルを指差し、俺に何か飲み物を飲んでもいいよと言ってくれた。俺はテーブルの隅に自分で置いておいた、ほろよいの缶を手に取り。
「実はもう持って来ちゃってました。それじゃ姫様と乾杯する為にコレいただきますね。」
と言った後テーブルの隅に置かれたテーブルセットの中からグラスを1つ取り氷を入れて缶を開け中身を注いだ後に姫様が飲んでいる鏡月のウーロン茶割りの入ったグラスと重ねて【乾杯】をした後に。
「姫様のお名前を聞いても良かったですか?」
と加藤さんに習った通り、最初の挨拶の後に姫様の名前を聞くと、姫様は少しだけ迷った素振りを見せた後に。
「まぁ名前ぐらい、いっか。玲奈だよ。」
と教えてくれた。姫様の名前を聞き出すと言う加藤さんに習った通りの事が上手く行ったのに心の中で喜んだのだが、1つ疑問も浮かんだ。No.2の早乙女さんもこの席には着いてたはずなのに、姫様の態度は「名前を聞かれたのは初めて。」と言った感じが見て取れたからだ。
玲奈さんはあまりこう言うお店に慣れていると言う感じでも無く、少しお店の雰囲気に飲まれて緊張をしている風に感じ取れた俺は、自分の売り込みを少し控え目にして玲奈さんの話しを聞く聞き役に徹してみようと思った。
「玲奈さん。あっ玲奈さんって呼んでも大丈夫でしたか?ありがとうございます。玲奈さんはホストクラブはひょっとしてですがあまり行き慣れてない感じですか?」
と思い切って聞いてみると、玲奈さんから。
「そうだねぇ、あんまりって言うか実は初めて来たんだよね。同じお店で働いてる子に【楽しいよ】って何度も言われてたから、まぁ人生経験に1度ぐらいは行ってみてもいいかな?って情報誌見て【県内最大級】って書いてあったからこのお店に行ってみようって。」
そう言って今日初めてホストクラブに来た。と言う事を教えてくれたので俺は、玲奈さんに。
「あっそれじゃ僕と同じですね。僕も実はホストクラブ今日で2日目なんですよ。」
そう言って自分もまだまだホストクラブに全然慣れていない事を話すと玲奈さんは、少しだけ意外そうな表情を浮かべた後で俺に聞いてきた。
「え?そうなの?さっきちらっと見えたカードケースってテフオニーのヤツでしょ?高い良い物を使ってるから人気のあるホストの人かと思ってたよ。」
と言われ、俺は少しだけ照れた顔をして。「先輩の人から初めて姫様を接客する記念にプレゼントされた物。」と言う事を教えたら玲奈さんからは「いい先輩に恵まれてるんだね。」と言われたので、本当に何時も感謝しか無いこの店のNo.1の顔を思い浮かべた。
特別講習の内容を思いだし、玲奈さんにRAINのIDを教えて貰う事にも成功した俺は、ジャケットのポケットに突っ込んでいたスマホを取り出すと、玲奈さんの目の前で教えて貰ったIDを検索し【玲奈】と出てきたユーザーに【友達申請】を送ってその画面を玲奈さんに見せ。「ありがとうございます。」とお礼を言った。
その後は自分の事も多少は売り込みながら、玲奈さんの事を色々と聞いて行くと、普段は日本酒が好きで日本酒を多く取り揃えた居酒屋に良く遊びに行く事が聞けた俺は、前のアルバイトの居酒屋勤務の知識を活かして、玲奈さんと日本酒についての話しをし始めたタイミングで、付け回しの小林さんが俺の友達でもある誠を連れて、この席に近付いてくるのが見えた俺は「あっ交代の時間なんだな。」と感じ取り、小林さんが目の前に立ったタイミングで。
「本日は数あるお店の中からCLUB EDENを選んでいただき誠にありがとうございます。よろしかったら飲み直しまたは送りが必要でしたら、東堂聖をよろしくお願い致します。」
と呼んで貰ったお礼をしっかりと伝え、ついでに最後の自分の売り込みを少しだけ混ぜ挨拶した後に。
「ご馳走様でした。失礼致します。」
と言った後に、付け回しの小林さんの合図で席を立ち、誠と交代をした。
代わって席に座り姫様に向け。
「失礼します。誠です。」
と言っている友人の挨拶を背中で聞きながら、小林さんの後に続きカウンターに戻ると、小林さんから。
「姫神さんから、東堂君のフォローの為にも東堂君の次に誠君を席に着けてやって欲しいって頼まれたけど、最後の挨拶がチラリと耳に入ったけど、とても2日目の子がする挨拶には見えなかったよ。すごいね東堂君。」
と言って貰えたが「実は全部丸パクリなんです。」とも言えず、今も店内を巡って忙しくしているであろう心の師匠に向けて感謝した。




