測定水晶と異常値
1. ギルドの洗礼と測定の儀
「パーティー名は——【約束の配信者】だ」
「ストリーマーとでも呼んでくれ」
ミーナ「それはもちろん構いませんが、この職業欄……本当ですかぁ?」
ミーナが受け取った登録用紙には、職業欄に【ドブさらい】と【薬草摘み】と書かれている。底辺中の底辺職だ。だが、二人が纏う「清潔なまでに崩壊した衣服」と、死線を潜り抜けた眼光が、周囲のベテラン冒険者たちに安易な嘲笑を許さなかった。
「……それでは、お二人の現在の能力値を、こちらの『測定水晶』で確認させていただきます。本来、ランクはFからSまでありまして、ほとんどの冒険者様はFランクからのスタートになります」
ミーナがカウンターの奥から、両手サイズの透明な水晶球を取り出した。
「当ギルドではステータスをランク評価の基準として非常に重要視しています。スキルは使いようですが、ステータスは嘘をつきませんから。……そうですね、目安としてはFランクがどれかの値が15前後、Dが25前後、Cが35前後、Bは50オーバー……といった感じです。これらをクリアして実績を積めばランクアップもできますよ」
ミーナは営業スマイルを崩さず、親切心から言葉を続けた。
「大丈夫ですよ。アラト様とリナ様の職業を生かせる、汲み取り槽の清掃や薬草採取のクエストもたくさんありますから、地道に頑張りましょうね!」
その説明を聞き、遠巻きに見ていた重戦士風の男が、耐えきれなくなったように鼻で笑った。
「おいおいミーナちゃんよ、冗談キツいぜ。そいつら便所掃除と草むしりだろ? レベル1の底辺職なんて、ステータスは全部一桁で限界だ。水晶を使う魔力がもったいねえよ」
周囲からパラパラと同意の笑いが漏れる。ミーナは困ったように眉を下げたが、俺は一切表情を変えずに水晶の前に立った。
「……能書きはいい。触ればいいんだな?」
「あ、はい。深呼吸をして、リラックスして……」
俺は躊躇いなく、水晶に右手を置いた。
2. 鋼のドブさらい
ピキィィン! と、澄んだ音がギルドに響いた。
水晶が青白い光を放ち、その中心に俺のステータスが立体的な数字となって浮かび上がる。
【HP:110】【MP:45】【ちから:45】【耐久力:60】【素早さ:38】【知力:35】
「……は?」
ミーナの口から、間抜けな声が漏れた。
先ほどまで冷やかしていた重戦士の男が、目をひん剥いてカウンターへ身を乗り出してくる。
「た、耐久力……60!? 嘘だろ、Cランク重戦士の俺が、全身装甲を着込んでやっと到達できる数値だぞ! なんでこんな細身のガキが……計器の故障じゃねえのか!?」
「……故障ではないようですね」
俺は水晶から手を離し、重戦士を一瞥した。
「ドブさらいを8年やってみろ。高濃度の毒と澱みの中で働き続ければ、お前のその見掛け倒しの鎧よりは、皮膚の方が硬くなれる」
「なっ……!?」
絶句する重戦士を尻目に、俺は隣で静かに待つリナへ視線を向けた。
「ほら、リナの番だ。お前の『器』を見せてやれ」
「うん」
3. 賢者の領域
リナが前に出ると、ギルド内の空気がさらに張り詰めた。
銀猫の毛皮を纏い、発光するような銀髪を揺らす彼女の美しさは、スラム出身の【薬草摘み】という肩書きとあまりにも乖離していた。
リナが、白く細い指を水晶に触れさせる。
カッ——!!
