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姫の横に

 1日でも早く1人で立てるホストになるようにと、所属している派閥の長でもあり、この店のNo.1でもある姫神楓さんから、今日から暫くの間はヘルプに呼ばずに、自分の成長の為の武者修行を始めるように言われた俺は、姫神さんから貰った「頑張れ」がきっと込められているであろう、ボールペンをジャケットの内ポケットに差し、一緒に貰ったカードケースの中に、先程自分で書いていた空名刺を10枚ほど納めて、こちらもジャケットのポケットの中に入れた。


 そして「いつ呼ばれても大丈夫!」とお店の始まる前に内勤さんの加藤さんから教えて貰った特別講習の時にメモした事をカウンター席に座り、お店の入り口の自動ドアの方を向きながら、何度も読み返して自分の逸る気持ちを落ち着かせていると、お店の自動ドアが開き1人の女性が入って来た。俺はその姿を認めると、直ぐに椅子から立ち上がり挨拶が出来る準備を取る。お店に入って来た姫様は、受け付けで身分証の提示をしていた事から、誰か担当が居る姫では無く、新規か初回サービス3回の残りがある初回の姫様か、そのどちらかである事を横目でチラチラと様子を伺っていた俺は、そう感じ取った。


 そして、それは正しかったようで受け付けの前に立つ姫様は新規の90分/¥2.000-の初回コースを案内されていた。そしてカウンターの中に立つ、マネージャーの若林さんから黒のタブレットを渡された初回の姫様は、タブレットを指で横にフリックしながらその中に入っている、この店全てのホストの画像を見ながら、マネージャーに時折タブレットに写し出されている、ホストの画像を指差し、初回で話しをしてみたいと思えるホストを3人程ピックアップしていた。


 俺はこの男本を見ながらホストを選んでいる姫様に向け、心の中で「俺を選んでくれ」と強く願っていた。


 その後、姫様が自分の飲む飲み物を決めた後に、内勤の加藤さんが、おしぼり保温器の中から温かいおしぼりを1本持ち、姫様を割り振ったBOX席へと案内して行く。俺は目の前を通る初回の姫様に向けて、笑顔で。


 「いらっしゃいませ。姫様、楽しんでいってくださいね。」


 と聞こえているかは分からないが、自分なりにお店のドアをくぐり来店してくれた事への感謝を告げた。


 そして、その後直ぐに本日の付け回しを担当している、小林恭二さんが待機席でもある受け付け横のカウンター席に来て、カウンター裏に置いてあるマイクを手に掴むと。


 「早乙女和哉。カウンターリクエスト。」


 とNo.2である早乙女さんを呼び出し、担当の姫の座るBOX席から離れた早乙女さんは直ぐにカウンターに現れ、小林さんから「初回の姫様の所。」と一言だけ言われて小林さんと一緒にフロアの中に入って行った。


 俺は今の一連の行動に少しだけ違和感と言うか何か変な気持ちになっていると、横から突然声を掛けられた。


 「No.2で今も自分の担当の姫様がお店に来ていて、担当の姫様の席に着いていたのに、それを置いて初回の姫様の所に接客に怒りも不満も言わずに、小林さんに付いて行った早乙女さんの行動が不思議に見えた?」


 と、正に思っていた通りの事を言われ声のする方がみると、俺と同じ【掃除組】だけども少しだけ売り上げを上げている【モップ組】の渋谷 蓮(しぶたにれん)さんが手にお茶か何かを入れたグラスを持ち話し掛けてきていた。


 「はい。自分の担当の姫様の席に居て、売り上げを伸ばす事に集中した方が、売り上げが飲み直しをしないかぎり0の初回の姫様の相手をするより効率が良いって思いました。」


 そう素直に渋谷さんの言った通りの事を思っていたと話すと、渋谷さんは。


 「うん、最初は皆そう考えるんだよ僕も、お店に入ったばかりの頃は、東堂君と同じ事を思っていたしね。でもね、初回の単価が物凄く低い姫様を1から育てて、単価の高い姫様にして囲い込むのも、大事な接客方法なんだよ。売り上げ単価の高い姫様は降って湧いてくる訳じゃないしね。」


 そう教えて貰い。「あっ!それはそうか誰だってどんな姫様だって【初回】はあったはずだから。」と渋谷さんの教えてくれた事に合点がいき、勘違いしていた自分の考えの甘さを修整した。


 そして初回の姫様、新規の姫様の席に1人で座り接客すると言う事が何時訪れるか?を待っていた俺は思いの外緊張で喉も渇いた事もあり、カウンターの内側へ行って冷蔵庫の中からお茶でも取り飲もうかとして席を立った時に、後ろから。


 「東堂君、行くよ。」


 と、付け回しをしている内勤さんの小林さんに声を掛けられた。俺はビクッとしてお茶の入った2リットルのペットボトルをカウンターの床に落としそうになり、慌てて両手でしっかりと掴み直し後を振り返ると、小林さんが物凄く良い笑顔を浮かべて俺を見ていた。


 お茶のペットボトルを冷蔵庫に入れ直して俺はカウンターの内側から出てくると、小林さんは俺に。


 「さっき来た新規のお客さま。男本で東堂君の事も選んでたから。」


 そう言って更に俺を驚かせた。まさかホストになって2日目の新人が初回の姫様から、男本経由とは言え「話しをしてみたい。」と思われ選ばれる等と夢にも見ておらず、きっと姫様の席に着く時も、男本で選んだホストを席に着けられない状況の時の「替わり」で付けられるぐらいだろう。そう思っていたからだ。 


 そして突然の事で一瞬頭の中が真っ白になって、ただ黙って、付け回しをしている小林さんの後に付いて行こうとしかけた時に、頭の中に今日色々と特別に俺に自分が現役のホストだった頃の話しを聞かせてくれた、加藤さんの言葉がよみがえり小林さんに。


 「はい。初回の姫様はどんな感じの人ですか?後、俺の前に席に着いてた人達はどんな感じで接客してましたか?」


 そう聞くと、俺が実は研修の時間の時に、去年まで姫様を相手に接客していた人から色々と教えて貰った事を知らない小林さんは目を見張り俺をマジマジと見つめて少し驚いていたが。


 「そうだね。男本で選んだのは全員が【落ち着いた雰囲気】を持ってるホストだったね。実際に東堂君は3人目なんだけど、前の2人ともワイワイと楽しむと言うよりは、静かにお酒と時間を楽しんでた感じだね。」


 そう言って教えてくれた。俺は加藤さんに教えて貰った【必ず席に着く前に事前に姫様の情報を内勤さんに聞け】を実践出来た事に心の中で「やりましたよ!師匠!」と勝手に師匠と呼んでいる加藤さんに向けてガッツポーズを心の中で送った。


 そして小林さんは。「あぁ〜そうそうはいコレ。役に立つから持っといて。」と1本のおしぼりと俺の好きな味の【ほろよい白いサワー味】を渡してきた。俺はおしぼりとほろよいを受け取ると小林さんから「おしぼりはお客さまのグラスやテーブル拭くのに、後は飲み物が無いとお客さまと【乾杯】も出来ないでしょ?初回サービスは缶ものも飲み放題だから前もって、ほろよいは持って行けばいいんだよ。」と新人の初めて姫の横に座る俺に教えてくれた。


 付け回しの小林さんに連れられドキドキしながら初回の姫様の座るBOX席に着くと、小林さんが姫様に向け。


 「お待たせ致しました。東堂聖です。」


 と声に出して俺の名前を姫様に告げた後に俺と立ち位置を交代して、俺に姫様の横に座るように促す。


 「お隣失礼します。」


 と姫様に声を掛け、姫様の座るクッションの良く効いたソファの横に座った。 

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