先ほどの俺以上の強烈な閃光が水晶から噴き出した。
あまりの魔力密度に、水晶の表面にピキリと微かな亀裂が走る。
光が収まった後、水晶の奥底に刻み込まれた文字を見て、ギルドは文字通り「凍りついた」。
【HP:70】【MP:90】【ちから:15】【耐久力:20】【素早さ:42】【知力:95】
「ち、ちりょく……きゅうじゅう、ご……?」
ミーナが、腰を抜かしたようにカウンターへへたり込む。
「……ありえません。知力95なんて……王宮の筆頭魔術師様ですら80台なのに。これは、国宝級の賢者様が持つ数字……っ!」
「草むしりの小娘が……賢者、だと……?」
周囲の冒険者たちは、恐怖すら混じった目でリナを見つめていた。
当のリナは、騒然とするギルドを不思議そうに見渡した後、俺の袖をちょんと引いた。
「アラト。なんか光っちゃったけど、壊してないよね……?」
「ああ。問題ない。お前が積み上げた8年間の正当な評価だ」
俺はリナの頭を撫でてから、呆然としているミーナを見下ろした。
「……で。この数値なら、俺たちの冒険者登録は受理されるか?」
4. ギルドマスターの裁定
「しょ、少々お待ちください!」
ミーナは真っ青になって立ち上がった。この測定水晶は低ランク用とはいえ、決して安いものではない。壊したことをどう報告すべきか、彼女の頭はそのことでいっぱいだった。
「これは一度ギルドマスターに報告しないと……(水晶が壊れた件も、ああぁ……)少々お待ちをー!!」
ミーナは慌てて数値を紙に書き写すと、奥のギルドマスター室へと脱兎のごとく駆け出した。
——ギルドマスター室——
コンコン!
ミーナ「ギルドマスター、ただいまお時間よろしいでしょうか!?」
ギルマス「入れ」
ミーナ「失礼します! ギルマス! 低ランク用水晶が壊れてしまいましたぁ!」
ギルマス「ミーナ……また落っことしたのか! これで何個目だ!」
ミーナ「ひぃ! 違いますぅ! 冒険者登録に来た底辺職の二人を測定したら、亀裂が入ってしまったのですぅ!」
ギルマス「ん? もともとヒビでも入ってたのか?」
ミーナ「いいえ、おそらく低ランク用水晶では、測定値の負荷に耐えきれなかったんだと思います!」
ミーナが震える手でメモを差し出す。それを受け取ったギルドマスターの目が、一瞬で鋭くなった。
ギルマス「……なんだこれは。本当に底辺職か? うぬぬ……その冒険者をここに呼べ!」
——再びカウンターへ——
ミーナ「ギルマスがお呼びです……」
アラト「そうか、行こう」
案内された部屋の重厚なドアを叩く。
「失礼する」
ギルマス「よく来た、そこに座れ」
でかいソファに腰を下ろすと、目の前の大男が不敵な笑みを浮かべた。
ギルマス「測定用水晶を壊したそうだな。ニヤリ」
アラト「勝手に壊れたんだ。強度が足りなかったんじゃないか?」
ギルマス「ほう、言うじゃねえか。……なら、こっちを試してみろ」
ギルドマスターが手渡してきたのは、高ランク用の測定水晶だった。
リナと俺が順に手を触れると、マスターは目を見開いた。先ほどのメモに記されていた通りの、デタラメな数値がそこに輝いていた。
ギルマス「ふはははは、こりゃすげぇ! 底辺職だっけか? まぁ、そういうことにしといてやるよ!」
アラト「それで? 登録はできるのか」
ギルマス「もちろんだ! 本来ならFランクからのスタートだが、二人は特例の『Cランク(Bランク昇格候補)』として登録する。アラト、リナ、冒険者登録をここに承認しよう!」
部屋の外まで聞こえるような高笑いの中、俺たちはギルドマスター室を後にした。
カウンターに戻ると、我に返ったミーナが弾かれたように立ち上がり、震える手で二枚の真新しいギルドカードを差し出した。
俺はカードを受け取ると、そのまま無限収納へと放り込んだ。




